近年、地球環境での物質循環のバランスが崩れ、NOx、SOxに起因する酸性雨や、大気中のCO2濃度増大による温室効果などの重大な環境問題が懸念されており、これらの環境汚染物質の挙動を解明し、その排出量を低減することが社会的に強く要請されている。実用燃焼器におけるこのような環境汚染物質の低減化を図るための研究は活発に行われているが、これら燃焼器における現象を解明するためには、基礎的な高温場における環境汚染物質の挙動を明らかにし、正確な知識を確立しておくことが必要である。このような観点から、本研究においては基礎的な立場から環境汚染物質であるH2SやCOSの熱分解反応機構を解明し、併せてこれらの関与した未知の素反応速度定数を求めた。また、S原子によるNOの還元の可能性を追求するためH2SおよびCOSとNOとの高温における相互反応機構を調べH-N-O-S系の反応機構について検討した。 実験に用いた衝撃波管は三本あり、標準型衝撃波管、単一パルス衝撃波管およびレーザー閃光分解衝撃波管を用いた。化学種の検出には高感度赤外線法、原子共鳴吸収法、あるいはガスクロマトグラフィー質量分析計を用いた。 H2Sの熱分解反応機構について検討した。標準型衝撃波管を用い低濃度H2Sを入射衝撃波により2740〜3570Kに加熱し、H2S、HSの赤外発光を特にH2Sについては赤外発光を高感度検出することにより次の素反応速度定数を求め、次の値を決定した。 また、レーザー閃光分解-衝撃波管を用い反射衝撃波加熱によりS原子およびH原子の挙動を原子共鳴吸収法により測定し、次の素反応を検討した。 実験はAr中に希釈したH2SとCOSの混合試料気体を1050〜1540Kに反射衝撃波加熱し、KrFレーザーを照射することによりS原子をCOSの光分解により生成させ、その濃度の経時変化をARASにて追跡観測することにより素反応速度定数として次の値を決定した。 レーザー閃光分解-衝撃波管を用い反射衝撃波加熱によりS原子の挙動を原子共鳴吸収法により測定し、次の素反応を検討した。 実験はAr中に希釈したH2とCOSの混合試料気体を1050〜1660Kに反射衝撃波加熱し、ArFレーザーあるいはKrFレーザーを照射することによりS原子をCOSの光分解により生成させ、その濃度の経時変化をARASにて追跡観測することによりこの反応の逆反応速度定数を求め、平衡定数を介して次の素反応速度定数を決定した。 反応(1-1)の速度定数は高温側ではH2S初期濃度の高いBowmanらの実験による値より、Rothらの実験値の延長線上の結果と比較的よい一致を示した。本実験のような低濃度下においては今まで赤外発光による測定例はなく、赤外は発光法から反応(1-1)の速度定数を求めることができた意義は大きい。 k1-3の値と平衡定数とから計算されたこの反応(1-3)の逆反応速度定数は297Kでは1.25×10-11となり、Bradleyら、Michelicらによって以前に求められた値と等しく妥当な結果であった。 反応(1-4)の速度定数は、本実験の温度領域で、Cupittらの室温での推定値とおおよそ一致していた。この速度定数は今まで実験的に求められておらず、本速度定数を実験的に求められたことは価値あることと思う。 以上のように、H2Sの熱分解機構については本研究において高感度赤外発光法、およびレーザー閃光分解衝撃波管とARAS法を組み合わせることにより既往の実験に比べ非常に精度の高い実験が可能となり、反応(1-1)、反応(1-3)、反応(1-4)の素反応速度定数を精度よく求めることができた。また、吉村らによって求められた反応(1-2)を加えることによりH2Sの熱分解反応機構を完全に解明できた。 COSの熱分解反応機構について検討した。標準型衝撃波管を用いArで希釈された試料気体を入射衝撃波により1900〜3230Kに加熱し、COS、COの赤外発光を追跡観測し新規な解析法をとることにより次の素反応速度定数を求め、次の値を決定した。 また、レーザー閃光分解-衝撃波管を用い反射衝撃波によりArに大希釈されたCOSを1140〜1680Kに加熱し、S原子の挙動を原子共鳴吸収法により測定することにより、次の素反応速度定数を求めた。 反応(2-1)の速度定数の実験値はHayらの求めた値の2.1倍、Scheckerらの1.4倍であり、Scheckerらの値がCOの干渉により過小評価されていることを考慮すれば本研究で得られた速度定数は妥当な値といえる。また、本実験結果はNO-COS系の反応を非常によく説明できた。さらにCOSと同様に対称直線状分子であるCS2の熱分解反応の素反応速度定数と比較してもよい近似を得た。反応(2-2)の値はWoikiらの求めた速度定数と比較すると2倍程度大きく、活性化エネルギーは3.4kcal/mol程低い値となっており、本実験の温度範囲では比較的近い値であるが、Hayらの速度定数値の約15倍本実験値の方が大きく、また、Klemnらの求めた速度定数の20倍大きい結果を得た。Hayら、Klemnらの実験は実験精度が悪いことから本実験結果は妥当なものと考えられる。 以上のことからCOSの熱分解反応機構については完全に解明でき、素反応速度定数についても決定できた。 N化合物とS化合物を含んだ反応系として、素反応、 が重要な反応であることが感度解析の結果分かったので、NO濃度とS濃度とを同時に測定することにより反応(3-8)の速度定数を直接的に求めた。SのsourceとしてCOSを選びArで希釈したNO-COSの混合試料気体を入射衝撃波により1900〜5200Kに加熱し、9.5m、5.3m、4.7mの赤外発光および370.5nmの紫外発光を観測した。その結果、反応(3-8)の速度定数を広い温度域にて精度よく求めることができ、次のように決定した。 NO-H2S系の反応について1800〜3600Kの範囲で実験を行い、NO/COS/Ar系を使って求めたNO+S→N+SOの速度定数および一連の素反応速度定数を用いてシミュレーションを行いその反応機構を明らかにした。その結果、実験値とシミュレーションはよく一致し、NO/H2S/Ar系の反応も十分説明できることがわかった。また、反応熱を考慮したシミュレーションを行なうことにより、反応物を高濃度に含む系についても実験のデータをほぼ説明できることがわかった。 NO-H2S系の反応をより実際的な反応系に近ずけるために単一パルス衝撃波実験を行い分解生成物等を四重極質量分析計を用いて詳しく調べた。その結果、反応物であるNOおよびH2Sの残存率については実験とシミュレーションの結果が比較的よく一致したが、H2O、SO2の生成率については両者の一致はあまり良くなかった。これは高温ではO、H、SO、OH等のラジカルとして存在する割合が多くなり、これらが冷却過程でどのような安定な化学種に戻るかについて考慮していないためと考えられた。本実験結果よりH2SはNOを還元するのにH2よりも有効であり、高温燃焼場ではNOの還元剤として有効で実用化の可能性のあることが分かった。 以上の結果を総合することによりS化合物とNOを含む燃焼系における化学反応論的基礎に関する重要な知見が得られ、今後の燃焼からの有害排出物の制御技術や環境問題の解決に向けて大いに貢献できるものと確信する。 |