VMO-Iは、オボムシン、リゾチームと共に、ニワトリ卵黄膜を構成する蛋白質である。VMO-Iはリゾチームと一次構造上の相同性はないにもかかわらず同様な糖分解活性を有しているが、その活性は低くむしろ逆反応の活性が高い。163ヶのアミノ酸残基からなる1本鎖の蛋白質であり、一次構造上53残基からなる3回繰り返し構造が存在するという特徴がある。CDスペクトルは通常の粒状蛋白質とは異なり、ランダムコイルに近いスペクトルを示す。この蛋白質の構造と機能の関係およびフォールディングを明らかにするため、X線構造解析によって立体構造の決定を行った。 解析に適した結晶を得るための結晶化条件の検討と、良好な重原子誘導体を得るための重原子試薬の探索に長い年月を費やした後、重原子同型置換法によって位相を決定した。しかし、各重原子誘導体とも重原子の占有率が低く位相決定力が弱いために電子密度図の解釈は難航し、これまでに知られている3種の位相改善法を駆使することによってはじめて、全構造の解明に成功した。 VMO-Iの立体構造は、3つの類似した構造単位が分子内三回回転軸のまわりに並ぶプリズム状の構造をとっており、それぞれの構造単位がGreek key motifと呼ばれる4本の-ストランドからなる-シート構造をとって、プリズムの側面の壁を形成している。この壁の内部は疎水性アミノ酸側鎖で埋められ、分子の上部と下部ではそれぞれ3対の水素結合が構造単位間を結び分子骨格を安定化しているのが特徴的である。 基質結合部位は、プリズム構造の2つの底面のうち、凹面を形成する方と推定された。基質であるN-アセチルグルコサミン5量体についてドッキングシミュレーションを行い、酵素と基質の相互作用の様子を推定した。結合様式とリガンドコンフォメーションの全可能性を網羅する探索によって得られた最安定複合体モデルでは、切断部位である4番目と5番目の糖との間に触媒基であるGlu,Aspが、2番目の糖付近にTrpが存在しており、これらの残基の空間的位置関係はリゾチームと酷似していることから、同様の反応機構が示唆された。 また、蛋白質のドメイン構造は二次構造の組み合わせ方から様々なファミリーに分類されるが、その安定な組み合わせ数はある程度限られているといわれており、これまでに-バレルなど100余しか見出されていない。VMO-Iのドメイン構造は、これまでに知られたどのファミリーにも属さない新規なものあることが判明し、-プリズム構造と命名された。 このように本研究は、その生理的意義は未だ不明ながら鳥類卵黄膜に一般的に存在する蛋白質VMO-Iの立体構造を明らかにすることにより、その機能を原子レベルで考察にすることを可能にし、さらに新しいドメイン構造のファミリーを発見した点で、蛋白結晶学、蛋白構造学、薬学の分野の進展に貢献するものと評価された。以上により本論文は博士(薬学)の学位を受けるに充分な内容を有すると認定した。 |