学位論文要旨



No 212081
著者(漢字) 清水,敏之
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,トシユキ
標題(和) ニワトリ卵黄膜由来の蛋白質VMO-Iの結晶構造解析
標題(洋)
報告番号 212081
報告番号 乙12081
学位授与日 1995.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第12081号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 板井,昭子
 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 嶋田,一夫
内容要旨 序論

 ニワトリ卵黄膜外膜はオボムシン,リゾチーム,VMO-I,VMO-IIという可溶性の蛋白質で構成されている。VMO-I(Vitelline Mernbrane Outer Layer Protein I)は1982年に初めて報告され、その後単離方法が確立しその性質が明らかになってきている。図1は様々な鳥類の卵黄膜抽出物のSDSページとニワトリのVMO-Iの抗体でのウエスタンプロットの結果である。いずれにおいても調べたすべての鳥類でVMO-Iに相当するバンドが検出されたことから、VMO-Iは鳥類の卵黄膜にかなり普遍的に存在しているものと考えられる。

 VMO-Iの生理学的役割は不明であるが、リゾチームと同様な糖分解活性が知られており、リゾチームに比べると分解活性はかなり低いがその逆反応はむしろ高いというデータが得られている。リゾチームと一次構造でのホモロジーはないにもかかわらず類似した活性を有し、その構造と機能の関係に興味がもたれた。

 VMO-Iは163アミノ酸残基からなり、S-S結合を4本含み、一次配列には約53残基からなる三回の繰り返し構造が存在する。一方VMO-IのCDスペクトルは通常の球状蛋白質のものとは著しく異なりランダムコイルに近いスペクトルを示し(図2)、フォールディングの面からも興味がもたれた。

 以上の2つの点を解明するには立体構造の情報が必須である。そこでこの蛋白質のX線結晶構造解析を行なった。

立体構造決定1)結晶化

 沈殿剤として硫安や塩化カリウム、ポリエチレングリコールなどを用い、塩基性から酸性に至るまで様々な条件を試してみた。塩基性条件下で得られた結晶(Form I)は、X線解析に適さなかった。表1に示すように酸性条件下で結晶化したとき、少なくとも2.2Aまでの分解能をもつ良好な結晶(Form II)が得られた。この結晶は空間群P212121で、非対称単位中には2分子含まれていた。結晶学的データを表2にまとめた。

図表図1 様々な鳥類の卵黄抽出物のSDSページとニワトリVMO-Iに対する抗体を用いたウエスタンブロットの結果 / 図2 CDスペクトル / 表1 良好な結晶(FormII)が得られた結晶化条件 / 表2 Form I,IIの結晶学的データ
2)重原子探索と位相決定

 VMO-Iの初期構造を得るための位相は重原子同型置換法(MIR)により決定した。約60種類の重原子試薬を浸漬時間や濃度を変えて、計数百条件を試してみた。VMO-IにはフリーのCysやMetが含まれていないことも一因となって重原子探索は難航し、多くの試薬は強度変化を示さなかったり、或いは強い非同型性を示した。最終的にオスミウム、白金、水銀の3種類の重原子誘導体を用いた。重原子パラメータを精密化して初期位相を決定した。しかし各重原子誘導体とも重原子の占有率が低く同型性も良好ではなかった。それ故、位相決定力が低くなり、得られた電子密度図のS/N比も低く、主鎖を示す電子密度が多くの場所でとぎれておりペプチド鎖を追うことは不可能であった。解釈可能な電子密度図を得るためにはより良好な重原子誘導体が必要であったが、多くの条件・試薬を試し尽くしており、これ以上の重原子探索は断念せざるを得なかった。

3)電子密度の改良(位相改善)

 そこで本研究者は電子密度の側から計算的に位相を改善していく方法、位相改善法を適用することにした。これにより質の悪い電子密度でも解釈可能になる場合があるからである。しかし必ずしも成功するわけではなく、適用しても解析が成功に至らない場合も多い。本研究では位相改善法として、溶媒平滑化、重原子パラメータの再精密化、分子平均化という三方法を用いた。前二法の適用で電子密度図は徐々に改善されていったものの、依然としてペプチド鎖を追うことは不可能であった。最後に分子平均化法の適用によって電子密度図が飛躍的に改善され、ペプチド鎖を追うことが可能となった。

4)分子モデルの構築と精密化

 分子平均化した電子密度図上でCaと思われる位置に原子を置いていき、電子密度表示とモデル構築のためのプログラムOによってCaから主鎖、側鎖を発生させ一分子のモデルを作り出した。この後、重原子位置より求めた非結晶学的な位置関係に基づいて非対称単位中の独立な二分子のモデルを発生させた。

 このモデルをもとに分子動力学法による精密化プログラムX-PLORを用いて、構造の精密化を行なった。最終的に6.0-2.2Aの強度データに対しR因子は18.8%となった。

結果と考察1)立体構造とフォールデイング

 VMO-I分子のぺプチド鎖の流れを図3-(a)に模式的に示す。VMO-Iは3つの類似した構造単位から構成されていた。各構造単位を約120°回転させるとよく重なりあうことから(図3-(b))、一次構造上の3回の繰り返し構造に対応して、三次構造も相同な3つの構造から構成され、しかもそれらがほぼ完全な分子内三回回転軸の周りに配置していることが判明した。各構造単位のトポロジーがよくわかるように表わしたのが図3-(c)である。各構造単位は-sheetを含み、すべての-sheetはGreek key motifを有するので各単位をGreek key構造と呼ぶことにする。

 さらに、立体構造上の3つの繰り返し単位を一次構造に表わしたものを図3-(d)に示す。最初提唱されていた並べ方とは異なり、N末側とC末側で1つのGreek key構造が構成されていた。3つのGreek key構造間には若干の構造の違いがある。一番目は2つの長い-strandと3つの短い-strandからなる-sheetであったが、二番目は短い-strandを1つ欠いている。代りにその対応する領域ではセリン残基の側鎖が隣の-strandと水素結合を作っている。三番目はN末からの3つの短い-strandとC末からの2つの長い-strandから構成されている。

 また、図3-(a)からわかるように3つの-sheetはプリズムのような三角柱側面の壁を形成し、この壁によって囲まれた分子内部は疎水性残基で埋められている。分子の上部と下部にはGreek key構造間にそれぞれ3対の水素結合が存在し(図3-(e))、さらに分子下部には各-sheetを結び付けているS-S結合が存在して分子骨格を安定化している。

図3 VMO-Iの立体構造とフォールディング
2)基質結合部位の推定

 基質結合部位としては、分子上部に存在する長い-strandを結ぶ3本のループで囲まれたくぼみが考えられた(図4)。他にはVMO-Iにくぼみは存在しない。このくぼみは、ループの付け根付近にあるAsp,Gluに起因して、静電ポテンシャルが負の環境になっている(図4)。

 このくぼみを基質結合部位として、基質であるN-アセチルグルコサミン(NAG5)とのドッキングスタディを行い、VMO-I分子との安定な複合体構造を推定してみた。エネルギー計算から得られた最も安定な複合体構造を図5に示す。リゾチームにおいてはAsp,Gluが触媒基であり、さらにTrpが基質の結合に重要であることがわかっている。VMO-IとNAG5の複合体構造においても、基質の切断箇所である4番目と5番目の糖との間に触媒基候補であるGlu,Aspが向かい合い、2番目の糖の付近にTrpが配置していた。IMO-Iがリゾチームと一次構造上の相同性はなく、フォールディングも完全に異なるにもかかわらず、リゾチームで活性に関与するアミノ酸残基が立体的に似た配置でVMO-Iに見い出されたのは興味深い。

3)新しいファミリー

 蛋白質の密な球状構造部分はドメインと呼ばれ、ドメイン構造には主として,/,の3つがある。各ドメイン構造は、二次構造の組合わせ方から様々なファミリーに分類される。構造解析された蛋白質の数が増えている割には、ファミリーの数はそれほど増えておらず、現在までに百数十種類程しか知られていない。このことは新しいファミリーの発見の難しさを物語っている。

 本研究の成果の重要な点の一つはVMO-Iが新しいファミリーに属することがわかったことである。この発見をもとに調べたところ、既に解析されていた昆虫毒素である-endotoxinの二番目のドメインが共通のfolding topologyを有しており(図6)、同じファミリーを形成していることが判明した。このファミリーは-prismと名付けられた。この2つの蛋白質のフォールディングを比べると、図7に示す通り-endotoxinでは-helixが存在し、その結果、分子内部の三回軸がVMO-Iの方がずっと明瞭であるなどの相違点がみられたが、Greek key motifをとっていることなど、両者の間には確かに構造的な類似性が存在している。

図表図4 基質結合部位と推定されるくぼみ / 図5 VMO-Iと基質(NAG5)の最安定複合体構造 / 図6 VMO-Iと-endotoxin domain IIのトポロジーダイアグラム図 / 図7 VMO-Iと-endotoxin domain IIのリボンモデルを重ね合わせた図(断面)

 -prismファミリーはこれから様々な蛋白質で見い出される可能性がある。

結語

 ニワトリ卵黄膜由来の蛋白質VMO-Iの立体構造をX線構造解析により決定した。3種の位相改善法を適用することにより、同型置換法で得られた位相を改善して全構造を決定することができた。その結果、VMO-Iがほぼ同一の3つのGreek key構造が3回軸の周りに配置したプリズム状の構造をとっており、-prismと呼ばれる新しいファミリーに属するフォールディングを有していることを明らかにした。

 さらに、ドッキングスタディによって基質の安定複合体を推定し、リゾチームと同じアミノ酸残基が類似した位置関係で活性に関与することを推定することができた。

 本研究はVMO-Iの機能や性質を考察するための基礎的な知見を与え、さらに構造生物学上貴重な知見を与えるものである。

審査要旨

 VMO-Iは、オボムシン、リゾチームと共に、ニワトリ卵黄膜を構成する蛋白質である。VMO-Iはリゾチームと一次構造上の相同性はないにもかかわらず同様な糖分解活性を有しているが、その活性は低くむしろ逆反応の活性が高い。163ヶのアミノ酸残基からなる1本鎖の蛋白質であり、一次構造上53残基からなる3回繰り返し構造が存在するという特徴がある。CDスペクトルは通常の粒状蛋白質とは異なり、ランダムコイルに近いスペクトルを示す。この蛋白質の構造と機能の関係およびフォールディングを明らかにするため、X線構造解析によって立体構造の決定を行った。

 解析に適した結晶を得るための結晶化条件の検討と、良好な重原子誘導体を得るための重原子試薬の探索に長い年月を費やした後、重原子同型置換法によって位相を決定した。しかし、各重原子誘導体とも重原子の占有率が低く位相決定力が弱いために電子密度図の解釈は難航し、これまでに知られている3種の位相改善法を駆使することによってはじめて、全構造の解明に成功した。

 VMO-Iの立体構造は、3つの類似した構造単位が分子内三回回転軸のまわりに並ぶプリズム状の構造をとっており、それぞれの構造単位がGreek key motifと呼ばれる4本の-ストランドからなる-シート構造をとって、プリズムの側面の壁を形成している。この壁の内部は疎水性アミノ酸側鎖で埋められ、分子の上部と下部ではそれぞれ3対の水素結合が構造単位間を結び分子骨格を安定化しているのが特徴的である。

 基質結合部位は、プリズム構造の2つの底面のうち、凹面を形成する方と推定された。基質であるN-アセチルグルコサミン5量体についてドッキングシミュレーションを行い、酵素と基質の相互作用の様子を推定した。結合様式とリガンドコンフォメーションの全可能性を網羅する探索によって得られた最安定複合体モデルでは、切断部位である4番目と5番目の糖との間に触媒基であるGlu,Aspが、2番目の糖付近にTrpが存在しており、これらの残基の空間的位置関係はリゾチームと酷似していることから、同様の反応機構が示唆された。

 また、蛋白質のドメイン構造は二次構造の組み合わせ方から様々なファミリーに分類されるが、その安定な組み合わせ数はある程度限られているといわれており、これまでに-バレルなど100余しか見出されていない。VMO-Iのドメイン構造は、これまでに知られたどのファミリーにも属さない新規なものあることが判明し、-プリズム構造と命名された。

 このように本研究は、その生理的意義は未だ不明ながら鳥類卵黄膜に一般的に存在する蛋白質VMO-Iの立体構造を明らかにすることにより、その機能を原子レベルで考察にすることを可能にし、さらに新しいドメイン構造のファミリーを発見した点で、蛋白結晶学、蛋白構造学、薬学の分野の進展に貢献するものと評価された。以上により本論文は博士(薬学)の学位を受けるに充分な内容を有すると認定した。

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