本論文は、GaAs系化合物半導体のMBEにおけるBeの偏析・拡散現象およびそれに起因した素子特性劣化を実験的・理論的に明かにしAl-Ga-As系ヘテロバイポーラトランジスタの高性能化に成功したもので6章からなっている。 第1章は序論であり、研究の背景、本研究の目的と意義および本論文の構成について述べている。 第2章ではGaAsのMBE成長におけるBeの表面偏析につき、Be濃度分布ならびにAlGaAs/GaAs超格子無秩序化現象を二次イオン質量分析(SIMS)、透過型電子顕微鏡(TEM)観察、BeドープGaAs表面形態の反射高速電子線回折(RHEED)および走査型電子顕微鏡(SEM)観察により調べている。先ず、Beの表面偏析を熱拡散から分離する目的で、(100)面から(111)A面方向へ2°ないし5°オフしたGaAs基板を用いて調べ、Beの表面偏析は基板オフ角度の増加とともに低減することを明かにした。この傾向はGaAs中のSnの表面偏析とは逆であり、原子ステップエッジにおけるGaとBe、およびGaとSnの交換反応を考慮することにより説明している。また、Be異常拡散の起こる高濃度領域においても、Be濃度分布に基板オフ角度依存性が見られることから、異常拡散と同時に表面偏析もBeの移動現象に重要な役割を果たしていることを明らかにした。又、AlGaAs/GaAs超格子無秩序化現象に関し調べた結果、Beドーピングレベルが6×1025m-3以上の時にこれが起こり、無秩序化領域幅は基板オフ角度に依存することを明かにしている。さらに、同様の高濃度ドーピング条件下において、BeドープGaAsの表面には{411}Aファセットが発生し、表面荒れが発生するが、オフ基板の使用により表面荒れは低減し、(411)A面を用いると原子的に平坦な表面が得られることを明らかとした。 第3章ではMBE法により成長したGaAsにおけるBeの拡散、特に高濃度ドーピング時に発生する異常拡散につき、種々の面方位を有する基板を用いて、SIMS測定、および作製したAl-Ga-As系ヘテロバイポーラトランジスタ(HBT)の電流-電圧特性により調べている。先ずBe移動距離を表面側と基板側で別々に評価し、Beの異常拡散と表面偏析が基板面方位に対して同様な依存性を持つことを明らかにした。次に、630℃の成長において、(100)面から(111)A面方向への基板オフ角度が増加するに従ってBe移動距離は減少し、(311)A面を用いると最も急峻なBe濃度分布が得られることを発見した。又、(311)A面ではBe移動距離にドーピングレベル依存性がなく、Beの異常拡散が完全に抑制されることを明かにした。さらに、MBE成長後のアニールで起こるBe拡散がMBE成長時の拡散に比較して極めて小さく、基板面方位に依存しないことから、Be異常拡散はMBE成長表面に関係した現象であることを明らかにしている。以上の結果から(411)A面上にMBEを用いてAl-Ga-As系HBTを作製した所、エミッタ接地電流増幅率は、(100)面上に作製したHBTの3に対し、264という大きな値を得ている。 第4章ではMBE法により成長した多結晶GaAsに関し、電気特性、構造解析、およびSIMS測定により評価するとともに、Beドープ多結晶GaAsをAl-Ga-As系HBTの外部ベースに応用する研究を行っている。従来の有機金属化学的気相成長(MOCVD)法では多結晶の粒径が大きかった点を改良し、低温(370℃-530℃)MBE成長によりBeの高濃度ドーピング(<1×1028m-3)を行い、多結晶GaAsの粒径を50-170nm、最小抵抗率を3.3×10-5mと従来の1/20程度にまで低減することに成功している。断面TEM観察およびX線回折から、多結晶粒形状および配向率が成長速度に依存することを明らかにし、基板温度が450℃の場合、成長速度0.1m/hで形成された多結晶GaAsは粒径約100nmの多角形状であり、(111)、(100)およびその他の格子面に配向したのに対し、成長速度が1.0m/hでは直径約20nmの円柱状結晶となり、(111)面に強く配向していることを発見している。また、SIMSおよびホール測定から、多結晶GaAsの堆積温度が450℃と低くても、Beは多結晶粒界に沿って顕著に拡散し、表面に偏析することを明かにした。さらにBeドープ多結晶GaAsをAl-Ga-As系HBTの外部ベースに応用し、比誘電率の小さなSiO2を寄生コレクタ領域に埋め込んだ結果、ベース・コレクタ容量を従来型構造の35%に低減することが可能となり、80という高い電流増幅率を得ることに成功した。 第5章では、MBE成長により作製したAl-Ga-As系HBTの高電流密度動作時におけるBeの拡散と素子特性の劣化について調べている。先ず、特性劣化のエミッタメサ形成方位依存性とSiO2膜厚依存性を調べ、境界要素法を用いて応力分布の二次元計算を行い、Be拡散に与える応力の影響を調べている。その結果、Al-Ga-As系HBT通電時のBe拡散は、エミッタ・ベース接合のエミッタメサ周辺部における応力により促進され、ベース・エミッタ間オン電圧を正方向にシフトさせることを明らかにした。また、HBT特性劣化のエミッタメサ形成方位依存性は、主にエミッタメサ形状の違いに起因した剪断応力の差に基づくこと、HBT特性劣化のSiO2膜厚依存性は、エミッタ・ベース接合に加わる垂直な応力に基づくことを示している。従ってHBTの特性の劣化を抑制するには、今後有機表面保護膜等の使用によりエミッタ・ベース接合付近の応力を零に近付けていく必要があることを明かにした。 第6章は以上で得られた結果につき総括している。 以上これを要するに、本論文は単結晶および多結晶GaAsのMBE成長時におけるBeの偏析・拡散現象を、実験的・理論的に明かにし、この結果をAl-Ga-As系ヘテロバイポーラトランジスタの高性能化に応用したものであり半導体プロセス技術の発展に寄与するところ大であって電子工学に貢献するところが大きい。よって本論文は学位請求論文として合格であると認める。 |