学位論文要旨



No 212093
著者(漢字) 望月,和浩
著者(英字)
著者(カナ) モチヅキ,カズヒロ
標題(和) GaAs系化合物半導体の分子線エピタキシーにおけるBeの偏析・拡散に関する研究
標題(洋)
報告番号 212093
報告番号 乙12093
学位授与日 1995.02.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12093号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 多田,邦雄
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 助教授 河東田,隆
内容要旨

 GaAsに代表されるIII-V族化合物半導体を用いたヘテロ接合バイポーラトランジスタ(heterojunction bipolar transistor:HBT)は高速性と高電流駆動能力を同時に満たすため、超高速集積回路用素子として注目されている。しかし、その特性を十分に引き出すには、ヘテロ接合とpn接合とを精度よく一致させる必要があり、急峻な不純物濃度変化が不可欠となる。現在、HBTの結晶成長は主に分子線エピタキシー(molecular beam epitaxy:MBE)により検討されており、ベース層p型不純物はBeである。Beは従来用いられてきたMgやZnに比べて高濃度ドーピングが可能である反面、MBE成長中に表面に蓄積する表面偏析や、(4-5)×1025m-3以上のドーピング時に拡散係数の急激な増大を伴う異常拡散の発生する問題がある。これらは素子特性に直ちに影響を与えるため、極力抑制する必要があるものの、その発生機構に関してまだ明らかにされていない点も多い。そこで、本論文ではGaAs系化合物半導体のMBEにおけるBeの偏析・拡散現象を実験的に評価するとともに、それに起因したBe濃度分布の設計値からの変位と素子特性劣化に関する理論的検討を行った。評価対象としては単結晶GaAs以外に、HBT外部ベース層への応用が期待される多結晶GaAsも含め、Beの偏析・拡散過程と結晶成長機構との関係を明らかにした。また、MBE成長時だけではなく、AlGaAs/GaAsHBTの高電流密度動作時における素子特性劣化に対しても、応力によるBe拡散促進の観点から検討を行った。

 単結晶GaAsのMBE成長におけるBeの表面偏析は、Be濃度分布ならびにAlGaAs/GaAs超格子無秩序化現象の二次イオン質量分析(secondary-ion mass spectrometry:SIMS)および透過型電子顕微鏡(transmission electron microscopy:TEM)観察と、BeドープGaAs表面モホロジーの反射高速電子線回折(reflection high-energy electron-diffraction:RHEED)および走査型電子顕微鏡(scanning electron microscopy:SEM)観察により検討した。Beの表面偏析を熱拡散から分離する目的で、(100)面から(111)A面方向へ2°ないし5°オフしたGaAs基板を用いた結果、Beの表面偏析は基板オフ角度の増加とともに低減することが判明した。この傾向はGaAs中のSnの表面偏析とは逆であり、原子ステップエッジにおけるGaとBe、およびGaとSnの交換反応を考慮して説明された。また、Be異常拡散の起こる高濃度領域においても、Be濃度分布に基板オフ角度依存性が見られたことから、異常拡散と同時に表面偏析もBeの移動現象に重要な役割を果たしていることが明らかとなった。AlGaAs/GaAs超格子無秩序化現象に関しては、Beドーピングレベルが6×1025m-3以上の時に発生し、無秩序化領域幅は基板オフ角度に依存することが判明した。さらに、同様の高濃度ドーピング条件下において、BeドープGaAsの表面は{411}Aファセットが発生して荒れるものの、オフ基板の使用により表面荒れは低減し、(411)A面を用いると原子的に平坦な表面の得られることも明らかとなった。

 MBE法により成長した単結晶GaAsにおけるBeの拡散、特に高濃度ドーピング時に発生する異常拡散は、(100)面以外の種々の面方位を有する基板を用いて、Be濃度分布のSIMS測定とモデルによる検討、ならびにAlGaAs/GaAsHBTの作製と電流-電圧特性の評価から議論した。Be移動距離を表面側と基板側で別々に評価した結果、Beの異常拡散と表面偏析は基板面方位に対して同様な依存性を持つことが明らかとなった。また、(100)面を用いた場合、成長温度が530℃から630℃へ増加すると、Be移動距離は急激に増大することが判明した。それに対し、630℃の成長においても、(100)面から(111)A面方向への基板オフ角度が増加するに従ってBe移動距離は減少し、(311)A面を用いると最も急峻なBe濃度分布の得られることがわかった。しかも、(311)A面ではBe移動距離にドーピングレベル依存性が見られず、Beの異常拡散が完全に抑制されたものと考えられる。さらに、MBE成長後のアニールで起こるBe拡散がMBE成長時の拡散に比較して極めて小さく、基板面方位に依存しなかったことから、Be異常拡散はMBE成長表面に関係した現象であることも明らかとなった。一方、560℃にてMBE成長したAlGaAs/GaAsHBTのエミッタ接地電流増幅率は、(100)面上に作製したHBTの3に対し、(411)A面上に作製したHBTでは264にまで達した。このことから、(100)面から(111)A面方向への基板オフによるBe移動現象の抑制効果は、AlGaAs/GaAsHBT構造においても有効であることが確認された。

 MBE法により成長した多結晶GaAsに関しては、電気特性評価と構造解析に加えて、SIMS測定によるBe拡散の評価を行うとともに、多結晶GaAsのAlGaAs/GaAsHBT外部ベースへの応用を検討した。従来の高温(725℃)有機金属化学的気相堆積(metalorganic chemical vapor deposition:MOCVD)によるZnドーピング(<1×1025m-3)に代えて、低温(370℃-530℃)MBE成長によるBeの高濃度ドーピング(<1×1028m-3)を行うことにより、多結晶GaAsの粒径を50-170nm、最小抵抗率を3.3×10-5mと従来の1/20程度にまで低減することが可能となった。Beドーピングレベルが2×1026m-3以上の場合、多結晶GaAsの抵抗率はドーピングレベルにほぼ反比例し、多結晶粒界における界面準位の飽和する結果が得られた。また、多結晶GaAsの抵抗率はAs4圧の増加、および基板温度の低下とともに減少する傾向を示した。これは実効的As4圧の増加によってGa空孔の密度が増大し、Beが格子位置に入りやすくなったためだと考えられる。断面TEM観察およびX線回折からは、多結晶粒形状および配向率が成長速度に依存することが明らかとなった。基板温度が450℃の場合、成長速度0.1m/hで形成された多結晶GaAsは粒径約100nmの多角形状であり、(111)、(100)およびその他の格子面に配向したのに対し、成長速度1.0m/hでは直径約20nmの円柱状結晶となり、(111)面に強く配向した。SIMSおよびホール測定からは、多結晶GaAsの堆積温度が450℃と低くても、Beは多結晶粒界に沿って顕著に拡散し、表面にも偏析することが判明した。拡散したBe原子は格子位置に入らずに、多結晶粒界に析出したものと考えられる。Beの拡散はアニールによりさらに増大し、多結晶GaAsの抵抗率も大きく増加することが明らかとなった。また、Beドープ多結晶GaAsをAlGaAs/GaAsHBTの外部ベースに適用して、比誘電率の小さなSiO2を寄生コレクタ領域に埋め込んだ結果、ベース・コレクタ容量を従来型構造の35%に低減することが可能となった。低バイアス条件でベース電流リークが見られたものの、動作領域である高バイアス条件下では電流増幅率が80と良好な特性を示した。

 Beは以上のようなMBE成長時だけではなく、MBE成長により作製したAlGaAs/GaAsHBTの高電流密度動作時においても拡散し、素子の特性劣化を引き起こす問題がある。これに対して、特性劣化のエミッタメサ形成方位依存性やSiO2膜厚依存性を調べるとともに、境界要素法を用いた応力分布の二次元計算を行い、Be拡散に与える応力の影響を検討した。その結果、AlGaAs/GaAsHBT通電時のBe拡散は、エミッタ・ベース接合のエミッタメサ周辺部における応力により促進され、ベース・エミッタ間オン電圧を正方向へシフトさせることが明らかとなった。また、AlGaAs/GaAsHBT特性劣化のエミッタメサ形成方位依存性は、主にエミッタメサ形状の違いに起因した剪断応力の差により説明された。AlGaAs/GaAsHBT特性劣化のSiO2膜厚依存性に関しては、エミッタ・ベース接合に垂直な垂直応力あるいは静水圧がSiO2膜厚に大きく依存することによると考えられる。なお、AlGaAs/GaAsHBTの特性劣化は応力の発生だけでは起こらず、高電流密度動作状態が必要であることも判明した。これらの結果より、高電流密度動作状態で格子間位置のBe+イオンが形成され、その拡散がエミッタ・ベース接合周辺部の応力により促進されて、AlGaAs/GaAsHBTの特性劣化が起こると推察された。AlGaAs/GaAsHBT特性劣化を抑制するには、今後有機表面保護膜の使用等によりエミッタ・ベース接合付近の応力を零に近付けていく必要があると考えられる。

 以上のように、本論文では単結晶および多結晶GaAsのMBE成長時、ならびにAlGaAs/GaAsHBTの動作時におけるBeの偏析・拡散現象に関して、実験的評価と理論的検討を行い、AlGaAs/GaAsHBTの高性能化を実現した結果について述べた。本研究で得られた知見は、GaAs以外のIII-V族化合物半導体にも同様に当てはめることができ、今後InP/InGaAsHBT等、他のヘテロ接合系素子の研究・開発にも役立つものと考えている。

審査要旨

 本論文は、GaAs系化合物半導体のMBEにおけるBeの偏析・拡散現象およびそれに起因した素子特性劣化を実験的・理論的に明かにしAl-Ga-As系ヘテロバイポーラトランジスタの高性能化に成功したもので6章からなっている。

 第1章は序論であり、研究の背景、本研究の目的と意義および本論文の構成について述べている。

 第2章ではGaAsのMBE成長におけるBeの表面偏析につき、Be濃度分布ならびにAlGaAs/GaAs超格子無秩序化現象を二次イオン質量分析(SIMS)、透過型電子顕微鏡(TEM)観察、BeドープGaAs表面形態の反射高速電子線回折(RHEED)および走査型電子顕微鏡(SEM)観察により調べている。先ず、Beの表面偏析を熱拡散から分離する目的で、(100)面から(111)A面方向へ2°ないし5°オフしたGaAs基板を用いて調べ、Beの表面偏析は基板オフ角度の増加とともに低減することを明かにした。この傾向はGaAs中のSnの表面偏析とは逆であり、原子ステップエッジにおけるGaとBe、およびGaとSnの交換反応を考慮することにより説明している。また、Be異常拡散の起こる高濃度領域においても、Be濃度分布に基板オフ角度依存性が見られることから、異常拡散と同時に表面偏析もBeの移動現象に重要な役割を果たしていることを明らかにした。又、AlGaAs/GaAs超格子無秩序化現象に関し調べた結果、Beドーピングレベルが6×1025m-3以上の時にこれが起こり、無秩序化領域幅は基板オフ角度に依存することを明かにしている。さらに、同様の高濃度ドーピング条件下において、BeドープGaAsの表面には{411}Aファセットが発生し、表面荒れが発生するが、オフ基板の使用により表面荒れは低減し、(411)A面を用いると原子的に平坦な表面が得られることを明らかとした。

 第3章ではMBE法により成長したGaAsにおけるBeの拡散、特に高濃度ドーピング時に発生する異常拡散につき、種々の面方位を有する基板を用いて、SIMS測定、および作製したAl-Ga-As系ヘテロバイポーラトランジスタ(HBT)の電流-電圧特性により調べている。先ずBe移動距離を表面側と基板側で別々に評価し、Beの異常拡散と表面偏析が基板面方位に対して同様な依存性を持つことを明らかにした。次に、630℃の成長において、(100)面から(111)A面方向への基板オフ角度が増加するに従ってBe移動距離は減少し、(311)A面を用いると最も急峻なBe濃度分布が得られることを発見した。又、(311)A面ではBe移動距離にドーピングレベル依存性がなく、Beの異常拡散が完全に抑制されることを明かにした。さらに、MBE成長後のアニールで起こるBe拡散がMBE成長時の拡散に比較して極めて小さく、基板面方位に依存しないことから、Be異常拡散はMBE成長表面に関係した現象であることを明らかにしている。以上の結果から(411)A面上にMBEを用いてAl-Ga-As系HBTを作製した所、エミッタ接地電流増幅率は、(100)面上に作製したHBTの3に対し、264という大きな値を得ている。

 第4章ではMBE法により成長した多結晶GaAsに関し、電気特性、構造解析、およびSIMS測定により評価するとともに、Beドープ多結晶GaAsをAl-Ga-As系HBTの外部ベースに応用する研究を行っている。従来の有機金属化学的気相成長(MOCVD)法では多結晶の粒径が大きかった点を改良し、低温(370℃-530℃)MBE成長によりBeの高濃度ドーピング(<1×1028m-3)を行い、多結晶GaAsの粒径を50-170nm、最小抵抗率を3.3×10-5mと従来の1/20程度にまで低減することに成功している。断面TEM観察およびX線回折から、多結晶粒形状および配向率が成長速度に依存することを明らかにし、基板温度が450℃の場合、成長速度0.1m/hで形成された多結晶GaAsは粒径約100nmの多角形状であり、(111)、(100)およびその他の格子面に配向したのに対し、成長速度が1.0m/hでは直径約20nmの円柱状結晶となり、(111)面に強く配向していることを発見している。また、SIMSおよびホール測定から、多結晶GaAsの堆積温度が450℃と低くても、Beは多結晶粒界に沿って顕著に拡散し、表面に偏析することを明かにした。さらにBeドープ多結晶GaAsをAl-Ga-As系HBTの外部ベースに応用し、比誘電率の小さなSiO2を寄生コレクタ領域に埋め込んだ結果、ベース・コレクタ容量を従来型構造の35%に低減することが可能となり、80という高い電流増幅率を得ることに成功した。

 第5章では、MBE成長により作製したAl-Ga-As系HBTの高電流密度動作時におけるBeの拡散と素子特性の劣化について調べている。先ず、特性劣化のエミッタメサ形成方位依存性とSiO2膜厚依存性を調べ、境界要素法を用いて応力分布の二次元計算を行い、Be拡散に与える応力の影響を調べている。その結果、Al-Ga-As系HBT通電時のBe拡散は、エミッタ・ベース接合のエミッタメサ周辺部における応力により促進され、ベース・エミッタ間オン電圧を正方向にシフトさせることを明らかにした。また、HBT特性劣化のエミッタメサ形成方位依存性は、主にエミッタメサ形状の違いに起因した剪断応力の差に基づくこと、HBT特性劣化のSiO2膜厚依存性は、エミッタ・ベース接合に加わる垂直な応力に基づくことを示している。従ってHBTの特性の劣化を抑制するには、今後有機表面保護膜等の使用によりエミッタ・ベース接合付近の応力を零に近付けていく必要があることを明かにした。

 第6章は以上で得られた結果につき総括している。

 以上これを要するに、本論文は単結晶および多結晶GaAsのMBE成長時におけるBeの偏析・拡散現象を、実験的・理論的に明かにし、この結果をAl-Ga-As系ヘテロバイポーラトランジスタの高性能化に応用したものであり半導体プロセス技術の発展に寄与するところ大であって電子工学に貢献するところが大きい。よって本論文は学位請求論文として合格であると認める。

UTokyo Repositoryリンク