学位論文要旨



No 212086
著者(漢字) 中尾,正喜
著者(英字)
著者(カナ) ナカオ,マサキ
標題(和) 高発熱機器室用空調システムの研究
標題(洋)
報告番号 212086
報告番号 乙12086
学位授与日 1995.02.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12086号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松尾,陽
 東京大学 教授 安岡,正人
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 助教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 平手,小太郎
内容要旨

 近年、産業用空調設備は、精密機械を収容した室、電算機室、通信機室など、広い領域にわたって重要な役割を担っている。特に通信機器においては、その経済性・保守性向上のため、高性能の自然空冷型の電子機器が大量に使用されており、この自然空冷機器の冷却性能を損なうことなく、高い発熱密度まで良好な室温分布を形成できる方式の実現が課題である。また、高発熱機器室に対する空調機は年間運転が必要とされ、省エネルギー性に優れた空調機の開発も課題となっている。

 第一の課題に応えるため、通信機器の冷却に適した気流方式を得ることを目標に、複数の気流方式を、実験的に比較評価し、最適な方式を選定した。この気流方式に関し設計用基礎データを得るため、機器の吸い込み領域の平均温度の解析モデルを構築し、実験により検証した。さらに垂直分布のモデルについても検討を加えた。また室内の平面的な温度分布をできるだけ一様とするため、発熱分布に対応した気流の分配を実現する設計手法を確立した。

 第二の省エネルギーの課題に関しては、機器吸い込み領域の所要温度条件に対し空調機の吹出し吸込み温度差を大きくできる気流方式を検討するとともに、年間冷房運転に対応し、低外気温時に空調機の冷凍サイクル効率が高くなるような制御方式の実現を目標として研究を進めた。

 第一部は、「通信機室用空調方式の課題」と題して、本研究の外部条件である通信機室の発熱条件の動向と海外の通信機室空調に関する文献を調査し、高発熱通信機室の空調システムの開発条件と本研究の課題を示した。

 通信機室空調システムの開発にあたって満足すべき条件は、(1)室温維持の信頼性確保、(2)高発熱密度への対応、(3)自然空冷機器の冷却を阻害しないこと、(4)空調機の高効率化、(5)送風機動力の低減、である。これらの条件のうち、(1)は小型空調機の複数台設置を前提とした信頼度設計により解決でき、本研究においては(2)〜(5)の要求に応えることを課題とした。

 第二部においては、「高発熱通信機室に適した気流方式」と題して、複数の気流方式を比較評価し、適切な方式を選択した。

 第1章において、複数の気流方式を実験により比較評価した。本研究は高発熱機器の効果的な冷却を目的とするので、室温は床面から機器上端まで(機器設置域)の機器の吸込み温度で定義した。機器の吸込み温度は無次元化して温度差比により表現した。実大規模の室において複数の空調気流方式を対象に、単位床面積あたりの機器発熱量(機器発熱密度)・空調換気量を変化させ、室内の温度分布を測定した。各気流方式の性能は、機器設置域室温の垂直方向の平均温度差比とその標準偏差を評価指標として比較した。その結果、同一発熱密度、同一空調換気量条件下で、二重床吹出し天井吸込み方式を他の気流方式と比べると、機器設置域の平均温度が空調吹出し温度に最も近いこと、すなわち平均温度差比が最も小さいこと、および垂直方向の分布の指標とした無次元化標準偏差も小さいことから最も優れていることを示した。

 第2章においては、二重床吹出し天井吸込み方式を対象とし、機器吸込み温度の解析モデルを作成した。本論文で対象とする、通信機室などの高発熱機器室の空調問題では機器発熱負荷と比べ周壁からの負荷が小さいこと、また室内気流が比較的単純であることなどの特徴があり、室内を上下方向の気層に分割してモデル化することが可能と考えられる。機器の発熱は機器の内部換気量と機器の外側表面対流により放散されると考え、表面対流を含んだ機器換気量を機器実効換気量と定義し、集中定数モデルの解析により、換気流量比(空調給気量Vと機器実効換気量Uの比、=V/U)と再循環比(機器からの放熱の内、機器設置領域に留まるものの割合を表すもの)が室温分布決定のパラメータであることを示した。また、機器室や、発熱機器の形状などの特性から決まる係数として、を定義した。これは、である。実験的に求めた再循環比と、設計与条件である換気流量比を変数として、機器吸込み温度平均値を表現する数式モデルを導き、実験により検証した。次に、垂直方向温度分布を予測するモデルも求めた。このモデルは微分方程式で表現でき、代数式を得た。本論文で用いた解析的方法は、数値計算を用いる場合に比べ、設計パラメータと温度分布の関係が陽に示される点で優れている。

 第3章においては、第1章とは別の観点から、気流方式を比較評価した。電子機器に使用されている部品(主としてIC)は動作保証温度を超えないことが必要であることから、自然空冷機器の内部に装着された電子回路パッケージ上の部品周囲温度に着目し、気流方式を評価した。各気流方式と機器の部品周囲温度最高値の関係を調べ、この実験データより気流方式の適用限界を明らかにした。このように、機器冷却の性能目標を機器内部の部品周囲温度とし、機器冷却に適した気流方式を検討した研究例は他に見あたらない。先にも述べたように、通信機室には、現在主として自然空冷形の通信機器が設置されており、保守性、経済性に優れた反面、周辺気流の影響を受けやすい欠点も有する。そこで、周辺気流を部品周囲温度の形成要因とみなし、実験により周辺気流の影響分を含めた統計的なモデルを作成した。この統計モデルから、同一発熱密度、同一室奥行き条件下で、各気流方式における部品周囲温度最高値を比較した。

 その結果、第4章において、二重床吹出し天井吸込み方式の部品周囲温度は、他の方式と比べて、気流の影響分が最も小さいこと、水平噴流吹出し方式の場合は気流の影響分が大きく、部品周囲温度の最高値が著しく高くなっていることがわかった。また、部品周囲温度の許容値を、一般的なICの動作保証温度(70℃)として、各気流方式の適用限界を求めた。

 第5章では、第1章、第3章において優れた気流方式であると評価された二重床吹出し天井吸込み方式について、その気流分配設計手法を得るため、均一な吹出し・吸い込み風量分布を実現する手法を求めた。均一吹出し・吸い込み分布が可能ならば、必要に応じ開口を集中でき、機器の逐次増設等の不確定な発熱分布に対応できる。均一吹出し・吸い込み風量分布を実現するためには、チャンバーの高さを大きく、開口率を小さくすればよいが、チャンバーのスペースが必要であり階高に影響し、送風機動力が上昇する。そこで、送風機動力と均一吹出し性能の総合評価により、最適なチャンバー形状、開口率を決定するため、一様な吹出し開口を有するチャンバーにおいて、その風量分布の最大値と最小値の差を平均風量で除した値を不均一率と定義し、開口率、必要静圧、不均一率の関係を明らかにした。なお、本章は羽山による研究成果である。

 第三部においては「年間冷房空調機の最適化制御」と題して、低外気温時に冷凍サイクルの効率を最適化する制御方法を検討した。

 年間冷房運転を前提としたパッケージ空調機においては、低外気温時に凝縮圧力の低下を防止するため、凝縮器の能力を抑制する制御が適用されている。しかし、外気温が低く冷房にとって好ましい条件であるにもかかわらず、凝縮圧力を維持することにより、外気温が高いときと効率がほとんど変わらなくなってしまう。冬季において、冷房能力を保ちつつ圧縮機動力の少ない運転を可能とする試みとして、膨張弁のサイズを大きくし凝縮圧力を下げることが、末永、池本、吉野らによりなされており、既に冷凍・冷蔵設備に導入されている。しかし、単に膨張弁サイズを大きくするだけでは、空調機の高効率化は達成できず、蒸発温度低下を防ぐ条件、圧縮機の運転制約条件等を満足しなければならない。そこで本研究において、低外気温時の高効率化を目標に、効率最適化を制約条件付き非線形最適化問題として定式化した。

 次にこの最適化問題のモデルに含まれる空調機の非線形シミュレーションモデルを求めた。この非線形モデルのシミュレーションにより、さまざまな外気条件下で、二つの操作変数すなわち膨張弁開度と凝縮圧力調整弁開度に対する評価関数値を求めた。この計算結果を二操作変数に対する圧縮機COPの等高線グラフとして表現し、次のような最適点の特徴を明らかにした。空調機の効率を評価関数とする最適点の特徴の一つは、評価関数COPが二つの操作変数、すなわち膨張弁開度、凝縮圧力調整弁開度、に対し単調性を持つことである。もう一つの特徴は、最適点が制約条件の境界上にあることである。

 この二つの特徴を利用することにより、最適化制御より簡便な制御方法(準最適化制御と呼ぶ)を得た。この準最適化制御の実験結果がシミュレーション結果とよく一致することを示した。さらに従来の凝縮圧力制御のシミュレーションとの比較の結果、準最適化制御により従来より高い効率を達成でき、特に外気温が低い領域でその差が顕著であることを検証できた。

 第四部においては「フィールドテストおよび高効率制御の効果」と題して、本研究の成果物である高発熱通信機室用空調システムの実施例とその高効率化の効果を示した。送風機動力を含んだ総合効率を調べると、8月の総合効率は3.1であるが、冬季には月平均で4.8に達しており、低外気温時の高効率化効果を確認した。なお、年平均の総合効率は3.9であり、第三部で議論した、空調機の性能試験データより劣っていた。これは冷媒配管長が試験条件より長かったことと、室外機冷却空気のショートサーキットによる室外機吸込み温度の上昇が原因と推定された。

 通信のディジタル化の進展に伴い、本空調機をNTTの通信機室に導入した場合を想定し、その省エネルギー効果を試算した。1987年の導入開始から2000年までの省電力効果は累計で210億円、2000年には32億円/年と推定された。

審査要旨

 近年情報化の進展につれて、電算機、通信機器等を収容する施設が数多く建設されているが、収容される電子機器にはその経済性と保守性の観点から自然空冷型が用いられることが多く、かつ機器の集積度の高まりと共にその発熱密度もきわめて高いものとなってきている。こうした状況を受けて、これら機器の冷却のための通信機器室の空調に対する要求も厳しいものとなっており、これに対応するための独自の技術を確立する必要に迫られているということができよう。

 「高発熱機器室用空調システムの研究」と題する本論文は、上記の技術的課題に応えるべく、高発熱機器の効率の良い冷却を可能ならしめる適切な空調の気流方式と、省エネルギーのためにより高い冷凍サイクル効率を実現するような空調機器の制御方式について論じたものであって、全5部よりなる。

 第一部「通信機室用空調方式の課題」は、上記した問題提起、研究の意義付けを行ったのち、通信機室の発熱条件に関する国内、海外の動向調査の結果をまとめて、今後の高発熱通信機室空調システムの開発条件を提示している。

 第二部「高発熱機器室に適した気流方式」は本論文の主要部で、考えられる気流方式を列挙し、それらを比較評価して適切な方式を選択する方法論を展開している。それによると、実用的に可能性のある気流方式として[1]床吹出天井吸い込み、[2]床吹出横吸い込み、[3]天井吹出床吸い込み、[4]天井吹出横吸い込みの4種が考えられ、これらの方式の性能をまず、実大実験によって検証した。評価基準は、床面から機器上端までの空間内の空気温度の水平・垂直分布の大きさである。その結果、垂直方向の温度むらの程度を表すパラメータ:温度差比が気流方式によって大きく異なり、[1]の方式が均一度が最も高く、優れたものであることが示された。次に、この実験結果を解釈して、一般的な温度差比の解析モデルを作成した。モデルは室を垂直方向に層分割した一般室内の対流・熱拡散のサブ・モデルと、発熱機器について内部換気と外側表面伝熱を考慮した機器放熱サブ・モデルを組み合わせたものである。このモデルの解析を通して、温度差比を均一ならしめるための操作可能なパラメータとして換気流量比と再循環比を示し、温度差比を一定以下とするための両パラメータの条件を求める一般的な計算方法を導き出した。

 この部では、更に進んで電子回路パッケージの部品周囲温度と動作保証温度の問題、床吹出口の個数と配置の問題など、上記の結果を実用に結び付けるための細部の検討が行われている。

 第三部の「年間冷房空調機の最適化制御」は、本論文のもう1つの主題である低外気温時に冷凍サイクルの効率を最適化する制御方法について検討したものである。空調を目的とする通常の冷凍サイクルでは、凝縮圧力を一定レベルに維持する設定となっているため、冬季の冷房運転では必要以上の凝縮圧力となり、低外気温の有利さが生かされない結果となる。凝縮圧力を下げることによって、圧縮機動力の少ない高効率運転が可能であることは既に指摘されているところであるが、他の制約条件、たとえば蒸発温度、圧縮機の運転条件などを満たしつつ凝縮圧力を下げることは必ずしも容易ではない。著者はこれらの制約条件を回避しつつ低凝縮圧力を実現するべく、空調サイクルの非線形シミュレーション・モデルを構築し、これにより、2つの操作変数:膨張弁開度と凝縮圧力調整弁開度を両軸とする平面上に圧縮機COPの等高線と諸制約条件を表す限界線を表示させた。この結果を実際の空調機に適用した「準最適化制御」の実験は成功し、実機の運転状況はシミュレーションとよく一致し、それは在来の制御方式よりも、東京の気象条件で、通年約14%省エネルギーとなることが明らかになったという。

 第四部は以上の研究成果のまとめと、今後の進め方への展望を述べたものであり、第五部は本研究に関わる著者の既発表論文と工業所有権を記したものである。

 以上を要するに、本論文は高集積高発熱の通信機室という施設に課せられる特異な空調要求条件に着目し、この種の施設の空調システムを高性能、高効率化する問題に、実験、理論の両面から取り組んで、汎用性のある解決を導き出したものであり、この業績は建築環境工学・設備工学に寄与するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50920