学位論文要旨



No 212124
著者(漢字) 上田,和生
著者(英字)
著者(カナ) ウエダ,カズオ
標題(和) トウモロコシの病原菌Bipolaris zeicolaが生産する宿主特異的BZR-毒素の化学的研究
標題(洋)
報告番号 212124
報告番号 乙12124
学位授与日 1995.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12124号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,謙治
 東京大学 教授 室伏,旭
 東京大学 教授 小川,智也
 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 北原,武
内容要旨

 トウモロコシ北部ごま葉枯れ病の病原菌Biporalis zeicolaはその病原性の特徴からrace 1,2,3に分類されている。このうちrace 1は宿主特異的毒素HC-toxinを生産することが知られており、トウモロコシのHC-toxin感受性品種には大きく丸い病斑を形成するが、抵抗性品種には小さい病斑しか形成しない。race 2,3はともにHC-toxinは生産せず、トウモロコシの品種間での病斑の差異は認められないが、race 3は他のraceとは異なる特徴的な細長い形状の病斑を形成し、実験条件下で日本の主要作物であるイネに対しても強い病原性を発揮するという他のraceには見られない特徴をもっている。

 1991年西村、中塚らはB.zeicola race3の分生胞子発芽液中及び培養菌体中よりイネに対して種子の芽生えの抑制、細胞致死、葉のクロロシス等の毒性を示し、イネ及びトウモロコシに対して非病原性菌の感染誘導活性を示す宿主特異的毒素、BZR-毒素を単離した。race1及びrace2の分生胞子発芽時にはBZR-毒素の生産は認められておらず、この毒素がrace3の特徴的な病原性の決定因子となっているものと考えられた。

 BZR-毒素は4つの成分,BZR-cotoxin I,II,III,IVから構成されており、各成分単独ではほとんど活性を示さずに、2種以上を混合することで相乗的に活性を発現し、4種を全て混合することによって初めて分離前と同等の強い活性を発現するという興味ある特徴を持っている。しかしそれらの構造についてはほとんど知見が得られておらず、先ず4種の成分の構造解析に着手した。

 BZR-毒素の単離は西村、中塚らの方法に準じて行なった。B.zeicola race3を馬鈴薯・蔗糖液体培地で静置培養した後、菌体と培養濾液に分けた。培養濾液は酢酸エチル抽出を行ない有機層を分取した。菌体はメタノール抽出を行なった後、熱酢酸エチルで抽出した。抽出液を合わせて乾固することにより得られた粗抽出物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー、分取HPLCにより繰返し精製してBZR-毒素の4つの成分を単離した。単離されたBZR-毒素の各成分は1H-NMRスペクトルにおいて西村、中塚らの単離した化合物と一致した。

 このうちBZR-cotoxin IVは、これまで胞子発芽液のみから得れており、今回の実験により初めて菌体及び培養濾液中より単離され、菌糸の生長時に於てもBZR-cotoxin IVがBZR-毒素の成分として病原性発現に関与していることが明らかとなった。

 1H-NMRスペクトルの測定結果及びBZR-cotoxin I〜IVを6規定塩酸を用いて加水分解するとそれぞれTLC上に数個のニンヒドリン陽性スポットを与えたことから、各成分は非常に構造の似たオリゴペプチドであることが示唆された。そこで各コンポーネントの構造解析は加水分解で得られたアミノ酸のTLC及びHPLCでの同定、部分加水分解生成物の機器分析による構造決定を主体として進め、まず平面構造の決定を行なうことにした。その結果BZR-cotoxin I〜IIIはアミノ酸及びヒドロキシ酸9残基からなる27員環の環状デプシペプチドであり、BZR-cotoxin IVは1残基少ない24員環の環状デプシペプチドであることが明かとなった。各成分ともN-メチルアミノ酸残基を有し、BZR-cotoxin IIには3種の骨格異常のアミノ酸残基も含まれていた。

 立体配置は、それぞれを加水分解してアミノ酸を単離した後、標品の入手可能なものについては光学活性な坦体を用いたTLCおよびHPLC法により絶対配置を決定した。異常アミノ酸を含むBZR-cotoxin IIについてにはX-線結晶構造解析によりその相対配置を決定し、クロマトグラフ法によって得られた結果と合わせてその絶対構造を決定した。BZR-cotoxin IVについてもX-線結晶構造解析を行ない立体配置を確認した。その結果図に示すように、ほとんどのアミノ酸及びヒドロキシ酸の-炭素は天然のアミノ酸と同じL型であったが、BZR-cotoxin IVに含まれるアラニン残基のみがD型であった。

図 BZR-毒素の構造

 BZR-cotoxin IVはBZR-毒素の成分の中で最も微量にしか得られず、今後の研究の展開のために合成による化合物の供給が必要と考えられた為その合成研究に着手した。その結果まず液相法で鎖状のオクタデプシペプチドを合成し、最後に最も立体障害が小さいと思われるグリシンのカルボキシル基とアラニンのアミノ基の間でラクタム結合による環化を行なうことでBZR-cotoxin IVの全合成を達成した。

 以上のようにしてBZR-毒素の全ての成分の構造が明かになり、微量成分であるBZR-cotoxin IVの合成による供給も可能となった。この研究を端緒としてBZR-毒素の示す特異な活性発現の機構を化学的に解明し、いかにトウモロコシ北部ごま葉枯れ病の新規防除法の確立に応用するかが今後の課題である。

審査要旨

 本論文は,植物病原菌の生産する毒素類の単離同定と構造決定および合成に関するもので,八章よりなる。重要な作物に被害を与える植物病原菌は種々の毒素を生産するが,これらを同定し,その毒性や機能を精密に検定,評価することは毒素による被害の軽減や抵抗性品種の選抜など,生物生産増大への手がかりとして重要である。著者はこの点に着目して,重要作物であるトウモロコシに寄生する病原菌の毒素について以下の化学的研究を行った。

 第一章で本研究の背景・意義を概説した後,第二章ではトウモロコシ北部ごま葉枯れ病の病原菌Biporalis zeicola race3の培養とBZR-毒素の抽出・単離について述べている。B.zeicola race3を馬鈴薯・蔗糖液体培地で靜置培養した後,菌体と培養滬液に分けた。培養滬液は酢酸エチル描出を行い有機層を分取した。菌体はメタノール描出を行った後,熱酢酸エチルで抽出した。粗抽出物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー,分取HPLCにより繰返し精製してBZR-毒素の4つの成分,BZR-cotoxin I〜IVを単離した。このうちBZR-cotoxin IVは,これまで胞子発芽液のみから得られており,今回の実験により初めて菌体及び培養滬液中より単離された。

 第三章から第六章では,BZR-毒素の各成分の構造決定について述べている。各成分の構造解析は加水分解で得られたアミノ酸のTLC及びHPLCでの同定,部分加水分解生成物の機器分析による構造決定を主体として進め,平面構造の決定を行った。その結果,BZR-cotoxinI〜IIIはアミノ酸及びヒドロキシ酸9残基からなる27員環の環状デプシペプチドであり,BZR-cotoxin IVは1残基少ない24員環の環状デプシペプテドであることを明らかとした。各成分ともN-メチルアミノ酸残基を有し,BZR-cotoxin IIには3種の骨格異常のアミノ酸残基も含まれていた。絶対立体配置は,それぞれを加水分解してアミノ酸を単離した後,標品の入手可能なものについては光学活性な担体を用いたTLCおよびHPLC法により決定した。異常アミノ酸を含むBZR-cotoxin IIについてはX-線結晶構造解析によりその相対配置を決定し,クロマトグラフ法によって得られた結果と合わせてその絶対構造を決定した。BZR-cotoxin IVについてもX-線結晶構造解析を行い立体配置を確認した。その結果図に示すように,ほとんどのアミノ酸及びヒドロキシ酸の-炭素の絶対立体配置は天然のアミノ酸と同じL型であったが,BZR-cotoxin IVに含まれるアラニン残基のみがD型であった。

図表

 第七章では,第六章で構造決定したBZR-cotoxin IVの全合成について述べている。まず液相法で鎖状のオクタデプシペプチドを合成し,最後に最も立体障害が小さいと思われるグリシンのカルボキシル基とアラニンのアミノ基の間でラクタム結合による環化を行うことで効率良くBZR-cotoxin IVの全合成を達成した。

 第八章では結語として本研究の内容のまとめと今後の展望について述べている。

 以上本論文は,トウモロコシ北部ごま葉枯れ病の病原菌Biporalis zeicolaの生産するBZR-cotoxin類の単離,構造決定およびそのうちの一つの合成に成功し,構造を確定させるとともに,今後生理機能研究への道を開拓したものであり,学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。

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