学位論文要旨



No 212110
著者(漢字) 竹村,洋三
著者(英字)
著者(カナ) タケムラ,ヨウゾウ
標題(和) 銑鉄粉を用いた鉄多孔体の製造と鉄多孔体による有機塩素化合物分解処理技術の開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 212110
報告番号 乙12110
学位授与日 1995.02.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12110号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,基之
 東京大学 教授 木村,尚史
 東京大学 教授 定方,正毅
 東京大学 教授 大垣,真一郎
 東京大学 助教授 迫田,章義
内容要旨

 近年、一部の金属においては発泡金属を始めとする金属多孔体、あるいは多孔質金属が産業界で利用されるようになってきた。しかしながら、基幹材料である鉄については、主としてその価格の問題等から、実用化されるに至っていない。急冷銑鉄(粒銑)を機械粉砕して得られる安価な酸化銑鉄粉末を焼結用素材とし、ウレタンフォームに塗着、焼結することによって、鉄多孔体を工業規模で製造する方法を研究した。次に、鉄多孔体を化学反応基材とした有機塩素化合物の分解反応(還元法、Fenton酸化法)についての研究、およびテトラクロロエチレンが主な溶媒として使用されているドライクリーニングから発生する排水のテトラクロロエチレン分解処理装置の開発研究を行った。

(銑鉄粉を用いた鉄多孔体の製造についての研究)

 熔銑を水流に落下し、急冷凝固して製造した粒銑(粒径5〜10mm)の金属組織には微細なセメンタイトが析出する。このセメンタイトが粒銑の機械粉砕に際し、破砕の核となり、極めて容易に微粉砕化が可能である。ボールミル、水を伴った媒体攪拌ミルを介して製造された銑鉄粉の性状は表層部が0.2m前後の酸化鉄で覆われており、銑鉄粉粒径が小さく成ると銑鉄分中酸素量は増加する。比表面積は、3.97m2/gと一般のアトマイド鉄粉に比して約10倍の値を示す。この銑鉄粉を用いた成形体焼結実験の結果、平均粒径8〜13mのものは焼成中に銑鉄粉中の炭素により、表層部の酸化鉄が還元され、健全な金属鉄の焼結体が得られること、また、低速低温焼結(5〜10℃/min,1140〜1150℃)の焼結条件により多孔質な焼結組織が得られることが判った。

 次にこの銑鉄粉を水と少量の有機バインダでスラリー化したものを、三次元ウレタンフォーム骨格上に塗着、乾燥し、連続焼成炉にて多孔体を焼結するに際し、銑鉄粉中のO/Cモル比を1.2〜1.7の範囲に調整すれば鉄と炭素の共融反応による鉄粉の溶解を避け、良好な形状の鉄多孔体が製造できることが判った。ウレタンフォームと鉄多孔体の一例をFig.1に示す。

Fig.1 SEM images of reticulated iron and urethan foam
(鉄多孔体による有機塩素化合物の還元分解についての研究)

 純水系で鉄多孔体を還元基材とした密閉フラスコ、循環処理実験により、テトラクロロエチレン(以下、PCEと称す)の分解は一次反応であり、1.1.2トリクロロエチレン等の中間生成物を経由して反応が起こるものの、最終的には4Fe+C2Cl4+O2+10H2O-→4Fe(OH)3+C2H4+4HClと記述できる。一方、分解処理中に溶液の全Fe濃度が25〜30mg/dm3に達すると鉄多孔体表面にオキシ水酸化鉄が積層し、分解反応が停滞する。この現象は溶液中にCaCl2・2H2Oを添加し、孔食腐食により解消することが可能である。PCE分解反応速度K(mg/dm3・h)はFe2+イオンの溶出量、即ち鉄多孔体使用量(Wg/dm3)によって支配されており、両者のあいだに、K=0.002Wの関係式を得た。

(鉄多孔体による有機塩素化合物の酸化分解についての研究)

 鉄多孔体をFenton反応のFe2+イオン供給基材とし、H2O2を添加しPCE酸化分解挙動を調査したところ、溶液のpH値は早い時期に反応生成物であるHClにより4.0以下となり、鉄多孔体は水素発生型腐食を呈し、発生する多量のFe2+イオンにより分解速度が加速される。分解反応速度は初期のH2O2/PCEのモル比によって異なり、モル比が約5〜10の領域で最大値を示す。分解反応式は溶液中のpH値によって異なり、物質収支より検討した結果、次のように記述できる。pH>4.0;2Fe+C2Cl4+5H2O2-→2CO2+2Fe(OH)3+4HClpH<4.0;2Fe+C2Cl4+5H2O2-→2CO2+2/3Fe(OH)3+4/3FeCl3+4H2O

 分解反応速度(mg/dm3・h)は鉄多孔体使用量(g/dm3)によって支配され、両者のあいだに、K=0.120Wの関係式を得た。これは、還元法に比較して約60倍速い分解速度である。また、鉄多孔体は反応面積が大きいことによるものと考えられるが、H2O2および溶出Fe2+イオンのPCE分解反応に対する反応効率は約50%以上とFenton試薬法に比較して極めて高いレベルにある。

(ドライクリーニング排水の酸化分解処理装置の開発研究)

 ドライクリーニング排水中に含まれるPCE(50〜150mg/dm3)の分解に酸化法を適用したところ、上記の純水系の結果に比して分解反応は遅く、また、分解反応の後期には停滞現象が観察された。分解の遅れは排水中に人間の代謝物による多種多量の有機物が含まれ(COD値800〜1500mg/dm3)、それらがFenton酸化されるためである。また、後期の停滞現象は、有機物分解反応生成物が鉄多孔体に積層することが原因である。これは後期に反応系を密閉→開放とし、空気攪拌を併用することにより積層物をバブリングで除去すれば解決できることが判った。この結果をもとに、クリーニング機直結タイプの分解装置を設計製作し、クリーニング店にて現場テストしたところ、3時間30分の密閉循環処理と30分間の空気攪拌併用により排水中PCE濃度を規制値0.1mg/dm3以下に処理できることができた。この時のFenton反応によるドライクリーニング排水中のPCB酸化分解率は96.2%である。

審査要旨

 発泡金属を始めとする金属多孔体、あるいは多孔質金属が産業界で利用されるようになってきた。しかしながら、基幹材料である鉄については、主としてそのコストの問題から、実用化されるに至っていない。本論文は、急冷銑鉄を機械粉砕して得られる安価な酸化銑鉄粉末を焼結用素材とし、ウレタンフォームに塗着、焼結することによって、鉄多孔体を工業的に製造する方法を研究し、次に、鉄多孔体を化学反応基材とした有機塩素化合物の分解反応(還元法およびFenton酸化法)についての研究、おおびテトラクロロエチレン分解処理装置の開発研究を行ったものである。

 第一章、第二章においては、それぞれ多孔質金属、有機塩素化合物の分解処理に関する現状の工学の現状のレビューを行い、問題点を明らかにしている。金属多孔体の製造としては、現在既に製造技術の確立しているアルミニウムのような低融点金属と比し、鉄のような高融点の金属の場合には、可能性として加圧鋳造法、三次元有機基材鍍金法、三次元有機基材への添着焼結法について比較し、反応基材として用いる多孔体を製造する場合には、通気性、比表面積において優れた性質が期待できる三次元ウレタンフォームへの金属粉末添着・焼結法が優れていることを示している。同時に、焼結原料として、高価なアトマイズ鉄粉ではなく、安価な鉄粉の供給が必要であることを示している。

 有機塩素化合物の分解処理法としては、光触媒分解法、還元分解法、Fenton試薬や酸化剤を用いる酸化分解法について比較を行い、還元分解法、Fenton酸化法の反応速度を如何に速められるかが鍵であることを述べている。

 第三章においては酸化鉄鉄粉の焼結現象の解析を行い、微細な銑鉄粉を焼結原料とした鉄多孔体の工業的な製法について検討を行っている。熔銑予備処理により不純物を減少させた銑鉄より得られる粒銑を粉砕処理して銑鉄粉を得、これを原料とする成形体の焼結実験、およびウレタンフォームにそれを添着し、不活性雰囲気中で焼結することにより得られる通気性の多孔体に関してその製造条件と得られた多孔体の性状に関して検討を行った。その結果、(1)銑鉄粉末は、一般のアトマイズ鉄粉、カルボニル鉄粉に比して含有される炭素量、酸素量が大きく、比表面積が一桁大きいこと、(2)銑鉄粉末は、平均粒径が8〜13mならば700℃以上で粒子内の炭素と表相の酸素が速やかに反応し、脱炭・脱酸が生じ、焼結が容易に生じること、(3)この反応の律速段階は初期には界面の化学反応であり、順次拡散律速となること、(4)焼成時の昇温速度、焼結温度などにより焼結体の強度、密度が決定されることを明らかとした。これより、生成する鉄多孔体の製品特性が原料中の酸素/炭素比と焼結条件により決定されること、製品特性の代表的特性としての嵩密度、曲げ強度、気孔率、比表面積などのとりうる範囲を明らかとしている。

 第四章においては、鉄多孔体を用いた有機塩素化合物の還元的な分解法の検討として、第三章の方法で製造された鉄多孔体を用いたテトラクロロエチレン(PCE)の分解反応の検討を行っている。反応は、鉄の溶出、水酸化に伴い、PCEの還元が生じエチレン及びHClを生成するものであり、この反応が一次反応として整理できることから速度定数を使用鉄多孔体の量により整理している。この反応は溶液が中性域のときにもっとも良好であること、電解鉄粉を用いて同様の試みを行った既往の研究においてみられる鉄粉の固着による処理中断などは生じず、スムーズな処理が可能であるものの、多孔体の表面に水酸化鉄のゲルの生成により反応停滞が生じることを明らかとした。このゲルの生成は塩化カルシウムの添加により解消できることを示している。

 第五章においては、鉄多孔体をFenton反応の鉄イオン供給源として使用し、密閉条件下でPCEの酸化分解反応の検討を行っている。この結果、鉄多孔体が極めて有効なFenton反応の基材であり、過酸化水素、鉄の二価イオンの消費量は化学量論的必要量の2倍以下であり、通常行われている均相系のFenton反応に比して極めて効率の高いものであることを示している。さらに、分解速度は鉄の溶出速度により支配されること、反応の機構がpH、過酸化水素の濃度により異なってくることを示し、実用的な範囲における分解反応速度定数を決定している。この結果、前章において検討した還元処理法に比して、Fenton反応による酸化処理法は60倍程度高く、PCEの高濃度、高速処理への適用が可能であることを明らかとしている。

 第六章においては、前章の結果に基づき、実際のドライクリーニング排水の酸化分解処理を行う装置を作成し、排水中に含まれるPCEの分解実験を行っている。実排水中には、全有機炭素としてPCEの数十倍の有機物が混入しており、それらは有機酸など易分解性や難分解性のものである。この為、Fenton反応の一部が共存有機物により消費され、PCEの分解速度は単成分系に比して大幅に低下する。また、分解処理の後期において酸化生成物などが多孔体の外表面に付着し、これが分解反応の阻害要因となることが判明し、この対策としてガスバブリングの併用が有効であることを実証的にい示している。これらの成果の上に実排水処理の実用機を製作し、クリーニングの操業実態とマッチさせたバッチ運転方式により排水中のPCEを規制値以下に迄処理する事が十分に可能であることが示されている。

 終章においては、これらの成果を総括すると共に、鉄多孔体を今後さらに利用していく上での課題などを整理している。

 以上、要するに、本研究は銑鉄粉から新しい鉄多孔体を製造する方法を開発し、さらにこの鉄多孔体を用いて排水中の有機塩素化合物をFenton反応により分解するための処理装置の開発・実用化を行ったものであり、工学的な価値の高いものである。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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