学位論文要旨



No 212102
著者(漢字) 大岩,彰
著者(英字)
著者(カナ) オオイワ,アキラ
標題(和) 気体圧力計測の標準に関する研究
標題(洋)
報告番号 212102
報告番号 乙12102
学位授与日 1995.02.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12102号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森下,巖
 東京大学 教授 藤村,貞夫
 東京大学 教授 伊藤,良一
 東京大学 助教授 安藤,繁
 東京大学 助教授 石川,正俊
内容要旨

 各種先端分野で、微小圧力や真空技術が広く応用されるのに伴い、当該領域の圧力の精密計測技術及び計測標準の重要性が増している。特に、最近の半導体製造技術及び省エネルギー技術の急激な高度化によって必要精度が従来と比して格段に高くなってきている。この動きは、大気圧力以下の1000Pa付近から1Paにわたる微小圧力領域で顕著である。大気圧以上の圧力計測技術は比較的に充実しており、従来から多くの産業技術分野で重要な役割を果たしてきたが、1000Pa以下の微小圧力領域に限って見れば、従来は計測標準と呼べるものは無かった。また、関連する計測技術も未熟な段階にあり、産業界の強い要請に充分な対応がとれないでいる。微小圧力計測における基礎技術及び計測標準の早急な開発が求められている。

 本研究では、このような背景の下に大気圧以下の圧力計測標準及び関連する計測技術を開発したものである。特徴を以下に挙げる。

 大気圧付近(120kPa)から約1kPaまでの圧力計測標準である光波干渉式標準圧力針を新たに開発し、従来のものと比べて格段に高機能・高精度化を実現した。

 また、従来ピストン式圧力計は機構的な制約から数kPa以上の圧力計測しかできなかったが、筆者の考案した無回転ピストン安定化機構を用いて差動ピストン式圧力計を新たに開発し、これがミリパスカルオーダの微小圧力の計測にも適用できることを示した。

 更に、液柱型のマノメータで微小圧力測定を可能にするために、He-Neレーザのヘテロダイン変調干渉計をU字管の液面検出に適用した。この研究では、ダブルU字管・ダブル干渉計によりレーザ干渉式油マノメータを新たに開発し、サブミリパスカル・オーダの測定精度を得た。

 一方、微小差圧計測の要素技術として、一定の微小差圧を安定して発生する装置を考案し、開発試作した。性能試験によりミリパスカル以下の安定度を有することを確認した。

 以下に本研究の内容を各章毎に要約する。

 第1章 緒論では、本研究の目的とその背景・意義を明らかにするとともに、産業界における圧力計測に対する要求、計測技術の実体、圧力計測標準の現状、から問題点を概観した。

 第2章 新しい光波干渉式標準気圧計では、光波干渉式標準気圧計を試作・開発した。これは、従来あった気圧計の持つ欠点及び問題点を解決し、機能・精度とも大幅に改善することに成功したものである。主たる特徴について以下に記す。

 (1)旧標準圧力計(ISB-2)の100kPaにおける計測不確かさが、0.73Paであったところを、新標準圧力計(ISB-3)では、0.28Paと半減させることに成功した。

 (2)屈折率の補償機構により、光波干渉を用いながら屈折率の補正を必要無いものとすることに成功した。この機構の適用は、U字管圧力計では世界的に初めての試みであり、光波及びレーザ干渉式のU字管圧力計の高精度化に対する有力な提案である。この機構により、水銀に対して不活性な気体であれば任意のものを媒体として使用することが出来るようになった。

 (3)測長部にレーザ干渉測長器を用いて、その光軸を水銀面検出用のマイケルソン干渉計の光軸と同一にすることにより、測長誤差を最小限のものとすることができた。

 (4)温度計測、真空排気等の周辺技術を改善することにより、容易に高精度を実現できるようにした。

 (5)国際度量衡委員会の主催する国際比較に参加し、100kPa絶対圧力の計測で主要先進国との偏差2〜3ppm以内という、満足すべき結果を得た。

 第3章 無回転ピストン安定化機構を用いる次世代ピストン圧力計では、ピストン・シリンダの隙間にテーパ状の傾斜分布を持たせることにより安定効果を得る無回転安定化機構を考案し、そのシングル・テーパ・シリンダーを適用した無回転ピストン式重錘形圧力計を試作開発した。試作圧力計により以下の結果を得た。

 (1)回転に伴う外力が無いので1ppm以下のオーダまで発生圧力が安定している。

 (2)回転に起因する系統誤差、例えば発熱や対流による誤差などが発生しない。

 (3)回転させるための複雑な機構がいらないので、特に重錘量が大きい場合、重錘懸架部の設計・製作が容易である。

 (4)ピストン・シリンダ間の隙間の流れが単純になるため有効断面積の評価などの理論的解析が容易になる。

 (5)安定化力は差圧に比例するので重錘量を増やしてもピストンの姿勢に変化がなく、高圧領域でも安定化原理は有効である。

 (6)この無回転安定化機構は、これ以外の圧力領域に対しても適用可能であり、特に高圧力領域においては、重錘懸架方式の設計に大きな利点がある。

 更に、無回転ピストン安定化機構を発展させて、差動ピストン微差圧計を開発した。これはダブルテーパ・シリンダによるピストン保持機構により可能になったものである。有効断面積は約2cm2であり、圧力範囲は0〜7kPaである。本試作圧力計により以下の成果を得た。

 (7)mPaオーダの微小圧力を計れるピストン式圧力計を初めて実現した。これにより、15mPaの分解能を達成した。これは従来のピストン式圧力計の適用下限である1Paの2桁下の感度安定度である。

 (8)真空雰囲気で用いれば、絶対圧力(真空)測定も可能である。

 (9)この方式の圧力計は今後の微小圧力の標準器として使われることが期待される。

 第4章 レーザ干渉式油マノメータでは、1kPaまでの圧力標準を確立するために、油マノメータの液位差を精密測定する装置を開発した。装置は、U字管の油面を反射面として干渉針を構成し、ヘテロダイン干渉法により100mmまでの液位差を2nmの分解能で測定する。また、除振台のレベル変化や温度変化に起因する誤差を2組のU字管と干渉計を組合せたダブルU字管・ダブル干渉計によって補償する。

 動粘度が100mm2/sのシリコーン油をU字管作動液として装置の性能評価を行い、以下の結果が得られた。

 (1)ゼロ点は安定し、3日間の標準偏差が0.01m、5秒間の標準偏差が0.001mであった。

 (2)25mm/minの速度で油面を移動させても、油面をレーザの反射面としてその位置が検出できる。

 (3)1kPaの差圧を導入し100mmの液位差を設定した直後には差圧がゼロでも不規則に液位差が生じているが、90分後に油面を移動させる前との差が0.01m以下に戻る。

 (4)100mmの液位差測定の不確かさは0.026mである。

 第5章 遠心力を利用した一定微小差圧発生装置では、回転遠心力によって一定差圧を発生する装置を考案し、開発試作した。本微差圧発生装置によって数mPaから1300Paの範囲で安定した微小差圧が発生できることが確かめられた。特に、1Pa以下の微小差圧領域での安定な圧力発生は本装置によって初めて容易に実現できる様になった。

 (1)発生圧力の安定度は、1Pa以上の圧力で0.1%以下の高安定度を得た。1Pa以下の圧力ではモニタ圧力計の分解能の下限である1mPa以下の安定度であった。

 (2)理論式より計算した値とと実測値との偏差は、0から-2.5%の間で変化したが、回転数によって偏差に再現性があり、再現性は、100rpm以上で0.1%〜0.01%であった。

 (3)2000rpm以上の高回転域では、シール部分から発生する熱の影響があり、本体の温度の均一性が保証されないが、ロータの温度を正しく評価することで補正が可能である。

 (4)本装置は、小型化すれば、微差圧計測器用の簡便な校正装置として使用できる。

 以上。

審査要旨

 本論文は、「気体圧力計測の標準に関する研究」と題し、6章より構成されている。我々が使用する圧力計の指示の正確度は、究極的には、国家標準として維持されている標準圧力計の正確度に依存する。本論文は、大気圧以下の気体圧力計測の正確度を向上させるために、従来の標準圧力計に改良を加えて試作した新しい標準圧力計について報告したもので、とくに、従来標準の確立に不備のあった微小圧領域(1kPa-1Pa)において大幅に正確度を向上させ、mPa領域の測定をも可能とした点に特徴がある。

 第1章は緒論であり、本研究の目的、従来の研究と本研究の特徴、および、本論文の構成を述べている。

 第2章は「新しい光波干渉式標準気圧計」と題し、従来の標準気圧計に改良を加えて試作した新標準気圧計について報告している。これは、100kPa-1kPaの圧力領域を主たる対象とするもので、水銀U字管と白色光源マイケルソン干渉計とで構成されている。干渉計の一方の光路の光は水銀液面で反射され、もう一方の光路の光は参照鏡で反射され、干渉縞の形成を観測しつつ参照鏡を手動で変位させて水銀液面の変位量と参照鏡の変位量を一致させる。あと、参照鏡の変位量をレーザ干渉式測長器で読みとる。問題は、干渉計で確認できるのは二つの光路の光学的距離の一致であり、絶対距離の一致ではないことである。従来のものでは、一方の光路は圧力の加えられたU字管内を通過して水銀面に至り、一方の光路は解放室内空間を通過して参照鏡に至る構造であったため、両光路中の媒質の屈折率の差を計算によって補正する必要があった。本論文では、この補正が最大の誤差要因となる点に着目し、参照鏡とその移動機構を密封管に入れ、U字管に加える気体をこの密封管にも加える構成としている。両光路中の媒質が完全に一致するので、補正が不要になる。従来のものでは100kPaにおいて0.73Paの不確かさがあったが、新標準気圧計では0.28Paに減少したと報告している。

 第3章は「無回転ピストン安定化機構を用いる次世代ピストン圧力計」と題し、重錘とピストン・シリンダーを用いる標準圧力発生器の改良について報告している。これは、ピストン・シリンダーを垂直に立て、ピストンに重錘を乗せることによって標準圧力を発生させる原理のものである。ただし、ピストンとシリンダーの間の摩擦の影響を防止するためにピストンを回転させた状態で使用していたので、ピストン自体の重量によって発生圧力の下限が決定され、1kPa以下の圧力領域には適用できないという問題点があった。また、ピストンの回転に同期した1Pa程度の圧力変動が発生するという欠点もあった。本論文では、シリンダーの内径に微小なテーパーを設け、これとピストンの間を流れる気体の流体力学的作用により、無回転のピストンの位置姿勢がシリンダーと接触しないよう自動的に調整される方式を提案している。このピストンの無回転化により、ピストン重量を天秤機構で支持することが可能になり、圧力の下限が1Paまで延長された。また、ピストンの回転に起因する圧力変動も除去することができた。試作したものの圧力範囲は100kPa-1Paで、不確かさは10ppmと報告している。さらに、シリンダーに上下逆方向に2個のテーパーを設ける差動方式を提案し、圧力分解能15mPaが得られたと報告している。これによって、標準圧力の供給がmPa領域にまで拡大可能となる。

 第4章は、「レーザー干渉式油マノメータ」と題し、低密度の油を液位差検出用に使用するU字管圧力計について報告している。1kPa-1Paの領域を対象とし、油面の変位の測定にはレーザーヘテロダイン干渉計を用いて、100mmの液位差を2nmの分解能で検出する。装置は除振台に設置してあるが、これの微小な傾きに起因する誤差を補償するため、一対のU字管と一対の干渉計を用いる方式を採用し、液位差100mmの測定における不確かさを26nmとしている。

 第5章は、「遠心力を利用した一定微小差圧発生装置」と題し、標準微小圧力の発生に回転遠心力の利用を提案し、1kPa-10mPaの範囲の圧力を高い安定度で発生できることを示している。

 第6章は結語であり、本研究の成果を要約している。

 以上を要するに、本論文は、大気圧以下の圧力領域において標準として用いられる気体圧力計の正確度を向上させるためにいくつかの改良方式を提案したもので、とくに、従来標準の確立に不備のあった微小圧領域(1kPa-1Pa)における正確度を大幅に向上させており、計測工学上寄与する所が大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50923