学位論文要旨



No 212109
著者(漢字) 江頭,靖幸
著者(英字)
著者(カナ) エガシラ,ヤスユキ
標題(和) 単純な反応場を利用したCVD反応機構の決定法 : 酸化物系CVDへの適用
標題(洋)
報告番号 212109
報告番号 乙12109
学位授与日 1995.02.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12109号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 定方,正毅
 東京大学 教授 幸田,清一郎
 東京大学 教授 松為,宏幸
 東京大学 助教授 田中,雅明
内容要旨 研究の背景

 CVDを含む半導体作製プロセスの開発部門は現在、コスト的にも人員的にも厳しい合理化の圧力の下にあります。

 このため、CVDプロセスの開発を、従来のトライ&エラーから、シミュレーションをベースとした合理的な設計法に移行させる事が必要です。

 しかし、多くのCVDプロセスでは反応速度式などの情報が不足していて、シミュレーションを行なう事すらできません。

 そこで、予備実験によって反応スキーム、反応速度を迅速に求める手法を提供する事が本論文の目的です。

図表
予備実験用の反応器=単純な反応場

 予備実験用の反応器は、a)安価でb)解析が容易なものでなければなりません。

 そこで本論文では円管型反応器や、ウェハを重ね合わせたり、リングラフィでウェハに彫ったりして作った矩形の反応場の様な、単純な形状の反応場を予備実験用の反応器として提案しています。

 形状が単純な反応場は、構造が簡単で作製費がかからず、また、数式で取扱えるので、解析が容易です。

 特に、成膜速度分布をシミュレーションによらず解析解として得られるので、反応スキームの妥当性の検討や、パラメータフィッティングで、見通しの良い議論ができます。

本論文の構成

 本論文は二部構成です。

 研究の背景と、位置付けを述べた第一章「序論」に続き、

第一部「単純反応場を用いた反応機構決定機構の理論」

 では、三つの単純反応場

 ◆ミクロキャビティー

 ◆マクロキャビティー

 ◆円管型反応器

 の取扱いがまとめられています。

第2章ミクロキャビティーを用いた解析

 ミクロキャビティーはもっとも単純な反応場であると考えられ、その内部の成膜分布の解析から中間体の付着確率を計算する事ができる。

 ただし、その解析は必ずしも単純では無く、数値シミュレーションとの比較が必要である。シミュレータの詳細と、応用上の問題点についてまとめる。

第3章マクロキャビティーを用いた解析

 マクロキャビティーでは、数値シミュレーションよりも解析的な取り扱いが有効である。反応機構の情報は膜厚分布に特徴的に現れるが、解析的な解の知識があればそれは極めて明白に理解できる。このような明快さは数値シミュレーションには無い解析解の大きなメリットである。ここでは更に進んで、厳密な解析解を境界層モデルに基づいた近似式で表わす。これによって式の扱いが容易に成ると同時に分布の由来についても明確な物理的イメージを持つ事ができる。

第4章円管反応器を用いた解析

 等温の円管型反応器内の成膜速度分布は、マクロキャビティー内の分布同様、解析的な扱いが可能である。マクロキャビティーと対応させつつ分布の解析法を示し、両者の類似点と相違点を明白にする。円管内分布の解析では、拡散律速の成膜条件に於いて、拡散係数を求める事が可能と成るなど、マクロキャビティーに無いメリットが在る事が示される。

 第二部では、単純反応場の解析法を各種CVD反応系、特に酸化物のCVD反応に応用しています。

第二部単純反応場を用いた反応機構決定の具体例

 では、

 ◆テトラエトキシシラン(TEOS)の熱分解による酸化シリコンCVD

 ◆チタニウムテトライソプロポキシド(TTIP)の熱分解によるチタニアCVD

 ◆シラン/酸素反応系に気相添加物を加えた反応系

 の、三つの具体例を挙げています。

第5章TEOS熱分解反応による酸化シリコン成膜プロセスの反応機構

 単純な反応場を用いて、反応機構を検討する手順の実際を示すために、TEOSの熱分解により酸化シリコンを成膜するプロセスについての検討結果を示す。なるべく単純な反応機構を仮定し、実験結果をその機構で説明する事を試みる。その過程でどうしても説明不可能な現象が見出された時、新しい反応機構を提案する、その具体的な手順を研究の進展を追って示す事とする。

 TEOSのCVDには、TEOSの直接成膜(ステップカバレッジ=段差被覆性が良い)と中間体経由の成膜(ステップカバレッジが悪い)が混在しています。

 気相体積を小さくし、気相反応である中間体経由の成膜を抑え、ステップカバレッジの良い均一な膜が得られます。

図表
第6章TTIP熱分解、光分解反応による酸化チタン成膜プロセスの反応機構

 単純な反応場を用いた反応機構の解析の第二の事例として(TTIP)チタニウムテトライソプロポキシドを出発原料として酸化チタンを成膜する反応を検討する。解析には主にミクロキャビティ法(ミクロンサイズのトレンチへの成膜分布の解析)を用いる。また、紫外光照射の効果も検討する

 TTIPのCVDでは、UV光の照射効果が現れます。これが表面加熱による熱的効果ではなく、光反応による事がミクロキャビティ法で示されました。

 また、成膜は中間体を経由する事も分かりました。原料濃度が向上するとステップカバレッジが良い、均一な膜が成長します。これは中間体の表面での反応が線形でない事の現れであると理解されました。

図表
第7章シラン酸化反応による酸化シリコン成膜プロセスへの気相添加物効果

 シラン酸化反応による酸化シリコン膜の成膜は、ミクロ/マクロキャビティの最初の適用例であった。その知見を基に、CVDプロセスの改善についての指針を立てる。具体的にはステップカバレッジ改善を目的とし、高温プロセスを提案する。これを実現するには粉体の生成を抑止する事が必要であるが、そのために、気相への添加物の効果を検討する。

 CVDの反応機構を知る事から、反応系の改善のアイデアを得られます。

 シラン酸化反応によるCVDでは、高温成膜ができれば良好なステップカバレッジが得られる事が知られていましたが、反応が進み過ぎ粉体発生が多くなり、実現できませんでした。シラン酸化反応に関する既往の研究をベースに、気相添加物を入れ、ラジカル連鎖反応を抑え、高温反応を可能にしました。

審査要旨

 本論文は「単純な反応場を利用したCVD反応機構の決定法-酸化物系CVDへの適用-」と題し、その目的はCVD法(気相化学成長法)における化学反応の機構を決定する為の工学的手法を提案する事にある。本論文の第1章において、研究の目的と手法を明らかにし、以後の議論の明確化を図るため、反応機構、工学的手法の意義を論じている。機構とは、反応装置設計に役立つ様な、反応スキーム並びに反応速度式を含むものであり、また、工学的手法とは、コストをも考慮に入れた上で、現実的な手法を意味するものとしている。

 第2章から第4章までの第1部において、本論文において、反応機構解析に用いる「単純な反応場」である、ミクロキャビティ (ミクロンスケールのトレンチ構造)、マクロキャビティ (ミリ〜センチスケールのウェハスタック構造)、円管型反応器における解析の手法に関してまとめている。

 第2章「ミクロキャビティを用いた解析」では、もっとも単純な反応場であると考えられるミクロキャビティを論じている。現象の単純さに関わらず、その解析は必ずしも単純では無く、数値シミュレーションとの比較が必要であり、シミュレータの詳細と、応用上の問題点についてまとめている。

 第3章「マクロキャビティを用いた解析」で論じられているマクロキャビテイでは、数値シミュレーションよりも解析的な取り扱いが有効であるとされている。反応機構の情報は膜厚分布に特徴的に現れるが、解析的な解の知識があればそれは極めて明白に理解でき、このような明快さを数値シミュレーションには無い解析解の大きなメリットであるとして強調している。ここでは更に進んで、厳密な解析解を境界層モデルに基づいた近似式で表わす手法について論じている。これによって式の扱いが容易になると同時に分布の由来についても明確な物理的イメージを持つ事ができる。

 第4章「円管反応器を用いた解析」では、等温の円管型反応器内の成膜速度分布を、マクロキャビティー内の分布同様、解析的な扱いで議論している。マクロキャビティーと対応させつつ分布の解析法を示し、両者の類似点と相違点を明白にし、拡散律速の成膜条件において、拡散係数を求める事が可能となるなど、マクロキャビティーに無いメリットがある事が示されている。

 第5章から第7章が第2部を成す。第2部では第1部で述べた手法を実際の反応系に適用した結果が示されている。第5章、「TEOS熱分解反応による酸化シリコン成膜プロセスの反応機構」では、反応機構の決定法を中心に、敢えて研究の進展の順を追って議論を展開している。第6章、「TTIP熱分解、光分解反応による酸化チタン成膜プロセスの反応機構」では、光CVDを含む系を扱い、そして第7章、「シラン酸化反応による酸化シリコン成膜プロセスへの気相添加物効果」においては、反応機構の知見を基に反応系の改善を試みた事例について述ている。

 第8章には、まとめとして、この研究の位置付けと、この研究に続くべき研究への展望を述べている。

 以上、要するに本論文は、CVDの工業化に必要な情報を得るために行うべき実験と解析の最適な組み合わせ法を探索し、ひとつの解を提案したものであり、化学工学の発展に寄与することが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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