学位論文要旨



No 212105
著者(漢字) 羽島,良一
著者(英字)
著者(カナ) ハジマ,リョウイチ
標題(和) 線形加速器を用いた自由電子レーザの開発
標題(洋)
報告番号 212105
報告番号 乙12105
学位授与日 1995.02.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12105号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 近藤,駿介
 東京大学 教授 秋山,守
 東京大学 教授 井上,信幸
 東京大学 助教授 上坂,充
 東京大学 助教授 大橋,弘忠
内容要旨

 自由電子レーザ(Free-Electron Laser:FEL)は、相対論領域に加速された電子が周期交代磁場中を通過する時に発するコヒーレントな放射である。とりわけ、線形加速器を用いた自由電子レーザは、赤外の広い範囲にわたって比較的高出力が得やすいことから、物性・化学・医療における研究利用や工業利用が期待され、日本原子力研究所、(株)自由電子レーザ研究所などで大型装置の建設が行なわれている。

 自由電子レーザには、エネルギーと運動量の揃った電子ビーム(高輝度電子ビーム)が必要とされる。汎用の加速器では高輝度電子ビームが得られないため、世界各国における自由電子レーザの研究は、自由電子レーザ専用に設計された加速器を用いて行なわれているのが現状である。

 本論文は、工学部附属原子力工学研究施設に設置されている15MeV電子線形加速器(ライナック)を使ったコンパクトな自由電子レーザの研究開発についてまとめたものであり、わが国における自由電子レーザ研究に先鞭をつけることを目指したものである。また、既存ライナックを用いた自由電子レーザを開発することにより、自由電子レーザを普遍的な技術に推し進めることも目的とした。

 まずはじめに、自由電子レーザに必要な電子ビームを得るために加速器の改造を行なった。改造は、低エミッタンス電子銃の設計と製作、入射部(サブハーモニックバンチャー、プレバンチャー、ソレノイドコイル)の最適化、クライストロンパルサーの増強などに及んだ。この結果、自由電子レーザの要求を満たす高輝度電子ビームが得られるようになった。

 次に、開発した高輝度電子ビームを使って自由電子レーザの発振実験を行なった。発振実験では、新たに設計製作した自由電子レーザ実験用ビームライン、アンジュレータ磁石、光共振器を用いた。実験パラメータは、表1に示した通りである。アンジュレータ磁場中心軸、電子軌道、光共振器光軸の三者を十分な精度で一致させるために、磁石や共振器の据え付けに時間を要したこと、共振器長の微調整範囲を絞り込むためのマイクロメータを使った共振器長の粗調整(100m精度)が困難であったことなどから、実験は失敗を繰り返したが、1993年6月25日、発振に成功した。

 図1は、発振時のレーザ光と電子ビームの時間波形である。電子ビームのパルスとともに、レーザ光が指数関数的に増大し、電子ビームが無くなると光共振器の損失で決まる時定数に従って減衰していく様子がわかる。波形から読み取った自由電子レーザ利得と光共振器損失は、それぞれ、8.6%と1.4%である。電子ビームの広がりによる3次元効果を取り入れた利得計算によると利得は10%となり、実験値(8.6%+1.4%=10.0%)と一致することが示された。

図表表1.実験パラメータ / 図1.自由電子レーザ発振波形(ビーム電流とレーザ光強度)

 自由電子レーザ発振実験の成功により、本研究で行なった線形加速器自由電子レーザ装置の設計手法、実験手順の妥当性が示された。また、本実験は、線形加速器による自由電子レーザとして、わが国最初の発振成功であり、本研究の成果は、わが国における自由電子レーザ研究・開発に先端的な貢献を果たすものと期待される。

審査要旨

 自由電子レーザーは波長が可変である特徴を有するので、従来のレーザーでは発振不可能な波長領域における利用も含めて、様々な立場からその実用化が期待されている。とりわけ、高周波線形加速器を用いた自由電子レーザーは、原理的に大出力のレーザー光が得られるために、研究用や工業用の装置開発が国内外で進められてきている。本論文は、論文提出者が、こうした実用装置開発に先駆けて小型の線形加速器を用いた自由電子レーザーの開発を行ない、装置設計手法を確立するとともに、装置開発における技術課題を明らかにすることを目的に行ってきた研究の成果をとりまとめたもので、全6章から構成されている。

 第1章は序論であり、各国における自由電子レーザーの研究開発状況の調査に基づき、線形加速器を用いた自由電子レーザーの技術体系の確立がその広範な利用を実現するために重要であるとして、上に示した本研究の目的を述べている。

 第2章は、アンジュレータ自発放射光の理論と自由電子レーザーにおける電磁波増幅の理論を示した後、実際の装置における増幅ゲインの計算法を詳述し、特に、電子ビームとアンジュレータ磁場の空間的不均一性に起因する3次元効果がこれに影響を与えることを明らかにし、これをゲイン計算に取り入れる手法を述べている。

 第3章は、自由電子レーザー実現に必要な高品質電子ビームの開発について述べている。自由電子レーザーにはエネルギー分布や空間分布の広がりの小さい電子ビーム(高品質電子ビーム)が必要であるが、論文提出者は、東京大学工学部附属原子力工学研究施設ライナックの電子ビーム特性、特にエネルギーの広がり、エミッタンス、マクロパルスの安定性の3点に注目し、それぞれについて自由電子レーザの発振に必要な目標値を設定して、加速器を構成する各機器がこれらに及ぼす効果を詳細に検討し、それぞれの目標値を達成するのに必要な改造を加速器に施した経緯を述べている。改造点は、新型電子銃の設計製作、クライストロンパルサーの安定化、加速器入射系の最適化などである。同時に、高品質電子ビームの測定に必要な電子ビームモニターの開発も併せて行ない、改造により電子ビーム特性に関する目標値が達成されたことを確認したとしている。

 第4章は、この加速器に基づく赤外自由電子レーザーの開発について述べているもので、改造により得られた高品質電子ビームのパラメータに基づき、3次元ゲイン計算コードを用いて発振に必要なゲインが得られることを確認しつつ、アンジュレータマグネットや光共振器などのパラメータを決定し、装置の設計と製作を行なった経緯を述べている。

 第5章は、発振実験およびその結果の解析内容を述べているもので、アンジュレータの外側に光共振器を設置し、電子ビームと光ビームを多数回相互作用させることによりレーザー発振を目指したが、当初はこれらの空間的重なりが不十分だったため発振が得られなかったこと、しかし、電子ビームラインと光共振器の据え付け精度を高め、ポジションモニターを使って電子ビームをアンジュレータ磁場中心に精度良く導くようにした結果、発振が得られたことを述べている。また、測定されたゲインは3次元計算による理論値とよく一致し、本論文で開発された設計手法が妥当であったことが示されたとしている。

 第6章は以上を要約して結論とし、この研究成果が実用自由電子レーザー装置の開発に反映されることへの期待を述べている。

 以上を要すれば、本論文は、既存の線形加速器を用いて自由電子レーザー装置を製作する技術体系の確立を目指して行われた研究に関して、高品質電子ビームの開発に始まり、装置の設計から据え付け法、そして、国内ではじめて高周波線形電子加速器による自由電子レーザーを成功させた技術的経緯を記したものであり、システム量子工学、特に量子ビーム利用システム技術の発展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク