プラズマ・化学気相成長法(以下プラズマCVD法)により作製された、水素化非晶質シリコン(以下a-Si:H)や炭素添加水素化非晶質シリコン(以下a-SiC:H)を材料としたpin形太陽電池は電力用としての実用化が期待されている。本論文では、太陽電池用a-Si:H系薄膜の品質改善を目的として、次の項目について検討を加えた。 (1)a-SiC:H/a-Si:Hヘテロ界面(p/i界面)の欠陥密度の定量評価方法を確立し、界面形成条件と欠陥密度の関係を明らかにすること。 (2)a-Si:H系薄膜のバルク中の欠陥密度を、膜表面の欠陥密度あるいは基板との界面欠陥密度から分離して評価する方法を確立すること。 (3)a-Si:H薄膜および水素化微結晶シリコン(以下c-Si:H)薄膜成長時の膜成長表面における水素原子の役割の解明を試みること。 (4)アンドープa-SiC:H薄膜(p/i界面層材料)およびボロンドープa-SiC:H薄膜(p層材料)について欠陥密度を解析すること、およびa-SiC:H薄膜成長時の水素原子の役割を解明し、これらの知見を基に品質を改善すること。 まず第2章では、光熱偏向分光法(以下PDS)によるa-SiC:H/a-Si:H等のヘテロ界面の欠陥密度の定量評価方法および、界面形成条件と欠陥密度の関係について述べた。デバイス特性を左右する界面欠陥密度を、積層周期数を変えた多層膜のサブバンドギャップ光吸収スペクトルから比較的単純に評価可能であることを示した意義は大きいものと考える。これによる結論は、次の通りである。 (1)a-SiC:H/a-Si:Hヘテロ界面の欠陥密度はa-SiC:H層の厚さおよび膜中の炭素濃度の増加とともに増加する。a-Si系太陽電池のp層に相当する厚さ10nm、炭素濃度20%のa-SiC:H薄膜とa-Si:H層の界面欠陥密度は、約4×1010cm-2であった。 (2)a-SiC:H薄膜成長時に原料ガスの水素濃度を増加するとa-SiC:H/a-Si:Hヘテロ界面の欠陥密度が1×1010cm-2以下に減少した。 (3)a-SiC:H/a-Si:Hヘテロ界面に炭素濃度が徐々に変化するグレイディド界面層を挿入しても界面欠陥密度は減少しなかった。従って、a-Si太陽電池におけるp/iグレイディド界面層の特性改善効果は界面欠陥密度を低減することではないことが示唆された。 次に第3章では、従来解析を加えられることがなかった、a-Si:H系薄膜のサブバンドギャップ光吸収スペクトル(PDSで測定)の低光吸収領域に現れる干渉縞の極大・極小比を利用して、表面あるいは界面欠陥とバルク中の欠陥を分離して評価可能であることを示した。また従来、薄膜の表面反射スペクトルからは説明できなかった、干渉縞の極大・極小比の変化が、薄膜内での励起単色光の強度の深さ分布のために生ずることを示した。なお、a-Si:H薄膜の欠陥の深さ分布については、従来、適当な評価手段がなかったが、本方法はこれに対する突破口として、将来の発展が期待されている。本論文では、最も単純な例として、低欠陥バルク層と高欠陥表面層(または基板界面層)よりなる二層構造の場合を扱い、次の結論を得た。 (1)a-Si薄膜および微結晶Si薄膜について、励起単色光を膜表面側から入射した場合と基板側から入射した場合について、PDSによる実際の測定結果とマトリックス法によるモデル計算の結果を比較検討し、干渉縞の挙動について良い一致を見た。検討した例では、欠陥の深さ分布がない場合に約2である干渉縞の極大・極小比が、励起単色光が高欠陥密度層側から入射する場合には、最高、約10まで増大する。 (2)低欠陥密度のアンドープa-Si:H薄膜では膜表面側に高々50nm程度までの厚さの高欠陥層が存在する。厚さ2.1mのa-Si:H薄膜の例では、表面欠陥が試料の全欠陥(3×1015cm-3、面密度:6.3×1011cm-2)の約40%にもなり、表面欠陥の面密度が2.5×1011cm-2、バルク中の欠陥密度が1.8×1015cm-3(面密度:3.8×1011cm-2)と見積もられた。 第4章ではa-Si系太陽電池の構成材料である、ボロンドープa-SiC:H薄膜のPDSによる欠陥密度の評価、およびその結果に基づいた品質改善について述べた。まず、ボロンドーピングによってa-SiC:H薄膜の光導電率が増加するのは、ボロン原子-炭素原子の何らかの補償効果によって欠陥生成が抑制されるためであるという従来の認識を否定し、フェルミ準位の価電子帯側へのシフトに伴って、欠陥の正孔に対する捕獲断面積が減少するためであると結論づけた。次に、高水素濃度の原料ガスから低堆積速度でp形a-SiC:H薄膜を成長する場合、ボロン源としてB2H6ガスの代りにBF3ガスを用いることによりドーピング特性を改善できることを示した。その原因として、BF3を添加しても膜成長表面の水素被覆率がアンドープ膜堆積時と同程度に保たれていることが示唆された。ドーピング特性の改善の原因を表面反応モデルに沿って考えると、BF3を添加しても膜成長表面の水素被覆率が減少せず前駆体の拡散長が維持されるため、欠陥生成が抑制されるものと考えられる。最適条件下で光導電率はB2H6を用いた場合の約5倍に高められ、光学ギャップが2.0eVの場合に1×10-5S/cmに改善された。なお、BF3でボロンドープしたp形a-SiC:H薄膜はa-Si太陽電池のp層に適用され、変換効率向上(11.5%→12.3%、面積1cm2)に寄与した。 第5章では、数原子層程度の厚さの超薄膜の堆積と、膜成長表面の水素プラズマへの暴露を交互に繰り返す積層成長法を新たに開発して調べた、水素化シリコン系薄膜成長時の水素原子の役割について述べた。積層成長法では、膜堆積過程を一定に保ったまま膜成長表面の水素プラズマへの暴露条件を変えることが可能で、従来、原料ガスの水素濃度や基板温度を変えた実験から推測されていた、c-Si:H薄膜の堆積過程における水素原子の役割をより直接的に調べることができる。従来は200〜300℃という低基板温度で膜成長表面を水素プラズマに暴露しても、膜のエッチングや水素原子の膜中への拡散以外、何も起らないと考えられてきたが、予想に反してシリコン系薄膜の構造制御作用や後述のa-SiC:H薄膜の低欠陥化効果を見出すに至った。得られた結論は次の通りである。 (1)積層成長時に、水素プラズマへの暴露時間あるいは水素プラズマのグロー放電電力を増加すれば、c-Si:H薄膜が成長する。 (2)c-Si:H薄膜が成長する際に、水素プラズマへの暴露による超薄膜のエッチングが認められなかったので、エッチングは微結晶化のための必要条件ではない。 (3)一方、超薄膜は同一の条件下で堆積されたので膜成長の前駆体も同一であり、原料ガスの水素濃度を増加させること等による気相反応の変化によって前駆体が変化することが微結晶化のための必要条件でもない。 (4)さらに第6章の結果を合わせて考えると、膜成長の前駆体が飛来する前に、成長表面が水素プラズマに暴露されると、積層成長した薄膜の構造が変化することが示唆された。 (5)従って、成長表面直下、厚さ数ナノメーターの「成長ゾーン」が水素プラズマから供給された水素原子で変化することが微結晶化のための必要条件でもないことが示唆された。 (6)水素プラズマへの暴露条件に関して、a-Si:H薄膜成長とc-Si:H薄膜成長の境界の成長条件下では、a-Si:H薄膜の電気的な特性は改善されなかった。 なお積層成長法は、他研究機関においても採用され、低水素化a-Si:H薄膜および多結晶シリコン薄膜の作製法として改良を加えられながら発展しつつある。 最後に第6章では、積層成長法により、a-SiC:H薄膜の構造や欠陥密度に対する、膜成長表面の水素プラズマ処理の効果について、次の結論を得た。 (1)a-SiC:H薄膜を積層成長する際に、各堆積層の最初の、厚さ約2Åの部分は水素プラズマによりエッチングされにくく、膜構造が緻密化していることが示唆された。 (2)最適化された条件下で積層成長したa-SiC:H薄膜は、赤外透過スペクトルによる評価で膜構造が緻密化していた。さらにPDSによる評価では、深い欠陥準位が減少し、テイル準位もアーバック特性エネルギーで60meVまで減少した。その結果、光導電率が向上し、光学ギャップが1.91eVで光導電率が3×10-5S/cmと、比較のために水素希釈法で作製した場合よりも2〜3倍優れた特性のアンドープa-SiC:H薄膜を作製することが可能となった。 (3)これらの品質改善の原因については、水素プラズマ処理によって膜のエッチングと同時に膜成長表面への水素の付着が生じ、膜成長表面の水素被覆率が高められ、膜成長の前駆体の表面拡散長が増加するためであると推定された。 |