酸化物超伝導体を実用化していく際に、工学的に明らかにすべき基礎的問題として、複合酸化物である超伝導体の超伝導特性に及ぼす非化学量論性の影響を挙げることができる。本研究では、Bi系銅酸化物超伝導体とに関して非化学量論性と超伝導特性の相関を明らかにした。特に、Bi系銅酸化物超伝導化合物を非化学量論性化合物として捉え、これらを金属不足型ならびに酸素不足型酸化物として取り扱いを行なった。 対象物質としてBi系銅酸化物を選んだ。この系は2次元性が強く,高い上部臨界磁場すなわち短いコヒーレンス長を持つという酸化物超伝導体の特徴が最も顕著な物質系である。またBi系銅酸化物はY系銅酸化物よりも臨界温度が高く、特に粒界特性が優れているという観点から工学的応用可能性の高い材料である。本研究では主としてパルク焼結体を用いたが、2次元性の評価やトランスポートによる評価のためには銀シーステープを用いた。 まず第2章において、金属不足型酸化物として化合物を取り扱った。化合物では陽イオンの非化学量論性が存在する。そこでその固溶範囲を明らかにし、更に固溶範囲で導入される格子欠陥種の同定を行った。この化合物の構成元素であるBi,Sr,Ca,Cuのいずれの陽イオンに関しても非化学量論性が存在した。図1に示すように、この固溶範囲内で導入される格子欠陥種は原子空孔である。さらに電気的中性を補償するのは同時に消費される酸素格子間原子または形成される酸素空孔による、イオン性欠陥によるものであることが明らかになった。したがって、陽イオン欠損ではキャリア濃度は変化しないことになる。しかし、この時の臨界温度は化学量論組成からずれるに従い低下し、更にずれても変化しない。これはホール係数の測定結果とよく一致しており、この系でTcを決定しているキャリア濃度はトータルのそれではなく、むしろフリーなキャリアであると考えることができる。 一方、この固溶範囲で導入される格子欠陥はピン止め中心として働くことがわかった。すなわち格子欠陥濃度の増加とともに、磁場中M、ピンニングエネルギーU0が増加し、さらに不可逆曲線は高磁場高温度側ヘシフトした。一例として、図2に磁場中Mの格子欠陥濃度依存性を示した。さらにこの効果は格子欠陥温度一定の下では熱処理温度を下げるに従い顕著となるため、会合欠陥がピン止め中心として働いている可能性を示唆している。ここで観測された格子欠陥によるピン止め効果は20Kで最も大きく、これよりも低温でも高温でも減少した。以上の結果から、相の低温におけるピンニング機構が格子欠陥であることが明らかになった。さらにトランスポートJcの測定結果も、この機構を支持するものであった。 図表図1 アルカリ土類組成による密度変化の計算値と実測値 / 図2 臨界電流密度の空孔濃度依存性 第3章では同様の取り扱いを化合物について行なった。すなわち化合物で観測された現象と類似の現象がにおいても観察された。しかしこの化合物の各構成元素の非化学量論性を求めたところ、Cuに対しては固溶範囲は存在しなかった。また低温度領域では非化学量論性によって導入される格子欠陥のピン止め中心としての効果が認められた。しかし77.3Kでは酸素量の変化による影響が大きく、陽イオン空孔のピン止め効果は観測されなかった。 第4章において、についてサイト交換によって生じる異種金属イオンの格子欠陥が超伝導特性に果たす役割を検討し、特に臨界温度に与える影響を明らかにした。化合物におけるBiとSrのサイト交換は-0.1<X<0.2の範囲で安定であり、BiサイトのSrイオンによる置換も存在することが明らかになった。導入された格子欠陥、BiSr、は酸素格子間原子によって電気的中性が補償され、これによって酸素量の変化が起こる。その結果、キャリアー濃度は変化せず臨界温度Tcは一定であった。一方、SrBi’の存在によりキャリアーである正孔がドープされ、オーバードープ領域にある化合物の臨界温度は低下する。 サイト交換によって生成した格子欠陥、すなわちBiSr’、SrBi’の存在は磁場中Mやフラックスクリープ現象にほとんど影響を与えず、ピン止め中心として働かないことが明らかになった。 第5章において、酸素過剰型酸化物としての化合物の取り扱いを行なった。化合物中の酸素量の増加に伴いc軸が縮み、a、b軸はやや増加する。さらにb軸方向に存在する変調構造の周期が短くなり、酸素量に対して変調モードの転移が存在した。増加した酸素は格子間原子としてBi0層間に存在していると考えることができる。酸素量の変化は、すなわち、キャリアー濃度の変化に直接対応し、それによって図3に示すように臨界温度Tcが極大値を示した。この現象は化合物で見られる挙動と類似している。 図4に示すように、酸素量の増加によ、って生成したOi"の存在により、Mが増加しさらにその磁場依存性が緩やかになった。この挙動は2つの現象からなると考えられる。すなわち(a)Oi"またはそれによる変調構造周期の変化によるピン止め効果と(b)Oi"の存在による異方性の変化とが考えられる。 図表図3 のTcの酸素量依存性 / 図4 0.05TにおけるMの酸素量依存性 これらの可能性を配向した試料の測定結果から検討した。酸素量の増加した試料では、磁場中臨界電流密度の上昇が結晶のc軸に対する磁場の印加方向にかかわらず観察され、前述の2種類の効果が同時に働いていると考えられた。特に、Oi"の存在により上部臨界磁場Hc2の異方性が低下していることが明らかになった。 まとめ (1)本研究では、金属不足型酸化物としてのBi系銅酸化物超伝導体において、この陽イオンの非化学量論性によって導入される格子欠陥の構造を明らかにした。 (2)混合状態における陽イオン空孔の役割を明らかにした。これをもとに臨界電流密度,更には磁場中における臨界電流密度を支配する因子を材料科学的観点から把握し、銀シーステープを用いて実証した。 (3)サイト交換によって生じる異種陽イオンの格子欠陥が超伝導特性に果たす役割を検討し、臨界温度に与える影響を明らかにした。 (4)酸素格子欠陥の導入が本系の超伝導に与える影響を考察し、Bi系銅酸化物超伝導体の磁場特性を改善する指針を得た。 |