学位論文要旨



No 212121
著者(漢字) 古川,嗣彦
著者(英字)
著者(カナ) フルカワ,ツグヒコ
標題(和) 農用運搬車の傾斜地走行性能に関する実証的研究
標題(洋)
報告番号 212121
報告番号 乙12121
学位授与日 1995.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12121号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木谷,収
 東京大学 教授 瀬尾,康久
 東京大学 助教授 岡本,嗣男
 東京大学 助教授 坂井,直樹
 東京大学 助教授 大下,誠一
内容要旨 1はじめに

 中山間地は国土面積の約68%を占めているが,過疎と高齢化が進行し,耕作放棄地が増加している。中山間地活性化対策として若い担い手を確保するためには,作業の機械化が重要である。しかし,中山間地においては農道の整備や道路配置が十分でないため,機械化が遅れ人力作業への依存度が高い。なかでも,農業生産に共通の作業である生産資材や生産物等の運搬作業は,労働時間に占める割合は高く重労働でもあり,その機械化が要請されている。

 本論文では緩傾斜地に適応可能性の高い,平坦地用の小形多輪駆動単体運搬車両と大形のけん引型駆動運搬車両の傾斜地性能を検討した。また,平坦地用車輪型運搬機の使用が困難な急傾斜地に対しては,低コストのウインチ駆動運搬車両および急傾斜地性能の高いウインチ併用駆動運搬車両の試作と傾斜地性能の検討を行った。

2多輪駆動単体運搬車両の傾斜地性能

 登降坂性能が高いと予想される平坦地用の6輪駆動運搬車について,傾斜地適応性,機構上の改良点を検討した。供試機は,スキッドステアリング操向方式で,各車輪の位置は車体に固定されている。

 (1)登坂性能の推定法:機体総重量別に推力係数と滑り率の関係を実験により求め,推力係数を滑り率,機体総重量,路面傾斜度の関数として表現することにより,傾斜地における滑り率の推定が可能であった。

 (2)降坂制動性能:降坂制動試験結果と制動運動方程式から制動輪が固着しない場合の降坂制動距離を求めた。その結果,安全制動のためには降坂時の走行速度を制限する必要があり,路面傾斜20゜以上では制動不能となることが明らかとなった。また,空車で降坂時に制動すると前方転倒の危険性があり,制動運動方程式と転倒安定モーメントの条件から前方転倒発生条件を求めた。

 (3)旋回性能:傾斜地における4種類のU字旋回をとりあげ,最小半径でU字旋回した場合の車輪轍の最外側軌跡を旋回幅と呼称し,旋回幅から旋回性能を判定した。地面傾斜度が増大すると,旋回方向によっては旋回幅が増大し,旋回困難となることが判明した。

 (4)傾斜地性能を総合的に評価すると,斜面駐車性能,登降坂能力は高いが,傾斜不整地においては後方転倒しやすいこと,旋回能力が低いことなど機能上の不均衡がみられる。

3けん引型駆動運搬車両の傾斜地性能

 運搬能力と傾斜地性能が高いと予想されるアーティキュレイトトラクタに装着した駆動トレーラの傾斜地における走行性能を検討した。

 (1) 登降坂性能:トラクタおよびトレーラの滑り率をST,St,推力係数をT,tとする。Ttと路面傾斜度の関数として示される。この関数と実験により求めたトラクタとトレーラの〜S線図から,ST-St座標においてをパラメータとするST-St曲線群を描くことができる。これを等勾配抵抗線と仮称する。

 一方,トラクタ車輪とトレーラ車輪の周速度をVT,Vtとし,K=VT/Vtとおいて,Kを周速度比と仮称する。また,"=トラクタ車輪回転数/トレーラ車輪回転数"とおいて回転速度比と仮称すると,St,STの関数となる。したがって,をパラメータとするST-St曲線群を描くことができる。これを等回転速度比線と仮称する。その結果,STとStは等勾配抵抗線と等回転速度比線の交点で与えられ,登坂性能の推定が可能であった。

 (2) トラクタとトレーラの重量比:トレーラ車輪の駆動反力でトラクタの走行が不安定になる。トラクタの安定走行のためには"トラクタ車輪荷重>0"の範囲を満足する必要がある。トラクタの車輪荷重はK,,機体重量の関数となるので,安定走行条件は重量比(トラクタ/トレーラ)をパラメータとするとKの範囲で示すことができる。計算の結果,トレーラ重量よりもトラクタ重量を大きく設定する必要があることが認められた。

 (3)旋回性能:トレーラの駆動反力は旋回走行不安定の原因となる場合がある。そこで,判定の容易な平坦コンクリート路面における型旋回時の曲線進入時・脱出時・直進時のトレーラ車輪推力を周速度比との関係で検討した結果,常にトレーラの推力が零になる周速度比は存在しないことが判明した。

 (4)傾斜地性能を総合的に評価すると,横転倒しやすいが,制動性能,斜面駐車性能は高く,全輪駆動時の登坂能力も高い。

4ウインチ駆動運搬車両の傾斜地性能

 急傾斜ミカン園では,園内運搬用の単軌条運搬機が普及しているが,農道でミカンを軽トラック等に積み替える必要がある。そこで,農道と園内上下運搬に利用できるウインチ装着軽トラックの試作により荷物の積み替えを省略して,作業強度の軽減と作業能率の向上を図った。

 (1)供試機:軽トラックの後部にウインチドラムの着脱可能な小型ウインチを装着した。園の上下方向に敷設されたU字排水路に片側車輪を入れ,ウインチにより無人走行する。

 (2)運搬作業能率:園の中央部に上下道路を敷設した長方形の園について運搬作業能率の計算プログラムを作成した。試算の結果,圃場形状比(等高線方向の長さ/上下方向の幅)が大きくなるほど運搬能率が高くなる傾向を示した。

 (3)ワイヤ張力:階段園において登坂中に発生する6種類の機体姿勢を考慮してワイヤ張力,前輪および後輪分担荷重に関する計算式を求めた。計算の結果,登坂を開始して後輪がのり肩に接近するとワイヤ張力は極大値を示し,テラス上では減少する。また,極大ワイヤ張力,後輪分担荷重を計算した結果,のり面傾斜度と自然傾斜度の差が大きくなると前輪浮上現象や後輪分担荷重の過大現象を発生することが判明した。

5ウインチ併用駆動運搬車両の傾斜地性能

 急傾斜地においてウインチのみで車両を登降坂させる場合,ウインチの大型化やワイヤ切断の危険性が予想される。そこで,ウインチと車輪の併用利用が可能な機構を開発し,基本性能を検討した。

 (1)試作機:平坦地または緩傾斜地における車輪単独走行,急傾斜地においてウインチと車輪の両方を用いる走行,急峻傾斜地において本作業車を道路上に定置させウインチのみによる別の作業機のけん引登降坂,ウインチのみによる本作業車の登降坂が可能である。

 (2)ワイヤ張力と推力係数:K=車輪回転速度/ウインチドラム回転速度とおいて,Kを回転速度比と仮称すると,ウインチ併用走行時のワイヤ張力Pは,機体重量W,K,路面傾斜度,ワイヤと路面のなす角の関数であり,推力係数はK,,の関数として表現される。

 (3)けん引力:ウインチ併用走行時は,Kを増大させると駆動輪推力はほぼ一定の値を示すのに対し,Pおよびけん引力は増大する。

 (4)滑り率と走行速度:ウインチ併用走行時の走行速度VはS,Kの関数として求められる。計算の結果,Sが小さい範囲では,Kが大きくなるほど速度変化は小さく,Sが変化してもVは安定する。

 (5)登坂能力:P,,車輪の駆動力FはK,の関数である。K=1の時,ウインチと車輪が走行抵抗を均等に分担する。K<1の場合は,車輪主体の走行となり,K>1の場合は,ウインチ主体の走行となる。ここで,K=1,max=0.4とすると,ウインチ併用時の登坂限界角は40.4°,車輪単独走行では21.8°であり,ウインチ併用走行方式は登坂能力が高いことを示す。

6まとめ

 (1)6輪駆動運搬車について,平坦コンクリート路面における推力係数と滑り率の関係から,登坂性能の推定が可能であった。また,供試機の前方転倒発生条件を求めた。傾斜地性能を総合的に評価すると,機能上の不均衡がみられる。

 (2)駆動トレーラについて,トラクタとトレーラの平坦地における滑り率と推力係数を求めることにより,登降坂能力の推定が可能となった。また,安定走行のためのトラクタとトレーラ重量比,旋回性能と周速度比の関係について検討した。傾斜地性能を総合的に評価すると横転倒性能以外は高い性能を示した。

 (3)ウインチ駆動運搬車両は等高線方向に長いミカン園で利用すると運搬能率は高い。登降坂運搬時のワイヤ張力,後輪分担荷重を求めた結果,園の自然傾斜とのり面傾斜の差が大きくなると前輪の浮上現象や後輪荷重の過大現象を発生することが判明した。

 (4)ウインチ併用走行時において,けん引力は車輪単独走行時よりも大きく,回転速度比の増大にともなって増加する。また,ウインチ併用走行時の登坂能力は車輪単独走行よりも大きい値を示した。一方,回転速度比>1の場合はウインチ主体で,回転速度比<1の場合は車輪主体の走行方式となる。

審査要旨

 中山間地は国土面積の約68%を占めているが,過疎と高齢化が進行し,耕作放棄地が増加している。中山間地活性化対策として若い担い手を確保するためには,農作業の機械化が重要である。なかでも,農業生産に共通の作業である生産資材や生産物等の運搬作業は,労働時間に占める割合が高く重労働でもあり,その機械化が要請されている。

 まず緩傾斜地用に,6輪駆動運搬車について,傾斜地適応性を試験し,機構上の改良点を検討した。その結果,(1)機体総重量別に推力係数と滑り率の関係を実験により求め,推力係数を滑り率,機体総重量,路面傾斜度の関数として表現することにより,傾斜地における滑り率の推定が可能となった。(2)降坂制動試験結果と制動運動方程式から制動輪が固着しない場合の降坂制動距離を求め,安全制動のためには降坂時の走行速度を制限する必要があり,路面傾斜20゜以上では制動不能となることが明らかとなった。(3)傾斜地における4種類のU字旋回をとりあげ,最小半径でU字旋回した場合の車輪轍の最外側軌跡を旋回幅とし,旋回幅から旋回性能を判定した。(4)傾斜地性能を総合的に評価すると,斜面駐車性能,登降坂能力は高いが,傾斜不整地においては後方転倒しやすいこと,旋回能力が低いことなど機能上の不均衡がみられることを明らかにした。

 次いで運搬能力と傾斜地性能が高いと予想されるアーティキュレイトトラクタに装着した駆動トレーラの傾斜地における走行性能を検討した。その結果,(1)トラクタおよびトレーラの滑に率をST,St,推力係数をT,tとすると,これらの間には傾斜度をパラメータとする等勾配抵抗線で表される関係が見出された。トラクタ車輪とトレーラ車輪の周速度をVT,Vt,周速度比K=VT/Vtとし,回転速度比=トラクタ車輪回転数/トレーラ車輪回転数とすると,St,STの関数となる。これより,STとStは等勾配抵抗線と等回転速度比線の交点で与えられ,登坂性能の推定が可能となった。(2)トラクタの車輪荷重はK,,機体重の関数となるので,安定走行条件は重量比(トラクタ/トレーラ)をパラメータとするとKの範囲で示すことができる。計算の結果,トレーラ重量よりもトラクタ重量を大きく設定する必要があることが認められた。(3)トレーラの駆動反力は旋回走行不安定の原因となる場合がある。トレーラ車輪推力を周速度比との関係で検討した結果,常にトレーラの推力が零になる周速度比は存在しないことが判明した。(4)傾斜地性能を総合的に評価すると,横転倒しやすいが,制動性能,斜面駐車性能は高く,全輪駆動時の登坂能力も高いことが分かった。

 急傾斜対応のためウインチ装着軽トラックの試作により,荷物の積み替えを省略して,作業強度の軽減と作業能率の向上を図った。(1)軽トラックの後部にウインチドラムの着脱可能な小型ウインチを装着し,園の上下方向に敷設されたU字排水路に片側車輪を入れ,ウインチにより無人走行する方式を開発した。(2)運搬作業能率の計算プログラムを作成した。試算の結果,圃場形状比(等高線方向の長さ/上下方向の幅)が大きくなるほど運搬能率が高くなる傾向を示した。(3)階段園において登坂中に発生する6種類の機体姿勢を考慮してワイヤ張力,前輪および後輪分担荷重に関する計算式を求めた。

 特に急峻な地においては,ウインチのみでワイヤ切断の危険性が予想されるので,ウインチと車輪の併用利用が可能な機構を開発し,基本性能を検討し試験を行った。(1)試作機は急傾斜地においてウインチと車輪の両方を用いる走行,登降坂が可能であった。(2)回転速度比K=車輪回転速度/ウインチドラム回転速度として,ウインチ併用走行時のワイヤ張力Pは,機体重量W,K,路面傾斜度,ワイヤと路面のなす角の関数であり,推力係数はK,,の関数として表わすことができた。(3)ウインチ併用走行時は,Kを増大させると駆動輪推力はほぼ一定の値を示すのに対し,Pおよびけん引力は増大した。(4)ウインチ併用走行時の走行速度VはS,Kの関数として求められ,Sが小さい範囲では,Kが大きくなるほど速度変化は小さく,Sが変化してもVは安定していることが分かった。(5)ウインチ併用時の登坂限界角は40.4゜となり,車輪単独走行のときのは21.8°に較べ,ウインチ併用走行方式は登坂能力が高いことを示した。

 以上要するに本研究は,緩傾斜地から急傾斜地まで種々の条件下で使用しうる傾斜地用運搬車を試作し,その走行性能を多くの実地試験と解析によって明らかにしたもので,この分野に学術上,応用上寄与するところが少なくない。よって審査員一同は,申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。

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