学位論文要旨



No 212078
著者(漢字) 安達,美紀
著者(英字)
著者(カナ) アダチ,ミキ
標題(和) ヒトエンドセリン受容体遺伝子(ETAとETB)のクローニングとそれらのリガンド結合部位ならびにリガンド選択性に関与する領域の研究
標題(洋)
報告番号 212078
報告番号 乙12078
学位授与日 1995.01.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12078号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 教授 輕部,征夫
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 助教授 熊谷,泉
内容要旨

 エンドセリン(ET)は、21アミノ酸から成るペプチドで、強力に血管を収縮させる活性を有する。その活性は現在知られている血管収縮物質の中で最も強力である。ETは高血圧、腎虚血、心筋梗塞、喘息、クモ膜下出血等の患者の血中で有意に上昇しており、これらの病気を誘発すると推定されている。このETと特異的に結合する受容体はETAならびにETBと名付けられており、各々ウシ及びラットでクローニングされていた。どちらも7回膜貫通型構造を取りG蛋白質と共役している受容体である。両者のアミノ酸配列の相同性は64%と大変よく似ているが、その組織分布ならびに生理活性に違いがみられる。ETA受容体は主に平滑筋細胞に存在し、血管を収縮させる活性を持つのに対し、ETB受容体は主に血管内皮細胞に存在し、EDRF(血管内皮細胞由来弛緩因子)を放出させることによる血管弛緩作用を有する。我々は、このETと特異的に結合するヒトのETA及びETBcDNAをクローニングし、種々のキメラ受容体を作製することにより受容体の機能部位を明らかにした。

(1)ヒトETA及びETBをコードするcDNAのクローニング

 ウシのETAcDNAの配列が報告されてから、直ちにPCRを用いたヒトETA受容体cDNAのクローニングに着手した。ヒト胎盤より調製したゲノムDNAを鋳型にPCRを行うと、129bpのバンドが増幅された。この129bpをプローブにしてヒトの胎盤のライブラリーをあたり、約20万クローンから1個の目的とするクローンを得た。このETAcDNAは全コード領域を含んでおり、427アミノ酸の蛋白質をコードしていた。ウシのETA受容体との相同性は、94%と非常に高い。Northern blottingの結果から、ETA受容体は、心臓、肺、子宮に多く発現が認められた。この遺伝子をCHO細胞で発現させET-1との結合を調べると、Kd値は46pMと非常に強い結合が示された。

 同様の方法でヒトのETBcDNAもクローニングを行った。ETB受容体は442アミノ酸から成り、ETA受容体と64%の相同性を持つ。特に膜貫通領域はよく保存されていた。

(2)リガンド結合部位の解析

 受容体中のET-1が結合する領域を解析する目的で、ETAとETBのキメラ受容体を作製した。ET-1は、どちらの受容体に対しても高い親和力で結合するため、キメラ受容体を作製しただけではリガンド結合部位を特定出来ない。そこでETA受容体に特異的なアンタゴニスト(BQ123)を用いて、キメラ受容体とET-1との結合に対する効果を検討した。ETA受容体を骨格とし、細胞外領域(N末端側から順にA,B,C,Dと名付けている)を一つずつETB受容体の配列に置き換えた受容体を作製し、BQ123による阻害効果を調べた。その結果、膜貫通領域の一部を含む第2番目の細胞外領域(B領域)を変えた場合にのみ顕著な変化が認められた。BQ123によるIC50は、6nMから1000nMに上昇することから、この化合物はETA受容体のB領域と相互作用していると考えられる。逆にETB受容体のB領域をETAの対応する配列に変えた受容体では、IC50は6Mとなり、ETB受容体では10M作用させても全くみられなかったBQ123による阻害活性が初めて検出された。この化合物はET-1と拮抗的に作用することから、リガンドとの結合におけるB領域の重要性が示唆された。これらの結果は、混合型ETA/ETB受容体アンタゴニスト、bosentanを用いた実験でも再確認された。

 次に、B領域の中でもどのアミノ酸がET-1との結合に重要であるかを特定するために、ETA受容体のB領域の5アミノ酸ずつを同じような7回膜貫通構造をとる2-アドレナリン受容体の対応する5アミノ酸に置き換えた受容体を作り、リガンドとの結合活性を検討した。

 その結果、その中の140-KLLAG-144の配列を置き換えた場合にのみ、野性型のETA受容体と比較してET-1との結合活性は約1/10に低下した。さらに、このLys140をIleに変えたアミノ酸置換により、ET-1との結合活性は1/10以下に低下し、Kd値は46pMから600pMへと上昇した。コンピューターグラフィックスを駆使して推定したETA受容体の構造(C.Broger等)によると、一番顕著な変化のあったLys140は7箇所の膜構造より構成されるチャンネルの内側に存在しており、ET-1はこのチャンネル内に侵入し、ETA受容体の140番目に存在するLysと相互作用すると推定された。

 このLysは、ETA、ETB受容体共に異なる生物種に於いてよく保存されている。そこで、ETB受容体についても同じ位置に相当するLys161をアミノ酸置換した。その結果、予想に反してこのキメラ受容体は、ET-1に対して野性型受容体と同等の強い結合力を有していた。また、両受容体にアゴニスト(ET-3,IRL1620等)やアンタゴニストに対する選択性に違いがあることから、両受容体のリガンド結合部位の立体構造は多少異なると考えられる。

(3)ETA及びETB受容体のリガンド選択性について

 ETには、ET-1,ET-2,ET-3の3種類知られており、その組織分布及び薬理作用に違いがみられる。ETA受容体は、3種類のペプチドに対する親和性が異なる(ET-1≧ET-2>>ET-3)のに対し、ETB受容体は、いずれのETに対してもほぼ同程度の高い親和性を示す(ET-1=ET-2=ET-3)。著者は、このリガンド選択性を決めている領域を特定するために以下の実験を行った。

 まず、ETA受容体の隣接する膜領域を含む細胞外領域を一つずつETB受容体の配列に置き換えてみたが、リガンド選択性は変わらながった。ところが、C,D領域を同時にETB受容体の配列に置換すると、ET-3に対する親和性が高まり、さらに第7膜貫通領域もETBの配列にすると、リガンド選択性は、AタイプからBタイプに近づいた。ETA受容体のC末端側半分をETBに変えたキメラ受容体では、ETB受容体と全く同じリガンド非選択性を示すことから、リガンド選択性は、ETA受容体の中央がらC末端側の配列により決定されていると結論される。

 一方、ETB受容体を骨格に持つキメラ受容体についても同様の実験を行った。ETB受容体の中央からC末端側をETA受容体に変えても、ET-1とET-3に対するKi値の開きは8倍にすぎなかった。ところが、B領域とC領域を同時に変えるとET-3に対する親和性は、ETB受容体と比べて2桁低下しAタイプに近づいた。従ってETB受容体では、B,C領域がET-3との高い親和性に重要である事が判明した。

 前述のETB受容体のLysをIleに置換した変異受容体のET-3に対する親和性は、ETB受容体と比較して約1/5に低下した。従って、ETB受容体の場合には、このLysがET-3との高い結合性に寄与していると推定される。

図1 ETA受容体及びETB受容体の構造1アミノ酸を○で表示した。

 以上に述べた両受容体のアゴニストやアンタゴニストに対する選択性の違い及び両受容体の組織分布は、アゴニストが示す生理作用(収縮と弛緩)を規定する。受容体のリガンド結合部位を解明する事により、現在、置換基を無作為に変えるアプローチにより行われているアンタゴニストの改良に応用できる可能性がある。さらに、種々の受容体のリガンド結合部位の構造の知識を蓄積する事により、新規の薬剤をデザインする事も可能になるであろう。

審査要旨

 エンドセリン(ET)は、21アミノ酸から成るペプチドで、強力に血管を収縮させる活性を有する。その活性は、現在知られている血管収縮物質の中で最も強力である。このETと特異的に結合する受容体は、ETA及びETBと名付けられており、各々ウシ及びラットでクローニングされていた。両者のアミノ酸配列の相同性は64%と大変よく似ているが、その組織分布ならびに生理活性に違いがみられる。ETA受容体は主に平滑筋細胞に存在し、血管を収縮させる活性を持つのに対し、ETB受容体は主に血管内皮細胞に存在し、血管内皮細胞由来弛緩因子を放出させることによる血管弛緩作用を有する。著者はこのETと特異的に結合するヒトETA及びETB受容体の遺伝子をクローニングし、種々のキメラ受容体を作製することにより受容体の機能部位を明らかにした。

(1)ヒトETA及びETB cDNAのクローニング

 ヒトの胎盤由来のライブラリーをあたり、約20万クローンから1個の目的とする遺伝子を得た。このETA cDNAは全コード領域を含んでおり、427アミノ酸の蛋白質をコードしていた。ウシのETA受容体との相同性は64%と非常に高い。ノーザンブロッティングの結果から、ETA受容体は、心臓、肺、子宮に多く発現が認められた。この遺伝子をCHO細胞で発現させET-1との結合を調べると、Kd値は46pMと非常に強い結合が示唆された。同様の方法でETB受容体のクローニングを行った結果、ETB受容体は442アミノ酸から成り、ETA受容体と64%の相同性を持つ。特に、膜貫通領域はよく保存されていた。

(2)リガンド緒合部位の解析

 受容体中のET-1が結合する領域を解析する目的で、ETA受容体とETB受容体のキメラ受容体を作製した。ET-1は、どちらの受容体に対しても高い親和性で結合するため、キメラ受容体を作製しただけではリガンド結合部位を特定出来ない。そこで、ETA受容体に特異的なアンタゴニストを用いて、キメラ受容体とET-1との結合に対する効果を検討した。ETA受容体を骨格とし、細胞外領域(N末端側から順にA,B,C,Dと名付けている)を一つずつETB受容体の配列に置き換えた受容体を作製し、アンタゴニストによる阻害効果を調べた。その結果、膜貫通領域の一部を含む第2番目の細胞外領域(B領域)を変えた場合にのみ顕著な変化が認められた。この化合物はET-1と拮抗的に作用することから、リガンドとの結合におけるB領域の重要性が示唆された。

 次に、B領域の中でもどのアミノ酸がET-1の結合に重要であるかを特定するために、ETA受容体のB領域の5アミノ酸ずつを同じような構造をとる2-アドレナリン受容体の対応する5アミノ酸に置き換えた受容体を3種類作製し、リガンドとの結合活性を検討した。その結果、その中の140-KLLAG-144配列を置き換えた場合にのみ、ET-1との結合活性は約1/10以下に低下した。さらに、このLys140をIleに変えたアミノ酸置換により、ET-1との結合活性は約1/10以下に低下し、Kd値は46pMから600pMへと上昇した。コンピユーターグラフィックスを駆使して推定したETA受容体の構造(Broger)によると、最も顕著な変化のみられたLys140は7カ所の膜構造より構成されるチャンネルの内側に存在しており、ET-1はこのチャンネル内に侵入し、ETA受容体の140番目に存在するLysと相互作用すると推定された。このLysはETA及びETB受容体共に異なる生物間で保存されており、またG蛋白質共役型受容体では異なるアミノ酸である為、独自のリガンドであるET-1と結合するために重要なアミノ酸であることが支持される。

(3)ETA受容体及びETB受容体のリガンド選択性について

 ETにはET-1、ET-2、ET-3の3種類が知られており、ETA受容体はリガンド選択性を示すがETB受容体はリガンド非選択性を示す。著者は、このリガンド選択性を決めている領域の特定を試みた。まず、ETA受容体の隣接する膜領域を一つずつETB受容体の配列に置き換えてみたが、リガンド選択性は変わらなかった。ところが、中央からC末端側にETB受容体の配列を有すると、ETB受容体と全く同様のリガンド非選択性を示した。従って、リガンド選択性はETA受容体のC末端側の配列により決定されていると結論された。

 以上要するに、本論文はヒトエンドセリン受容体遺伝子のクローニングを行い、それらのリガンド結合部位ならびにリガンド選訳性に関する領域について新知見を得たものであり、生命科学の基礎及び応用面に貢献するところ大である。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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