学位論文要旨



No 212084
著者(漢字) 岩本,政巳
著者(英字)
著者(カナ) イワモト,マサミ
標題(和) 吊形式橋梁に関するフラッターを中心とした空力振動予測
標題(洋)
報告番号 212084
報告番号 乙12084
学位授与日 1995.02.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12084号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 片山,恒雄
 東京大学 教授 東原,紘道
 東京大学 助教授 神田,順
 東京大学 講師 木村,吉郎
内容要旨

 吊橋、斜張橋等の吊形式橋梁は、高強度材料の開発、架設技術の進歩とともに長大化の傾向にある。これにともなう相対的な剛性の低下、固有振動数の低下により、橋梁の動的不安定現象がますます深刻な問題となりつつある。そのため、フラッター、ガスト応答、渦励振といった空力振動特性の照査が長大橋梁設計時の重要な検討項目となっている。橋梁の空力振動の中でとくに重要な現象はいうまでもなくフラッターである。ブラッターは構造物の運動により発生する非定常空気力による自励的な振動であり、ひとたび起これば構造物の崩壊につながる危険性がある。

 一般に、Bluffな断面形状を有する橋梁部材まわりの気流の流れは剥離をともなう複雑なものであるため、その空力特性を理論的に検討することは困難である。したがって、耐フラッター性をはじめとする橋梁の耐風性検討に際しては風洞実験による照査が行われる。基本的な風洞実験は、橋梁構造の一部分を模型化して行う部分模型実験である。耐風安定性がとくに問題となる長大橋梁については、部分模型実験に加えて、橋梁全体を模型化した全橋模型による風洞実験が実施される。この全橋模型実験は、橋梁全体の対風応答特性を直接予測できるため、最も信頼性が高い耐風性照査方法とされている。ただし、大規模な風洞と大型で精密な模型が必要となるため、容易に行えるものではない。一方、部分模型を用いた風洞実験より得られた基本断面の空力特性をもとに、振動理論を援用して全橋の対風応答特性を予測する手法についても研究が行われている。その予測精度の検討には全橋模型実験結果との比較が必要であるが、全橋模型実験が容易に行えない現状では精度の検証を行う機会が少ない。このことが、部分模型実験結果からの応答予測の精度に関して、全橋模型実験ほどの信頼を置かれてはいない一因であると考えられる。

 本論文では、今後も長大化が進むと予想される吊形式橋梁、その中でも近年構造物の美観、維持管理等の理由から従来のトラス補剛桁に代わって多く用いられる傾向にある、流線型に近い偏平な断面を持つ補剛箱桁を有する吊形式橋梁を対象に、フラッターを中心とした空力振動の予測に関する一連の議論を行った。本論文で扱うような平板翼に近い空力特性を持つ主桁断面においては曲げねじれ連成フラッター(クラシカルフラッター)が発生することが知られており、その対風応答特性を検討する上では鉛直たわみ振動とねじれ振動との空力的連成現象が重要と考えた。そこで、空力的連成振動(連成フラッター)とその要因である非定常空気力をキーワードとして議論を進めた。すなわち、偏平箱桁を持つ長大吊橋の設計案について、全橋模型による風洞実験を実施するとともに、部分模型実験より得られた非定常空気力等を用いて全橋模型の一様流中のフラッター発振風速および境界層乱流中のガスト応答を予測し、風洞実験結果との比較を通じてその精度を検討した。その際、フラッター解析のみならず、ガスト応答解析においても非定常空気力を考慮し、それが予測結果に及ぼす影響を考察した。また、弾性支持された橋桁部分模型の気流中での連成自由振動波形より非定常空気力を同定する一手法を提案した。さらに、長大斜張橋を対象に、ケーブル振動およびケーブルに作用する非定常空気力を考慮したフラッター解析を行い、それらが全橋の空力応答に及ぼす影響を調べた。

 本論文は全6章より構成されている。

 第1章は、序論であり、吊形式橋梁の空力振動予測に関する背景を述べ、本論文の概要および目的を示している。

 第2章では、偏平箱桁を有する長大吊橋設計案(明石海峡大橋箱桁案)を対象に行った三次元模型による風洞実験について論じている。本実験は、同設計案の耐風安定性検討の一環として、東京大学をはじめとする3機関で行った。著者は東京大学での風洞実験及びデータ整理の担当者であり、他機関での実験に関しては直接的には参加していない。本章はまとめられた論文、報告書をもとに再構成したものである。各機関の風洞規模の制約等を勘案し、全橋模型、全橋模型の側径間部を等価なバネに置き換えた中央径間のみの模型およびタウトストリップ模型の3種類の模型を用いて実験を行った。部分模型実験結果は、同案の主桁断面は気流の迎角のない状態では平板翼理論に近い空力特性を示し典型的な連成フラッターが生じるものの、ある程度の迎角がつくとフラッター性状はねじれ1自由度(失速)型に移行し耐風性が劣化することを示した。三次元模型による一様流中の風洞実験においては、主桁の静的ねじれ変形により正の迎角がつきねじれフラッターに近い発散振動が観測された。境界層乱流中の風洞実験では、ガスト応答からフラッターへの緩やかな移行などの気流の乱れ効果とともに、連成フラッターの特徴である風速の上昇によるねじれ振動数の低下、鉛直たわみ振動とねじれ振動との連成を確認している。

 第3章では、橋桁の非定常空気力を実験的に求める同定手法、その中で実験が比較的容易な自由振動法に関する議論を行う。自由振動法においてはScanlanによる非定常空気力の非連成成分と連成成分とを個別に求める手法が標準的であるが、2段階の煩雑な実験手順を必要とする。そこで、本章では弾性支持された部分模型の気流中でのたわみ、ねじれ2自由度の連成自由振動波形から8つの非定常空気力を一括して同定する一手法を提案している。非定常空気力の一括的な同定の手法についてはいくつかの研究があるが、本章で提案する手法は、フラッター風速より低い風速域での2つのモードからなる連成自由振動波形を対象としている点を特徴としている。提案法を偏平な橋桁断面に適用して得られた非定常空気力と、同じ模型による強制振動法の結果との比較検討を通じて、提案法の妥当性を明らかにしている。非定常空気力の一括的な同定においては同定の一意性が重要な問題となるが、2モード自由振動時の近似空気力モデルを用いることで一意的な空気力の同定が可能であることを示すとともに、空気力モデルの精度を数値シミュレーションにより確認した。また、実験模型の質量、極慣性を増すことでより高風速域での同定が可能となることを実験的に示している。

 第4章では、ストリップ理論による対風応答予測について論じている。部分模型実験により得られた静的空気力(三分力)、バネ支持模型実験結果および非定常空気力を用いて、第2章の偏平箱桁を有する長大吊橋の三次元模型の対風応答特性を予測し、両者の比較を通じてその精度を検討している。予測の対象は、一様流中でのフラッター発振風速および境界層乱流中でのガスト応答である。一様流中のフラッター解析は3種類の三次元模型の20ケースについて行っているが、総じて精度の高い予測結果が得られている。境界層乱流中のガスト応答解析については、フラッター解析時と同様の非定常空気力を考慮することで、風速の増加にともなうねじれ振動数の減少、たわみ振動におけるねじれ振動数成分の発生、成長といった連成フラッターの特性を再現できることが判明した。ただし、一様流中での非定常空気力を用いた本解析では気流の乱れ効果による鉛直たわみ、ねじれ振動の連成度の変化、フラッター発振風速の上昇等三次元模型による風洞実験結果と合致しない点がある。このことは、乱流中の非定常空気力が一様流中と異なることを示唆している。

 第5章では、偏平箱桁を持つ長大斜張橋(多々羅大橋)を対象に、フラッター特性の予測について論じている。斜張橋の振動は、主に主桁、塔が振動しケーブルは単なる伸び部材として挙動する全体振動と各ケーブルの局部振動からなる。近年の長スパン化、マルチケーブル化の傾向にともない、斜張橋の全体振動と局部ケーブル振動との内部共振が発生する可能性が増しており、いくつかの研究が行われている。しかし、斜張橋のフラッター特性に関して桁とケーブルの内部共振の影響を検討している例は少ない。準定常理論によると振動時の円形断面のケーブルには正減衰の抗力および揚力が加わる。よって、斜張橋のケーブルがある程度の空力減衰を持ち、かつ全体振動との線形内部共振が生じた場合、それはTMDとして挙動する。マルチケーブル斜張橋のケーブルの固有振動数は広い範囲にわたって密に分布する。これにより、ケーブル群がマルチプルTMDとして機能する可能性がある。本章では、複雑な斜張橋の空力振動特性を正確に評価するため三次元有限要素モデルによる定式化を行った上で、ケーブル振動およびケーブルの非定常空気力に着目した斜張橋の多自由度フラッター解析を試みている。多々羅大橋についての本解析では、局部ケーブル振動とケーブルの非定常空気力によりフラッター発振風速が1割程度上昇するなどの減衰効果が確認できた。また、ケーブルの非定常空気力を考慮することによりフラッターモードの分岐経路が大きく変化する現象が認められた。

 最後に第6章では、本論文の結論として各章で得られた主な知見について総括して論じている。

 以上、本論文は鉛直たわみ振動とねじれ振動との空力的連成現象である連成フラッターとその要因である非定常空気力を中心として、偏平な箱形断面の主桁を持つ吊形式橋梁の空力振動の予測に関する一連の議論を行ったものである。

審査要旨

 吊形式橋梁は近年長大化し,近い将来スパン2500mクラスの橋梁の架設計画も内外で議論されている.このような長大橋梁では空気力による動的不安定振動,とくにひとたび起これば構造物の崩壊につながる危険性があるフラッターが安全性を支配する.

 一般に,Bluffな断面形状を有する橋梁部材まわりの気流の流れは剥離をともなう複雑なものであるため,風洞実験により照査が行われる.基本的な風洞実験は,部分模型実験であり,耐風安定性がとくに問題となる長大橋梁については,部分模型実験に加えて,橋梁全体を模型化した全橋模型による風洞実験が実施される.しかし,大規模な風洞と大型で精密な模型が必要となるため,容易に行えるものではない.一方,部分模型を用いた風洞実験より得られた基本断面の空力特性をもとに、振動理論を援用して全橋の対風応答特性を予測する手法についても研究が行われている.その予測精度の検討には全橋模型実験結果との比較が必要であるが,全橋模型実験が容易に行えない現状では精度の検証を行う機会が少ない.このことが,部分模型実験結果からの応答予測の精度に関して,全橋模型実験ほどの信頼を置かれてはいない一因であると考えられる.

 本論文では,従来のトラス補剛桁に代わって多く用いられる傾向にある,流線型に近い偏平な断面を持つ補剛箱桁を有する吊形式橋梁の、フラッターを中心とした空力振動の予測に関する一連の考究を行っている.

 本論文は全6章より構成されている.

 第1章は,序論であり,吊形式橋梁の空力振動予測に関する背景を述べ,本論文の概要および目的を示している.

 第2章では,偏平箱桁を有する長大吊橋設計案を対象に行った三次元模型による風洞実験について論じている.本実験は,設計案の耐風安定性検討の一環として,東京大学をはじめとする3機関で行われた.全橋模型、全橋模型の側径間部を等価なバネに置き換えた中央径間のみの模型およびタウトストリップ模型の3種類の模型を用いて実験を行った.部分模型実験結果は、同案の主桁断面は気流の迎角のない状態では平板翼理論に近い空力特性を示し典型的な連成フラッターが生じるものの,ある程度の迎角がつくとフラッター性状はねじれ1自由度(失速)型に移行し耐風性が劣化することを示した.三次元模型による一様流中の風洞実験においては,主桁の静的ねじれ変形により正の迎角がつきねじれフラッターに近い発散振動が観測された.境界層乱流中の風洞実験では,ガスト応答からフラッターへの緩やかな移行などの気流の乱れ効果とともに,連成フラッターの特徴である風速の上昇によるねじれ振動数の低下,鉛直たわみ振動とねじれ振動との連成を確認している.

 第3章では,橋桁の非定常空気力を実験的に求める同定手法、その中で実験が比較的容易な自由振動法に関する議論を行う.自由振動法においてはScanlanによる非定常空気力の非連成成分と連成成分とを個別に求める手法が標準的であるが,2段階の煩雑な実験手順を必要とする.そこで,本章では弾性支持された部分模型の気流中でのたわみ,ねじれ2自由度の連成自由振動波形から8つの非定常空気力を一括して同定する一手法を提案している.非定常空気力の一括的な同定の手法についてはいくつかの研究があるが,本章で提案する手法は,フラッター風速より低い風速域での2つのモードからなる連成自由振動波形を対象としている点を特徴としている.提案法を偏平な橋桁断面に適用して得られた非定常空気力と,同じ模型による強制振動法の結果との比較検討を通じて,提案法の妥当性を明らかにしている.非定常空気力の一括的な同定においては同定の一意性が重要な問題となるが,2モード自由振動時の近似空気カモデルを用いることで一意的な空気力の同定が可能であることを示すとともに,空気力モデルの精度を数値シミュレーションにより確認した.また,実験模型の質量,極慣性を増すことでより高風速域での同定が可能となることを実験的に示している.

 第4章では,ストリップ理論による対風応答予測について論じている.部分模型実験により得られた静的空気力(三分力)、バネ支持模型実験結果および非定常空気力を用いて,第2章の偏平箱桁を有する長大吊橋の三次元模型の対風応答特性を予測し、両者の比較を通じてその精度を検討している.予測の対象は,一様流中でのフラッター発振風速および境界層乱流中でのガスト応答である.一様流中のフラッター解析は3種類の三次元模型の20ケースについて行っているが,総じて精度の高い予測結果が得られている.境界層乱流中のガスト応答解析については,フラッター解析時と同様の非定常空気力を考慮することで,風速の増加にともなうねじれ振動数の減少,たわみ振動におけるねじれ振動数成分の発生,成長といった連成フラッターの特性を再現できることが判明した.ただし,一様流中での非定常空気力を用いた本解析では気流の乱れ効果による鉛直たわみ,ねじれ振動の連成度の変化,フラッター発振風速の上昇等三次元模型による風洞実験結果と合致しない点がある.このことは,乱流中の非定常空気力が一様流中と異なることを示唆している.

 第5章では,偏平箱桁を持つ長大斜張橋(多々羅大橋)を対象に,フラッター特性の予測について論じている.斜張橋の振動は,主に主桁,塔が振動しケーブルは単なる伸び部材として挙動する全体振動と各ケーブルの局部振動からなる.近年の長スパン化,マルチケーブル化の傾向にともない,斜張橋の全体振動と局部ケーブル振動との内部共振が発生する可能性が増しており,いくつかの研究が行われている.が,斜張橋のフラッター特性に関して桁とケーブルの内部共振の影響を検討している例は少ない.準定常理論によると振動時の円形断面のケーブルには正減衰の抗力および揚力が加わる.よって,斜張橋のケーブルがある程度の空力減衰を持ち,かつ全体振動との線形内部共振が生じた場合,それはTMDとして挙動する.マルチケーブル斜張橋のケーブルの固有振動数は広い範囲にわたって密に分布する.これにより,ケーブル群がマルチプルTMDとして機能する可能性がある.本章では,複雑な斜張橋の空力振動特性を正確に評価するため三次元有限要素モデルによる定式化を行った上で,ケーブル振動およびケーブルの非定常空気力に着目した斜張橋の多自由度フラッター解析を試みている.多々羅大橋についての本解析では,局部ケーブル振動とケーブルの非定常空気力によりフラッター発振風速が1割程度上昇するなどの減衰効果が確認できた.また,ケーブルの非定常空気力を考慮することによりフラッターモードの分岐経路が大きく変化する現象が認められた.

 最後に第6章では,本論文の結論として各章で得られた主な知見について総括して論じている.

 以上,本論文は鉛直たわみ振動とねじれ振動との空力的連成現象である連成フラッターとその要因である非定常空気力を中心として,偏平な箱形断面の主桁を持つ吊形式橋梁の空力振動の予測に関して工学的にみて有用な知見を得ている.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク