学位論文要旨



No 212089
著者(漢字) 藤井,功
著者(英字)
著者(カナ) フジイ,イサオ
標題(和) 火花点火機関における最適点火時期フィードバック制御方式に関する研究
標題(洋)
報告番号 212089
報告番号 乙12089
学位授与日 1995.02.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12089号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 酒井,宏
 東京大学 教授 長島,利夫
 東京大学 教授 平野,敏右
内容要旨

 火花点火機関とくに自動車用機関においては,環境および省資源の観点から低公害と高効率が強い社会的要請になっている.そのためこれらの機関の燃料供給系,点火系,排ガス制御系,可変弁機構など多くの箇所に電子制御を採用し,高精度制御を行い低公害と高効率をはかってきている.

 この論文では,火花点火機関の低公害と高効率に大きく影響する最適点火時期(MBT,Minimum Spark Timing for Best Torque)のフィードバック制御方式についてまとめたものである.すなわち,これまで数多くの開発機関や実験用機関の機関諸元や運転条件においてMBTを与えた場合,指圧線図の最大燃焼圧クランク角(Pmas)が上死点後12度近傍にあることを見いだし,また,熱力学的モデルによりこのMBTとPmaxとの関係を解析検証したので,この関係を用いて簡便なPmaxによる最適点火時期フィードバック制御を行うものである.

 この論文の構成は次の5章から成立っている.

 第1章 序論 ではこの研究の背景,従来の研究および本研究の目的について述べている.

 研究の背景としては,元来,ガソリン機関において低公害を得ながら高出力,低燃費を計るためには,点火時期はできるだけMBTで運転することであり,従来の点火時期制御であるMAP(Manifold Absolute Pressure)制御方式では,機関回転数や負荷に対して点火時期設定をするため多くの工数を要する.また,最適点火時期は機関諸元や運転条件により異なるため,これらの変更に対してもその都度設定する必要がある.

 本研究の目的はMBTを与えた場合,指圧線図のPmaxが上死点後12度近傍にあることを見いだし,この関係を用いてPmaxによる最適点火時期フィードバック制御を行い,点火時期設定の大幅な工数削減をはかるものである.

 第2章 機関諸元および運転条件と最適点火時期との実験的関係 においては,これまでの数多くの量産機関や実験用機関において,MBTに及ぼす機関諸元や運転条件の影響について検討し,MBTとPmaxとの関係について実験的関係を明らかにしている.すなわち機関諸元としては排気量,圧縮比,燃焼室形状,筒内ガス流動,点火方式,水冷・空冷の冷却方式などについて,また,運転条件としては機関回転数(Ne=1000〜18000rpm),負荷(体積効率v=23〜151%),空燃比,排気再循環量,冷却水温度などについて検討している.

 その他,メタノール,天然ガス,水素など代替燃料機関についてもMBTとPmaxとの関係を求めている.

 その結果,これら広範囲の機関諸元や運転条件に対しMBTを与えたとき,いずれもPmaxは上死点後12度近傍に存在することを確かめている.

 第3章 Wiebeの式による燃焼特性解析 では,前章で得られた実験的関係を確認する目的から,広範囲の燃焼形態をWiebeの式の質量燃焼割合で表し,これを未燃領域と既燃領域の2領域モデルに導入した熱力学的モデルにより,MBTとPmaxとの関係を検討したものである.すなわち,このモデルから筒内圧力波形(P〜)線図および図示平均有効圧Pmiを算出し,最大PmiとなるMBTのP〜線図からPmaxを求めるものである.

 この場合,Wiebeの式には燃焼期間(b),指数(m)および定数(k)が含まれているが,ここではk=6.9と一定に仮定し,bとmの2つを変数として取り扱っている.つまり,bを変えることにより急速燃焼や緩慢燃焼を広い範囲にわたり含めることができ,また,mを変えることにより初期燃焼型や後燃え型などさまざまな燃焼形態を求めることができる.したがって,bとmの両方を大幅に変えることにより,広範囲の機関諸元や運転条件におけるMBTとPmaxとの関係をあますことなく検討することが可能となる.

 また,火花点火機関の燃焼特性について考察する目的から,第2章の実験データからbおよびmを求め,それらの物理的意味を明かにするとともに,実機におけるこれらの範囲を確定している.その結果,これらのbおよびmの範囲においてMBTを与えた場合Pmax=12±1度(ATDC)に存在することがこの熱力学的モデルの解析により確かめられた.

 そのほか,この熱力学的モデルを用いて実機から求めたbおよびmに対する出力との関係についても検討している.

 第4章 最大燃焼圧クランク角における最適点火時期のフィードバック制御方式 においては,MBTとPmaxとの関係を用いたMBTのフィードバック制御方式について述べている.すなわち,圧カセンサによりPmaxを検出し,この値が常に上死点後12度となるように点火時期をフィードバック制御させてMBT制御を行うものである.そのため,まずPmax検出法について吟味し,次いでフィードバック制御をするためのPmaxのサンプル数を検討し,定常状態および過渡状態における制御法について述べている.また,この制御法の検証をするために,この制御システムを試作して実機に適用し,その効果が充分得られたことを示している.

 第5章 結論 は本研究で得られた結論について述べている.

 すなわち,火花点火機関のさまざまな機関諸元や運転条件に対して,MBTを与えたときに,Pmaxが上死点後12度近傍に存在することを,多くの開発機関や実験用機関において運転条件を変えて実験的検証を行うと同時に,熱力学的モデルによる解析を行いこの関係を確認した.また,このMBTとPmaxとの関係を用いて,PmaxによるMBTフィードバック制御システムを試作し,実機においてこの方式を確認し,工学的にも技術的にも実用できることが立証できた.

 それらの結果をまとめると以下のようになる.

 (1)実験に用いた火花点火機関のさまざまな機関諸元たとえば排気量,気筒数,圧縮比,燃焼室形状,筒内ガス流動,点火方式および冷却方式など,また,運転条件たとえば機関回転数,負荷(体積効率),空燃比,排気再循環量および水温などに対しMBTを与えた場合,Pmaxが上死点後12度付近に存在することが実験により確認された.

 この関係は,メタノール,水素,天然ガスなどの代替燃料機関や一部の2サイクル機関においても成立することが確かめられた.

 (2)実験で求めたMBTとPmaxとの関係について,さまざまな燃焼形態を表すことのできるWiebeの式の質量燃焼割合を用い,これを導入した未燃,既燃の2領域モデルを対象とする熱力学的モデルにより解析検討を行った.この際,bとmは変数として取り扱うため,供試機関からbとmを求めた結果,b=25〜82度,m=1.0〜2.5の範囲にあり,この範囲においては,Pmax=12±1度(ATDC)に存在することがこの熱力学的モデルによって確認できた.

 すなわち実用の火花点火機関において,MBTとPmaxとの関係が成立することが解析的にも確かめられた.

 (3)MBTとPmaxとの関係を用いることにより,指圧センサによりPmaxを検出し,Pmaxを上死点後12度になるように点火時期を制御するMBTフィードバック制御システムを試作し,この制御方式の実用性の確認を実機にて行った.その結果,定常運転のみならず加減速のあるモード運転においても,MBT相当の出力および燃費が得られ,このMBTフィードバック制御方式の実用性を立証することができた.

 なお,この他に以下のことが推考できる.

 このフィードバック制御システムは従来のMAP制御方式の膨大な工数削減が可能となることがわかる.また,MBTとPmaxとの関係を用いることにより,実験や計算で得られた指圧線図がMBTのものかどうかの判定に利用でき,設計においても爆発荷重計算などに大いに役立っている.また,異なる機関諸元や運転条件,あるいは燃料の変更や機関のサイクルシミュレーションにおけるMBTにおける性能比較が的確かつ容易に可能である.

 また,この実験から,Ne=18000rpmという高速回転やv=150%の高負荷においても,このMBTとPmaxとの関係が成立することは火花点火機関のbをクランク角で表した場合,通常の運転条件における燃焼特性と同様な特性を示していると考えられる.

審査要旨

 工学士藤井功提出の論文は、「火花点火機関における最適点火時期フィードバック制御方式に関する研究」と題し、5章から成っている。

 自動車用火花点火機関に対して、近年、環境および省資源の観点から低公害と高効率を計ることが強い社会的要請になっている。そのために、燃料供給系、点火系、排ガス制御系などに電子制御を採用し、高精度制御を行い低公害と高効率を計ってきている。なかでも、最適点火時期(MBT)は機関の出力および熱効率を決定する最大要因であり、この制御を高信頼性を維持しながら高精度で行うことは非常に重要である。このような背景から本研究では、数多くの量産機関、実験・開発用機関において、MBT条件で運転した場合に指圧線図上で最大圧力となるクランク角度(pm)が上死点後12±1度であることを見いだし、それを用いた最適点火時期フィードバック制御方式を確立することを試みている。

 第1章は序論であり、本研究の背景を述べ、関連する研究の成果とその問題点を検討し、研究の目的と意義を明確にしている。

 第2章においては、型式の異なる数多くの量産機関や実験用機関において、MBTとpmとの関係を実験的に明らかにしている。機関諸元としては排気量、圧縮比、燃焼室形状、筒内ガス流動、点火方式、水冷・空冷の冷却方式などについて、運転条件として、機関回転速度、負荷、空燃比、EGR量、冷却水温度について、燃料の種類として、ガソリン、メタノール、天然ガス、水素などを対象としている。その結果、全条件でMBTでは、いずれもpmが上死点後12±1度にあることを見いだしている。

 第3章では、前章で得られた実験事実を理論的に検証するために、広範囲の燃焼形態をWiebeの式で近似し、これを2領域モデルを用いた熱力学的モデルと組み合わせることによって、MBTとpmの関係を数値的に計算している。その結果、実機で運転可能な範囲内ではもちろん、この範囲をかなり越えても、MBT条件でのpmが上死点後12±1度であることを確認している。

 第4章において、MBTとpmとの関係を用いてMBTのフィードバック制御を行う方式について詳細な検討を行っている。具体的には、この方式は圧力センサによってpmを検出し、この値が常に上死点後12±1度となるように点火時期をフィードバック制御し、これによってMBT条件での運転を可能にしようとするものである。まず、pm検出法について吟味し、つぎにフィードバック制御をするためのpmのサンプル数を検討し、さらに定常状態および過渡状態における制御法についても検討している。また、この制御方式の有用性を検証をするために、この制御システムを試作して実機に適用し、定常運転のみならず加減速のあるモード運転においても、MBT相当の機関出力および燃料消費率が得られ、実用的にその効果が充分得られることを示している。このフィードバック制御システムを採用すれば、従来のマップ制御方式に要する膨大な工数の削減が可能となり、設計・開発のコストを大幅に低減するとしている。また、MBTとpmとの関係を用いることにより、実験や計算で得られた指圧線図がMBT条件であるかどうかの判定に利用でき、設計においても爆発荷重計算などに大いに役立としている。さらに、異なる機関諸元や運転条件、あるいは燃料の変更に対してMBTにおける性能比較が的確かつ容易になるとしている。

 第5章は結論であり、本研究において得られた結果を要約している。

 以上要するに、本論文は、自動車用火花点火機関のさまざまな機関諸元や運転条件に対して、MBTの条件においてpmが上死点後12±1度に存在することを見いだし、同時に熱力学的モデルによる考察を行ってこの関係を確認して、新しいMBTフィードバック制御システムの原理を確立し、実機においてこの方式が有効であることを検証したものであり内燃機関工学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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