学位論文要旨



No 212114
著者(漢字) 山本,秀樹
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ヒデキ
標題(和) 対話状況を設定した英会話用知的CAIシステムに関する研究
標題(洋)
報告番号 212114
報告番号 乙12114
学位授与日 1995.02.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12114号
研究科 工学系研究科
専攻 情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大須賀,節雄
 東京大学 教授 武市,正人
 東京大学 教授 渕,一博
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 教授 佐伯,胖
 東京大学 助教授 堀,浩一
内容要旨

 情報通信に代表される科学技術の目覚しい進歩に伴い,世界各地の国々の交流がますます盛んに行なわれるようになっている.それにともない個々の人々が外国語を習得する必要性が増している.外国語の指導方法については教育学の分野で様々な研究が行なわれているが,外国語学習の需要に対する外国語の指導者の数は圧倒的に不足している.これを補うために,人間の教育者が学習者に対して行なう外国語の知識の伝達やコミュニケーション能力の養成を,計算機で支援するための教育支援システム(Computer Assisted Instruction:CAI)に関する研究が盛んに行なわれている.本論文において取り上げる状況を設定した対話を通して英語の使用法を指導する知的教育支援システムに関する研究は,計算機による教育支援の高度化を目指したものである.

 語学訓練用のCAIシステムに関する研究の多くは,これまで語彙知識や文法知識に関する教育を支援する方法について実施されてきたが,具体的な場面で実際に人間同士が会話する時に必要な,言語使用能力の養成の支援を目的にする研究に関してはあまり手をつけられておらず,未解決なまま残されている問題が多い.特に対話状況の設定や,言語使用能力を養成するための対話の実現方法については明らかになっていない.また,学習者が音声による発話を行なう能力を養成するシステムについてもまだ実現されていない.

 そこで本研究では,現状の語学訓練用CAIシステムの持つ(1)各種メディアが計算機から制御可能であるがそれらを用いた学習者のレベルに応じた教授方法がないこと,(2)学習者と自然言語で対話を行うことができないこと,(3)音声での発話能力を養成できないこと,(4)システムは様々な教授戦略を動的に選択し指導できないこと,に関して研究を行なった.

 本研究では,外国語会話を学習している学習者のレベルについて検討した結果,基本的な単語の知識や文法の知識を既に習得しているが,会話特有の表現などの知識がまだ不十分である学習者を対象とすることにした.すなわち,学習者は,ある会話において,その中のある瞬間(場面)についてはそこで用いるべき表現を何種類か理解しているが,別の場面では典型的な表現すら理解していないというレベルである.このような学習者が詰まることなく会話を行なえるようになるためには,システムは会話の中で用いる典型的な表現を会話の状況に即して教える機能と,会話の流れの中での応用力を養成する機能の両方をうまく備えることが重要である.

 本研究ではこのような学習者を対象とした4段階からなるシステムの教授戦略を提案した(図1).その第1段階は,学習すべき会話の場面で使用される表現に慣れるためのビデオ学習である.この段階では学習者は計算機に接続されたビデオを会話的に操作し会話に現れる表現を目で見たり耳で聞くことができる.ビデオにはある目的を達成しようとする様々な状況の会話を収録し,学習者はそれを通していくつかの状況の会話に慣れることができる.第2段階は基本練習と呼ばれ,第1段階で使用したビデオ通りの会話を実際に音声を用いて行なう会話練習である.基本練習では学習者が練習する状況を選択する.第3段階の復習練習と基本練習の違いは,会話の状況をシステムが選択するか学習者が選択するかの違いである.第4段階の応用練習では,システムと学習者がビデオにとらわれず話題を変化させて会話を行なう.ビデオ学習と基本練習とによってシステムは会話の中で用いる典型的な表現を会話の状況に即して教える.復習練習と応用練習は,会話の流れの中での応用力を養成するための機能である.

図1:英会話用知的CAIシステムを使った学習の流れ

 上記の4段階からなる教育機能を実現するシステムの構成と教材の作成が容易な知識表現形式を提案した.このシステムは画像再生装置および不特定話者連続音声認識装置を構成要素とした.システムの会話を制御する教材知識の知識表現として,音声認識の文法を拡張した表現を提案した.この知識表現は発話の場面毎に必要な情報をまとめて記述できるために,知識を追加したり修正したりするのを容易に行なうことができる.この知識表現に基づいて実際に会話の教材を開発し,本モデルがこれらの装置を正しく制御することを確認した.研究室レベルのパイロットテストでは,学習者がシステムを楽しんで使用している様子が観察された.理由としては,ビデオ学習において学習者が会話の状況を理解するために意のままにビデオを操れたことと,実際に音声による対話ができたことが上げられた.もう一つは,システムの教授戦略は,英会話の初心者から中級者の間のいずれのレベルの人にも適当であるように観察された.本システムは,音声入力,動画再生を利用することで,モチベーションの向上と様々なレベルの学習者に対して効果的に教育する方法の一つを確立しているといえる.

 現状の音声認識装置の技術では,自由な対話に必要な不特定話者の連続音声の認識精度が十分とはいえない.そこで,次に上記の第4段階をキーボード対話を用いて実現するシステムについて提案した.システムは,キーボードから入力された自然言語文を受けとり,構文解析し内部表現を生成する.このとき,文法誤りを含んだ文を解析するための文法規則を知識ベースに持っているので,誤りを含んだ文からでも内部表現を生成できる.入力文が平叙文ならばその内部表現は,会話の状況を蓄える状況メモリに取り込まれる.疑問文ならば,その応答は状況メモリと知識ベースを検索して決定される.システムは,会話の目標をスタックに積むことによって会話を制御する.入力文がスタックの先頭の目標と関係があるかどうかによって学習者が会話の流れに追従しているかを判断する.システムは入力文中の単語,文法誤り,会話の流れとのずれを発見するとそれらに対する教育的メッセージを出力するとともに,システムからの発話文のレベルを変化させる.ワークステーション上に構築したシステムの応答時間は,1秒程度であり会話の臨場感を保持するのに十分な速度が得られている.本システムは,会話制御ルールを増やすことで学習者からのより幅広い入力に対応することが可能である.応用練習における学習者のすべての入力を理解し応答するだけのルールを入れることは,不可能ではあるが,教材の扱う会話の目標をうまく定めることでシステムの知識の範囲で学習者に繰り返し練習しようという気にさせることが可能だと考えられる.

 さらに上記のモデルを発展させて,学習者に適切な指導を行うための意図の理解とそれに基づいた会話制御を行う方式について検討した.本システムを使用する学習者は,教材中に設定されている場面に関係した発話だけでなく,語学知識に関する問いかけを行ないたいと思うこともある.従ってシステムは学習者の発話がどのような意図を持って発話されたかを理解し,適切な応答を行なえなければならない.このような機能を実現するために,システムの会話制御部を,シミュレーション会話制御部,教育会話制御部,および会話制御切替部から構成する.シミュレーション会話制御部は,基本的に目標指向の会話モデルに基づいた会話を制御する.発話の中に,目標-副目標関係,目標-手段関係が検出できる場合は,発話は会話の流れに沿っているといえる.会話制御切替部は,学習者からの教育会話の要求や,会話の中の誤りによって教育会話を起動する.教育会話は,学習者の誤った知識を正すなどの教育目標を達成すべく制御される会話である.教育会話の目標が達成されたら,教育会話が起動される以前の会話に制御を移動する.本方式を採用したシステムは,以前のシステムと比較して柔軟な教育が可能になった.

 本研究は,設定された状況の中で英会話を学習する教育システムの教育機能と実現方式を明らかにした.本研究は,これまで不可能だった実際の対話を通しての英会話の学習を可能にした.学習者は外国人と会話をしているような臨場感の中で英会話を学習することができる.今後の課題には教材の開発を効率的に行なう方式の研究がある.

審査要旨

 工学士山本秀樹の提出論文は,対話状況を設定した英会話用知的CAIシステムに関する研究と題し,9章からなる.

 外国語の指導方法については教育学の分野で様々な研究が行なわれているが,外国語学習の需要に対する外国語の指導者の数は圧倒的に不足している.これを補うために,人間の教育者が学習者に対して行なう外国語の知識の伝達やコミュニケーション能力の養成を,計算機で支援するための教育支援システム(Computer Assisted Instruction:CAI)に関する研究が盛んに行なわれている.本研究の目的は,状況を設定した対話を通して英語の使用法を指導する知的教育支援システムの方式を確立することにある.

 語学訓練用のCAIシステムに関する研究の問題は,具体的な場面で実際に人間同士が会話する時に必要な言語使用能力の養成を支援することの意識が希薄な点にある.すなわち,語彙知識や文法知識に関する教育を支援する方法について終始しており,具体的な場面で実際に人間同士が会話する時に必要な対話状況の設定や,言語使用能力を養成するための対話処理を考慮していない.これを克服するために必要な技術は,学習者の知識のモデル化,教授方法の構築,音声認識技術の統合技術,自然言語処理技術等である.

 第1章は序論であり,本研究で扱う問題の定義と解決策を要約している.

 第2章では,本研究の基礎となる知的CAIシステムに関する研究概要をまとめている.ここでは,伝統的CAIに関する要約とともに,知的CAIの学習者モデル,教授知識の研究を中心に関連研究をまとめている.

 第3章では,語学教育システムの研究における本研究の位置づけについて述べている.語学教育システムの研究では,近年,英語を母国語とする人と実際に会話をしているような環境の提供を目的とした環境型のCAIシステムが開発されているが,これらのシステムは英会話の教育において重要な音声による会話文の入力機能を持たないため,十分な臨場感を学習者に提供できていないことを明らかにしている.

 第4章では,本研究で対象とする学習者のレベルおよびそのレベルに沿った英会話用知的CAIの教授戦略について述べている.この教授戦略は,対話的なビデオ操作機能と音声による対話機能により,会話を行なう際に必要な英会話能力を段階的に習得可能な指導方法となっている.

 第5章では,音声入力等のマルチメディアを備え,学習者の音声によるコミュニケーション能力の訓練を行なうシステムの構成および知識表現形式について述べている.音声による会話を実現するために,音声認識システムの認識文を記述する文法を場面毎に切替える方式,および会話を制御し学習者の誤りを指導するための知識表現を導入している.音声入力機能とビデオを対話的に操作する機能の両方を持つことによって,会話の臨場感を高めることと,典型的な会話表現を理解していない学習者への教育が可能となっている。

 第6章では,応用練習のためのシステムについて述べている.応用練習は,学習者がこれまでの練習で身につけた知識の応用力を高めることを目的としている.文法誤りを含んだ文を解析するための文法規則を知識ベースに持たせることで,誤りを含んだ文の人力に対しても会話を継続することができる.また会話制御スタックを導入することによって学習者による話題の転換に追随でき,対話の自由度が向上している.

 第7章では,状況を設定した対話を通して英語の使用法を指導する英会話用知的CAIシステムにおいて,学習者に適切な指導を行うための意図の理解とそれに基づいた会話制御を行う方式について議論している.教材の場面に関係した会話を行なうシミュレーション会話制御部と語学知識に関する会話を行なう教育会話制御部を導入することによって,システムは学習者の発話がどのような意図を持って発話されたかを理解し,適切な応答を行なう.本方式により,学習者のレベルに即した柔軟な教育が可能になっている.

 第8章では,本研究の評価について述べている.本研究で導入した個々の方式が,従来の語学教育用システムと比較すると言語使用方法の教育に有効であることが述べられている.

 第9章は,本研究の結論である.さらに今後の研究すべき問題についても論じている.

 以上を要するに,英会話の習得は,システムが学習者のレベルに合わせてどの程度まで高い臨場感のある会話を提供できるかにかかっている.本研究は,英会話用知的CAIシステムの核技術,つまり学習者のレベルの考察と教授方法からシステムの実現方式についてまで考察したものであり,従来工学的に検討されていなかった英会話教育に対して工学的基礎を形成するものである.このような技術は,知識工学の新しい応用分野の開拓に寄与するものと考えられ,その成果は知的CAI分野のみならず,知識工学を通じて工学全般に寄与するところが大きい.よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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