本論文は、珪酸塩鉱物中に微量に添加されたクロムイオンの光学的性質と、母結晶の結晶構造、成長条件、および共存する他種イオンとの関係を調べ、クロムイオンの価数決定に関与する要素を明らかにしたものである。鉱物の生成時の物理的・化学的状態を究明するためには、不純物として含まれる遷移金属イオンの価数に着目する方法が考えられる。とくにクロムイオンは二価(Cr2+)から六価(Cr6+)まで幅広くかつ比較的安定な価数をもって存在し、それらに特有の顕著な光学的特性を示す。またこれらの価数は生成条件によって容易に変化するので、結晶生成条件と結晶内不純物の価数状態の関係を光学的に研究する上で極めて有効なイオンである。しかしながら従来の研究では珪酸塩中のクロムは主に三価イオン(Cr3+)として取り扱われており、価数状態の変化を究明するためにはその内容は不充分なものであった。本研究では単結晶を作成しつつ、生成条件とその結晶の光学的性質を直接に関連づけることに成功しており、このようにして得られた知見は珪酸塩鉱物生成の機構を理解する上で少なからぬ貢献をもたらしたものと考えられる。 本論文は6章より構成されており、第1章は緒論、第2章は結晶育成と光学測定について、第3章はCr添加フォルステライト(Mg2SiO4)結晶について、第4章はCr添加メリライト系(Ca2MgSi2O7,Ca2Al2SiO7,Ca2Ga2SiO7,Ca2Ga2GeO7)結晶について、第5章は考察、第6章は結論、となっている。以下に論文内容を抄録する。 まず第1章では、今まで試みられてきたいくつかの実験結果が紹介されている。とくに著者らが共同で開発した、4価のクロムイオン(Cr4+)による珪酸塩結晶の波長可変レーザーに関する研究が詳しく説明され、それらが本研究の大きな動機づけとなったことが述べられている。 第2章では、本研究における珪酸塩結晶の作成法について紹介されている。Cr添加フォルステライトについてはチョクラルスキー法が、Cr添加メリライト系に関してはチョクラルスキー法と浮遊帯溶融法が併用され、光学測定に充分な大きさ・品質の単結晶が育成された。その際、育成炉の雰囲気の制御が行われた。また、室温から4.2Kまでの光吸収、レーザー励起発光などの光学測定法が説明されている。 第3章ではCrのみ、およびCr,Li添加フォルステライト結晶について光学測定の実験結果および考察がなされている。Cr添加結晶では800nmに幅広い発光ピークを持つが、Cr,Li添加結晶では750nmにピークを持ち、低温で非常に鋭くなる。これらの発光は4配位位置を置換したCr3+によるものと同定され、Liを加えた場合にはMg空孔が消滅して結晶場が強まるためであろうと考えられている。 第4章では、Cr添加メリライト系結晶について実験結果が記載されている。ここではほとんどのクロムイオンはCr4+の形で4配位位置を置換し、育成雰囲気によっては一部Cr6+となっていることが結論された。また発光スペクトルの位置が結晶の種類によってほとんど移動しないことから、結晶のCrO4基の形状には種類で変化がないことが示唆された。 第5章ではまずCrの価数と母結晶の構造との関係が議論されている。同一雰囲気での育成によってフォルステライトにはCr3+とCr4+が、メリライトにはCr4+のみが安定に存在することから、位置選択性の原則がより重要であることが明らかとされた。つぎにCr3+とCr4+が共存するフォルステライトの場合の発光について考察し、これには両者間でエネルギー移動があると結論された。さらにCr3+とCr4+の発光寿命の違いについて検討した結果、Cr3+に関しては輻射遷移と非輻射遷移との競争によってよく説明されるが、メリライト結晶のCr4+についてはサイトの特徴からもたらされる非輻射遷移の影響が極めて大きいこと、などが明らかにされた。 第6章ではこれらの内容がまとめられている。 以上の要約が示したように本論文は、珪酸塩結晶内にクロムイオンが取り込まれたとき、その価数分布は結晶生成時の雰囲気、母結晶内のサイトの種類やイオンの価数、共存する別種イオン等によって大きな影響を受け、その結果生じた結晶場の変化によって光学的性質も大きく変わることが明確になった。これらのことは珪酸塩結晶の生成時における微量不純物の物理的・化学的挙動を理解する上で極めて有用であり、本研究によって得られた知見は、珪酸塩鉱物の研究に少なからぬ進歩をもたらしたものと考えられる。また鉱物の光学的性の解明に対しても重要な示唆を与えるものであり、鉱物学全般の進歩にも少なからぬ寄与をもたらすものであることを審査員一同認めた。よって本論文は博士(理学)論文として合格と判定された。 |