学位論文要旨



No 212082
著者(漢字) 越智,健三
著者(英字)
著者(カナ) オチ,ケンゾウ
標題(和) 大深度地下空洞の掘削と原位置挙動・原位置試験・室内試験による堆積軟岩の変形特性
標題(洋)
報告番号 212082
報告番号 乙12082
学位授与日 1995.02.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12082号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 石原,研而
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 助教授 堀井,秀之
 東京大学 助教授 小澤,一雅
内容要旨

 堆積軟岩は、首都圏のみならず全国に亘って広く分布しており、近年長大橋梁基礎・超高層ビル・LNGタンク等大型重要構造物の基礎地盤として、および大深度掘削問題に関連して、その力学特性の正確な把握が必要になってきている。

 従来、土質工学は主にセメンテーションが無いか非常に小さくて亀裂等の不連続性が無い地盤を、岩盤力学は主に上記二つの要因が主である硬岩の岩盤を扱って来た。しかし、堆積軟岩は剛性と強度が両者の中間的値であり、セメンテーションと不連続性の影響に関しても中間的性質を持つため、堆積軟岩の力学的性質の調査・設計方法には混乱が見られてきた。特に、異なった調査方法(原位置でのせん断弾性波速度測定・孔内水平載荷試験・平板載荷試験と室内での超音波速度測定・三軸圧縮試験・一軸圧縮試験)で得られる剛性は相互に著しく異なりつつも、原地盤の不連続性のために不一致は当然であると受けとめられる傾向が強かった。

 しかし、それらの値の相互関連が明らかでないため設計値の選択に困難を来たしている場合が多い。また、地震時と常時に対する設計で用いる変形係数が関連なく決定される傾向にある。特に、常時に対する設計において、従来の原位置・室内靜的載荷試験で得られる剛性を用いて数値解析を行うと、工事に伴う地盤の変形をかなり過大評価することが知られている。しかし、その原因は必ずしも明らかになっていなかった。

 本研究は、従来不明な点が非常に多かった堆積軟岩(泥岩)の力学的性質を、神奈川県相模原市での約150万年前の堆積軟岩〈泥岩)で、深さ50mまでの立坑と直径8mのトンネルの大規模試験掘削工事とその工事に伴う地盤変位の現場観測を行うとともに、系統的で詳細かつ精密な原位置試験と室内試験を行い、また数値解析を行うことによって明らかにしている。その結果、以下のいくつかの重要で新しい知見を得た。

 (1)本試験掘削工事では、通常の工事の場合よりも非常に軽い支保工を試験的に用いている。その結果、地盤内のひずみレベルは0.2%以下、応力の安全率は2以上であった。このことは、この種の地盤の設計問題において、これ以下の微小ひずみレベルでの剛性(変形特性)を正確に求める必要があることを示している。一方、従来慣用的に設計で用いられてきた一軸圧縮試験による変形係数を用いた計算値は、著しく実測値とかけ離れた不合理な結果を与えることが分かった。また、堆積軟岩地盤内での掘削に対しては、従来、古典的土圧論(塑性論)に基づく非常に大きな設計土圧が設定されているが、実測土圧はそれよりも遙かに小さかった。つまり、実際の堆積軟岩地盤は、破壊よりも相当遠い状態にあり、剛性も従来考えられていたよりも相当大きい。このことは、堆積軟岩での大深度地下開発において、本研究において開発したような経済的掘削工法の適用が可能であることを示している。

 (2)従来の一軸・三軸圧縮試験、平板載荷試験・孔内水平載荷試験で求められる剛性は、0.5%程度以上のひずみレベルでの剛性であり、原地盤内のより小さいひずみレベルでの状態に対応しておらず、地盤内の剛性を相当過小評価している。さらに、これら原位置試験・室内試験の変形係数の解釈は、弾性論を用いた線形変形係数としての取り扱いしかなされていないのが一般的であり、変形特性のひずみレベル依存性が考慮されないのが普通であった。これらのことが、予測値が実測値を非常に過大評価する主たる要因であることが分かった。

 (3)従来の調査および試験方法で原位置剛性を過小評価する主な要因は、以下の通りである。

 a)通常の一軸・三軸圧縮試験では載荷ピストンや供試体のキャップの軸変位を測定して軸ひずみを求めと、供試体端面付近での乱れた層や排水層の過大な変形と供試体上下端とキャップ・ペデスタルとの不完全接触のために実際の軸ひずみを相当過大評価する。従って、供試体側面で軸圧縮を直接測定することが必要である。

 b)圧密三軸圧縮試験により、0.0001%から数%までの非常な広範囲なひずみレベルでの形係数は連続的に測定した。その結果、0.005%程度以上のひずみレベルでは変形特性に明確な非線形性がある。このため、異なるひずみレベルでは異なる変形係数が測定される。

 c)0.001%以下のひずみレベルでの変形は可逆性であり載荷速度の影響は非常に小さくて弾性的であり、弾性ひずみに対する剛性は原位置せん断弾性波速度による剛性とほぼ一致する。従って、従来言われてきた動弾性係数と静弾性係数の区別は見かけのものである。

 d)一軸圧縮試験(及び一軸状態での超音波速度測定)では供試体の乱れの影響が大きく、原位置の剛性を著しく過小評価する傾向にある。しかし、原位置地盤内圧力レベル以上では泥岩の剛性は圧密拘束圧に依存しない。ただし、掘削問題においては施工上、原地盤が部分的に一軸状態に近い場合もあり得ることを考慮する必要がある。

 (4)異なった各種原位置試験と室内試験及び原位置挙動による非常に異なった剛性を、変形係数の非線形性を考慮して同一のひずみレベルで比較すると相互に整合する。この際、第二義的要因として排水条件とクリープ変形の影響を考慮する必要がある。同様に、各変形係数をその変形係数が得られたせん断応力レベルに応じて比較するとすべて整合する。すなわち、異なった方法で異なった変形特性が得られても、直ちにこの理由を試験法もしくは測定法の違いによる原因不明の相違、あるいは地盤の不確実性のためとするのは適切ではない。室内コア試料による物性は、原位置試験による物性と整合する。同時に、原位置挙動から得られた物性とも整合する。つまり、今回検討した堆積軟岩(泥岩)では亀裂等不連続性の影響は小さく、土質力学的取り扱いが可能であり、室内三軸圧縮試験の結果から原位置挙動を予測し得る。また、実務における混乱を防止するため、全ての試験において、変形係数とそれを定義したひずみレベルあるいはせん断応力レベルを併記することを提案した。

 (5)原位置せん断弾性波速度から求められる変形特性を活用し、変形係数のひずみレベル依存性を考慮して地震時のみならず常時の設計に対する堆積軟岩の剛性を推定する方法を提案した。この方法によれば、線形変形係数を用いた計算値でも実測値と非常に良い対応を示す。つまり、一軸圧縮試験および孔内水平載荷試験による変形係数を用いた従来の慣用的設計に対して、非常に合理的設計が可能となることを示した。

 以上のように、本研究は堆積軟岩を対象とした今後の設計実務において新しい展開を示す知見を得た。

審査要旨

 わが国の広い地域が、堆積軟岩地盤から成り立っている。従来から、堆積軟岩地盤は大型構造物の基礎地盤としても広く使用されてきたが、その場合は土砂地盤よりも十分安定している地盤として扱われ、その変形・強度特性を詳細に調査することは行われてこなかった。一方、非常に重要で極めて大型の構造物の対象地盤としては、硬岩地盤よりも低質な地盤であるとして、避けられてきた傾向があった。しかし、近年地盤条件よりも社会的要求から、巨大橋梁、大型フィルダム、原子力発電所等の建設や、超大型地下タンクのための大深度掘削を堆積軟岩地盤に行わざるを得ない場合が増えてきている。その場合、地盤の破壊に対する安全率が十分大きいこととともに、作用荷重に対して生じる地盤の変形と構造物の変位が、構造物の機能の障害を与えないほど、近接構造物に与える影響が無視できるほど十分に小さいことを確認する必要がある。後者の予測には、地盤の変形特性を知る必要がある。

 地盤の剛性の測定法としては、一般に弾性波探査・平板載荷試験・孔内水平方向載荷試験等の原位置試験、一軸圧縮試験・三軸圧縮試験・超音波速度測定等の室内試験が行われているが、求められた変形係数は大幅に異なるのが普通である。堆積軟岩に対しては、従来は弾性波測定により求められたヤング率を動弾性係数、孔内水平方向載荷試験や一軸圧縮試験で求められたヤング率は静弾性係数と呼んでいて、動弾性係数は静弾性係数よりも10倍から100倍も大きいのが普通である。しかし、これらの相違の原因を系統的に研究した例はほとんど無い。通常、静弾性係数を用いて予測された静的荷重に対して予測した地盤変形・構造物変位は、実測の地盤変位・構造物変位を大幅に過大評価している例が多い。しかし、その原因を追求した例はほとんど無い。したがって、堆積軟岩の変形係数に関する地盤調査方法と物性に対して、諸試験基準・設計法、研究者・実務者の間で統一的見解がない。

 本論文は、首都圏の基礎地盤の一つである泥岩質の上総層群堆積軟岩地盤の変形係数を、系統的に詳細で長期に亘る原位置挙動観測・原位置試験・室内試験・数値解析により研究し、上記諸課題の主要な部分を解明した結果をまとめたものである。

 第1章は、上に述べた本研究の背景と既往の研究をとりまとめてある。従来、地盤を非線形で圧力レベル依存性の連続体として扱い比較的大きなひずみレベルを対象とする土質工学的研究調査手法と、地盤を非連続な弾性体の集合体として扱い小さな変形量を対象とする岩盤力学的研究調査手法の間にあって、弱非線形で対象とするひずみが比較的小さい堆積軟岩地盤に適切な研究調査手法を適用した例がほとんど無かったことを指摘している。

 第2章は、本研究のために相模原市に深さ50mの大深度立坑を掘削し、その底部に直径8mのトンネルを建設した堆積軟岩地盤の地質概要と、従来手法による岩盤としての評価の結果をまとめている。本対象地盤は、地質年代100-200万年の第四紀初期の泥岩質の堆積軟岩であり、亀裂が少なく連続性の高い地盤であり、この堆積軟岩は首都圏の基礎地盤としては、一般的なものであることを示している。

 第3章は、実験用立坑・トンネルの設計・構造・施工の詳細をとりまとめている。特に、従来の設計法である側圧法によって支保工を設計すると、深度が大きくなるほど非常に大きな土圧に対して非常に剛で密な支保工を用いることになるが、本実験工事では従来の設計法は過大に安全側であることを証明するために、従来の実施工では用いない非常に軽い支保工しか用いないことにした経緯、そのための予備数値計算の結果をまとめてある。

 第4章は、実験用立坑・トンネルの施工に伴い支保工に発生した土圧、傾斜計等で計測した立坑・トンネル周辺の地盤の変形の計測結果の詳細をとりまとめたものである。非常に軽い支保工を用いたにもかかわらず、地盤変形は大変小さくて地盤内ひずみレベルは最大でも0.3%であること、2年以上の計測期間での地盤のクリープ変形はほとんどないこと、発生した土圧は従来の設計法で想定している値よりもはるかに小さいこと、大きさの異なる4種のトンネルの変形には寸法効果は見られず、地盤は圧力レベル依存性の無い非線形の連続体の挙動を示していること、また掘削に伴う地盤変形については水平地圧は鉛直地圧よりも大きいことを示していること、を述べている。

 第5章は、立坑掘削前に地表からと、深度35mまで掘削した立坑の底部から掘削したボーリング孔内で行った弾性波探査(PS検層)と孔内水平方向載荷試験、深度35mに掘削した試験横坑内と深さ50mのトンネル内で行った直径30cmと60cmの平板載荷試験,深度50mのトンネル切り羽面から行ったover coring法による地圧測定の結果をとりまとめてある。各種の孔内水平方向載荷試験を行っているが、装置と試験方法によって得られる地盤剛性値が大幅に異なること、平板載荷試験では平板と地盤の間にベッディングエラーが明瞭にみられたが、地盤内で測定したひずみと平板圧力の間には滑らかな関係が見られ連続性地盤の性質を示していること、地盤内ひずみの増加に伴って逆算された地盤剛性は低下すると言う非線形を示すこと、水平地圧は鉛直地圧よりも大きいと推定できること等、を述べている。

 第6章は、弾性波探査・平板載荷試験・孔内水平方向載荷試験の原位置試験と超音波速度測定・一軸圧縮試験・三軸圧縮試験の室内試験により求めた地盤剛性と、原位置地盤変形から数値解析で逆算した地盤剛性を比較している。従来の一軸圧縮試験によるヤング率は、試料の乱れ・コア試料端面と載荷面の間のベッディングエラー・変形係数を定義するひずみレベルが高すぎることにより、地盤変形から逆算したヤング率の1/15程度であり、全く信頼性のない値であることを示している。また、三軸圧縮試験で求めたベッディングエラーのない微小ひずみレベルでのヤング率は原位置弾性波探査により求めたヤング率と一致し、いわゆる動弾性係数と静弾性係数の区別は見かけのもので本質的なものではないこと、正確に測定された原位置試験と室内試験による各種のヤング率と地盤変形から逆算したヤング率を0.0001%から1.0%のひずみレベルに亘って比較して、測定法の違いによるヤング率の相違は主にひずみレベルの相違のためであること、地盤の実挙動を説明するヤング率は、原位置弾性波速度から求めたヤング率の約1/2であること、を示している。

 第7章は、結論である。

 以上要するに、本研究は堆積軟岩の非線形変形特性と堆積軟岩地盤の変形を精度良く予測する方法を具体的に提案しており、従来不明であった多くの点を明らかにしていて、土質工学の分野の研究と技術の進展に貢献する所が非常に大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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