学位論文要旨



No 212083
著者(漢字) 金谷,守
著者(英字)
著者(カナ) カナタニ,マモル
標題(和) 有効応力に基づく地盤の非線形地震応答解析手法の開発とその適用
標題(洋)
報告番号 212083
報告番号 乙12083
学位授与日 1995.02.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12083号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石原,研而
 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 助教授 山崎,文雄
 東京大学 助教授 堀,宗朗
内容要旨

 地下水で飽和した砂地盤に、地震時のような短時間の繰り返しせん断力が作用すると、地盤中の間隙水圧が上昇し、地盤の軟化にともなって変形が大きくなって行く。その究極の状態が砂地盤の液状化現象である。一方、地盤材料は極度の非線形性を有する材料であり、その強度や変形特性は、地盤を構成する土粒子間に作用する有効応力によって支配され、この有効応力は間隙水圧と密接な関係がある。従って、地震時における地盤の挙動をより本質的に解析するためには、時間の経過とともに変動する間隙水圧を追跡し、各時刻での有効応力状態に対応した地盤の剛性や強度を用いた解析を行う必要がある。

 本研究では、地盤や構造物の耐震設計を行う上で重要となる地震時における地盤中の間隙水圧変動や地盤の沈下といった変形量を予測するための解析手法として、有効応力に基づく時間領域での逐次非線形地震応答解析手法の開発とその適用性について検討を行った。

 砂のような粒状材料が繰り返しせん断応力を受けた時の非弾性的な変形挙動を数理モデルによって表現するために、中空ねじりせん断試験装置による砂の繰り返し排水せん断試験を行い、繰り返しせん断時における応力とダイレイタンシーの関係を調べた。その結果、応力の各折り返し時点までの応力比-塑性ひずみ増分比関係はほぼ直線的に変化すること、直線の勾配は繰り返し回数の増加にともなって大きくなり、その逆数は、応力の折り返し時点において蓄積している体積ひずみと応力の折り返し時点での有効応力比のもとで繰り返しせん断した時の最大体積ひずみの比によって表しうることを確認した。これらの傾向に着目し、砂に作用している応力比が過去に受けた最大の応力比より小さい領域で変化するときの応力比-塑性ひずみ増分比関係として、荷重の載荷履歴に依存した体積ひずみの蓄積度を表すパラメータを新たに導入した非関連流動則に基づく弾-塑性構成式を提案した。また、提案した構成式を用いて砂の非排水繰り返しせん断試験のシミュレーション解析を行い、砂の変形に及ぼすせん断応力の反転効果や液状化強度に及ぼすKo値の影響といった基本的な特性を良好に模擬できることを示した。

 次に、解析手法を土粒子骨格と間隙水の相互作用を考慮した連成有効応力解析法とするために、ビオの理論にしたがった二相混合体の運動方程式を用い、有限要素法による運動方程式の離散化ならびに上述の弾-塑性構成式の導入を図って、有効応力に基づく非線形地震応答解析手法を開発した。また、既に厳密解が求められている動的線形問題を対象とした比較解析を行って、解の精度を検証した。特にここでは、実際の地震動の卓越振動数に対応した振動数を持った荷重条件下で地盤の透水係数をパラメータとした解析を行い、砂地盤の現実的な透水係数(10-1cm/sec以下)の領域では、運動方程式の質量マトリックス中に含まれる非対角項すなわち土粒子骨格と間隙水の相互作用項を無視した対角質量マトリックスを用いた解析で十分な精度が保証できることを確かめた。これにより、大きな自由度を有するモデルの解析を陽解法によって効率的に解くことが可能となる。

 開発された解析手法の適用性を調べることを目的として、大型振動台を用いた地盤の模型振動実験とその数値シミュレーションを行った。ゆるい砂地盤を対象とした振動実験では、入力加速度が大きくなると地盤中の間隙水圧が液状化に近い状態まで上昇し、地盤の応答加速度が極端に低下するとともに大きな地盤沈下が発生した。一方、密な砂地盤では、大きな入力加速度のもとでもゆるい砂地盤の時のような液状化現象は生ぜず、振動中間隙水圧の一時的な低下が発生するサイクリックモビリティー現象が認められ、地盤の沈下量も大幅に小さくなることが確認された。これらの模型振動実験を対象とした数値シミュレーションにより、開発された解析法が、ゆるい砂地盤の液状化に至る過程における間隙水圧の上昇や応答加速度の低下、地盤の沈下を良好に模擬していることを示した。また、密な砂地盤のサイクリックモビリティー現象による間隙水圧変動についてもその傾向を概ね表現することが可能であることが確かめられた。さらに、2つの地点において実際に観測された中・大規模地震記録の数値シミュレーションを通じて、開発された解析法が地震時の地盤応答を概ね良好に模擬しうることを確認した。特に、大規模地震を対象とした解析から、従来の全応力に基づく非線形解析法では表現できなかったサイクリックモビリティー現象による応答加速度のスパイク状の波形をより現実的に表現できることが示された。

 さて、地震によって生ずる地盤の沈下量の予測は、耐震工学上重要な位置を占めており、上記のような詳細な解析はもとより、より簡易な方法で予測することが可能となればその工学的な意義は大きい。本研究では、せん断応力振幅一定の条件で砂や礫を繰り返し排水せん断した時の体積ひずみと繰り返し回数の関係が双曲線関係で近似できることに着目し、地下水以上の地盤や透水性が高い地盤に地震時のような不規則なせん断応力が作用した時の地盤の沈下量を、等価なせん断応力や繰り返し回数を用いて算定する方法(方法1)について提案した。一方、地下水以下で透水性が低く、地震時に地盤内の間隙水圧が大きく上昇するような地盤では沈下量も大きくなるため、地震によって生ずる間隙水圧の評価が必要となる。ここでは、等価線形解析といった既往の応答解析によって得られる地盤のせん断応力波形と上記の体積ひずみ-繰り返し回数の関係を用いて間隙水圧の上昇量を求め、間隙水圧の消散解析と組み合わせたハイブリッドな解析を行うことによって沈下量を算定する方法(方法2)について検討するとともに、地盤の平均液状化指数(液状化安全率の逆数の地盤深さに対する重み付き平均値で、1.0に近いほど液状化の程度が大きい)が0.6〜0.7以下であれば地震時沈下も小さく、間隙水圧の上昇を考慮しない方法1を用いても概ね妥当な沈下量を得ることができることを示した。また、これらの結果に基づいて、地震時における地盤の簡易沈下予測法のフローを提案した。

審査要旨

 地震時のような短時間の繰返し荷重が砂質地盤に加わると、間隙水圧が時間と共に上昇し、有効拘束圧が減少して砂のせん断剛性及び強度が著しく低下してくる。この究極の状態を液状化と呼び、この過程を時間的に逐次追跡していく地震応答解析のことを有効応力解析と呼んでいる。本論文は、この解析に必要な砂の変形構成則を検討し、数値解析法を開発し、更にその結果の妥当性を室内振動実験に照合して吟味し、更に実地震の解析に適用してみたものである。

 第1章は序論で、本研究の目的とその背景について述べている。

 第2章では、既往の関連した研究を概観考察し、本研究の位置づけと特徴を述べている。

 非線形解析法で採用される繰返し時の砂の変形構成式について塑性論に準拠したモデルに、いくつかの改良を施して検討したのが第3章である。まず、砂を繰り返し排水せん断したときの応力比一塑性ひずみ増分比関係の変化に着目し、載荷履歴に依存した体積ひずみの蓄積度を表わすパラメーターを導入し、繰返しに伴う除荷一再荷時の砂の変形特性の変化を的確に表現できるように工夫した。次に相対応力比の概念を導入してせん断応力の反転効果を合理的に評価できるようにした。更に、密な砂に対してサイクリックモビリティを考慮できるよう工夫した。

 第4章では非線形解析手法の基礎となる運動方程式と数値解析の方法について記述している。Biotの理論に基づく骨格と水部分を分離した運動方程式に対して、有限要素解析のための離散化を行い、時間領域で逐次解析する積分法を用いた。そして、これらの解析法に、先に示した弾塑性構成式を導入し、有効応力に基づいた二次元非線形連成解析法を作った。

 第5章は、大型せん断土層による振動実験およびその結果を数値シミュレーションによって解析検討したものである。直径3mのアルミ製円形リングを34個重ねて高さ3mの円筒形土槽を作り、その中に水で飽和した利根川砂を相対密度57%と86%になるよう堆積して振動台上で加振した。入力波形としては実地震で得られた加速度波形を用い、振幅を3〜4段階に漸増させて加振し、土中の間隙水圧と加速度を深さ方向6ケ所で測定した。その結果、間隙水圧が液状化点近傍まで上昇した時、加速度応答の低下や長周期化が観察された。一方、先に作成した有効応力連成解析法にて実験条件をシミュレートした解析を行い、実験結果と比較した。その結果、加速度応答の低下や長周期化を説明することができた。以上の一次元実験に加えて、深さ1mの飽和砂地盤の中に根入れ深さを変えた構造物モデルを設置した2次元の振動台実験も実施した。この場合についても2次元のシミュレーション解析を行い実験結果と比較した。そして構造物底面に入力する短周期成分の波の振巾の低下が著しいこと等を確認した。

 第6章では、まず茨城県の鹿島における鉛直アレー観測で得られた地震時の加速度と間隙水圧について考察している。2年余りの観測期間中に得られた地震は最大加速度で100ガル程度の中小地震で、間隙水圧の上昇もわずかであった。しかし、地盤調査と試験結果に基ずいて行った数値シミュレーション解析では、実際の地震時地震挙動を再現することができた。次に釧路沖地震(1993)の際に得られた釧路港湾地点での記録を取り上げ、シミュレーション解析の結果と比較した。そして、地表面の加速度波形の後半部に認められたサイクリックモビリティによる特徴的な波形を説明することができた。

 第7章は、液状化の発生に伴って生じる地盤の沈下量について考察したものである。繰返し載荷時における砂の堆積ひずみと繰返し回数との関係から、地震時のような不規則荷重が作用したときの沈下量を予測する簡便な方法を提案した。そして、その方法を第5章で述べた実験条件に適用して沈下量の推定を試みた。その結果は実測値とよい一致を示した。

 第8章は結論で、本研究の成果を総括している。

 以上を要するに、本研究は土の変形に関する構成則モデルを吟味改良して数値解析プログラムに組み入れた2次元の有効応力地震応答解析法を開発し、モデル実験によってその妥当性を確認したものである。その結果従来の全応力解析法では再現できなかったいくつかの応答特性を明らかにすることができた。これらの成果は土質工学と耐震工学の分野の発展に寄与するところが大きいと考えられる。よって本論文は学位請求論文として合格と認められる。

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