内容要旨 | | 近年のパワーエレクトロニクスの発展と共に,電力用半導体デバイスはより大型でしかも精細な構造を持つ複雑なものとなり,もはや実験だけではデバイスの特性を把握することが難しく,数値計算によってその特性及び内部現象を予測することが必要となってきている。デバイスシミュレーションとは,半導体の基本方程式と物理モデルから,差分法あるいは有限要素法等を用い離散化を行い,数値計算により定常特性や過渡応答を求めるものである。その利点として,デバイスの試作回数を低減でき開発期間を短縮できる,デバイス内部の電位やキャリア密度を把握し内部現象の解析が行える,新技術による新しいデバイスの特性予測も可能である,等を挙げることができる。現在,デバイスシミュレーションが実用化されている事例の一つは,LSI等集積回路内部の微細構造の解析であり,差分法による2次元モデルが一般的である。一方,電力用半導体の場合,高電圧・大電流を扱う必要がありその多くがバイポーラデバイスであるため,LSIの場合等に比べその実用化は遅れていた。しかし,スーパーコンピュータの著しい発達に伴い,電力用半導体への適用も進み,差分法による2次元モデルで外部回路や複数のデバイスも扱える情況である。 このように,通常,電力用半導体のデバイスシミュレーションには,差分法による2次元モデルが用いられている。対象が電力用半導体であるための問題点として,デバイス構造が比較的複雑である,ライフタイムなどパラメータがデバイス内部で不均一である,デバイス特性が外部回路の影響を大きく受ける,高電界・大電流動作のため局所的な電流集中が生じる,等がある。更に,差分法の手法上の問題点として,差分法の長方形格子ではデバイスの形状や内部の曲面をうまく表現し難い,不規則格子の場合の不要な格子点の増加をどう抑えるか,電流密度が増すにつれ収束性が悪く発散し易い,等がある。これらの問題点を解消するため,比較的構造の簡単なデバイスから,有限要素法を適用し,効率の良い計算アルゴリズムの開発が進んでいる。 一方,GTO(ゲートターンオフサイリスタ)はゲート信号によりターンオンだけでなくターンオフも可能なデバイスであり,産業の様々な分野へ応用されているが,MOS FETに較べスイッチング時間が短縮し難くこれ以上の高周波化が難しい,パワートランジスタに較べこれ以上の高圧化・大電流化は難しい,という限界に達しようとしている。この限界を上回るGTOの性能の更なる向上が望まれ,その課題としては,ターンオフ限界性能の向上,スイッチング損失の低減,ターンオフゲインの向上が挙げられる。 第一のターンオフ限界性能については,GTOを用いた回路には誘導負荷によるスパイク電圧を抑制するためスナバ回路が用いられるが,ターンオフ限界電流がそのスナバ回路のコンデンサの値に強く依存する。従って,スナバ回路も含めた解析や最適化が必要である。第二のスイッチング損失の低減には,既に適用されているアノード短絡構造が有効な技術であったが,更に本論文でも取り上げるダブルゲート構造が打開策として注目されている。第三のターンオフゲインの向上のためには,MOSゲートサイリスタなど様々な微細なデバイス構造が開発研究され実用化されていくと予想されるので,デバイスシミュレーションが益々必要不可欠の技術となっていくものと思われる。 本論文では,GTOの1次元及び2次元モデルを対象に,有限要素法を用いたデバイスシミュレーションを行い、GTOのスイッチング特性を数値計算する。 先ず,デバイスシミュレーションの基礎理論として,GTOに限らずどのデバイスにも適用できる,空間及び時間に関する離散化の方法,更に,大規模な連立方程式の数値解法について述べる。 さらに,GTOデバイスの数値解析の方法として,デバイスシミュレーションをGTOの1次元モデル及び2次元モデルに適用する方法,即ち,入力データ,初期値,境界条件の設定方法について述べる。 後半では,本シミュレーションの有効性を示す結果として,2次元モデルでのターンオン及びターンオフ時の外部特性や内部状態を示す。1次元モデルで有限要素法と差分法の比較を行い有限要素法の優位性の一例も示し,実測波形との比較とも併せて本シミュレーションの結果が妥当であることを示す。 さらに,GTOの内部設計の及ぼす影響として,ライフタイムや温度などデバイスパラメータの影響を調べた。ターンオフを容易にするためのアノード短絡構造について,2次元モデルでその影響と特性を検討した。更に,ターンオフ時間や損失を軽減すると期待されるダブルゲート構造の効果についても1次元モデルで解析した。 最後に,GTOの外部回路の及ぼす影響として,1次元モデルで主回路やゲート回路の回路定数の影響を調べた。また,スナバ回路定数の影響の解析から,ターンオフ時間及び損失に関する最適設計を検討した。 結論として,GTOのデバイスシミュレーションに有限要素法を導入し,合理的な解析結果を得ることができた。更に,ダブルゲート構造やスナバ回路の検討等において,GTOの性能向上を予測評価することも可能であった。 |