学位論文要旨



No 212126
著者(漢字) 露木,聡
著者(英字)
著者(カナ) ツユキ,サトシ
標題(和) パーソナルコンピュータをベースとした森林リモートセンシングデータ解析システムの開発と応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 212126
報告番号 乙12126
学位授与日 1995.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12126号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 南雲,秀次郎
 東京大学 教授 太田,猛彦
 東京大学 教授 小林,洋司
 東京大学 教授 箕輪,光博
 東京大学 助教授 酒井,秀夫
内容要旨

 本論文は、パーソナルコンピュータをベースとしたリモートセンシングデータ解析システムの開発と、そのシステムを応用してリモートセンシング技術を森林に対していかに使いやすくするかについて研究を行ったもので、以下の5章から成る。

 第I章では本研究の背景と目的について述べた。

 グローバルな目を持つ衛星リモートセンシングは、現在地球規模での環境モニタリングにとって唯一の、最も有効な手段である。しかし、リモートセンシングが有用なのは大規模なスケールのモニタリングに対してのみではない。たとえば、地域レベルでの森林について考えた場合、これまでは、森林の分布や変化を知るためには、国家や公共機関などが公表したものをデータソースとするしかなかった。ところがリモートセンシング技術を利用することにより、ありのままの姿を、いつでも、知りたい人が知りたい時に、知ることが可能となったのである。しかし、この技術を誰でもが利用できるようにならなくては、真の意味で「使える」ことにはならない。そこで本研究では、パーソナルコンピュータをベースとした解析システムの開発と、そのシステムを応用して、リモートセンシングを「使える」形でわかりやすくインタープリテーションする手法についての検討を行った。

 第II章ではパーソナルコンピュータをベースとした森林リモートセンシングデータ処理システムFREDAMの開発について述べた。

 日本においてパソコンを使ったリモートセンシングデータ解析が本格的に始まったのは、1984年にフロッピーディスクによるランドサットデータの配布が行われてからといってよいが、システムの多くはパソコン(と画像メモリ)を利用したものであった。しかし、限られたCPU能力とグラフィック機能しかないパソコンでは、フルカラーでの画像操作に限界があり、実用的に使用するには問題が多かった。そこで、本研究ではパソコンをベースとし、さらに専用のイメージプロセッサを利用してフルカラー画像表示や高速演算を行うことにより、実用に耐えるシステムを開発した。

 現在では高性能パソコンやワークステーションのウィンドウシステムの普及により高機能のデータ解析ソフトが数多く販売されているが、そういったシステムでは与えられた機能の範囲内での解析が主体となる。FREDAMでは画像データそのものへのアクセシビリティを高くし、新たなアルゴリズムの開発や実験的な処理が簡単に行えるようにした。そのためファイル構造をなるべく単純にしているので、上記システムなどと補完的利用が行いやすくなっている。

 第III章ではGPSを森林地域で使用した場合の精度の検討を行い、GPSを利用したグランドトゥルースについて述べた。

 衛星リモートセンシングを利用して森林資源調査を行う場合、現地調査は不可欠であるが、調査ポイントを衛星データ上に正確に乗せることは、特に森林内では非常に難しい。そこで、衛星からの電波を受け測位を行うGPS(Global Positioning System)がどの程度森林内で精度を持ち、上記の目的に利用することができるかについて明らかにした。GPSを利用した測位には、受信機単体で行う単独測位と、2台以上を組み合わせて行う相対測位がある。手法によって期待できる精度や、制限要因が異なるので、まず、手法による違いについて検討を行った。そして、その結果を利用して実際にリモートセンシングデータからグランドトゥルース地点のデータ抽出を行い、森林内でのGPS利用の可能性を調べた。テストエリアとしては、比較的地形がなだらかで、地形による受信障害の少ないと考えられる東京大学農学部附属北海道演習林を利用した。

 単独測位法による測位は、2種類の受信機を利用し、樹木の影響を見るために夏季と冬季に同じ地点で行った。その結果、樹木の葉は特に密な場合を除いて受信に影響はないが幹や枝は受信障害を引き起こすこと、受信機による差が見られ、精度のよい受信機では15〜35mの誤差で安定した測位が可能であることがわかった。相対測位法による測位は、4種類の手法について検討を行った。中でも最も精度の良い干渉測位法では、標高を含めた3次元で1m以下の誤差で測位可能であったが、そのためには、GPSの準拠しているWGS-84測地系と日本の公共座標系の準拠している東京測地系の変換を行う必要があった。しかし、上記程度の精度の場合は準拠標高の違い(楕円体高とジオイド高)については考慮せずに、ジオイド高のままで計算を行っても支障がないことがわかった。この手法では衛星電波受信のため測位ポイントの周囲が広く開けている必要があり、鬱閉した林内では実行不可能であるので、精密な測量を林内で行うためには、従来測量法との組み合わせが最も実現性の高い手法であると結論した。その他の手法では5m以上の誤差となるが、ギャップのある林内では実行可能であるため、目的に応じて手法を選択する必要がある。ただ、その際には2地点での使用衛星の一致が必須であることが確認された。

 単独測位の誤差は現在利用されている衛星データの解像度とほぼ一致することがわかったので、その測位結果をLandsat TMデータ上でのトレーニングエリア抽出に用いたところ、被害林分と健全林分の差を反射輝度上で識別することが可能であった。このようにGPSの測位誤差を明らかにしておくことにより、目的に応じた測位法の選択を適切に行うことができるようになった。

 第IV章ではSPOTおよびLandsatデータを使った高解像度カラー衛星画像マップの作成手法について検討し、マップの試作を行った。

 森林の資源把握や環境モニタリングにリモートセンシング技術を利用してゆこうとする場合に、必ず問題となるのが既存の管理方法や技術との整合性や役割分担である。こういった問題はリモートセンシング技術を適用してゆこうという側から発生するのではなく、技術が持ち込まれる先、つまり現場側から発生することが多い。これは当然といえば当然であって、リモートセンシングの長所や限界、その性質さえ十分知らないところへ突然そのようなものを持ち込まれた方にとって戸惑いが起きないわけはない。いわばリモートセンシング側のPR不足である。いきなり持ち込むのではなく、リモートセンシングについてのイメージからまず作ってゆく必要があろう。

 そこで、東京大学農学部附属秩父演習林とその周辺について衛星画像マップを作成し、地域の全体的な環境の把握と衛星データのイメージ作りに役立てることとした。航空写真とはまた違った衛星データの特徴をつかみ、リモートセンシングデータに親しむことによって今後の技術導入の一助とすることが狙いである。本研究では、Landsat TMとSPOT HRV-Pデータを使って5万分の1の縮尺で林班界とオーバーレイしたカラー地図の製作を行った。TMは解像度30mで可視から近赤外まで6つのバンドを持ち現在のところ植生状態の把握に最適なセンサーであり、SPOT HRV-Pはディジタル形式で一般的に入手できる最高の解像度(10m)を持つセンサであるので、衛星からはここまで見えるのだということをアピールするためには最適な組み合わせである。解像度の異なるデータの合成にRGB-HSV変換を利用した手法を開発し、さらに起伏の激しく影の多い画像の補正にDTM(ディジタル地形モデル)を利用した斜面輝度補正を応用した手法を開発し、最終的に10m解像度の白黒データの情報をカラー画像に持たせた画像マップを作成した。

 本研究では、アルゴリズム開発が容易なFREDAMの特徴を生かし、まず一部分を切り出してFREDAMで作成手法を決定し、その後全域をFREDAMとWSシステムで処理する補完的利用法で画像マップデータの作成を行った。

 第V章ではFREDAMの機能を利用した2つの変化抽出の実例について述べた。1つはCVA法による横浜付近の都市近郊林変化の抽出であり、もう1つはタイにおけるユーカリ造林地の変化を、新たに提案するDifference Index法により解析したものである。どちらの対象も、現在社会的関心の高い問題で、リモートセンシング技術を利用しなければ簡単には把握できないものである。前述のようにこのような解析は、本来リモートセンシングの専門家のみが行えばよいものではなく、関心を持ったり情報を必要とする人がだれでも行えるようになっているのが理想である。FRFDAMではそのために、直感的に理解しやすいこの2つの手法を取り入れ、使いやすいシステムとして開発した。

 CVA法は変化のタイプと強度を変化ベクトルで表すことにより変化抽出を行う手法である。2時期のLandsat TMの第1・第2主成分を特徴量として採用し、変化の有無を判別する閾値や変化のタイプを決定する角度範囲を、従来のLandsat MSSでの解析結果を参考に決定した既定値を利用することにより、植生被覆の消失部分と回復部分を、画像判読と同程度に、自動抽出することが可能となった。抽出過程はほとんどルーチン化された作業であるので、解析者の経験や判断を必要としないのがこの手法の特徴である。

 タイにおいては、現在ユーカリ造林がよくも悪くも社会的関心を引いているが、実際にどの程度造林が行われているかについては正確な資料は存在しない。そこで、本研究では新たに提案するDifference Index(DI)法により、タイ中央平原の一部(22,000ha)をテストサイトとして、Landsat TMデータを利用して3年間のユーカリ造林地の面積変化を求めた。現地調査にはGPSを利用し、さらに聞き取り調査などの結果をもとにDI法の閾値を定め、この期間に新たに390haのユーカリ造林地が増加したと推察された。しかし、ユーカリは植栽から伐採までが4〜5年と短く、林木より農作物に近い周期で施業が行われているので、上の結果は過小推定である可能性が非常に高い。

 以上のように本論文は、新たに開発したパソコンベースのリモートセンシングデータ処理システムFREDAMの有効性を示し、さらにリモートセンシング技術の利用が広く一般的に行われることを目的とした技術開発とその実践の重要性を示したものである。

審査要旨

 衛星リモートセンシングは,現在,地球規模での環境モニタリングに関して最も有効な手段である。しかし,その有効性をさらに高めるためには,リモートセンシングの専門家以外の人であっても,必要とする衛星画像をとり出しその目的に応じて加工することが容易にできるようになることが必要である。近年におけるパーソナルコンピュータ(以下パソコン)をはじめ各種情報処理機器の発展によりこのことが技術的にも経済的にも可能となってきた。

 本研究はこの目的に適うように,パソコンをベースとして森林リモートセンシングデータを画像解析するシステムを開発し,これを利用して森林植生を分析する手法を発展させたものである。

 本論文は5章から構成されている。

 第1章は序論として本研究を行うに至った背景と研究目的について述べている。著者は目下凄まじい開発圧力に曝されている世界各地の森林の保全に衛星データがいかに有効であるか,その有効性を高めるためにいかなる画像解析システムを開発すべきかについて述べている。

 第2章では著者が開発したパソコンをベースとした森林リモートセンシングデータ処理システムFREDAM(Forest Remote Sensing Data Analysis System)について述べている。著者はまずパソコンによるリモートセンシング画像処理システムの発展経過と現状を考察し,新たに開発すべきシステム設計の思想をまとめている。次にこの思想に基づき開発し,現在利用しているFREDAM6500のハードウエアとソフトウエアのシステム構成について詳述し,このシステムによって衛星画像の解析を行うプログラムの利用方法について説明している。

 第3章ではGPS(Global Positioning System)を使ったグランドトゥルースについて述べている。衛星画像を利用して森林解析を行うためには現地調査が不可欠だが,これまで調査地点を画像上に精密に乗せることは広大で多様な森林では極めて困難であった。著者はこの問題をGPSを利用する方法を確立することによって解決した。GPSによる測位には受信機単体で行う単独測位と2台以上を組み合わせて行う相対測位がある。著名は東京大学北海道演習林においてこれら2種の測位法を実験しその精度を検討した。単独測位では15〜35mの誤差で現在利用されているLandsat TMデータの解像度とほぼ一致し,相対測位のうち最も精度のよい干渉測位法では1m以内の誤差で測位可能であることがわかった。また,樹木の葉は特に密生する場合を除き受信に影響せず,したがって季節に関係なくGPSが利用できるが樹幹や枝は受信障害を起こしうることがわかった。

 第4章ではFREDAMを用いてSPOT HRV-PおよびLandsat TMデータによる高解像度のカラー衛星画像マップの作成手法を開発した。この二種のデータのうちTMは解像度30mだが可視から近赤外まで6つのバンドを持ち植生状態の把握に適し,SPOT HRV-Pは現在入手できる最高の解像度10mを持つセンサーである。この解像度の異なるデータの合成にRGB-HSV変換を利用した手法を開発し,また,起伏が激しく影の多い画像をDTMを用いて補正する手法を開発して東京大学秩父演習林の衛星画像マップを作成し,5万分の1の縮尺の林班界をオーバーレイしたカラー地図を作成した。

 第5章ではFREDAMの機能を利用して時間的に異なる同一場所の衛星データからその間の変化を抽出する方法を研究した。まず変化のタイプと強度を変化ベクトルで表わすCVA(Change Vector Analysis)法を採用し,変化の有無を判別する閾値と変化のタイプを規定する角度範囲を予め決定しておいて植生被覆の消失や回復部を画像判読と同程度に自動抽出する手法を確立した。そしてこの手法を使って横浜市付近の都市近郊林の変化を分析した。次に広大な地域の土地利用の変化を抽出するDI(Difference Index)法を開発した。これは衛星画像上各ピクセルの2時期のCCTの値の差をとり,あらかじめ定める閾値以上の部分を変化部分とするものである。ここでは土地利用項目のCCTの値の分散がそれぞれ異なるので各ピクセルの属する分類項目の標準偏差で正規化した数値を使っている。この手法をタイ中央平原の南部のチャチェンサオ県プレンヤオ地区22,000haに適用し,3年間のユーカリ造林地の推移を分析した。

 以上本論文は,森林リモートセンシング技術がさらに広く一般に利用されるためパソコンベースのリモートセンシングデータ処理システムFREDAMを開発し,森林解析のための手法を発展させ,その有効性を実践によって実証したものである。その成果は学術上,応用上森林の経営・管理手法の発展に貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50925