逆浸透法は、相変化を伴わない膜分離法として、近年、水精製、海水淡水化プロセス、有価物回収等に欠かせない単位操作となっている。逆浸透法に使われる選択透過膜の形態の中で、中空糸型逆浸透モジュールは、膜面積を単位容積当たり大量に確保できるため、造水分野で最も期待される形式となっており、工業的に広く普及している。従って、中空糸型逆浸透モジュールについて、その分離性能・耐久性及び経済性を最も引き出す最適化手法の開発と確立は、重要な課題となっている。本論文は、中空糸型逆浸透モジュールの最適化設計に必要な基本因子と解析モデル式を、理論とモデル実験によって明確にし、これを実際に応用し、実プラントで実証して得た結果をまとめたものである。 第1章では、本研究の背景と意義、既往の研究及び本研究の概要について述べている。 既往の研究では、大半の研究者が中空糸膜の透過液量が小さいことから、膜面での濃度分極を無視して取り扱ってきた。そのため、暫く実測値との乖離に苦しんできたように思われる。濃度分極を考慮した解析がその後なされるに至ったが、それらの解析にも中空糸内流動圧損を排除したり、適用条件や物質移動係数の取扱などにおいて、不十分な点が散見されていた。また、解析に必要なモデルパラメーターは、モジュール実験にのみほとんど依存しており、膜自体の特性把握が不十分であった。本論文で提示する解析モデルは、中空糸型逆浸透モジュールにおける膜面での濃度分極及び中空糸内流動圧損を考慮し、中空糸膜透過実験とモジュール実験の双方から膜透過係数値及び物質移動係数値を決定して、カン水脱塩用モジュールだけでなく、海水淡水化用モジュールをも対象に統一的にその特性を把握したものである。 以下、本論分の主要部である解析モデルの導出・検証(第4章、第5章)を中心にその準備・導入部(第2章、第3章)と解析モデルを適用した最適化・スケールアップ化(第6章)及び実海水系での検証(第7章)と展開させている。 第2章では、中空糸膜自体の膜特性について、数百本の中空糸膜よりなる中空糸膜ミニモジュールによる膜透過実験とその解析から検討を進めている。ここでは、濃度分極が無視小となる流速条件を求めて実験を行い、その結果を中空糸内流動圧損で補正して、真の膜透過係数値を求めている。この膜透過係数値については、供給液濃度・圧力・温度の影響についても調べ、モジュール解析モデルの基礎データとしている。また、中空糸長さを変更した実験より、中空糸内流動圧損についても解析を交えて種々考察し、改めて中空糸型逆浸透モジュールにおいて中空糸内流動圧損が無視できないこと、そしてこの透過液の中空糸内流れが、Hagen-Poiseuille式に従って挙動していることを明らかにしている。 第3章では、中空糸型逆浸透モジュールの種々の形態について例示し、その各特徴を述べている。ここでは、中空糸型逆浸透モジュールの構造についてこれを形態的・供給液流パターン的に分類し、市販モジュールの型式に至った必然性を述べ、さらにモジュールのスケールアップにおけるエレメント配置法について言及している。中空糸型逆浸透モジュールの解析に先立ち市販モジュールを取り上げ、そのモジュール構造を紹介し第4章への導入部としている。 第4章では、本論文の主要部である中空糸型逆浸透モジュールの性能解析法について記述している。既往の解析モデルについて、その問題点を指摘し、実モジュールの透過性能を十分に説明し得る新規の解析モデル(FCPモデル)を提案している。このFCPモデルの特徴は、次のようである。i)膜透過式としてKimura-Sourirajanモデルすなわち溶解拡散モデル式及びFilm Theoryモデル式を使用する。ii)膜透過係数には、第2章の中空糸膜透過実験から得られた数値を採用する。iii)Film Theoryモデルにおける物質移動係数には、逆浸透モジュール実験から導かれた数値を採用する。iv)中空糸内流動圧損、中空糸集束体内流動圧損の計算には各々Hagen-Poiseuille式、Ergun式を適用する。v)中空糸集束体内流動は市販モジュールで採用されているラジアル流を基本とし、供給液・濃縮液の半径方向及び軸方向の流速・濃度・密度・粘度分布等を考慮する。本章では、具体的に本FCPモデルを解法するに当たり、当モデルを差分化して得た数値解析式及びシミュレーション法についても触れている。 第5章では、供試液として塩化ナトリウム溶液を用いた系で、市販モジュールとして東洋紡製逆浸透モジュールを用いて逆浸透実験を行い、その物質移動相関式を導出している。また、これにより確立したFCPモデルシミュレーションにより、モジュール内の流速、濃度分布等の把握を行っている。 操作要因として、供給液濃度・回収率・圧力・温度のモジュール性能への影響について検討した結果、当逆浸透モジュールの物質移動相関式として、Sh=0.048Re0.6Sc1/3を得ている。この相関式はカン水脱塩用及び海水淡水化用モジュールに共通して適用出来るものであった。 次に、本論文で提示したFCPモデルを、濃度分極を無視したNCモデル、及び中空糸内流動圧損を無視したNFモデルと対応させ、実データとの比較検証を行っている。FCPモデルでは、他の2モデルに比べて、カン水脱塩用、海水淡水化用のいづれのモジュールにおいても実測値との適合性は良好であった。このFCPモデルの解析シミュレーションにより、モジュール内での供給液・透過液の半径方向・軸方向の各流速分布・濃度分布等が明確となり、モジュール内流動圧損式としてErgun式が適用可能であることも明示されるに至った。 第6章では、第4章、第5章で確立したFCPモデルを使用して、中空糸型逆浸透モジュールの最適化とスケールアップにおける最適設計について検討している。 モジュールの単位容積当たりに最大透過液量を得るという計算からは、中空糸内圧損のため必ずしも透過液質を最良にすることはできない。中空糸型逆浸透モジュールの最適化においては、透過液量と透過液質とのバランスを考慮し、中空糸膜効率領域を定めて中空糸ディメンジョン・膜透過係数値を決定する必要があることが見出された。一方、中空糸膜配置としては、ワインド数を少なくしかつ充填率を上げる配置法が、最も透過液量を大きくし透過液質を良くする結果となった。しかし実際のモジュールでは、耐濁質性及び中空糸相互の拘束作用が配慮され、0.5〜2ワインドが採用されるに至っている。 スケールアップにおける最適化では、特にダブルエレメント型モジュールの最適設計にFCPモデルを使用した事例を示している。ダブルエレメント型モジュールでは、直列型のラジアル拡大-収縮流方式が、性能的にも、また構造的にも最も安定して良好であることが明らかとなった。特に、耐圧容器中央のパスブロックを排除したIII型が、モジュール容積効率及び接続配管部位の点で改良され最適な型式となった。この型式のダブルエレメント型モジュールは、既に10余年の長期使用実績もあり、十分に定着している。1989年より稼働中のサウジアラビア・ジェッダ市に設置されている世界最大のジェッダROプラントにもこのダブルエレメント型モジュールが採用されている。次のスケールアップ化として、このFCPモデルにより同様に、マルチエレメント型モジュールの設計・試作・実証試験が実施されている。モジュールの初期性能は当初の設計値を十分に満足するものであったが、長期運転におけるモジュール圧損上昇速度が大となり、運転管理法にも課題を残した。この点の改良が進めば、次代に繋がるスケールアップ化が実現できるものと思われる。 第7章では、FCPモデルを実際の海水淡水化プラントに適用して、その実プラントデータによる検証を行っている。適用に当たっては、予め中空糸膜を使った海水淡水化基礎実験より海水での膜透過係数値を決定している。またモジュールによる海水淡水化実験より、FCPモデルの適用の可否を確認している。その結果、海水での膜透過係数A,B値は、塩化ナトリウム溶液系と略一致すること、また海水系でのモジュール内の物質移動特性についてもほとんど差異の無いことが明らかとなっている。そこで、実際の海水淡水化プラント実運転データを使用して、FCPモデルの妥当性・適応性を検討した。ここでは、日本近海々水、高塩濃度のサウジアラビア半島近海々水等5ケ所の海水淡水化プラント事例を取り上げ、FCPモデルによる性能推算結果と実測値とを比較している。その結果、海水系においてもFCPモデルがモジュール性能値を十分に説明し得ることが証明されている。 第8章では、各章で得られた結論を要約し、中空糸型逆浸透モジュールの性能解析と最適設計に関する研究成果について総括している。本論分で提示したFCPモデルが、今後の中空糸型逆浸透モジュールの展開ばかりでなく、広く中空糸型膜分離モジュール全般の設計・製作指針へと応用され貢献していくことを願うものである。 |