内容要旨 | | 産業用ロボットは,その位置繰返し精度は実用上十分高いが,基準座標系におけるロボット手先位置の3次元座標値,すなわち絶対位置の精度は一般に低く,仕様書等においても保証されていない場合が多い.これは主に,機構部品を組み立てる際の製造誤差やエンコーダの原点オフセット誤差等の幾何学的誤差および重力による機構部のたわみ等の非幾何学的誤差が原因であると考えられる. 一般に,ロボットアームの絶対位置を高精度に求める技術をロボットアームのキャリブレーションと呼んでいる.近年,オフラインプログラミングシステムや複数ロボットの協調制御技術の登場により,ロボットアームのキャリブレーションの実用化が急速に求められるようになってきており,従来の人手による多大の工数を要した方法に対して,特にこれを自動的に行う自動キャリブレーション技術への要求が高くなってきている.しかるに,既存の自動キャリブレーション技術は精度や価格の点でいまだ実用化されていないのが現状である.また,ISO規格など標準化の面からも,キャリブレーション技術の重要性が言われつつある. 本研究はこのような背景のもとで実用的な自動キャリブレーション技術を確立することを目的に行なわれた. 本研究では,レーザ変位センサ3個より構成されるシンプルなセンサを用いながらも,計測データ補正法を導入することにより,高精度自動キャリブレーションの実用化に成功した. キャリブレーションを実用化するには,ロボットが実際に使用されている現場でいつでもキャリブレーションを行なえること,そのためには,キャリブレーション用センサが低価格であることが必要条件となる.3個の1次元変位センサしか用いない本計測用センサは,この条件を満足していると言える. ロボットの手先にセンサを搭載して,その位置および姿勢を計測するには,視覚センサや力センサあるいは6個の1次元変位センサなど,一般的には,6自由度の計測が可能なセンサが必要となる.本計測用センサは,着目している計測点とともに,その近傍計測点の計測データをも使用することにより,3個の変位センサしか使用していないにもかかわらず,ロボット手先の位置・姿勢の計測を可能としている. 計測用センサの構造は,3個のレーザ変位センサが,それぞれのレーザ光の光軸を表わすベクトルが互いに直交するように配置されている. ロボットアームのキャリブレーションとは,アームの1自由度あたり5個のパラメータの値を決定する問題である.ここで対象とする6自由度のアームの場合,合計30個のパラメータがある.もちろん,これらのパラメータについては,設計値としてのノミナル値は知られているので,このノミナル値からのずれが決定すべき未知パラメータとなる. アームの位置と姿勢は,その先端に設定したセンサ座標系の位置と姿勢をワーク座標系で表現することにする.いま,アームにある位置と姿勢を取らせ,その位置と姿勢をワーク座標系で表現した値を計測すると, というベクトル方程式が得られる.ここで,ATBは,座標系Aから座標系Bへの同次変換行列を表わし,添字W,0,6,Sは,それぞれ,ワーク座標系,アームのベース座標系,アームの第6軸座標系,センサ座標系を表わすものとする. いま,アームのベース座標系の位置と姿勢WT0は正確に求められているとすると,未知数は0T6に含まれる30個のパラメータである.従って,アームにn個の異なる位置を取らせ,このワーク座標系における値を計測するとn個のベクトル方程式が得られ,nを10以上とすると逐次近似法により30個の未知数を決定できる. 実際問題としては,WT0を完全に正確に計測するのは面倒である.そこで,3点タッチアップによるワーク座標系設定法を用いてWT0の概略値を求め,その誤差をも未知数として,合計36個のパラメータを求めることにする. 問題は,ワーク座標系を基準として,センサ座標系の位置と姿勢をどのように計測するかである.まず,形状が正確に知られている較正用のブロックをロボットの動作領域内に置く.このブロックには,互いに直交する3平面よりなるコーナー部が用意してある.ワーク座標系はこのブロックに固定するので,このコーナー部の位置と姿勢の値は既知である.このコーナー部に対する本計測用センサの位置と姿勢を計測するために本方法では,ある計測点の計測データと共にそこからロボットを近傍に移動した計測点の計測データをも使用する.3変位センサタイプで6変位センサタイプと同等の絶対位置精度を得るためには,このロボットの移動による影響を補正する必要がある.始めに,計測データa1を計測し,つぎに,ロボットを1計測点分だけ移動させた後,計測データa2を計測する場合を考える.ここで,ロボット移動後の計測用センサの位置・姿勢をSで表わすと,これは,ロボットを1計測点分だけ移動させたことによる誤差を含んでいる.従って,計測データa1およびa2から求めたブロックの位置・姿勢には若干の誤差が含まれている.いま,仮に誤差がないと仮定した場合の計測用センサの位置・姿勢をS’とすると,正しいブロックの位置・姿勢を求めるためには,S’から見た計測データa’2を求める必要がある.ここで,Sの実際の位置・姿勢は不明であるが,Sを誤差パラメータqの関数S(q)と見做せば,S(q)に誤差パラメータとしてノミナル値を代入したものがS’に等しいことに着目して,本計測データ補正法を適用しないで求めた誤差パラメータをノミナル値の代わりにS(q)に代入することにより,実際のSの近似値を得ることができる.これにより,S’からSへの同次変換行列Tの近似値が求まるので,これを,計測データa2に適用することにより,S’から見た計測データa’2の近似値を得ることができる.このように計測データを補正したことにより,ロボットを1計測点分だけ移動したことによる影響が縮小し,さらに正確な誤差パラメータが求まるので,これを再びS(q)に代入することで,より正確なSを求めることができる.上記操作を繰り返すことにより,ブロックに対する計測用センサの正しい位置・姿勢を得ることが期待できる. 本方法による絶対位置精度が保証されるためには,この逐次近似演算が収束することを証明する必要がある.この演算ループの中のニュートン法の部分については,その収束性を証明しているが,ニュートン法の演算ループの外側にある計測データ補正に関する部分の厳密な証明は難しく,収束性の予想を述べるにとどめている.従って,本方法による絶対位置精度補正の効果を検証する手段として,セオドライトを用いて,ロボット手先の絶対位置精度の計測を人手で直接行なって,本方法による計算結果と比較する方法を採用した. 計測データ補正を実施しない場合と実施した場合とで,求まった絶対位置精度を比較したところ,後者の方が明確に良い結果を得た.また,計測データ補正を実施しない場合に求まった誤差パラメータは,異常と思われる値に収束することがあり,本キャリブレーション法においては,計測データ補正は不可欠であるとの認識を得た.次表に,実験結果を示す. 表1 絶対位置精度(mm) 正確な絶対位置精度を求めるためには,ロボットアーム自身の重力によるたわみを補正する必要があり,従来より提案されている伝達機構部のたわみ補正式の有効性を実験により検証するとともに,これを拡張して,従来は取扱えなかった,ロボットが手先に負荷を搭載する場合をも考慮した,伝達機構部のたわみ補正式を新たに提案した.さらに,本補正式を用いて,負荷がある場合においても高精度の絶対位置精度を達成できることを実験により検証した. 最後に,本研究により,レーザ変位センサの数を6個から3個に半減させたことによる意義を繰返しておきたい.一般にロボットアームのキャリブレーションには,常により高い絶対位置精度が求められる傾向にあるため,これに必要とされる高精度のレーザ変位センサの価格は,大きな低下を予想することはできない.従って,今後,ロボットアームの自動キャリブレーションを普及させるためには,使用するレーザ変位センサの数を半減させたことによる貢献は大きいと考えられる. |