学位論文要旨



No 212098
著者(漢字) 平野,光
著者(英字)
著者(カナ) ヒラノ,アキラ
標題(和) 平面レーザ誘起蛍光法による燃焼計測に関する研究
標題(洋)
報告番号 212098
報告番号 乙12098
学位授与日 1995.02.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12098号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤村,貞夫
 東京大学 教授 森下,巖
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 平野,敏右
 東京大学 助教授 石川,正俊
内容要旨

 火炎の計測は、燃焼過程の解明やそれを通じての燃焼器設計に不可欠である。レーザーを用いた火炎の測定は、非接触の測定ができる特徴がある。特に、レーザー誘起蛍光法は感度が高く、ラジカルなどの中間物質の検出が可能であり、さらに温度の測定もできることから、新しい燃焼計測の中で最も潜在能力が高いものの一つである。特に、レーザーをシート状にして、測定対象を面状に励起した時の蛍光を高感度カメラで捉える二次元の測定(可視化)を平面レーザー誘起蛍光(Planar Laser-Induced Fluorescence,[PLIF])といい、本論文はこのPLIFに関するものである。

 PLIFは発展途上の計測手法であり、従来の問題点は主に以下の二つである。

 (1)従来、化学種濃度にほぼ比例関係の保たれた可視化測定が報告されたのは、濃度の高いOH、CH、C2のみであり、NOの測定すら濃度分析に使える報告はなかった。このため、NOx削減などの燃焼研究に用いるには、常圧メタン/空気火炎などの実用的な条件下でNOやその前駆体であるCN、NHなどの低濃度化学種の可視化が必要であった。

 (2)もう一つのPLIFの問題点は、画像の定量性(蛍光信号と濃度の比例関係)の向上である。火炎を測定する場合、圧力が高く頻繁に分子の衝突がおこる反応場での測定が要求されるため、衝突失活による誤差の問題の解決が必要である。

 以上の二つの問題の解決に関する研究成果を、まとめたものが本論文である。燃焼計測装置としてのPLIFの検出感度を極限近くまで向上させ、燃焼分析に重要な低濃度化学種の可視化に成功したほか、OH,CH,NOの濃度分布測定についても濃度と蛍光信号の比例関係を改善した。更に、二次元の数nsの蛍光緩和時間測定による衝突失活の測定法を提案し、蛍光信号と化学種濃度の線形性のずれを補正できる可能性を示した。

本論文の構成

 第一章は「序論」で、研究の背景、目的、研究成果の概要、論文の構成をまとめた。

 第二章は「測定装置と基礎方程式」と題し、本論文で扱うPLIFについて、基本概念、基礎方程式を記述している。

 第三章「前期解離を利用した準定量濃度分布測定」では、前期解離を利用することで衝突失活の誤差を回避するOHとCHの準定量測定について記述する。いずれも、従来の濃度画像よりも濃度に対する線形性が高い。

 OH(Zeldovich NOの生成に関与する主要中間物質)の濃度分布測定は、複数の励起検出スキームを比較の上、A2+[v=3]←X2ク[v=0]を励起してOHの前期解離を利用し、透過波長を厳しく制限したフィルターでA2+[v=3]ヨX2ク[v=2]の蛍光のみを選択して衝突緩和の影響を受けている近接した波長の蛍光を除くことで、定量性の高い画像を得ている。

 CH(濃度約10ppm)の測定では、5種類の励起検出スキームを検討の上、前期解離するC2+[v=1]準位を励起し、C2+[v=1]ヨX2ク[v=1]の蛍光を検出する衝突失活の影響の少ない濃度分布測定を提案し、単発のレーザーによる乱流火炎の測定で検証した。本測定は、蛍光強度を損なわずに迷光を避けることができる3準位の励起検出スキームを利用し、結像光学系の集光角を大きく取って、非飽和励起条件を満たして実現されている。

 第四章「低濃度化学種の定性濃度分布測定」では、メタン/空気火炎中のCN,NHの定性的濃度分布測定について記述する。

 CN(sub ppm)、NH(10〜100ppb)の濃度分布測定は、いずれも迷光を避ける3準位の励起検出スキームを用いてノイズを減らした上、飽和の起こりにくい吸収線を強い入射レーザー光で励起することで蛍光信号の強度を上げ、集光角を大きくとって高感度検出器の能力を引き出すことで可能となった。CN測定は、単発のレーザーによる乱流火炎の断面に於ける濃度分布測定で検証された。NHの可視化では、イメージインテンシファイヤのパルス高さ分布(PHD)の影響による測定誤差と光子画像のにじみによる空間分解能の低下を避けるため、重心検出演算をして光子計数を行った。

 第五章は「NO濃度分布の測定とNOx生成診断」と題し、NOの定性的濃度分布測定について記述する。色収差が小さく、更に集光角を広くとりながら点収差が小さくイメージサークルの広い結像系を用いることで、CH濃度の高い火炎面で発生しているPrompt NOと反応帯後流のOH濃度の高い部分で生成するZeldovich NOとの区別が可能な濃度分布画像を得ており、NOx生成診断に有効であることが示された。

 第六章「衝突失活の二次元測定」では、平面レーザー誘起蛍光法による測定の最大の問題である、衝突失活(Collisonal Quenching)の評価手法について記述する。衝突失活は、励起された分子が、周辺の分子の衝突によって蛍光を発せずに緩和してしまう現象で、火炎断面の測定エリア内で一定でないため、分子濃度と蛍光信号の比例関係が成り立たなく原因である。本章では、蛍光を検出するイメージインテンシファイヤのゲートをレーザー光を検知して動作させ、レーザー光を遅延光路で遅らせて同期を正確に合わせることで、蛍光緩和時間(2〜3ns)の二次元測定による衝突失活分布の測定手法を開発し、平面レーザー誘起蛍光の定量測定への新たな可能性を示した。

 第七章は「結論」で、全体を通じての結論を述べるとともに、今後の課題、展望について触れている。

審査要旨

 火炎の計測は,燃焼過程の解明や燃焼器設計に不可欠である。特に最近は環境への配慮から,燃焼過程におけるNOx低減への強い要請がある.火炎計測においては,対象を乱さず,瞬時の現象を知るため,非接触で,分布計測のできることが要求される.本論文は,この条件を満たすことのできる方法の一つ,レーザをシート状にし,測定対象を面状に励起して観測される蛍光を高感度カメラを用いて2次元分布として可視化する平面レーザ誘起蛍光法(Planar Laser-Induced Fluorescence[以下PLIFと略記する])の高感度化,高精度化(線形性)を目的としている.従来も燃焼過程を解明するためPLIFが用いられてきたが,感度が不十分で,濃度に対する線形性にも問題が残されていた.本論文ではこれらを改善して低濃度化学種の可視化を可能にし,誤差評価の手法を確立することで,定性的なNOx生成診断の可能性を示している.本論文は全体で,7章から構成されている.

 第1章は,「序論」で,研究の背景,目的について記述し,論文の構成と研究成果の概要を述べている.本論文では,NOx生成過程で生じる化学種を対象とすることとし,従来の問題として,PLIFには,大きくは,

 (1)従来は,高濃度の化学種OH,CH,C2については可視化が実現されているが,メタン・空気火炎などの実用的な条件下での,NOやその前駆体(CN,NH)など低濃度化学種の可視化

 (2)火炎計測における衝突失活による誤差の推定と除去法の確立[上記の条件下では,励起された分子が,周辺の分子との衝突で蛍光を発せずに緩和する衝突失活(Collisional Quenching)を生じ,これが観測範囲で一様でないため,分子濃度と蛍光信号の間に比例関係が保てず,画像の定量性が欠如する]

 という2つの問題が残されていることを指摘している.

 第2章は,「平面レーザ誘起蛍光と基礎方程式」と題し,本論文で扱うPLIFについて,吸収線構造と励起スペクトル,励起法と準位選択などの基本概念と蛍光強度を表現する基礎方程式について記述している.

 第3章の「前期解離を利用した準定量濃度分布測定」では,前期解離を利用することで衝突失活の誤差を回避できるOHとCHの準定量測定について述べている.この方法によれば,量子効率,従って蛍光強度が温度によって定まり,衝突失活の影響を避けることができ,従来の可視化画像よりも濃度に対する線形性が高くできるという利点がある.

 外炎の最高温度帯で単原子酸素がN2を分解して生ずるZeldovich(thermal)NOの生成に関与する主要中間物質であるOHの濃度分布計測では,複数の励起検出方法の比較に基づき,フィルタの透過波長を厳密に選択し,OHの前期解離を利用して,振動緩和を経た成分を除去し,定量性の高い画像の得られることを示している.

 一方,CH(濃度約10ppm)の測定では,スペクトル測定に基づく4種類の励起検出方法を比較した上で,前期解離に対応する蛍光を検出するS/Nが高く,衝突失活の影響の小さい,大気圧近辺まで使用可能な,準定量測定法を提案している.高S/Nの性質を利用することにより,単発レーザによる乱流火炎観測が可能であることを実験で示している.本測定は蛍光強度を損なわずに迷光を避けられるように選択した3準位の励起検出方法を用い,結像光学系の集光角を大きくとりながら,火炎面を観測するのに十分な分解能を実現するものである.

 第4章「低濃度化学種の定性濃度分布測定」では,メタン・空気火炎中のCN,NHの定性的濃度分布測定について記述している.

 CN(subppm)とNH(10-100ppb)の濃度分布測定は,いずれも3準位の励起検出方法の中から,飽和の起こりにくい吸収線を強いレーザ光で励起することで蛍光信号の強度を大きくしてS/Nを高くし,さらに集光角の大きい光学系を用いることで実現している.CNの測定は,乱流火炎を単発レーザ光で観測できることでその可能性を確認し,NHについては,弱い蛍光を観測するため,イメージインテンシファイアのゲインを高くし,それによって生じる像のボケを,光子毎に重心を求めて空間分解能を改善して観測できることにより確認している.

 第5章は,「NO濃度分布とNOx生成診断」と題し,NOの定性的濃度分布測定について記述するとともに,CH,OHの濃度分布画像と比較することで,従来は区別して論じられていない,CH濃度の高い火炎面でCHがN2を分解して発生するPrompt NOと外炎部で発生するZeldovich NOの区別ができることを示している.これは,新たな燃焼器のNOx生成の分析手法として用い得るものである.

 第6章「衝突失活の二次元測定」では,平面レーザ誘起蛍光法による測定の最大の問題点である衝突失活の評価手法について記述している.本章では,蛍光を検出するイメージインテンシファイヤのゲートを,エキシマレーザ光を検出して発光から遅れて動作させ,一方レーザ光自身も遅延光路で遅らせることにより,エキシマレーザ光による励起とイメージインテンシファイヤでの観測を正確に同期させることで,2〜3nsの緩和時間の2次元測定から,衝突失活寿命の2次元分布を求める手法を新たに開発し,その有効性を実証している.これにより平面レーザ誘起蛍光技術の定量測定への拡張に新たな可能性を示した.

 第7章は「結論」で,全体を通じての結論を述べるとともに今後の課題や展望について触れている.

 以上要するに,本論文は,燃焼計測技術としての平面レーザ誘起蛍光法の検出感度を極限近くまで向上させ,燃焼分析に重要な低濃度化学種の可視化に成功したほか,OH,CH,NOの濃度分布測定についても濃度と蛍光信号の比例関係を改善し,さらに,2次元の2〜3nsの蛍光緩和時間測定による衝突失活の測定法を提案し,蛍光信号と化学種濃度の線形性のずれを補正できる可能性を示したもので,計測工学,燃焼工学への貢献が大きい.よって,本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる.

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