学位論文要旨



No 212104
著者(漢字) 小西,哲之
著者(英字)
著者(カナ) コニシ,サトシ
標題(和) 核融合炉のためのプラズマ排ガス処理システムの開発研究
標題(洋) Study on the Development of a Plasma Exhaust Processing System for Fusion Reactors
報告番号 212104
報告番号 乙12104
学位授与日 1995.02.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12104号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,信幸
 東京大学 教授 山脇,道夫
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 助教授 寺井,隆幸
 東京大学 助教授 小川,雄一
内容要旨

 本研究は核融合エネルギーの実用化に於て不可欠な燃料サイクルの開発に関するものである。制御熱核融合反応のうち比較的近い将来実用化され重要なエネルギー源となると期待される重水素-3重水素(DT)による磁気閉じ込め核融合炉に於ては、反応を維持するために絶えず燃焼するプラズマからの排出ガスを処理し、未燃焼の燃料を再使用するとともに新たに燃料を補給する、いわゆる燃料循環系が接続していなければならない。プラズマ排ガスは一般に未燃焼の水素同位体燃料が主成分であり、反応生成物であるヘリウム、混入する不純物元素をふくむ。これから水素同位体を完全に回収する一方、水素を含まない不純物元素を排出する機能は燃料循環系で枢要な部分を占めるものであり、本研究の目的はこのために必要な技術を開発することにある。燃料である3重水素-トリチウムは極めて希少であり、また比放射能の高い放射性核種であるために、その処理には特殊な技術が要求される。まずこの核融合燃料に特有の技術的要求、問題を明らかにする一方、現段階でそれに最も適すると思れれるシステムを考案し、そのための要素技術の開発研究を実施した。具体的には高効率分離、小インベントリー、単純性、信頼性、安全性、そして定常運転可能性がプロセス選定のための判断基準である。これらの条件に合致するシステムの主要な構成要素として、パラジウム合金の透過による水素同位体精製、固体電解質による水蒸気電解、およびZrCo金属間化合物の可逆水素化反応の研究を行ない、これらを利用した反応装置を開発した。

 パラジウム合金における水素の解離、拡散による透過現象は従来知られているが、水素を連続的に他の化合物から分離、精製する装置を開発するためには、流動する水素含有ガスの、パラジウム膜を有する容器内での挙動を解析的実験的に明らかにする必要がある。管型の装置における水素の透過、流動を解析した結果、装置内流れ方向に図1に示すように比較的急な濃度分布勾配が形成することが明らかになった。これは主に比較的高い水素分圧下ではパラジウム合金における水素透過が分圧の1/2乗の差に比例することに起因している。この現象を利用し、装置の幾何学的形状を最適化することによって、純水素と、水素を含まない成分流が連続的に得られる。実験結果は不純物流中水素濃度1%以上の条件で良く一致し、実用装置の設計に必要な知見が得られた。さらに純トリチウムガスを含む実用的な条件下での長期耐久性、不純物影響の測定等の実験を行ない、実用化への見通しが得られた。

図1 Hydrogen concentration profiles along a palladium permeation tube.The value Nis a index number of a complete mixing units along the tube.The larger N represents less mixing.

 安定化ジルコニアセラミックなどの酸素イオン導電性固体は、直流電圧を印加する一方、陰極側に水分子を接触させたとき、水を分解して酸素イオンを陽極側に輸送し、結果として水の電気分解と、生成する水素および酸素の分離を同時に行なうことが可能である。酸素イオン導電性は高温において発現するため、本法は水蒸気を電気分解するものであり、核融合炉燃料サイクルの様々な場所で発生するトリチウム水の分解法として理想的な特徴を有している。この電解反応における印加電圧と反応物/生成物組成との関係を表す式がネルンストの式を応用して理論的に導出された。これを更に変形して、水蒸気を供給して分解水素を得る装置の特性として解析したとき、電気化学ポテンシャル1.3Vにおいて供給気流中の水分を99.9%以上の高い効率で水素に転換し得ることが判明した。図2にこのポテンシャルと転換率の関係の理論値と実験値を示す。700度以上の温度でこれらは良く一致し、それ以下では数10mvの過電圧が観測された。同位体効果は水の生成熱の差から理論的に求められ、実験的にも確認された。これらの結果を応用し、反応生成物の電気化学ポテンシャルを測定し、それを印加電圧へ帰還制御することにより安定な分解率を得ることが出来る。酸素イオン導電体上の反応物/生成物流れ方向下流に第3電極を設置することにより制御性が向上することも実験的に確認され、実用的な水蒸気電解装置が開発された。

図2 Relation between IR-free voltage and conversion ratio of water to hydrogen.

 トリチウムの回収、貯蔵、供給は核融合炉燃料システムにおける燃料の一時的および長期的貯蔵に必要である一方、トリチウムを使用する研究開発にも不可欠な技術であるが、従来核物質であるウラン金属の水素化を利用するものしか知られていなかった。本研究により新たに見いだされたZrCo金属間化合物は可逆的に水素化し、そのときの水素平衡圧の等温線は図3に示したものが実験的に得られた。これは室温近傍に於て水素を10-3Pa程度に吸収する一方、約400度において約1気圧で放出することを表しており、実用上ウランの代用としてトリチウムの回収、貯蔵、供給に適した平衡圧特性を示している。さらに、このZrCoは高温、高水素圧力化で不均化反応を起こしてZrH2とZrCo2に分解すること、またこの過程が可逆であることが見いだされ、実用上の留意点が明らかにされた。望ましい水素の平衡圧を持つ物質を合成する方法を目的として、ZrCoとHfCoの固溶体を合成した。これらは同様に可逆水素化反応を行ない、平衡圧は連続的に組成に依存する結果が得られた。これにより、実用上任意の平衡圧特性を持つ材料を合成できる。

図3 The pressure-composition isotherms for the ZrCo-H system.

 以上のトリチウム処理機器の単独の研究、開発をもとに、これらを組み合せて総合的に模擬プラズマ排ガスを処理する能力を持つシステムを試作、試験した。この研究により、従来単独では得られなかった動特性、他の装置との相互作用などの実用的な特性や問題点が得られ、改良が加えられた。システム全体としては、上記の問題を解決すると共に、全体としてプラズマ排ガスの処理能力が実証された。特に本研究で設計されたシステムの所期の性能上の特色が確認された。さらに、本装置をプラズマ排ガス処理系とし、水素の低温液化蒸留による同位体分離システムと結合しての核融合炉燃料循環システム全体の模擬試験を行なった。これにより核融合炉燃料システム全体としての成立可能性が実証されると共に、今後実用的な核融合装置に適用する為の問題点が明らかになった。

審査要旨

 本論文は核融合エネルギーの実用化に於て不可欠な,燃料サイクルの開発に関するものである.論文は7章からなる.

 第1章は序文であり,研究の動機,背景について述べている.制御熱核融合炉では,燃焼するプラズマからの排出ガスを絶えず処理し,未燃焼の燃料を再使用するとともに新たに燃料を補給する,いわゆる燃料循環系を接続することにより,はじめて核反応が維持できる.プラズマ排ガスの主成分は未燃焼の燃料であり,これに反応生成物であるヘリウムと,プラズマに混入する不純物元素が含まれる.これから水素同位体を完全に回収する一方,水素を含まない不純物元素を排出する機能が燃料循環系の枢要な役割であり,本研究の目的はこれに必要な総合技術を開発することにある.DT核融合炉では燃料であるトリチウムは希少であり,また比放射能の高い核種であるために,その処理には特殊な技術が要求される.

 第2章ではDT燃料の使用にあたっての固有の技術的要求と問題点を明らかにする一方,現段階でそれに最も適すると考えられるシステムについて考察し,次章以下で述べている開発項目を抽出した.プロセス選定のための判断基準としたものは,高効率分離,小インベントリー,単純性,信頼性,安全性,そして定常運転可能性である.

 第3章ではパラジウム合金による水素同位体の純化について研究した.この合金の水素透過現象はよく知られているが,ここでは実用化のためにパラジウム膜を有する容器内での,流動する水素含有ガスの挙動を解析し,結果を実験的に検証した.管型の装置における水素の透過,流動においては,流れ方向に比較的急な濃度分布勾配が形成されることを利用して,装置の幾何学的形状を最適化して,純水素と,水素を含まない成分流を連続的に得る方法を提案した.実験結果は不純物流中水素濃度1%以上の条件で良く一致し,実用装置の設計に必要な知見が得られた.純トリチウムガスを含む条件下での長期耐久性,不純物影響の測定等の実験を行ない,実用化への見通しを得た.

 第4章では,水から水素同位体を高効率で分離する研究について述べている.安定化ジルコニアセラミックなどの酸素イオン導電性固体は,直流電圧を印加して陰極側に水分子を接触させると,水を分解して酸素イオンを陽極側に輸送するので,水素と酸素が分離できる.本法は核融合炉燃料サイクルの様々な場所で発生する水蒸気状のトリチウム水の分解法として理想的である.ネルンストの理論式を応用いて,水分解装置についての特性を解析したところ,電気化学ポテンシャル1.3Vにおいて,供給気流中の水分を99.9%以上の高い効率で水素に転換し得ることが判明した.このポテンシャルと転換率の関係の理論値は700度以上の温度で実験値と良く一致し,それ以下では数10mVの過電圧が観測された.また同位体効果も理論的,実験的に検証した.これらの結果を応用して,反応生成物の電気化学ポテンシャルの測定値を印加電圧へ帰還制御することにより,安定な分解率を得ることが出来,水蒸気電解装置として実用化した.

 第5章ではトリチウム燃料の一時的,および長期的貯蔵技術の開発結果について記している.従来は専ら核物質であるウラン金属の水素化を利用するものが用いられていたが,本研究ではZrCo金属間化合物を新たに見い出した.可逆的水素化の際の,水素平衡圧の等温線の測定によれば,トリチウムの回収,貯蔵,供給に適した特性であり,ウランの代用として使える.ZrCoは高温,高水素圧力化で不均化反応を起こしてZrH2とZrCO2に分解すること,またこの過程が可逆であることを見いだし,実用上の留意点を明らかにした.合成したZrCoとHfCoの固溶体も同様に可逆水素化反応を行ない,平衡圧が組成に連続的に依存する結果が得られた.

 第6章では以上の機器を組み合せた模擬プラズマ排ガス処理システムを試作,試験した.機器の動特性や他の装置との相互作用などで,実用化に際しての問題点が判明したので改良した.本装置をプラズマ排ガス処理系とし,水素の低温液化蒸留による同位体分離システムと結合して,核融合炉燃料循環システムを構成して模擬試験を行なった.その結果,システム全体としての成立可能性が実証された.

 第7章は以上の要約と結論にあてられている.

 以上を要するに,本論文はDT核融合炉の燃料サイクルについて,理論的考察をもとに実験的開発研究を行い,総合的技術としての成立性を実証した.これらは核融合工学に寄与するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる.

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