堆積軟岩は、首都圏のみならず全国に亘って広く分布しており、近年長大橋梁基礎・超高層ビル・LNGタンク等大型重要構造物の基礎地盤として、および大深度掘削問題に関連して、その力学特性の正確な把握が必要になってきている。 従来、土質工学は主にセメンテーションが無いか非常に小さくて亀裂等の不連続性が無い地盤を、岩盤力学は主に上記二つの要因が主である硬岩の岩盤を扱って来た。しかし、堆積軟岩は剛性と強度が両者の中間的値であり、セメンテーションと不連続性の影響に関しても中間的性質を持つため、堆積軟岩の力学的性質の調査・設計方法には混乱が見られてきた。特に、異なった調査方法(原位置でのせん断弾性波速度測定・孔内水平載荷試験・平板載荷試験と室内での超音波速度測定・三軸圧縮試験・一軸圧縮試験)で得られる剛性は相互に著しく異なりつつも、原地盤の不連続性のために不一致は当然であると受けとめられる傾向が強かった。 しかし、それらの値の相互関連が明らかでないため設計値の選択に困難を来たしている場合が多い。また、地震時と常時に対する設計で用いる変形係数が関連なく決定される傾向にある。特に、常時に対する設計において、従来の原位置・室内靜的載荷試験で得られる剛性を用いて数値解析を行うと、工事に伴う地盤の変形をかなり過大評価することが知られている。しかし、その原因は必ずしも明らかになっていなかった。 本研究は、従来不明な点が非常に多かった堆積軟岩(泥岩)の力学的性質を、神奈川県相模原市での約150万年前の堆積軟岩〈泥岩)で、深さ50mまでの立坑と直径8mのトンネルの大規模試験掘削工事とその工事に伴う地盤変位の現場観測を行うとともに、系統的で詳細かつ精密な原位置試験と室内試験を行い、また数値解析を行うことによって明らかにしている。その結果、以下のいくつかの重要で新しい知見を得た。 (1)本試験掘削工事では、通常の工事の場合よりも非常に軽い支保工を試験的に用いている。その結果、地盤内のひずみレベルは0.2%以下、応力の安全率は2以上であった。このことは、この種の地盤の設計問題において、これ以下の微小ひずみレベルでの剛性(変形特性)を正確に求める必要があることを示している。一方、従来慣用的に設計で用いられてきた一軸圧縮試験による変形係数を用いた計算値は、著しく実測値とかけ離れた不合理な結果を与えることが分かった。また、堆積軟岩地盤内での掘削に対しては、従来、古典的土圧論(塑性論)に基づく非常に大きな設計土圧が設定されているが、実測土圧はそれよりも遙かに小さかった。つまり、実際の堆積軟岩地盤は、破壊よりも相当遠い状態にあり、剛性も従来考えられていたよりも相当大きい。このことは、堆積軟岩での大深度地下開発において、本研究において開発したような経済的掘削工法の適用が可能であることを示している。 (2)従来の一軸・三軸圧縮試験、平板載荷試験・孔内水平載荷試験で求められる剛性は、0.5%程度以上のひずみレベルでの剛性であり、原地盤内のより小さいひずみレベルでの状態に対応しておらず、地盤内の剛性を相当過小評価している。さらに、これら原位置試験・室内試験の変形係数の解釈は、弾性論を用いた線形変形係数としての取り扱いしかなされていないのが一般的であり、変形特性のひずみレベル依存性が考慮されないのが普通であった。これらのことが、予測値が実測値を非常に過大評価する主たる要因であることが分かった。 (3)従来の調査および試験方法で原位置剛性を過小評価する主な要因は、以下の通りである。 a)通常の一軸・三軸圧縮試験では載荷ピストンや供試体のキャップの軸変位を測定して軸ひずみを求めと、供試体端面付近での乱れた層や排水層の過大な変形と供試体上下端とキャップ・ペデスタルとの不完全接触のために実際の軸ひずみを相当過大評価する。従って、供試体側面で軸圧縮を直接測定することが必要である。 b)圧密三軸圧縮試験により、0.0001%から数%までの非常な広範囲なひずみレベルでの形係数は連続的に測定した。その結果、0.005%程度以上のひずみレベルでは変形特性に明確な非線形性がある。このため、異なるひずみレベルでは異なる変形係数が測定される。 c)0.001%以下のひずみレベルでの変形は可逆性であり載荷速度の影響は非常に小さくて弾性的であり、弾性ひずみに対する剛性は原位置せん断弾性波速度による剛性とほぼ一致する。従って、従来言われてきた動弾性係数と静弾性係数の区別は見かけのものである。 d)一軸圧縮試験(及び一軸状態での超音波速度測定)では供試体の乱れの影響が大きく、原位置の剛性を著しく過小評価する傾向にある。しかし、原位置地盤内圧力レベル以上では泥岩の剛性は圧密拘束圧に依存しない。ただし、掘削問題においては施工上、原地盤が部分的に一軸状態に近い場合もあり得ることを考慮する必要がある。 (4)異なった各種原位置試験と室内試験及び原位置挙動による非常に異なった剛性を、変形係数の非線形性を考慮して同一のひずみレベルで比較すると相互に整合する。この際、第二義的要因として排水条件とクリープ変形の影響を考慮する必要がある。同様に、各変形係数をその変形係数が得られたせん断応力レベルに応じて比較するとすべて整合する。すなわち、異なった方法で異なった変形特性が得られても、直ちにこの理由を試験法もしくは測定法の違いによる原因不明の相違、あるいは地盤の不確実性のためとするのは適切ではない。室内コア試料による物性は、原位置試験による物性と整合する。同時に、原位置挙動から得られた物性とも整合する。つまり、今回検討した堆積軟岩(泥岩)では亀裂等不連続性の影響は小さく、土質力学的取り扱いが可能であり、室内三軸圧縮試験の結果から原位置挙動を予測し得る。また、実務における混乱を防止するため、全ての試験において、変形係数とそれを定義したひずみレベルあるいはせん断応力レベルを併記することを提案した。 (5)原位置せん断弾性波速度から求められる変形特性を活用し、変形係数のひずみレベル依存性を考慮して地震時のみならず常時の設計に対する堆積軟岩の剛性を推定する方法を提案した。この方法によれば、線形変形係数を用いた計算値でも実測値と非常に良い対応を示す。つまり、一軸圧縮試験および孔内水平載荷試験による変形係数を用いた従来の慣用的設計に対して、非常に合理的設計が可能となることを示した。 以上のように、本研究は堆積軟岩を対象とした今後の設計実務において新しい展開を示す知見を得た。 |