学位論文要旨



No 212106
著者(漢字) 松岡,俊文
著者(英字)
著者(カナ) マツオカ,トシフミ
標題(和) 反射法地震探査データの高分解能化処理に関する研究
標題(洋)
報告番号 212106
報告番号 乙12106
学位授与日 1995.02.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12106号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 六川,修一
 東京大学 教授 田中,彰一
 東京大学 教授 小島,圭二
 東京大学 教授 石谷,久
 東京大学 助教授 登坂,博行
 京都大学 助教授 芦田,譲
内容要旨

 石油の探鉱作業は地表で収集できる種々のデータをもとに,石油・ガスの存在確率が最も高い場所を見つけ出す作業である。このためには地下構造を正確に知る必要がある。地下構造を知るために行う地下探査手法の中で,地下構造の探査能力が最も高いと考えられるのは物理探査法であり、特に地震探査技術は精度も高く,石油の探鉱には広く用いられている。反射法地震探査は、地下の地質的な境界面における地層の弾性的な性質の変化によって、弾性波が反射される性質を利用する地下探査法である。この手法は長い歴史を持つが、以下に述べるような理由によって、より一層の分解能の向上を目的としたデータ処理法の研究開発が望まれる状況になっている。ここでは反射法地震探査データに対する高分解能化処理法の研究開発を行い、非常に薄いガス貯留層におけるガス分布の拡がりの推定を行った。

 炭化水素の鉱床は,大きく構造トラップと層位トラップの2つに分類できる。歴史的には、構造トラップがまず探鉱の対象とされたが近年メキシコ湾の探鉱などで見られるように,多くの探鉱対象は構造トラップから層位トラップへと変化しつつある。それに伴い多くの新しい技術が開発されてきた。Exxonの研究者達によって開発された地震層序学的手法は,代表的な手法の一つである。この技術は堆積環境の復元をもとにした手法であり,反射法地震探査記録から不整合面の同定や地層シーケンスの判定が鍵となるため、反射記録上で非常に薄い地層の識別が不可欠となる。

 また地震探査記録は、試掘が終わり石油やガスの存在が確認された後,油ガスの平面的な拡がりの推定を行うために有益な情報を提供する。日本国内の探鉱では油ガスを含む砂岩層はきわめて薄く,数メートルの砂岩と頁岩の互層の場合が多い。そのため各砂岩層の同定とその拡がりを示唆する分解能の高い記録断面を得ることは非常に重要な技術的課題であると同時に,石油の探鉱上不可欠である。この様に高い分解能を有する反射記録断面図を生み出す処理技術の開発は,石油の探鉱においては非常に重要な技術的課題である。

 通常反射法で用いられる地震波は,ダイナマイト震源やそのほかの非爆薬震源等の種々の方法によって作り出される。バイブロサイス震源は代表的な非爆薬震源でありダイナマイト震源と比較して色々な長所を持っている。安全性や取扱いの容易さはこの震源が実際の現場で多用されている大きな理由となっている。しかしながらデータ処理という観点から見るとこの震源には非常に大きな制約が存在している。本論文ではこの様なデータに対する高分解能化処理技術の開発を試みた。

 高分解能化処理技術には2つのアプローチがある。一つはデコンボリューション処理技術であり,もう一つはウエーブレット処理技術である。Robinsonによって開発されたホワイトニングデコンボリューション処理技術は2つの仮定が必要であった。最初の仮定は地質学的な考察によるもので,反射係数列は定常でランダムな係数列で表現できるという仮定である。一方ウエーブレットに対しては最小位相の仮定を設けた。

 ウエーブレット処理は最小位相の仮定を取り除くために開発されてきた高分解能化処理技術の一つである。今までウエーブレットの推定には直接的な観測が用いられてきた。海上の調査においては水深が充分ある場合にはウエーブレットの観測は行える。しかしながらバイブロサイス震源を含む陸上の調査では,孤立したウエーブレットは直接的な観測からは得ることができない。このためウエーブレット処理は陸上の調査では不可能であるといわれて来た。本論文では直接的な観測を必要としないウエーブレットの推定手法の開発を行った。

 ここで開発した手法は3次のスペクトラム(バイスペクトラム)を用いる手法である。バイスペクトラムは,3つのフーリエ成分の掛け算となっているため,ウエーブレットの3重の掛け算に比例している。これよりウエーブレットの位相関数を推定するための基本となる方程式が得られる。この基本式ではバイスペクトラムの位相は,3つの周波数の点でのウエーブレットの位相の和となっている。この基本方程式の解法には最小2乗法を用いることができ,ウエーブレットの位相スペクトラムは観測データから決めることができる。一方振幅スペクトラムは通常のスペクトル推定法によって得られる。このため最終的にはウエーブレットの形状を推定することができる。

 ここで開発した手法を実際のバイブロサイスデータに対して適用し,ウエーブレットの推定を行うとともにウエーブレット処理を施した。その結果,坑井検層ログから作成された合成地震記録との対比が著しく向上した。またバイブロサイスデータにおいても,観測されたウエーブレットの位相はゼロ位相ではない事が明かとなった。

 PeacockとTreitelは出力の分解能をコントロールできるような予測型デコンボリューション処理手法の開発を行った。彼らは予測距離を指定することで分解能がコントロールできることを示したが,実際の出力波形の形状は議論しなかった。このため予測型デコンボリューションは長い間,出力波形に対する明確な形状を知らないままで多用されてきた。またバイブロサイスデータに対しては,多重反射の除去を目的に予測型デコンボリューション処理が使用される場合があった。しかしながらこの処理方法の理論的な正当性については,これまで考察されていなかった。

 本論文においては予測型デコンボリューションの出力波形の形状を実際に記述する研究を行った。その結果予測型デコンボリューション処理の適用の範囲が明確になった。さらにバイブロサイスデータに対して予測型デコンボリューション処理で周期の長い多重反射の除去が可能であることを理論的に示せた。そこで予測型デコンボリューション処理を実際のバイブロサイスデータに対して適用し,分解能の向上について考察を加えた。さらにバイブロサイスデータに対する予測型デコンボリューション処理の適用は,バイブロサイス震源の位相がゼロ位相であると仮定して行う位相補正法処理と数学的に同等であることがわかった。そこで位相補正法の処理結果と比較し両者がほぼ同等であることが例示できた。この結果処理手続きも簡単で計算時間も短い予測型デコンボリューション処理の方が,バイブロサイスデータに対しては実用的である事が明らかとなった。

 通常デコンボリューション処理ではプレホワイトニング処置が必要となる。バイブロサイスデータでは、地下に送り込んだ信号の周波数帯域は既知であるため、付加するノイズはスイープ信号の周波数帯域の外側だけでよい。一方最も分解能が向上したウエーブレットはゼロ位相のため,出力波形の位相スペクトラムがゼロになるように付加ノイズを加えればよい。本論文においては出力波形の位相がゼロとなるデコンボリューションフィルターを求めるための、新しいノイズの加え方を提案する。

 ここで開発された手法はバイブロサイスデータに含まれている短周期の多重反射の除去にも適用できる。これは今まで予測型デコンボリューション処理では除去が不可能であったものである。この結果,バイブロサイス震源が層位トラップの探鉱においても今後使用できる可能性を開いた。またここで開発した手法を,実際の地震探査データに対して適用した結果,データが取得された地域での探鉱上の課題であった非常に薄いガス層の拡がりの範囲の推定が可能となった。

 さらに本論分の後半において,セル構造に対する波動伝播経路の新しい決定法を開発した。この手法は波の伝播現象を支配している「相反定理」と「フェルマーの原理」に基礎をおくもので,この手法を用いる事で,透過波ばかりでなく反射波の経路も決定できる。さらにこの決定法は,今までの手法では適用が不可能であった波線の分岐現象に対しても,簡単に適用できる事が示された。

 ここで開発された実用的な波線伝播経路の決定法は,将来新しい静補正処理法の開発の可能性を示した。反射法地震探査データに対する静補正処理は、地表近傍の風化層の影響を取り除く処理であり、適切な処理を行うことで一層の高分解能化が可能となる。この処理では波の伝播経路が重要であり、ここで開発された技術は新しい手法の開発の核になると期待される。

 ここで開発された反射法地震探査データに対する高分解能化処理技術は、適用した具体例が示すように、分解能の向上をもたらす事がわかった。その結果薄いガス貯留層の拡がりがの範囲が明らかとなった。この様に本研究で得られた成果は、石油の探鉱活動において今後充分な貢献が期待できると考えられる。

審査要旨

 石油及び天然ガスの探鉱対象は、これまでの構造型トラップから層位封鎖型トラップへと移ってきている.このため、探鉱作業も反射記録断面図上での不整合面の同定や地層層序ユニットの抽出、同一層序内での水平方向の特徴抽出などが重要になってきた.これらを行うためには今まで以上の高分解能反射記録断面が要求されており、これが本研究の大きな背景となっている.

 地震反射記録の分解能を低下させる要因には、震源波形がパルス状でないことおよび地震波の地下伝播中に引き起こされる波形変形などがあり、これまでは地震トレースデータのみを用いるデコンボリューション処理および事前に取得された波形情報を用いるウェーブレット処理、による高分解能化処理が行われてきた.しかしながら、非最小位相のウェーブレットや周波数の帯域制限されたデータに対してはデコンボリューション処理の適用が不可能であること、および陸上では孤立したウェーブレットの観測が困難であることなどが技術の限界として立ちはだかってきた.

 本論文では、これらの問題点を踏まえ、反射法地震探査データに対する高分解能化処理を実現するため、以下の3つの手法の提案を行った.1番目は3次のスペクトル関数であるバイスペクトラムを用いたウェーブレットの統計的推定法である.ウェーブレットの振幅スペクトラムは2次の関数であるパワースペクトルで推定できることがわかっているが、位相スペクトルはこれまで推定が困難であるとされてきた.これに対し、本論文では、バイスペクトラムを用いて位相スペクトルの推定が可能であることを示すと同時に、推定のための最良なアルゴリズムの提案を行っている.この手法をバイブロサイス震源による地震反射データに適用し、本来ゼロ位相である相関処理後のバイブロサイス震源が、地下での波形変形によりゼロ位相からずれていることを明らかにするとともに、この推定されたウェーブレットに基づく処理により本手法の有効性を検証している.2番目は分解能と予測距離の関係に基づく予測型デコンボリューションの最適適用法である.これまで不明確であった分解能と予測距離の関係を数理的に記述し、分解能と予測距離の関係を明らかにしている.3番目は周波数帯域が制限されたバイブロサイスデータの高分解能化手法である.バイブロサイス震源のようにウェーブレットの周波数帯が制限されている場合には高分解能化処理においてゼロでの除算が生じ、結果が発散してしまうという問題があった.これを避けるため、通常の方法では全周波数領域に白色雑音を付加していたが、本手法では、信号が存在しない領域のみにノイズを付加する手法の開発を試み、さらに付加ノイズの特性をコントロールすることによって理想的なゼロ位相の出力を可能としている.上記3手法についてはシミュレーションによる有効性の確認をした後、薄いガス層が存在する地域のフィールドデータへの適用を通じて実用技術としての有効性も検証している.とりわけ、3番目の手法については、水平方向にせん減しているガス層の拡がりの範囲を推定することに有効であることが確かめられ、ガス層の分布範囲の推定に大きく貢献している.

 また、順問題としての波動伝播経路の決定法についても相反定理およびフェルマーの原理に基づく独創的な手法の提案を行い、伝播経路に係わる高分解能化処理への端緒となっている.通常の波線法は波線経路を決めて走時を求めるのに対し、本手法ではまず、対象領域全体にわたって波動モデリングによって走時を求め、次いで震源、受振器を逆にして同様のモデリングにより、この場合の走時を求める.次いで両者の走時和の極小点を連ねることによって最短経路を決定する方法を提案している.これによって従前の手法では困難であった屈折波による複数経路の扱いが可能になった.また、波動モデリングを行っているため、これまでの手法には無い波長の概念を導入することが可能になり、卓越波長の異なる種々の震源に対応した波線経路の取り扱いを可能としている点も大きなポイントである.

 これら一連の研究は、石油・天然ガスの探鉱技術向上に大きく貢献するとともに、将来の探査技術の指針となるものとして評価できる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53877