学位論文要旨



No 212125
著者(漢字) 九山,浩樹
著者(英字)
著者(カナ) クヤマ,ヒロキ
標題(和) 直鎖状及び環状機能性オリゴ糖の合成研究
標題(洋)
報告番号 212125
報告番号 乙12125
学位授与日 1995.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12125号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,謙治
 東京大学 教授 室伏,旭
 東京大学 教授 小川,智也
 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 北原,武
内容要旨

 著者はキチン・キトサンオリゴ糖およびラクトースを構成単位とする環状オリゴ糖の合成研究を行い,それぞれ目的とするオリゴ糖を合成した.以下これらの研究について順に述べる.

1.キチンおよびキトサンオリゴ糖の合成1.1はじめに

 キチンやキトサンのオリゴ糖には,エリシクー活性,抗菌性,抗腫瘍活性など様々な生物活性のあることが知られている.

 著者はこれら興味深い生物活性を有するキチン及びキトサンオリゴ糖の立体選択的な合成法を確立する目的で合成研究を行った.

1.2合成計画

 2糖を合成単位とし長鎖のオリゴ糖を2糖及び4糖のブロックから構築することを考えた.グルコサミン残基の2位のアミノ基の保護基はフタロイル基を選択した.

1.3合成(Scheme 1)

 D-グルコサミン塩酸塩から6工程で単糖性アクセプター(1)を得た.ドナー(2)を化合物(1)より3工程で導き,BF3・OEt2,-78℃という条件の下,アクセプクー(1)と縮合し2糖(4)を82%の収率で得た.2糖合成の際,化合物(3)を用いると収率は38-69%であった.化合物(4)のメトキシフェニル基を除去した後イミデート(5)へと変換した.化合物(5)と化合物(4)から誘導される(6)をアクセプターとしてグリコシル化(BF3・OEt2,-78℃)を行い4糖(7)を74%の収率で得た.4糖(7)のアセチル基を脱保護し4糖性アクセプター(8)へ,また(7)から4糖性ドナー(9)へ導いた.得られた4糖性アクセプター(8)と2糖性ドナー(5)より6糖(10)を62%,4糖性アクセプター(8)と4糖性ドナー(9)より8糖(11)を64%の収率で得た.更に10糖(13)については8糖性アクセプター(12)と2糖性ドナー(5)から65%,12糖(14)については8糖性アクセプター(12)と4糖性ドナー(9)から48%の収率で得た.これらの化合物の脱保護を2工程で行いキトサンオリゴ糖(15)〜(19)を得た.これらのうち4,6糖から2工程でキチンオリゴ糖(20),(21)へ導いた.このようにして得られたキトサンオリゴ糖(15)〜(19)を用いピサチン誘導(エンドウ)を指標とする生物活性試験を行ったが,エリシター活性はみられなかった.この理由として非還元末端のメトキシフェニル基が立体的に大きいため細胞膜を透過できないのであろうということが考えられた.従って非還元末端に立体的に小さな置換基,すなわちメチル基をもつキトサンオリゴ糖(22)〜(24)を化合物(7),(10),(11)から5工程で導いた.これらのうち8糖(24)がエンドウに対しピサチン誘導活性を示した.

Scheme 1
2.ラクトースを構成単位とする環状オリゴ糖の合成2.1はじめに

 包接現象に注目され,様々な研究が行われているシクロデキストリン(CD)はグルコースが6〜8個環状に結合したオリゴ糖である.表題のオリゴ糖は,ラクトースを構成単位とする環状オリゴ糖であり,新規化合物である.この化合物のもつ新たな機能やCDとの性質の違いに加え,構造的にも興味深いものがある.

2.2合成計画

 ラクトース誘導体の保護基として非還元末端4位の水酸基に対してレヴリノイル基,反応に直接関与しない水酸基に対してはベンジル基を用い,環化反応はフルオリド体で行うことを考えた.

2.3合成(Scheme 2,3,4)

 ラクトースより6工程で2糖性アクセプター(25)を得た.この化合物よりドナー(26)を導きCp2ZrCl2,AgClO4の存在下Et2O中で反応させ目的とする4糖(27)を74%の収率で得た(:≒3:1).化合物(27)のレヴリノイル基を除去し4糖性アクセプター(28)へ変換した.化合物(28)と2糖性ドナー(26)を化合物(27)の場合と同様の方法で縮合し,収率70%,:≒3:1で6糖(30)を得た.次に8糖合成については4糖性ドナー(29)と4塘性アクセプター(28)を縮合する方法を採用した.(27)から2工程で4糖性ドナー(29)を定量的に得た(:≒1:2).化合物(28)と(29)とから目的とする8糖(35)を得た(:≒2:1).最後の10糖の合成は4糖性ドナー(29)と6糖性アクセプター(34)を縮合させる方法を採った.(30)を脱レヴリノイル化して得られる6糖性アクセプター(34)と4糖性ドナー(29)と縮合させ57%の収率で目的とする10糖(37)を得た.の比率はl.2:1であった.次に,環化反応を行うため直鎖化合物(30)をヘミアセタール(31)へと変換し、次いでフッ化物(32)へと変換した.つづいて化合物(32)のレヴリノイル基を除去して化合物(33)へと導いた.8糖(35),10糖(37)も同様にしてそれぞれ(36),(38)へと導いた.Cp2ZrCl2,AgClO4の存在下,CH2Cl2中で環化反応を行うと(33)から化合物(39)が75%,(36)から化合物(40)が85%,(38)から化合物(41)が51%の収率で得られた.最後に脱ベンジル化を行い目的とする化合物(42),(43),(44)を良い収率(それぞれ97%,定量的,定量的)で得ることができた.

Scheme 2Scheme 3Scheme 4
3.むすび

 以上述べてきたように今回著者はキトサンオリゴ糖およびキチンオリゴ糖を還元末端が保護された形で合成した.また環状ラクトオリゴ糖を3種(6,8,10糖)合成した.前者はそれら自身の生物活性,後者についてはその包接能に興味がもたれるのと同時に,合成の過程で得られた結果は様々な結果は誘導体合成の際にも有用な知見になると考えられる.

審査要旨

 本論文はファイトアレキシン誘導エリシター活性など種々の生理活性が期待されるキチン・キトサンオリゴ糖およびラクトースを構成単位とする環状オリゴ糖の合成研究に関するもので3章よりなる。オリゴ糖類にはエリシター活性など興味ある機能をもつものが知られているが,類縁体を含めてこれらの合成研究を通じ構造及び活性相関などについては系統的に追究されていない。著者はこの点に着目し,キチン・キトサンオリゴ糖及び環状オリゴ糖類の合成を行い,生物活性について検討を加えるべく以下の研究を行った。

 序論で研究の背景及び意義について概説した後,第1章ではキチンおよびキトサンオリゴ糖の合成と生物活性について述べている。D-グルコサミン塩酸塩から6工程で単糖性受容体1を得た。一方,糖供与体2を1より3工程で得,受容体1と縮合して2糖4を82%の収率で得た。この場合,供与体として3を用いると収率は38〜69%であった。4から誘導される供与体5と受容体6を用いてグリコシル化を行い4糖7を74%の収率で得た。4糖7のアセチル基を除去し受容体8を得,また7から供与体9を調製した。8と5より6糖10を,8と9より8糖11を,12と5から10糖13を,12と9から12糖14をそれぞれ得た。これらの化合物の脱保護によりキトサンオリゴ糖15〜19を得た。これらのうち4,6糖からキチンオリゴ糖20,21へ導いた。このようにして得られたキトサンオリゴ糖15〜19を用い,ファイトアレキシンであるピサチン誘導(エンドウ)を指標とする生物活性試験を行ったが,エリシター活性はみられなかった。これは非還元末端のメトキシフェニル基が立体的に大きいため,細胞膜を透過できないのであろうと考えられた。そこで非還元末端に立体的に小さな置換基,すなわちメチル基をもつキトサンオリゴ糖22〜24を化合物7,10,11から5工程で導いた。これらのうち8糖24がエンドウに対しピサチン誘導活性を示した。

図表

 第2章ではラクトースを構成単位とする環状オリゴ糖の合成について述べている。ラクトースより6工程で2糖性受容体25を得,この化合物より糖供与体26につき,Cp2ZrCl2,AgClO44の存在下Et2O中で反応させ目的とする4糖27を得た(:=3:1)。27のレヴリノイル基を除去し4糖性アクセプター28へと変換した。28と26を先と同様グリコシル化により縮合し,収率70%,:=3:1で6糖30を得た。次に27から2工程で4糖性ドナー29を誘導し,28と縮合させ8糖35に導いた(:=2:1)。つぎに30を脱レヴリノイル化して得られる6糖性受容体34と29を縮合させ,57%の収率で目的とする10糖37を得た。の比率は1.2:1であった。次に,環化反応を行うため直鎖化合物30から3工程でヒドロキシフルオリド体33へと導いた。8糖35,10糖37も同様にしてそれぞれ36,38へと変換した。

図表

 Cp2ZrCl2,AgClO4の存在下,CH2Cl2中で環化反応を行って33,36,および38から環状化合物39,40および41を良い収率で合成することに成功した。最後に脱ベンジル化を行って目的とする化合物42,43および44をほとんど定量的に得た。

図表

 以上本論文は,還元末端が保護されたキトサンオリゴ糖およびキチンオリゴ糖を合成しファイトアレキシンエリシター誘導活性を検討するとともに,包接能に興味がもたれる環状ラクトオリゴ糖の合成を完成させ,機能検索を可能にならしめたもので,学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。

UTokyo Repositoryリンク