学位論文要旨



No 212103
著者(漢字) 浪花,智英
著者(英字)
著者(カナ) ナニワ,トモヒデ
標題(和) 幾何学的な拘束を受けるマニピュレータの学習制御と適応制御
標題(洋)
報告番号 212103
報告番号 乙12103
学位授与日 1995.02.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12103号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 有本,卓
 東京大学 教授 森下,巖
 東京大学 教授 中野,馨
 東京大学 教授 舘,すすむ
 東京大学 助教授 新,誠一
内容要旨

 産業用ロボットの誕生から30年が経た今日,その中心である腕型のロボット・マニピュレータは,動作の速度や繰り返し精度において人間の腕を凌ぐだけの性能を持つに至っている.しかしながら,我々が日常の生活の中で何気なく行っている動作をマニピュレータに実行させることはいまだに容易ではない.そのため,人間が日常の行動の中に示す"学習"と"適応"の能力に着目し,これによって人が日常的な動作の遂行に示している"柔軟さ"や"器用さ"を解明しようとする研究が行われてきている.

 "学習"と"適応"の能力をマニピュレータにもたせる試みとして,運動の試行の繰り返しから理想の運動を実現するための制御入力を学習する"学習制御"の研究や,マニピュレータの各リンクの質量やモーメントなどの物理パラメータの推定と推定値による制御入力の計算を同時に行う"Model-Based適応制御"の研究がある.従来のこれらの研究は主にマニピュレータの手先が他の物体や作業環境と接触することなく自由に運動できる場合を取り扱っていた.しかしながら,我々が日常行っている作業のほとんどは他の物体や作業環境との接触を含んでおり,物体や環境によって手先の運動が拘束されるうえに手先と対象との間で力のやり取りが行われている.このように手先の位置と手先に生じる力を同時に制御する問題に対しても有効な学習制御と適応制御則を構築することが必要である.

 そこで,本研究ではまず手先が作業環境に置かれた曲面に幾何学的に拘束されて運動するマニピュレータに対して,関節角空間で与えられた理想の位置軌道とともに,手先と拘束面の間に生じる抗力を同時に制御することのできる学習制御則とModel-Based適応制御則を提案した.

 これらの制御則の構築には,関節角空間で表した拘束面の接平面に対する射影行列を用いてマニピュレータの位置と速度を制御する信号と抗力を制御する信号を関節角座標系の上で直交するように設計するという「関節空間直交化原理」が重要な役割を果たしている.

 提案した学習制御則はPDフィードバック制御則の上に簡単な再帰形式の学習則によって構成されており,制御入力を計算するうえでマニピュレータの慣性行列などの値を必要とせず,容易に実時間計算することが可能である.また提案した学習制御則について,試行を繰り返す間でマニピュレータの位置誤差と速度誤差が一様に有界であることに加えて,試行を繰り返すことによって理想の位置及び速度軌道が実現できること,更に,手先に生じる抗力の大きさも理想の抗力の大きさに収束することを理論的に証明した.

 提案したModel-Based適応制御則については,マニピュレータのダイナミクスに線形に現れる各リンクの質量やモーメント等の物理パラメータを適応的に推定しながら制御入力を計算しており,拘束面の滑らかさとマニピュレータの位置の初期化誤差がある大きさに収まることを仮定することで,運動を続けていく間にマニピュレータの関節角位置軌道と速度軌道がそれぞれの理想の軌道に収束すると同時に,手先に生じる抗力の大きさも理想とする抗力の大きさに収束することがリヤプノフ法に基づいて理論的に証明されている.更に,マニピュレータに与える理想軌道をpersistently excitingと呼ばれる条件を満足するように選べば,マニピュレータの真の物理パラメータが推定できることを示した.

 また提案した学習制御則とModel-Based適応制御則の有効性を確かめるために,3自由度多関節型マニピュレータのダイナミクスモデルを用いた計算機シミュレーションを行った.このシミュレーションの結果によって,提案した学習制御則,Model一Based適応則によってマニピュレータの手先の位置と同時に手先に生じる抗力を制御できることが示された.

 次に,マニピュレータの手先がより複雑な幾何学的拘束を受ける場合の問題として,複数マニピュレータの協調制御の問題を取り上げ,提案した学習制御則と適応制御則が協調制御に対してもそのまま拡張できることを示し,更に計算機シミュレーションによってその有効性を検証した.

 学習制御では試行を繰り返すことによって高速,高精度な運動を学習することが可能となったが,学習した制御入力はある与えられた理想の運動に対して固有のものであり,異なる軌道を与えた場合には学習の試行を最初から繰り返さなければならない.

 一方,Model一Based適応制御ではマニピュレータの物理パラメータを適応的に推定しており,その値を新たな軌道が与えられたときの推定値の初期値として用いることができるので,ある程度汎用的な情報を獲得していると考えることができる.しかし,パラメータの推定に時間がかかるため,高速な軌道の追従に関しては学習制御ほどの精度を得ることはできなかった.また,学習制御と比べると,実時間で行わなければならない計算の量が多い.

 このように,提案した学習制御則とModel-Based適応制御にはそれぞれに得失があり,現状では,対象となる問題の特質に合わせて適当な制御則を選択することが必要となっている.

 しかしながら,人間は学習と適応の能力を別々のものとしてもっているわけではなく,その両方の能力を合わせもっていると思われる.そのため提案した学習制御則と適応制御則を融合させることが必要であると考えるが,これは今後取り組んで行かねばならない課題である.

審査要旨

 ロボットが産業の現場に導入されて以来、既に20年以上経過している。しかし、単純な繰り返し作業以外にはロボットは余り普及していない。その最大の理由に、手先が対象物に拘束されつつ運動するロボットについて、そのダイナミクスの力学的解析が進んでいないことや、そのような状況下で有効に働く制御法が確立していないことが挙げられる。手先拘束によって先端点に抗力が発生し、これが関節座標で表したロボットの運動方程式にラグランジュ乗数として入る。従って、この場合のロボットの運動は、単なる微分方程式ではなく、微分代数方程式(DAE)と呼ばれるクラスの方程式で表されることになる。本論文は、このようにDAEで表されるようなロボットダイナミクスに対して、適応制御法と繰り返し学習制御法を設計し、それらの軌道追従性を理論的に証明するとともに、計数機シミュレーションに基づいてこれらの制御法の実用性を実証したものである。

 本論文は、「幾何学的な拘束を受けるマニピュレータの学習制御と適応制御」と題し、6章より構成されている。

 第1章は序論であり、本研究の背景を述べている。手先幾何拘束下の制御法として提案された力と位置のハイブリッド制御法の従来の研究を紹介し、本研究が従来の方法と異なる基本的立場を明かにしている。

 第2章は幾何拘束下にあるロボットのダイナミクスを導き、その基本的な力学的性質をまとめている。特に、このような場合でも、ラグランジュの方程式が、出力を角速度ベクトルに取ると、受動性を満足することを示している。また、質量や慣性モーメントがラグランジュの方程式に線形に入る性質を利用して、回帰子に基づいて運動方程式を線形分解する方法を導入している。

 第3章では、幾何学的拘束下にあるロボットマニピュレータに対して学習制御法を提案している。そのために、まず与えられた理想の軌道と実際の軌道との変位(誤差)が満たす方程式を導き、これが指数関数的に重みづけられた受動性を満足することを証明している。具体的な制御法としては、位置誤差と力誤差について別々に構成した学習則を関節空間における直交化原理によって統合することにより制御入力を構成している。そして、これと速度誤差出力との間に成立する指数関数的受動性により軌道追従の収束性を証明している。また、3自由度のマニピュレータのダイナミクスモデルを作成し、微分代数方程式の数値解法を工夫して計算機シミュレーションを行い、位置と力の軌道がそれぞれ収束することを確認し、制御性能の評価を行っている。特に、ダイナミクスの近似モデルが利用できるとき、これを利用した収束速度の加速化の方法を提案し、その有効性を実証している。

 第4章は、幾何学的拘束条件下にあるマニピュレータについてモデルベース適応制御法を提案している。手先自由の場合に提案された従来の方法をそのまま適用すると、接触力と位置が互いに干渉し、収束性を解析することができなくなる。そこで、適応制御についても関節空間直交化の原理によって力誤差と位置誤差が互いに直交するよう分解した上で統合することにより、パラメータ更新式と制御則が構成できることを示している。その結果、位置軌道の追従性だけでなく、力軌道の追従性も理論的に成立することが証明されている。この場合も、計算機シミュレーションを実行し、提案の手法の有用性を実証するとともに、力軌道誤差と設計パラメータとの関係等を解析している。

 第5章では、複数台のマニピュレータによる協調的物体操作に関する問題を解析し、学習制御法とモデルベース適応制御法が構成できることを示している。そのため、複数台のマニピュレータと一つの物体から成る全体のダイナミクスを導き、全体システムの受動性を吟味し、これが基本特性となり得ることを見い出している。また、この受動性を手掛かりにすれば、全体のダイナミクスは形式的に幾何拘束下にあるマニピュレータのダイナミクスに帰着できることを示し、こうして学習制御法とモデルベース適応制御法が第4章に述べた方法と平行して論じられることを述べ、具体的な設計法をそれぞれ与えている。

 第6章では、本研究の成果を要約し、今後の課題を指摘している。

 以上を要するに、本論文は、手先が幾何学的な拘束を受けるロボットマニピュレータに対して、位置と力のハイブリッド軌道追従制御を実現する方法を研究したものであり、学習制御とモデルベース適応制御の両方法が受動性に基づいてこの場合にも拡張できることを理論的に示すとともに、計算機シミュレーションによってこれらの制御法の有用性を実証しており、ロボット工学ならびに制御工学に寄与する所が大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

UTokyo Repositoryリンク