学位論文要旨



No 212095
著者(漢字) 柳川,久治
著者(英字)
著者(カナ) ヤナガワ,ヒサハル
標題(和) 光加入者系用導波路型光部品に関する研究
標題(洋)
報告番号 212095
報告番号 乙12095
学位授与日 1995.02.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12095号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 多田,邦雄
 東京大学 教授 藤井,陽一
 東京大学 教授 羽鳥,光俊
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 菊池,和朗
内容要旨

 光ファイバ通信システムは、これまでは主に公衆通信網における幹線系で実用化されてきたが、今後は広く加入者系へ適用するための研究開発がますます重要になるものと考えられる。ポイントツーマルチポイントの伝送を基本とする加入者系ではネットワークの広がりが生じ、光分岐結合器、光スイッチ等の光(受動)部品が多用される。これまで幹線系では、個別部品の形で製造されるファイバ加工型光部品が主に使用されてきたが、大量に光部品の使用される加入者系では、導波路型光部品の方が量産性等の観点で適している。しかしながら、従来の導波路型光部品の動作特性は波長および偏波に依存するのが普通であり、また導波路チップと光ファイバとの接続損失が大きいことから、広く実用化されるに至っていなかった。本研究はこれらの課題を解決すべく実施したものであり、広波長帯域・偏波無依存の光スイッチ、高消光の偏波分離器、広波長帯域の光分岐結合器、モードフィールド変換器に関し、以下に示すような検討を行っている。

 (1)半導体Y分岐導波路の分枝に電流注入を行い、電流注入下での屈折率減少を利用して導波路の伝搬モードをカットオフとすることを動作原理とする、新しい導波路型光スイッチの提案を行っている。また、ビーム伝搬法を用いた解析により、理論的にその動作が広波長帯域、偏波無依存であることを示している。GaAlAs系材料を用いて試作したサンプルの動作部長はわずか0.8mmであり、250mAの電流注入時に1.3m、1.55mの両波長において偏波無依存で消光比20dB以上のスイッチング動作を実験的に確認している。これは、導波路型光スイッチにおいて偏波無依存で高消光の2波長同時スイッチング動作を実験的に確認したものとしては半導体では初めてであり、導波路型一般としてもベルコアによる別原理(mode evolution)に基づくLiNbO3系光スイッチに次ぐものである。ここで提案した光スイッチは前記光スイッチに比べて、(1)動作部長が1桁短い、(2)入出力特性自体の偏波依存性がなく偏波無依存化にともなうペナルティーがない、という特長がある。さらに、この光スイッチを8個モノリシック集積化した2入力2出力のルート切替用光集積回路を試作し、構成要素間での電気的・熱的な干渉は観測されず、構成要素ごとの特性の相加により光集積回路全体のスイッチング特性が説明できることを実験的に確認している。

 (2)半導体導波路からなる反転光方向性結合器に電流注入と電圧印加を同時に行うことにより、直交する2つの偏波に対して独立に伝搬定数差をあたえ、それぞれを同時にスルー状態、クロス状態とすることにより偏波分離機能を実現する光偏波分離器の提案を行っている。ここで提案した光偏波分離器は、デバイスパラメータが設計値より少々はずれていても、電圧調整、電流調整により高い消光比が実現できるという特長がある。このようにしてGaAlAs系材料を用いて実際に試作したサンプルのほとんどは、20dB以上の高い消光比を示している。また、これらのサンプルの内のベストの値は32dBであり、これは単体デバイスとしてはこれまでに報告された最良値(28dB)を上回るものである。

 (3)光方向性結合器において非対称性を導入することにより、すなわち光方向性結合器を構成する導波路間に伝搬定数差を導入することにより広波長帯域化することを提案している。また、石英系ガラス導波路により試作した一様光方向性結合器および反転光方向性結合器によるサンプルでは、対称性の光方向性結合器に比べ光分岐結合比の波長依存性が1/3程度以下に低減できること、偏波依存性は小さいこと、を実験的に確認している。なお、非対称性の光方向性結合器の試作においては、その実現が容易であることから、は導波路幅の差異wにより実現している。さらに、共通の誘電体多層膜フィルタが分枝導波路をそれぞれ異なる角度で交差する構造により、可変波長光源をもつOTDR(光ファイバ長手方向の分布反射を時間領域で測定する装置)と併用することで、現用の光伝送路監視システムにおいても各分枝ごとの陣害点特定を可能とする光分岐結合器を提案している。

 (4)モードフィールドの不整合による放射損失を0.1dB程度以下におさめるには光導波路と光ファイバの不整合量を±10%程度以下にする必要のある事を示し、大きな変換比を低損失で実現するモードフィールド変換器を実現するために屈折率・コア寸法の同時テーパを提案している。また、このようなテーパをもつ変換器として、まず、火炎堆積法とドライエッチングの両技術により作製した石英導波路によるものを提案し、実験的にモードフィールド変換損失が0.1dB以下にできることを確認している。この製造方法は、コア幅、コア厚、伝搬方向のすべてにわたって独立に屈折率が制御できるという特長がある。次に、モードフィールドが光デバイスに一致した特殊光ファイバと伝送路用標準光ファイバとの融着接続点を加熱することにより、コアドーパントを熱拡散させて作製するモードフィールド変換ファイバを提案している。また、変換比2の楕円→円変換ファイバ、やはり変換比2で8心アレーの円→円寸法変換ファイバを実験的に作製している。これらの実験的に得られたテーパによるモードフィールド変換損失は、良好なものでは0.1dB程度(変換効率で言えば97%程度)であり、初期の1〜数dBのモードフィールド不整合損失に比べてじゅうぶん小さいことを確認している。

 一方、今後の課題は以下の通りである。

 (1)光スイッチ及び光分岐結合器導波路チップの伝搬損失の低減

 (2)光増幅器と光スイッチとのモノリシック集積化

 (3)導波路チップと光ファイバの接続を中心とする高信頼・低コストの実装技術の開発

 今後、これらの課題を解決し、導波路型光部品を光加入者系で広く実用化していく予定である。

 なお、本研究のもともとの目的は導波路型光部品の光加入者系への適用にあったが、本研究の成果として開発された導波路型光部品の広波長帯域化・偏波無依存化、モードフィールドの整合技術は汎用のものである。したがって今後は、これらを他の光部品の研究へと広げていく予定である。

審査要旨

 本論文は、加入者系光伝送システムを構築するために必要な、量産性に富み、接続損失が少なく、広波長帯域かつ偏波無依存である導波路型光受動部品を研究開発した成果を記述したもので、6章からなる。

 第1章は序論であって、本研究の背景、目的、論文構成が述べられている。光ファイバ通信を幹線系だけではなく加入者系に将来導入するための研究開発が、現在盛んに行われている。加入者系においては、ネットワークの広がりを生み出すために光分岐結合器、光スイッチその他の受動的光部品が大量に必要となり、それらの経済性に対する要求にも厳しいものがある。導波路型光部品は、幹線系で用いられてきたファイバ加工型光部品に比して量産性の面では有望であるが、接続損失および挿入損失の低減化が要求され、さらに広波長帯域ならびに偏波無依存の特性を具備する必要もある。本研究の主目的は、将来の光加入者系におけるキーコンポーネントである光分岐結合器および光スイッチを導波路型で構成する際に要求される、広波長帯域性、偏波無依存性、ならびに導波路チップと光ファイバとの低接続損失を実現する技術を研究し提供することである。

 第2章は「広波長帯域・偏波無依存導波路型光スイッチ」と題し、半導体Y分岐導波路によるモードカットオフ型光スイッチを提案し研究した結果を述べている。これはY分岐の一方の分枝に電流を注入し、屈折率減少を利用してその分枝への伝搬モードをカットオフすることを動作原理とする、ディジタル的特性をもつ光スイッチの新型である。まず、ビーム伝搬法による解析で、動作特性が広波長帯域、偏波無依存であることを示した。次にGaAlAs系材料を用いて電極長が0.8mmの素子を試作し、注入電流250mAで十分な消光比で1.3m光と1.55m光を同等にスイッチできること、及び偏波にも無依存であることを実証した。さらに、これらの光スイッチを8個モノリシック集積化した2入力2出力のルート切替用集積化光スイッチを開発し良好な特性を得た。

 第3章は、「高消光導波路型光偏波分離器」と題し、半導体反転方向性結合器による高消光比光偏波分離器を提案し研究した結果を記述している。光偏波分離器はTE(横電界)偏彼とTM(横磁界)偏波とを分離するもので、他の偏波依存性光部品と組み合わせて、いわゆる偏波ダイバーシティの原理により偏波無依存な光部品を構成していく際などに必要な素子である。本提案素子は、半導体pn接合をもつ反転方向性結合器の上面に2対の電極を付したもので、1対の電極からは逆方向電圧を、他の1対の電極からは順方向電流を印可することにより、結合導波路間の光位相係数差を各偏波について独立に制御調整できる構造となっている。これにより、方向性結合器がTE偏波に対してスルー状態、同時にTM偏波にたいしてはクロス状態になるように動作させて、偏波分離を高消光比で実現できる。実際にGaAlAs系材料を用いて素子を試作し、1.3m光および1.55m光に対し20dB以上(最高32dB)の高い偏波間消光比が得られることを実証した。

 第4章は、「広波長帯域導波路型光分岐結合器」と題し、方向性結合器による光分岐結合器を広波長帯域化する方法を検討している。方向性結合器の二つの導波路を同等でない、すなわち非対称とし、光位相係数差をあらかじめ与えておくと、波長変化による分岐結合比変化を低減できることをまず提案した。次に、リッジ装荷型の石英系導波路を対象に、Sベンドを有する入出力リード部まで考慮に入れて具体的に解析し、リッジ幅を非対称にした一様型あるいは反転型の素子では、二つの導波路が対称な素子に比べて、分岐結合比の波長による変化量が1/3程度に低減されることを明らかとした。さらに、〓記素子を各12個集積した全長40mmの8×8スターカップラを火炎堆積法およびドライエッチング法により試作し、上記理論にほぼ一致する結果を得ている。付随して、同様な1×8光分岐結合器に誘電体多層膜フィルタを組み合わせ、波長を切替えて各分枝ごとの障害点特定を可能とする光分岐結合器を提案開発した。

 第5章は、「モードフィールド変換器」と題し、光導波路チップと光ファイバ間の接続損失を低減するためのモードフィールド変換器を論じている。光導波路チップ内では一般にモードフィールド径が小さいので、光ファイバと突き合わせ接続するにはモードフィールドを拡大する変換器を挿入すべきである。これを屈折率のみ、あるいは断面寸法のみのテーパ導波路で形成するのは得策でなく、コアクラッド間屈折率差の平方根と断面寸法の積が長手方向に一定のままの屈折率・寸法同時テーパ導波路で実現するのが良いことを、理論解析に基づいて提案している。次に石英系導波路の膜厚と屈折率を火炎堆積法で、チャネル幅をドライエッチング法で、それぞれテーパ状に制御して良好なモードフィールド変換器を試作し、さらにこれを32×32スターカップラの入力側、出力側に組み込んで、光ファイバとの接続損失として0.3dB/個所の低い値を得ている。この他、モードフィールドが導波路チップのそれに整合した特別なファイバを伝送路用の標準単一モードファイバに融着してから、加熱拡散処理で屈折率・寸法同時テーパを形成する方法を考案して、ファイバ型モードフィールド変換器を開発した。

 第6章は結論であって、上記の諸結果を総括するものである。

 以上のように本論文は、半導体導波路型の広波長帯域・偏波無依存な光スイッチならびに高消光比をもつ光偏波分離器、広波長帯域の導波路型光分岐結合器、導波路チップとファイバ間の接続損失を低減するための光モードフィールド変換器などの加入者系光ファイバ通信に有用な新しい光部品についての研究開発成果を述べており、電子工学上貢献するところが多大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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