学位論文要旨



No 212119
著者(漢字) 横山,隆
著者(英字)
著者(カナ) ヨコヤマ,タカシ
標題(和) Pyridinecarboximidamide誘導体の心血管系に対する作用に関する薬理学的研究
標題(洋)
報告番号 212119
報告番号 乙12119
学位授与日 1995.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12119号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 唐木,英明
 東京大学 教授 高橋,迪雄
 東京大学 教授 菅野,茂
 東京大学 助教授 局,博一
 東京大学 助教授 尾崎,博
内容要旨

 平滑筋、骨格筋、心筋、神経細胞などの興奮性の細胞の活動の一部は、膜電位によって調節されている。血管平滑筋においては刺激により脱分極すると、その細胞膜の電位依存性のCa2+チャネルが開いて細胞内Ca2+濃度([Ca2+]i)が上昇する。[Ca2+]iの上昇は、現在平滑筋の収縮機構を説明する説として広く受け入れられているミオシン軽鎖リン酸化説の示すところのミオシン軽鎖リン酸化を促し、血管平滑筋を収縮させる。一方、古くから狭心症治療薬として使用されているnicorandilに、K+の細胞外への流出を促進する活性すなわちKATPチャネルを活性化することが見いだされ注目されている。KATPチャネルの活性化は、膜を過分極することによって電位依存性のCa2+チャネルを閉じ、結果として血管平滑筋を弛緩させる。このようなKATPチャネルを活性化させる薬物は「K+チャネル開口薬」とよばれ、その血管平滑筋弛緩作用に基づく、降圧薬あるいは狭心症治療薬としての薬効が期待されている。このような状況下、新たなるK+チャネル開口薬を見いだすべく、探索する過程でKRN2391(N-cyano-N’-(2-nitroxyethyl)-3-pyridinecarboximidamide monomethanesulfonate)をはじめとする一連のpyridinecarboximidamide誘導体(図1)を見いだした。しかしながら、pyridinecarboximidamide誘導体の薬理学的特性については明らかではない。そこで本研究では、摘出ブタ冠動脈および麻酔イヌを用いて、pyridinecarboximidamide誘導体の血管弛緩作用と構造との相関、血管平滑筋弛緩機序、収縮機構への関与ならびにin vivoの心血行動態に対する作用を明らかにすることを目的とした。

図1.Pyridinecarboximidamide誘導体の構造pyridine核近位の部分はcyanoamidine構造

 実験として、張力測定、細胞内環状ヌクレオチド量の測定、fura-2を用いた[Ca2+]iと張力の同時測定、イノシトールリン脂質(PI)代謝回転の測定、および心血行動態の測定を行った。

1.血管弛緩作用

 摘出ブタ冠動脈を用いてpyridinecarboximidamide誘導体の血管弛緩作用機序と構造活性相関について検討し、以下の結論を得た。

 Nicorandilとpyridinecarboximidamide誘導体であるKRN2391はともにpyridine核を持ち、またpyridine核の遠位のN-置換基としてnitroxyl基を有している。両薬物の違いはpyridine核近位の構造がKRN2391ではcyanoamidine構造となっているのに対し、nicorandilのそれはamide構造になっている点である。両薬物の構造活性相関を検討するために、KRN2391およびnicorandilのN-置換基をphenyl基に置換したKi1769およびKi1765、KRN2391のN-置換基をhydroxyl基に置換したKi3315を用いて、高濃度(25mM)KClによる冠動脈収縮に対する弛緩作用を検討した。弛緩作用の強さはKRN2391>Ki1769>nicorandil>Ki3315≒Ki1765の順であった。N-置換基をnitroxyl基からphenyl基に置換した場合の弛緩作用は、nicorandil型では著しく減弱したのに対し、KRN2391型では弛緩作用の減弱は軽微であった。このことからpyridinecarboximidamide誘導体は、同じpyridine核を持つnicorandilおよびその誘導体に比較して、強力な弛緩作用を有しておりかつその作用にN-置換基のnitroxyl基が必ずしも必須ではないことが示された。

 K+チャネル開口薬の薬理学的拮抗薬glibenclamideの存在下でKRN2391、Ki1769およびKi3315の弛緩作用は減弱した。可溶性guanylate cyclaseの阻害剤methylene blueの存在下ではKRN2391の弛緩作用のみが阻害された。このことからKRN2391はK+チャネル開口作用と硝酸薬様作用の両方によって、またKi1769とKi3315は専らK+チャネル開口作用によって血管を弛緩させることが明らかとなった。さらに、methylene blueの存在下のKRN2391の弛緩作用がKi1769のそれと同程度であったことから、Ki1769のK+チャネル開口作用はKRN2391と同程度であると考えられた。

 K+の平衡電位と膜電位との差が小さくなる条件下すなわち過剰(40mM)のKCl存在下ではKi1769の弛緩作用は消失した。またKRN2391の弛緩作用は減弱し、さらにmethylene blueを加えることによりKRN2391の弛緩作用はほぼ消失した。この成績から、KRN2391とKi1769の弛緩作用に膜の過分極が関与することが示唆された。

 硝酸薬作用を仲介する細胞内cycilc GMP量は、KRN2391により増加した。この結果からKRN2391の硝酸薬様作用発現は生化学的にも確認された。

 血管平滑筋の收縮機構に対する膜の過分極の関与を検討するために、Ki1769を用いて検討した。Ki1769はCa2+拮抗薬のverapamilと同様に高濃度KClで収縮させた冠血管の張力と[Ca2+]i、を低下させたが、Ki1769は[Ca2+]iよりも張力をより大きく低下させた。すなわちKi1769による過分極作用は、血管平滑筋の収縮蛋白系のCa2+感受性を低下させることが示唆された。さらに、Ki1769はトロンボキサンA2アナログであるU46619刺激によるイノシトール-リン酸蓄積を抑制した。これらのことから膜の過分極は、細胞外からのCa2+の流入を抑制するCa2+拮抗薬様作用に加えて、収縮蛋白系のCa2+感受性とPI代謝回転を抑制する可能性のあることが示唆された。

2.心血行動態に対する作用

 KRN2391の心血行動態に対する作用を比較的純粋なK+チャネル開口薬であるcromakalimと典型的な硝酸薬であるnitroglycerinのそれと比較検討した。KRN2391およびcromakalimの静脈内投与により血圧、左室内拡張末期圧(EDP)、総末梢血管抵抗(TPR)および冠血管抵抗(CVR)は低下し、心拍数、大動脈血流量および冠血流量は増加した。一方、nitroglycerinの投与により、血流量は増加した後減少し、血管抵抗は低下した後上昇に転じるという二相性の変化を示した。TPRの低下とCVRの低下とを比較すると、nitroglycerinは両血管抵抗を同程度に低下させたのに対し、KRN2391およびcromakalimはCVRをより大きく低下させた。以上のことからKRN2391の心血行動態に対する作用は、nitroglycerinよりもcromakalimに類似するものと考えられた。他方、glibenclamideによってKRN2391の作用は抑制されたが、EDP低下の抑制は他の指標に比べ小さかったことから、KRN2391の硝酸薬様作用が静脈系に発現しているものと思われた。

 次に、Ki1769の血行動態に対する作用をCa2+拮抗薬のnifedipineのそれと比較した。Ki1769はnifedipineと同様に血圧、血管抵抗を低下させ、心拍数、血流量を増加させた。しかし、TPRとCVRの低下とを比較した場合、CVRの低下はKi1769において顕著であった。したがって、Ki1769はnifedipineに比べ冠血管選択性の高い薬物であることが示唆された。これは先のcromakalimと同様の結果であること、Ki1769による変化がglibenclamideで抑制されたことから、高い冠血管選択性はK+チャネル開口薬に特有の薬理学的特性であると考えられる。

3.まとめ

 Pyridine核を有するK+チャネル開口薬のうち、pyridinecarboximidamide誘導体はnicorandilおよびその誘導体に比べて、その血管弛緩作用は強力でありかつそのK+チャネル開口作用の発現に必ずしも分子内nitroxyl基を必要としないことが明らかになった。したがってKRN2391をはじめとするpyridinecanboximidamide誘導体はK+チャネル開口薬として独自の地位を占める化合物群であると考えられる。このpyridinecarboximidamide誘導体による過分極作用は、細胞内へのCa2+流入抑制に加え、収縮蛋白系のCa2+感受性低下とPI代謝回転抑制作用を発現することが示され、膜の過分極は血管を効率よく弛緩させることが示唆された。さらに、in vivoおいてpyridinecarboximidamide誘導体は冠血管を選択的に拡張することが認められ、冠血管にK+チャネル密度が高いことが示唆された。

審査要旨

 平滑筋、心筋などの興奮性細胞の活動の一部は膜電位によって調節されている。血管平滑筋は、脱分極により電位依存性Caチャネルが開き、細胞内Ca濃度が上昇し、その結果血管は収縮する。逆に、膜が過分極すると電位依存性Caチャネルが閉じて血管は弛緩する。狭心症治療薬として使用されているnicorandilがKチャネルを活性化し膜を過分極する作用を持つことが見いだされ、この知見に基づきKチャネルを活性化する薬物、すなわち「Kチャネル開口薬」が血管弛緩薬として注目されている。本研究では、新たなるKチャネル開口薬を見いだすべく探索した結果、KRN2391をはじめとする一連のpyridinecarboximidamide(PCI)誘導体を見いだし、その作用を明らかにすることを目的とした。研究の内容は、1)PCI誘導体の血管弛緩作用を指標とした場合の構造活性相関、2)血管弛緩機序および血管平滑筋収縮機構に対する作用、および3) in vivoにおける心血行動態に対する作用、に大別される。

 (第一部) PCI誘導体であるKRN2391はnicorandilと同様にpyridine核を持ち、pyridine核遠位のN-置換基にnitroxyl基を有している。両者の違いはpyridine核近位の構造がKRN2391てはcyanoamidine構造になっているのに対し、nicorandilのそれはamide構造になっている点である。本研究ではまず、nicorandilおよびKRN2391のN-置換基をphenyl基に置換した誘導体(それぞれKi1765、Ki1769)を用いてPCI誘導体の血管弛緩機序および構造活性相関を検討した。実験は高濃度(25mM)KClで収縮させたブタ冠動脈を用いて行った。その結果、PCI誘導体がKチャネル開口作用を有しており、PCI誘導体のPCI構造がKチャネル開口作用を担っていること、N-置換基のnitroxyl基は硝酸薬様作用に寄与していること、PCI誘導体はnicorandil誘導体と比較し、血管弛緩作用が強力であり、かつそのKチャネル開口作用に必ずしも分子内側鎖のnitroxyl基を必要としないことなどの事実が明らかとなった。これらのことから、PCI誘導体はKチャネル開口薬として独自の地位を占める化合物群であると考えられた。

 (第2部)Kの平衡電位と膜電位との差が小さくなるような条件下、すなわち過剰(40mM)のKCl存在下ではKi1769の血管弛緩作用は消失した。このことは、PCI誘導体の弛緩作用に膜の過分極が関与することを強く示唆する。このKi1769による過分極誘発作用が血管平滑筋収縮機構に対してどのような影響を及ぼすかについて検討した。Ki1769は高濃度KCl刺激時において、細胞内Ca濃度よりも張力を大きく低下させる傾向を示した。さらに受容体作動薬刺激によるイノシトールリン脂質代謝回転も抑制した。これらのことは、過分極が脱分極収縮のCa感受性を低下させる可能性を示すとともに、受容体刺激による情報伝達系の活性化を抑制する可能性を示唆している。

 (第3部)Kチャネル開口作用と硝酸薬様作用を併せ持つことが明らかになったKRN2391につき、麻酔イヌの心血行動態に対する作用を、比較的純粋なKチャネル開口薬であるcromakalimと典型的な硝酸薬nitroglycerinのそれと比較した。その結果、KRN2391は冠血管抵抗の選択的低下作用などのcromakalimに類似する作用を示し、硝酸薬としてよりもKチャネル開口薬としての作用を強く発現することが示唆された。一方、比較的純粋なKチャネル開口薬であるKi1769の血行動態に対する作用を、Ca拮抗薬のnifedipineのそれと比較したところ、KRN2391およびcromakalimと同じく冠血管抵抗の選択的低下を示した。これらのことから、冠血管にKチャネル密度が高い可能性が示された。

 以上を要約すると、本論文は「Kチャネル開口薬」として新たにPCI化合物を見いだしたこと、さらにこれら化合物の構造活性相関、血管平滑筋における作用機序、ならびに心血行動態に対する影響を明らかにしたもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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