学位論文要旨



No 212127
著者(漢字) 鈴木,誠
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,マコト
標題(和) スギ・ヒノキ高齢林の経営論的研究 : 東京大学千葉演習林における人工林経営に関する実験
標題(洋)
報告番号 212127
報告番号 乙12127
学位授与日 1995.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12127号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 南雲,秀次郎
 東京大学 教授 太田,猛彦
 東京大学 教授 小林,洋司
 東京大学 教授 箕輪,光博
 東京大学 教授 八木,久義
内容要旨

 東京大学千葉演習林は房総半島の南東部に位置し,安房郡天津小湊町と君津市上総地区にわたり,その面積は2,171haである。

 本演習林はわが国最初の大学演習林として1894年11月に創設された。演習林の位置する房総半島南部は温暖多雨で植物相も豊富である。森林の樹種構成はモミ・ツガを上層とし,カシ類,スダジイ等を下層とする針葉樹天然林が367ha,カシ類,スダジイ等を主とする広葉樹天然林が876ha,スギ,ヒノキ,マツの人工林が約865haとなっている。

 本研究は人工林865haの内約50%を占める400haの高齢林を対象として実践的立場から今後の経営方針を検討した。

 まず,第1章では千葉演習林の森林経営の歴史を分析し,今後の課題を明らかにした。とくに1970年代より国外産材の輸入増加にともない,国内産材の需要が減少し全国的に林業離れが進み森林の荒廃が余儀なくされている。そのような状況下で今後の課題は林業に対する発想の転換である。これまでの経営の主体は一斉皆伐再造林であったが,今後の林業経営の在り方として環境保全,林業従事者の減少等を考慮し非皆伐施業の導入が重要な課題となる。

 第2〜4章では千葉演習林の高齢林の現状把握を行い,これまで実施してきた非皆伐二段林施業の実験結果と推定樹齢400年生の超高齢複層林の林分解析及び文献から二段林造成の利点,問題点を明らかにし,複層林造成技術の検討を行った。その結果,今後の高齢林の施業方法として,前述の環境保全,林業従事者の高齢化および減少対策として,非皆伐施業の導入に伴い長伐期二段林造成の間伐方針を確立した。

 第5章ではこれらの間伐方針と実験結果を基に二段林造成等を実施した場合の林分成長,林内の明るさ等の変化を予測した。とくに100年生スギ林分をモデルとして,無間伐を含め環境保全型間伐法(本数間伐率40%),長伐期施業型間伐法(本数間伐率60%),複層林施業型間伐法(本数間伐率70%)を実施したと仮定し120年生までの林分成長,林分変化を予測した。

 予測方法は龍原のスギ二段林成長予測方法を適用した。無間伐の場合,胸高断面積合計は85m2/ha程で20年間ほとんど変化なく,この値が断面積合計の上限であろうと考える。間伐後最も材積成長の良い環境保全型間伐法は20年後にほぼ無間伐の蓄積に近くなる。長伐期施業型間伐法と複層林施業型間伐法の間伐後の林床にスギ苗木を植栽したと仮定し植栽後20年間の成長を予測した。

 その結果,長伐期施業型間伐法については植栽後20年目前後に成長の低下,枯損の発生が予測されるが,複層林施業型間伐法については比較地とした皆伐再造林地の60%の成長を示した。したがって,長伐期施業型間伐法は20年生前後に受光伐等の管理を行う必要があるが,複層林型間伐法は二段林造成が充分期待できる施業法である。

 以上の人工林施業実験を総合的に分析,検討した結果に基づいて,千葉演習林の第11次試験研究計画に非皆伐二段林施業を導入することとした。ここではこれまで主流であった皆伐施業を縮小し,皆伐林分は教育研究用として必要最小限におさえた。ただし,非皆伐施業を導入するに当たり次のような条件を前提とすることとした。

 (1)これまでの伐採量3,000m3/年は今期も維持すること。

 (2)皆伐面積は6ha/年前後であったが今期は2〜3ha/年とする。

 これらのことから第11次試験研究計画では次のような4種類の施業法を高林作業級において実施することとした。

 (1)皆伐施業,(2)長伐期施業,(3)二段林施業,(4)複層林施業,

 上記施業法に該当しない高齢林分に対しては,随時環境保全型間伐を行う。

 上記施業法は次の基準に基づき実施する

 皆伐施業を行う林分は80年生前後とし,対象面積は学生実習,研究利用に供する最小限の2〜3ha/年とする。また,最近の測定機器の多様化等から林道に比較的近い地利級I〜II(搬出距離300m以内)を対象とする。

 長伐期施業林分は林道から遠く集約的な施業の不可能な地域を選定し,強度の間伐を行い最大限の収益を得,残存立木の大径化を図る。対象面積は搬出コストの軽減を図るため3ha以上の林分とする。

 二段林施業林分は林道から比較的近い地利級I〜IIの林分を対象とし面積は2ha/年前後とする。林齢は80年生以上の高齢林を対象とし,二段林造成時に強度の間伐(本数間伐率70%)を行い林床にスギ,ヒノキ苗木を植栽する。下木の植栽密度は2,000本/haの疎植とし,植栽木間の成育競争を避ける。

 複層林施業地は林道に最も近い林分または搬出路を開設し車両系による搬出可能な林分とし最も集約的な施業を行う。本施業法は高齢林を単木的に随時ぬき切りし跡地に数本の苗木を植栽し択伐林型に移行する。

 これらの施業法を実施するにあたり間伐基準を作成した。

 非皆伐施業実施上の間伐基準

 1.間伐率は施業区分および対象林分に応じて本数間伐率50〜70%の範囲で実施する。

 2.選木は第一に将来性の無い木(被圧木,曲がり,幹クサリ,コブ)を優先する。

 3.相対樹間距離を考慮し,残存立木の樹幹の空間配置が均一になるよう配慮する。

 4.地位の劣る林分は間伐率を低く,高い林分は高くする。

 5.尾根沿いおよび土層の浅いところは間伐率を低くする。

 6.間伐、集材時に残存立木に損傷が生じた場合は速やかに伐倒処分する。

 7.架線集材の場合,搬出路線は充分広くする。

 今後これらの施業法を実施するに当たり,人工林の植伐に関する労務計画を検討した。皆伐更新面積をこれまでの50%以下に縮小し,間伐林を多くしたことにより各種作業に必要な人数が大幅に減少する。各施業法が定着する第11次(2000年)後半からはこれまでの皆伐主体の施業に要した延べ人数(約1,000人/ha)の70〜80%の人数で施業が遂行できる。

 以上,本研究によって千葉演習林の人工林経営計画および長伐期,複層林施業の基本方針が確立した。

審査要旨

 本論文は,東京大学千葉演習林の人工林経営実験の発展をはかるためスギ・ヒノキ高齢林の施業法を研究し,新たな経営方式の確立を意図したものである。千葉演習林では創設以来100年にわたりスギ・ヒノキ人工林経営に力が注がれてきた。その結果,人工林約860ha,うち50年生を越える高齢林が400ha余りにも達し,経営実験は順調に推移してきた。しかし,近年,経営をとりまく環境が変化しこれまでの経営方式を継続することが困難となってきた。新たに始まる試験研究計画においては,この問題を克服し持続的経営実験を発展させることが重要な課題となった。20余年にわたりこの経営実験に参画してきた本論文の著者は,複層林施業を始めとする高齢人工林の施業技術をまとめ,経済的にも秀れた人工林経営方式を確立した。

 本論文は5章から構成されている。

 第1章では創設期から今日の第10期計画に至る100年間の経営の発展過程をまとめている。天然林から人工林への林種転換が多く行われた第5期計画までの経営実験では面積平分法が収穫規整法として採用され,それ以降齢級法が適用されてきた。しかし,今後長伐期複層林施業がとり入れられる場合,その経営方式は変更されなければならないと著者は述べている。

 第2章では千葉演習林における長伐期施業について述べている。各種利用間伐方式,複層林施業の検討では単に施業技術の問題にとどまらず経営における経済上の問題も考慮しなければならない。著者は利用間伐の考え方とそれに続く複層林施業の概念を明確にしてそれらの経営上の長所と短所を総括している。

 第3章では過去設定された4ヶ所の複層林試験地の結果を分析している。このうち1928年に水源涵養林として実施された複層林と1936年雨氷被害を受けその復旧に樹下植栽した試験地は施業としては失敗した。著者はその原因として施業実施後の管理の不適切さを上げ,複層林施業では上木の間伐率に応じたその後の施業の重要性を指摘している。

 第4章では80年生以上で長期にわたって継続的に調査されている成長測定試験地の林分成長過程を分析している。さらに演習林に隣接する300年生以上の超高齢複層林の林分構造を解析し,その成長を比較している。著者はこの上木の胸高断面積合計がha当たり83m2で成長測定試験地とほぼ一致していることからその値が本地域の人工林の胸高断面積合計の上限値だと推測している。この林分の下木の平均樹高は15m,平均胸高直径は19cmで,その形状比は雪害に強いといわれる60〜100の範囲に80%の下木が含まれている。このことから,著者はこの林分が千葉演習林の複層林施業の目標となりうると結論している。

 第5章ではこれまでの知見に基づきスギ・ヒノキ高齢林の施業方法を検討し,経営実験で実施すべき今後の人工林施業体系をまとめている。著者はこれまでの皆伐主体の森林施業から間伐(抜き伐り)主体の森林施業に転換する方法として環境保全型間伐,長伐期施業型間伐,複層林施業型間伐の3種の施業方式を結論として提示している。この施業方式の確立をはかるため,著者は林齢100年生のスギ林分をモデル林として間伐候補木の選定を行い,各間伐法を実施した場合の成長予測を龍原の成長理論に基づいて行った。本数間伐率が最も低い40%の環境保全林型間伐では,20年後に胸高断面積合計が限界に達し無間伐の場合の林分蓄積に達することがわかった。長伐期施業型間伐では下木植栽を想定しているが,20年後には照度不足が生じ上木に対して受光伐か枝打を実施することが必要であると結論している。また複層林施業型間伐では,下木の成長が平均樹高,平均直径とも皆伐一斉林の20年生の場合の60%程度を示し,光不足もなく比較的安定した成長経過をたどることがわかった。

 第11期試験研究計画に以上の施業方式をとり入れるため,著者はその実施に必要な労務計画を検討している。現存林分の保育管理,各施業法導入に伴う保育管理,各施業法導入後の収穫計面等に必要な労働力を年度ごとに算出した結果,今後予想される労働力不足でも千葉演習林の人工林経営実験が実行可能であると結論している。

 以上本論文は約100年にわたって実践されてきた東京大学千葉演習林の人工林施業実験を総合的に分析し,社会の要請に応えうるスギ・ヒノキ高齢人工林の施業方式を確立したものである。その成果は学術上,応用上人工林経営の理論の発展に貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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