学位論文要旨



No 212112
著者(漢字) 大村,直也
著者(英字)
著者(カナ) オオムラ,ナオヤ
標題(和) 鉄酸化細菌を用いた石炭の浮遊選炭脱硫に関する研究
標題(洋)
報告番号 212112
報告番号 乙12112
学位授与日 1995.02.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12112号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 戸田,清
 東京大学 教授 古崎,新太郎
 東京大学 教授 定方,正毅
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 助教授 鈴木,栄二
内容要旨

 石炭は、将來にわたってその利用が期待されており、石炭-水スラリー(CWM)等の利用技術も実用化されつつある。しかしながら、燃焼に伴い二酸化硫黄を発生し、酸性雨等を引き起こす可能性を持っている。このため、CWMの利用に際しては、それに付随した脱硫技術が不可欠である。

 微生物を用いた石炭の脱硫は、高温・高圧条件を必要としないため、安価な脱硫法として期待されている。従来、この微生物による脱硫は、鉄酸化細菌等を用いて黄鉄鉱を酸化溶解する浸出法で試みられてきたが、脱硫時間が長いことが欠点であった。この浸出法に比べて鉄酸化細菌の作用を浮遊選炭に応用して脱硫を行う微生物浮遊選炭法は、脱硫時間が短い長所を持っている。しかし、その脱硫機溝は、まだ充分明らかにされていない。また、この方法をCWMに応用するためには、鉄酸化細菌をさらに微粉炭処理に優れた浮遊選炭に適用していく必要がある。

 そこで、本論文では、CWMの簡易脱硫を目標に、微粉炭を対象とした脱灰法であるカラム浮遊選炭法に、鉄酸化細菌を応用して脱硫能力を付与した微生物カラム浮遊選炭法の脱硫機構の解明とその脱硫効果について検討した。

 第2章では、鉄酸化細菌の分離を行い、石炭の脱硫に有用と思われる菌株の選抜を行った。全国各地の温泉、貯炭場、鉱山・炭坑内の土壌試料から、分離法I(硫酸第一鉄培地を用いる方法)および分離法II(黄鉄鉱培地を用いる方法)で分離を行い、分離法Iでは、中温性細菌23株、分離法IIでは、中温性細菌22株、高温性細苗1株を分離した。分離法Iで得た23株については、鉄酸化活性を、分離法IIについては、黄鉄鉱からの可溶性鉄、硫酸根浸出速度を測定し、それぞれ4、1株を選抜した。また、分離法Iから選抜された4株は、銀イオンに対する強い耐性を持っていた。この選抜された中温性細菌計5株および高温性細菌1株は、標準株と比べ、同等以上の黄鉄鉱浸出能を保持していたことから、石炭中の黄鉄鉱の脱硫に有効な菌株であると考えられた。また、選抜菌のうち中温性細菌5株は、鉄酸化細菌Thiobacillus ferrooxidans、高温性細菌は、古細菌に属するものと推定された。

 第3章では、鉄酸化細菌をカラム浮遊選炭に適用した微生物カラム浮遊選炭の脱硫機構について検討した。微生物カラム浮遊選炭において黄鉄鉱の浮遊性は、培養液中の鉄酸化細菌の細胞によって数秒間のうちに抑制さた。この細胞による黄鉄鉱の浮遊性の抑制は、細胞自身の吸着による表面性質の改変によりもたらされた。また、浮遊性は、全黄鉄鉱表面の約9〜25%が被覆された場合に完全に抑制された。

 第4章では、鉄酸化細菌の黄鉄鉱に対する吸着選択性について検討した。鉄酸化細菌は、同じ外膜構造を持つグラム陰性菌の大腸菌に比べ、より親水的な表面性質を有した。大腸菌は、物理的相互作用に従い、疎水性の強い鉱物に吸着しやすい非選択的吸着を示したのに対し、鉄酸化細菌は、物理的相互作用に係わりなく、鉄を含む黄鉄鉱と黄銅鉱に吸着する選択的吸着を示した。この鉄酸化細菌の黄鉄鉱への選択的吸着は、2価鉄によって競争的に阻害され、3価鉄には阻害されないことから、黄鉄絋中の還元状態の鉄と細胞外膜間の化学結合等の強固な作用に由来するものと考えられた。

 第5章では、微生物カラム浮遊選炭による模擬高硫黄炭の脱硫について検討した。微生物処理により黄鉄鉱硫黄は、模擬高硫黄炭から脱硫されたが、同時に回収率が低下した。石炭の回収率は、ケロシンの添加により増加し、良好な脱硫効果が得られた。さらにカラム浮選器のL/D(Length/Diameter)比を大きくすることによって高い石炭質の回収率が得られ、同時に脱硫に要する鉄酸化細菌の量も従来の10分の1の量まで低減できることが明らかとなった。

 第6章では、L/D比を改善したカラム浮選器を用いた微生物カラム浮遊選炭によるCWMに適用できる粒径まで粉砕したピッツバーグ炭の脱硫を行った。黄鉄鉱の除去は、ピッツバーグ炭に含まれる硫酸第一鉄から溶出された2価鉄イオンにより阻害されたが、希塩酸水溶液(pH2.0)でピッツバーグ炭を洗浄して用いることによって、脱硫が可能となった。微生物カラム浮遊選炭では、主に単体として存在する黄鉄鉱が除去され、黄鉄鉱の脱硫率は、53〜75mの粒径のピッツバーグ炭では75%、38〜53mの粒径では65%であった。脱硫効果は、ピッツバーグ炭中の黄鉄鉱粒子の存在形態や粒径によって影響されることが明らかなった。

 以上、本研究により鉄酸化細菌を適用した微生物カラム浮遊選炭法の脱硫機構が明らかにかれ、実際のCWMに適用できる粒径まで微粉砕された微粉炭から脱硫できることができた。すなわち、微生物カラム浮遊選炭では、鉄酸化細菌が微粉炭の懸濁液中の黄鉄鉱に選択的に吸着し、この選択的吸着によって鉄酸化細菌が黄鉄鉱の表面を覆い、その表面性質を疎水性から親水性に変えることによって石炭から脱硫されることが明らかにされた(図)。

図 微生物浮遊選炭による脱硫のしくみ微粉炭中の黄鉄鉱粒子は、石炭質と同じ疎水性の表面を持っているので、石炭質とともに気泡に付着して水面に捕集されてしまうために除去されにくい。しかし、鉄酸化細菌は、黄鉄鉱に吸着し、その表面を被覆する。これにより、黄鉄鉱粒子の表面性質は、疎水性から細菌自身のもつ親水性に置き換わり、気泡が付着せずに灰分とともに底部に沈降して脱硫される。鉄酸化細菌は、黄鉄鉱中の鉄を認織する能力を持っており、微粉炭懸濁液中で黄鉄鉱粒子に吸着しやすく、石炭質粒子に吸着しにくい。この吸着選択性による黄鉄鉱粒子表面の被覆によって上述の様な分離が可能となる。

 微生物カラム浮遊選炭では、鉄酸化細菌は、黄鉄鉱の表面性質を改変する界面活性剤として働くことによって脱硫を行う。従来微生物の応用は、その代謝反応や生成物を利用したものであったが、微生物自身を界面活性剤として応用した報告は、これまでになされていないことから、本実験で提案された方法は、新しい微生物機能を利用した技術であると考えられた。

審査要旨

 本論文は「鉄酸化細菌を用いた石炭の浮遊選炭脱硫に関する研究」と題し、重要な環境対策技術である石炭の脱硫操作に関して、石炭の新らしい利用形態であるCWM(Coal-Water Mixture:石炭-水スラリ-燃料)に適用するための簡易脱硫法として鉄酸化細菌を用いた微生物カラム浮遊選炭法を提案し、その脱硫機構の究明を行ったものである。

 第1章では、石炭の脱硫技術の必要性について述べ、微生物を用いた石炭の浮遊選炭脱硫法の研究の現状と問題点を総括し、本研究の目的を示した。

 第2章では、自然界から石炭の脱硫に有用な菌株の選抜を行っている。全国各地の温泉、貯炭場、鉱山・炭坑内の土壌試料から、中温性細菌45株を分離し、鉄酸化活性および黄鉄鉱からの可溶性鉄、硫酸根の浸出速度を指標として、4株を選抜した。選抜株は、標準株と比べて同等以上の黄鉄鉱浸出能を保持していたことから、石炭中の無機硫黄の脱硫に有効な菌株であるとした。また、選抜株のうち、中温性細菌は、全てThiobacillus ferrooxidans (鉄酸化細菌)、高温性細菌は、古細菌であった。

 第3章では、浮遊選炭法による石炭の脱硫に対する微生物の応用に関して、黄鉄鉱の浮遊性が微生物の添加により抑制される機構について検討を加えている。浮遊性は数秒間のうちに抑制され、微生物細胞が黄鉄鉱に吸着することによって黄鉄鉱表面の性質が疎水性から親水性に変化するためであることを明らかにした。

 第4章では、鉄酸化細菌の黄鉄鉱に対する吸着に及ぼす諸因子について検討している。大腸菌などの対照微生物は疎水性の強い鉱物に非選択的に吸着するのに対し、鉄酸化細菌は鉄を含む黄鉄鉱と黄銅鉱に選択的に吸着することを明らかにした。この選択的吸着は、2価鉄によって競争的に阻害され、3価鉄には阻害されないことから、黄鉄鉱中の還元状態の鉄と細胞間の強固な結合作用に由来するものとみなした。

 第5章では、分離した鉄酸化細菌のカラム浮遊選炭法への適用について検討している。微生物の添加により石炭中の黄鉄鉱硫黄は除去されるが、同時に石炭質の回収率が低下した。ケロシンの添加により石炭の回収率が増加し、高い脱硫効果が得られた。また、カラム浮選器の直径に対する高さの比(L/D)を大きくすることによって石炭質の高い回収率が得られ、同時に脱硫に要する微生物量も従来の10分の1の量まで低減できた。

 第6章では、L/D比を改善したカラム浮選器を用いて微生物添加浮遊選炭によるピッツバーグ炭の脱硫について検討している。ピッツバーグ炭を希塩酸水溶液で洗浄することにより高い脱硫率が得られることがわかった。この脱硫効果は、特に石炭中に単体粒子として含まれる黄鉄鉱硫黄の除去に顕著に表われ、ピッツバーグ炭から石炭質の回収率70%の条件で、黄鉄鉱硫黄の含有量を2.9%から0.98%まで脱硫することができた。

 第7章では、本研究で検討した微生物カラム浮遊選炭法について、経済性の検討を行っている。本法は、従来の浸出法に比べ安価に脱硫できる可能性が認められたが、燃焼前脱硫法の一つである物理的脱硫法と比べると高価になることが予測された。しかし、物理的脱硫法よりも脱硫性に優れているため、比較的安価に高い脱硫率が得られる方法であると位置づけた。微生物カラム浮遊選炭法は、高硫黄炭の利用法、あるいは新しい石炭利用技術であるCWMの燃焼前脱硫法として二酸化硫黄の発生量の低減に貢献できるとした。

 以上、本論文は鉄酸化細菌を適用した微生物カラム浮遊選炭法による微粉炭の脱硫に見通しを得るとともにその脱硫機構を明らかにしている。従来、微生物の工業的応用は、その代謝反応や生成物を利用したものであったが、微生物自身を界面活性剤として応用した研究はこれまで殆どなされていないことから、本論文は微生物機能の新しい利用技術を提案したものであり、微生物工学の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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