発泡金属を始めとする金属多孔体、あるいは多孔質金属が産業界で利用されるようになってきた。しかしながら、基幹材料である鉄については、主としてそのコストの問題から、実用化されるに至っていない。本論文は、急冷銑鉄を機械粉砕して得られる安価な酸化銑鉄粉末を焼結用素材とし、ウレタンフォームに塗着、焼結することによって、鉄多孔体を工業的に製造する方法を研究し、次に、鉄多孔体を化学反応基材とした有機塩素化合物の分解反応(還元法およびFenton酸化法)についての研究、おおびテトラクロロエチレン分解処理装置の開発研究を行ったものである。 第一章、第二章においては、それぞれ多孔質金属、有機塩素化合物の分解処理に関する現状の工学の現状のレビューを行い、問題点を明らかにしている。金属多孔体の製造としては、現在既に製造技術の確立しているアルミニウムのような低融点金属と比し、鉄のような高融点の金属の場合には、可能性として加圧鋳造法、三次元有機基材鍍金法、三次元有機基材への添着焼結法について比較し、反応基材として用いる多孔体を製造する場合には、通気性、比表面積において優れた性質が期待できる三次元ウレタンフォームへの金属粉末添着・焼結法が優れていることを示している。同時に、焼結原料として、高価なアトマイズ鉄粉ではなく、安価な鉄粉の供給が必要であることを示している。 有機塩素化合物の分解処理法としては、光触媒分解法、還元分解法、Fenton試薬や酸化剤を用いる酸化分解法について比較を行い、還元分解法、Fenton酸化法の反応速度を如何に速められるかが鍵であることを述べている。 第三章においては酸化鉄鉄粉の焼結現象の解析を行い、微細な銑鉄粉を焼結原料とした鉄多孔体の工業的な製法について検討を行っている。熔銑予備処理により不純物を減少させた銑鉄より得られる粒銑を粉砕処理して銑鉄粉を得、これを原料とする成形体の焼結実験、およびウレタンフォームにそれを添着し、不活性雰囲気中で焼結することにより得られる通気性の多孔体に関してその製造条件と得られた多孔体の性状に関して検討を行った。その結果、(1)銑鉄粉末は、一般のアトマイズ鉄粉、カルボニル鉄粉に比して含有される炭素量、酸素量が大きく、比表面積が一桁大きいこと、(2)銑鉄粉末は、平均粒径が8〜13mならば700℃以上で粒子内の炭素と表相の酸素が速やかに反応し、脱炭・脱酸が生じ、焼結が容易に生じること、(3)この反応の律速段階は初期には界面の化学反応であり、順次拡散律速となること、(4)焼成時の昇温速度、焼結温度などにより焼結体の強度、密度が決定されることを明らかとした。これより、生成する鉄多孔体の製品特性が原料中の酸素/炭素比と焼結条件により決定されること、製品特性の代表的特性としての嵩密度、曲げ強度、気孔率、比表面積などのとりうる範囲を明らかとしている。 第四章においては、鉄多孔体を用いた有機塩素化合物の還元的な分解法の検討として、第三章の方法で製造された鉄多孔体を用いたテトラクロロエチレン(PCE)の分解反応の検討を行っている。反応は、鉄の溶出、水酸化に伴い、PCEの還元が生じエチレン及びHClを生成するものであり、この反応が一次反応として整理できることから速度定数を使用鉄多孔体の量により整理している。この反応は溶液が中性域のときにもっとも良好であること、電解鉄粉を用いて同様の試みを行った既往の研究においてみられる鉄粉の固着による処理中断などは生じず、スムーズな処理が可能であるものの、多孔体の表面に水酸化鉄のゲルの生成により反応停滞が生じることを明らかとした。このゲルの生成は塩化カルシウムの添加により解消できることを示している。 第五章においては、鉄多孔体をFenton反応の鉄イオン供給源として使用し、密閉条件下でPCEの酸化分解反応の検討を行っている。この結果、鉄多孔体が極めて有効なFenton反応の基材であり、過酸化水素、鉄の二価イオンの消費量は化学量論的必要量の2倍以下であり、通常行われている均相系のFenton反応に比して極めて効率の高いものであることを示している。さらに、分解速度は鉄の溶出速度により支配されること、反応の機構がpH、過酸化水素の濃度により異なってくることを示し、実用的な範囲における分解反応速度定数を決定している。この結果、前章において検討した還元処理法に比して、Fenton反応による酸化処理法は60倍程度高く、PCEの高濃度、高速処理への適用が可能であることを明らかとしている。 第六章においては、前章の結果に基づき、実際のドライクリーニング排水の酸化分解処理を行う装置を作成し、排水中に含まれるPCEの分解実験を行っている。実排水中には、全有機炭素としてPCEの数十倍の有機物が混入しており、それらは有機酸など易分解性や難分解性のものである。この為、Fenton反応の一部が共存有機物により消費され、PCEの分解速度は単成分系に比して大幅に低下する。また、分解処理の後期において酸化生成物などが多孔体の外表面に付着し、これが分解反応の阻害要因となることが判明し、この対策としてガスバブリングの併用が有効であることを実証的にい示している。これらの成果の上に実排水処理の実用機を製作し、クリーニングの操業実態とマッチさせたバッチ運転方式により排水中のPCEを規制値以下に迄処理する事が十分に可能であることが示されている。 終章においては、これらの成果を総括すると共に、鉄多孔体を今後さらに利用していく上での課題などを整理している。 以上、要するに、本研究は銑鉄粉から新しい鉄多孔体を製造する方法を開発し、さらにこの鉄多孔体を用いて排水中の有機塩素化合物をFenton反応により分解するための処理装置の開発・実用化を行ったものであり、工学的な価値の高いものである。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |