東京大学千葉演習林は房総半島の南東部に位置し,安房郡天津小湊町と君津市上総地区にわたり,その面積は2,171haである。 本演習林はわが国最初の大学演習林として1894年11月に創設された。演習林の位置する房総半島南部は温暖多雨で植物相も豊富である。森林の樹種構成はモミ・ツガを上層とし,カシ類,スダジイ等を下層とする針葉樹天然林が367ha,カシ類,スダジイ等を主とする広葉樹天然林が876ha,スギ,ヒノキ,マツの人工林が約865haとなっている。 本研究は人工林865haの内約50%を占める400haの高齢林を対象として実践的立場から今後の経営方針を検討した。 まず,第1章では千葉演習林の森林経営の歴史を分析し,今後の課題を明らかにした。とくに1970年代より国外産材の輸入増加にともない,国内産材の需要が減少し全国的に林業離れが進み森林の荒廃が余儀なくされている。そのような状況下で今後の課題は林業に対する発想の転換である。これまでの経営の主体は一斉皆伐再造林であったが,今後の林業経営の在り方として環境保全,林業従事者の減少等を考慮し非皆伐施業の導入が重要な課題となる。 第2〜4章では千葉演習林の高齢林の現状把握を行い,これまで実施してきた非皆伐二段林施業の実験結果と推定樹齢400年生の超高齢複層林の林分解析及び文献から二段林造成の利点,問題点を明らかにし,複層林造成技術の検討を行った。その結果,今後の高齢林の施業方法として,前述の環境保全,林業従事者の高齢化および減少対策として,非皆伐施業の導入に伴い長伐期二段林造成の間伐方針を確立した。 第5章ではこれらの間伐方針と実験結果を基に二段林造成等を実施した場合の林分成長,林内の明るさ等の変化を予測した。とくに100年生スギ林分をモデルとして,無間伐を含め環境保全型間伐法(本数間伐率40%),長伐期施業型間伐法(本数間伐率60%),複層林施業型間伐法(本数間伐率70%)を実施したと仮定し120年生までの林分成長,林分変化を予測した。 予測方法は龍原のスギ二段林成長予測方法を適用した。無間伐の場合,胸高断面積合計は85m2/ha程で20年間ほとんど変化なく,この値が断面積合計の上限であろうと考える。間伐後最も材積成長の良い環境保全型間伐法は20年後にほぼ無間伐の蓄積に近くなる。長伐期施業型間伐法と複層林施業型間伐法の間伐後の林床にスギ苗木を植栽したと仮定し植栽後20年間の成長を予測した。 その結果,長伐期施業型間伐法については植栽後20年目前後に成長の低下,枯損の発生が予測されるが,複層林施業型間伐法については比較地とした皆伐再造林地の60%の成長を示した。したがって,長伐期施業型間伐法は20年生前後に受光伐等の管理を行う必要があるが,複層林型間伐法は二段林造成が充分期待できる施業法である。 以上の人工林施業実験を総合的に分析,検討した結果に基づいて,千葉演習林の第11次試験研究計画に非皆伐二段林施業を導入することとした。ここではこれまで主流であった皆伐施業を縮小し,皆伐林分は教育研究用として必要最小限におさえた。ただし,非皆伐施業を導入するに当たり次のような条件を前提とすることとした。 (1)これまでの伐採量3,000m3/年は今期も維持すること。 (2)皆伐面積は6ha/年前後であったが今期は2〜3ha/年とする。 これらのことから第11次試験研究計画では次のような4種類の施業法を高林作業級において実施することとした。 (1)皆伐施業,(2)長伐期施業,(3)二段林施業,(4)複層林施業, 上記施業法に該当しない高齢林分に対しては,随時環境保全型間伐を行う。 上記施業法は次の基準に基づき実施する 皆伐施業を行う林分は80年生前後とし,対象面積は学生実習,研究利用に供する最小限の2〜3ha/年とする。また,最近の測定機器の多様化等から林道に比較的近い地利級I〜II(搬出距離300m以内)を対象とする。 長伐期施業林分は林道から遠く集約的な施業の不可能な地域を選定し,強度の間伐を行い最大限の収益を得,残存立木の大径化を図る。対象面積は搬出コストの軽減を図るため3ha以上の林分とする。 二段林施業林分は林道から比較的近い地利級I〜IIの林分を対象とし面積は2ha/年前後とする。林齢は80年生以上の高齢林を対象とし,二段林造成時に強度の間伐(本数間伐率70%)を行い林床にスギ,ヒノキ苗木を植栽する。下木の植栽密度は2,000本/haの疎植とし,植栽木間の成育競争を避ける。 複層林施業地は林道に最も近い林分または搬出路を開設し車両系による搬出可能な林分とし最も集約的な施業を行う。本施業法は高齢林を単木的に随時ぬき切りし跡地に数本の苗木を植栽し択伐林型に移行する。 これらの施業法を実施するにあたり間伐基準を作成した。 非皆伐施業実施上の間伐基準 1.間伐率は施業区分および対象林分に応じて本数間伐率50〜70%の範囲で実施する。 2.選木は第一に将来性の無い木(被圧木,曲がり,幹クサリ,コブ)を優先する。 3.相対樹間距離を考慮し,残存立木の樹幹の空間配置が均一になるよう配慮する。 4.地位の劣る林分は間伐率を低く,高い林分は高くする。 5.尾根沿いおよび土層の浅いところは間伐率を低くする。 6.間伐、集材時に残存立木に損傷が生じた場合は速やかに伐倒処分する。 7.架線集材の場合,搬出路線は充分広くする。 今後これらの施業法を実施するに当たり,人工林の植伐に関する労務計画を検討した。皆伐更新面積をこれまでの50%以下に縮小し,間伐林を多くしたことにより各種作業に必要な人数が大幅に減少する。各施業法が定着する第11次(2000年)後半からはこれまでの皆伐主体の施業に要した延べ人数(約1,000人/ha)の70〜80%の人数で施業が遂行できる。 以上,本研究によって千葉演習林の人工林経営計画および長伐期,複層林施業の基本方針が確立した。 |