学位論文要旨



No 212107
著者(漢字) 前田,敏彦
著者(英字)
著者(カナ) マエダ,トシヒコ
標題(和) 鉛、銅、酸素の一重層を有する複合銅酸化物系超伝導物質に関する結晶化学的研究
標題(洋)
報告番号 212107
報告番号 乙12107
学位授与日 1995.02.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12107号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,敬愛
 東京大学 教授 井野,博満
 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 教授 吉田,豊信
内容要旨

 高温超伝導を議論する上で重要とされる要素の一つとしてキャリアの生成(ドーピング)機構がある。高温超伝導体は例外なく結晶構造中に二次元的なCuO2面を有し、このCuO2面にドープされたキャリアが高温超伝導を発現させる。キャリアドーピングは価数の異なるイオンによる置換や酸素不定比性によって起こる場合が多く知られているが、一方Bi系やTl系のようにその機構が明確には理解されていない例も少なくない。このような場合のキャリアドーピングは、例えば変調構造の存在など、欠陥構造をも含めた広い意味での結晶構造に強く影響されていると考えられる。したがって高温超伝導体の研究においては、単一相試料が合成できること、すなわち正確な化学組成が知られていることとともに、対象とする物質の結晶構造が詳細にわたって明らかにされていることが重要である。しかしこれまでPb系の超伝導に関してなされた報告には、試料の質に問題があると考えられる場合が少なくなかった。特に鉛-銅-酸素の一重層を有する系列として最初に発見された(Pb,Cu)Sr2(Y,Ca)Cu2O7((Pb/Cu)-"1:2:1:2"相)では、化学組成や酸素不定比性の詳細に関する報告は一例があるのみであり、さらに結晶構造とキャリアドーピングとがどのように関連しているかはまったく明らかではなかった。

 著者らは、(Pb/Cu)-"1:2:1:2"相の結晶構造がTl-"1:2:1:2"相のそれと同型であること、Ba2YCu3O7("1-2-3"相あるいはCu-"1:2:1:2"相、Tc90K)の結晶構造ともよく似ていることに着目し、この物質をPb系における基本物質と位置づけた。図1に(Pb/Cu)-"1:2:1:2"相の結晶構造を示す。すべての高温超伝導体ファミリーの中で、Pb系は結晶構造のヴァリエーションを最も豊富に包含している。したがって(Pb/Cu)-"1:2:1:2"相の超伝導特性を明らかにすることは、高温超伝導体における結晶構造と超伝導との相関に関する知見を得る上で重要である。

図1(Pb/Cu)-"1:2:1:2"相の結晶構造。

 本研究ではまず配合組成及び焼成条件を詳細に検討することにより、(Pb/Cu)-"1:2:1:2"相の組成が

 

 なる組成式に従うこと及び(Pb/Cu)-"1:2:1:2"相が酸化性の雰囲気下で生成することを粉末X線回折の実験結果に基づいて明らかにした。酸化性雰囲気下での生成はPbとCuがそれぞれ基本的には+4価、+2価であることを示している。したがって(Pb/Cu)-"1:2:1:2"相の母相物質である(Pb0.5Cu0.5)Sr2YCu2O7(x=0)のY3+サイトをCa2+で部分置換した際の正電荷の減少分は(Pb,Cu)O一重層上のPb4+とCu2+の比率の変化によってちょうど相殺されることになる。このように(Pb/Cu)-"1:2:1:2"相の化学組成は(Y3+,Ca2+)サイトと(Pb,Cu)O一重層上の(Pb4+,Cu2+)サイトとの間の電荷補償によって決定されることが分かった。

 高温から徐冷した試料と急冷した試料の電気抵抗率()の温度依存性を測定した結果、は急冷処理により低下し、またYサイトのCa置換量(x)の増加とともに低下することが分かった。超伝導試料はx>0.25、0で得られ、Tcの最高値はx=0.4における52Kであった。また酸素含有量(z)の分析から、(Pb/Cu)-"1:2:1:2"相の組成を(1)式で表した場合、徐冷試料は過剰酸素を含みz(=7+)7(0<<〜0.1)であるのに対し、急冷試料のzはほぼ化学量論値の7に等しい(0)ことが分かった。

 x=0.3の非超伝導徐冷試料と超伝導急冷試料の粉末中性子線回折データのRietveld解析からは、(Pb/Cu)O一重層上で(Pb,Cu)とOが理想位置から大きく変位していること、及び徐冷試料中の過剰酸素が(Pb,Cu)O一重層上の格子間位置を占有することが示された。

 以上の結果は、(Pb/Cu)-"1:2:1:2"相におけるキャリアが、単純にY3+のCa2+による置換や過剰酸素の存在によって生成するのではないことを示している。本論文では(Pb/Cu)-"1:2:1:2"相におけるキャリアの生成を、(Pb,Cu)O一重層に生じる格子歪の緩和と関連づけて定性的に考察した。すなわち、イオン半径が小さいPb+4のみで(Pb,Cu)O一重層を構成することが困難であるために、徐冷試料では格子間過剰酸素の取り込み、急冷試料では一部のPbの+2価への還元が起こり、これにより格子歪が緩和されると考えた。いずれの場合にもホールは生成するが、過剰酸素によって生じたホールは局在しており電気伝導に寄与しないと考えた。

 このように(Pb/Cu)-"1:2:1:2"相の超伝導は結晶構造、特に(Pb,Cu)O一重層の構造(の乱れ)に強く影響されている。そこで(Pb/Cu)-"1:2:1:2"相と同じく(Pb,Cu)O一重層を結晶構造中に有する(Pb/Cu)-"1:2:2:2"相についても、その超伝導と結晶構造との相関を調べた。(Pb/Cu)-"1:2:2:2"相の超伝導は報告されていなかったため、まず希土類元素の種類、配合組成、焼成条件を詳細に検討し、超伝導体化を試みた。その結果(Pb0.5Cu0.5)(Sr0.875Eu0.125)2(Eu0.75Ce0.25)2Cu2Oz(z9)でTc25Kの超伝導体を得た。これは螢石型ブロック層を持つ最初のPb系高温超伝導体であると同時に最初の"1:2:2:2"型高温超伝導体であった。(Pb/Cu)-"1:2:2:2"相の超伝導体化には酸素を充分吸収させる処理が有効で、(Pb/Cu)-"1:2:1:2"相の場合とは対照的であった。また(Pb/Cu)-"1:2:2:2"相はCeを含め3種類以上の希土類元素を用いても合成でき、その組成は一般式、

 

 で表されることが分かった。さらに(Pb/Cu)-"1:2:1:2"相と螢石型ブロック層とを組み合わせた結晶構造を持つ(Pb/Cu)-"1:2:2:2"相の超伝導は螢石型ブロック層を構成する(R2,Ce)サイトの有効イオン半径と強い相関を持ち、その値が0.104nmのごく近傍にあるときにのみ発現することが分かった。結晶構造の精密化はR1=Nd、R2=Hoとして合成した試料を高圧酸素処理により超伝導体化した試料について(Tc10K)、粉末中性子線回折データのRietveld解析によって行った。その結果、(Pb,Cu)O一重層の原子配置の乱れと同時に[Cu-O5]ピラミッドの頂点酸素に顕著な欠損が認められた。

 以上の結果から、(Pb/Cu)-"1:2:2:2"相は(Pb/Cu)-"1:2:1:2"相と同じく(Pb,Cu)O一重層を有するが、その超伝導はむしろ螢石型ブロック層の存在に起因する酸素欠損状態に支配されていると結論した。このことが(Pb/Cu)-"1:2:1:2"相の場合とは、酸素不定比性と超伝導との相関が大きく異なる原因であると考えられた。

 本研究ではさらに、(Pb/Cu)-"1:2:1:2"相について得られた知見をもとに、さらに物質設計と高Tc化とを試みた。まず電荷補償による組成決定の機構を新物質設計に適用し、(Pb,Cu)O 一重層上の Cu2+ が Fe3+ ですべて置き換えられた(Pb4+0.5Fe3+0.5)Sr2(Y3+0.5Ca2+0.5)Cu2O7を設計した。この組成から"1:2:1:2"相が単一相として得られたが、YサイトにCaを含まない組成ではY2O3が第2相として含まれていた。(Pb,Fe)サイトと(Y,Ca)サイトとの間で電荷補償が成立したものと推定されるが、Feの占有サイトの決定を目的として行ったMossbauer分光では、(Pb,Cu)O一重層上のCuサイトのみが占有されるという確かな証拠は得られなかった。この物質はこれまでのところ超伝導体化されていない。

 (Pb/Cu)-"1:2:1:2"相の高Tc化手法としては、SrサイトのCa置換を用いた。(Pb/Cu)-"1:2:1:2"相の単一相は(1)式においてx≦〜0.4の場合に得られたが、0.4≦x≦0.5として合成された混相試料のTcはxの増加とともにさらに上昇し、急冷処理を施した場合にはx=0.4で52Kであったものがx=0.5で65Kまで上昇した。この高Tc物質はSrサイトがCaで部分置換された(Pb/Cu)-"1:2:1:2相であると推定しその実証を試みた。配合組成を(Pb(1+x)/2Cu(1-x)/2)(Sr1-yCay)2(Y1-xCax)Cu2Ozとして試料を合成し、単一相が得られるxとyの組成領域を決定した。x=0.5の場合には、y=0.05とy=0.1でほぼ単一相が得られた。このことから、SrサイトをCaで5〜10%部分置換することにより、CaはYサイトを50%程度まで置換できるようになることが分かった。x=0.5、y=0.1の急冷処理を施した試料は78KのTcを示した。

 本研究では、(Pb/Cu)-"1:2:1:2"相と(Pb/Cu)-"1:2:2:2"相の超伝導を、主として結晶化学的な側面から議論した。"1:2:1:2"相では電荷補償に基づく組成の決定と過剰酸素による超伝導の抑制という新しい知見が得られ、また高Tc化に成功した。さらに電荷補償に基づく新物質探索の可能性を示した。"1:2:2:2"相ではその初めての超伝導体化に成功した。特に電荷補償機構の適用による物質設計手法は他の物質系に対しても有用と考えられ、今後の物質探索研究の進展に貢献し得るものと期待する。

審査要旨

 高温超伝導体は結晶構造中に二次元的なCuO2面を有し,そこにドープされたキャリアが超伝導を発現させる.キャリアは価数の異なるイオンによる置換や酸素不定比性によって注入される場合が多い.したがって,高温超伝導の研究には.単一相試料の合成および正確な化学組成と詳細な結晶構造の決定が必要である.本論文は,鉛-銅-酸素の一重層を有する鉛系の超伝導物質についての結晶化学的研究の成果をまとめたもので,全6章よりなる.

 第1章序論では,高温超伝導体研究の歴史的経過を概観し,その結晶構造からみた分類,とくに構造的多様性に富む鉛系物質の分類について詳述している.鉛系物質群の中で(Pb/Cu)-1・2・1・2相は100K以上の遷移温度(Tc)を持つT1-1・2・1・2相と同型で,かつY-1・2・3相とよく似た結晶構造を持つことから,結晶構造と高温超伝導との相関を議論する上でのキー・マテリアルと位置づけることができる.また(Pb/Cu)-1・2・2・2相は(Pb/Cu)-1・2・1・2相の構造的派生物質とみなすことができる.このような観点から,これら二種類の高温超伝導物質に関する結晶化学的研究の必要性を指摘してこの研究の目的としている.

 第2章は研究方法の記述である.対象とする試料の組成は, 1・2・1・2相:(Pb(1+x)/2Cu(1-x)/2)Sr2(Y1-xCax)Cu2O2(z〜7,x=0〜0.4)および1・2・2・2相:(Pb0.5Cu0.5)(Sr0.875R10.125)2(R20.75Ce0.25)2Cu2O2(z〜9,R1,R2:希土類元素)を中心としている.超伝導特性は4端子法による電気抵抗の測定およびSQUIDによる直流帯磁率の測定によって求められる.結晶構造の精密な決定は,酸素のような軽元素に関しても充分な情報が得られる中性子回折のデータにリートベルト解析法を適用して行い,中性子回折の使えない希土類元素を含む試料にはX線回折データを使用している.酸素量の分析は,従来のヨードメトリ法より精度の高いクーロメトリ法によっている.

 第3章はl・2・1・2相についての研究結果の記述である.まず,単一相を合成するためには,その化学組成において(Pb,Cu)サイトと(Y,Ca)サイトの固溶比率が見かけ上互いの電荷を補償するような関係を満足する必要があることを明らかにした. つぎに,酸素分析の結果を用いて1・2・1・2相の超伝導が過剰酸素の存在によって抑制されることを見出した.過剰酸素を含まない1・2・1・2相のTcはYサイトのCa置換量とともに上昇し,その最高値は52Kであった.また,中性子回折データの解析結果から,(Pb.Cu)O一重層上の原子配列に大きな乱れが存在すること,過剰酸素は(Pb,Cu)O一重層上の格子間位置を占有することを明らかにした.さらにこの章では1・2・1・2相におけるキャリア・ドーピング機構についての考察も行っている.すなわち,(Pb,Cu)O一重層に内在する格子歪の緩和機構としてPb2+とPb4+の混合原子価状態と過剰酸素の取込みとを挙げ,前者が超伝導体,後者が非超伝導体の場合に対応すると推論し,(Pb,Cu)O一重層の構造が超伝導に対し支配的な役割を果たすとの結論を導いている.

 第4章は,1・2・2・2相に関する記述で,螢石型ブロック層を持つ(Pb/Cu)-1・2・2・2相の単一相としての合成とその超伝導体化(Tc〜25K)に初めて成功している.1・2・2・2相の超伝導は螢石型ブロック層を構成する希土類元素のイオン半径と深く関わっていること,1・2・1・2相の場合とはまったく異なる酸素不定比依存性を持つことを明らかにしている.また,X線回折および中性子回折の結果から,(Pb,Cu)O一重層の構造よりも,むしろ螢石型ブロック層の存在に起因する酸素欠損状態が超伝導特性を決定すると結論している.

 第5章では,新超伝導体の合成に関する研究の現状を整理し,第3章,第4章で得られた知見に基づいて具体的な物質設計と高Tc化とを試みている.まず,1・2・1・2相における電荷補償の考え方を化学組成の決定に応用した結果,(Pb0.5Fe0.5)Sr2(Y0.5Ca0.5)Cu2O7の単一相としての合成に成功している.つぎに,1・2・1・2相のSrサイトを5〜10%Caで置換することにより,当初52KであったTcの最高値を78Kまで上昇させることに成功している.

 第6章は総括である.

 以上のように,本論文は(Pb,Cu)O一重層を有する鉛銅酸化物に関しその欠陥構造をも含めた結晶化学的特徴を明らかにするとともに,特異な酸素不定比依存性など超伝導に関わる多くの知見を与えている.これらは今後の高温超伝導研究,特に新超伝導物質の合成法の確立に大きく寄与するものである.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53878