L-グルタミン酸のナトリウム塩は現在世界中で生産され、年間生産量は100万トンに達している。製造方法は発酵法であり、発酵原料として廃糖蜜や澱粉糖化液が、窒素源としてアンモニアが、その他発酵菌の生育に必要な無機塩類が使用されているが、原料の製品への転換は30〜50%と低い。また、発酵液中には培養中の菌体増殖にともなうタンパク質や、各種代謝生産物が蓄積し、L-グルタミン酸結晶を取得した後には大量の母液を副生する。グルタミン酸発酵法の発展には、その生産収率向上と同時に副生物を環境へ放出することなく有効利用する方策を確立することが必須である。 このような背景から、本研究ではグルタミン酸発酵プロセスのクローズド・システム確立に必要な母液の有効利用法を開発し、経済的な工業プロセスを確立することを目的とした。論文は3章からなる。 第1章では甘蔗廃糖蜜を発酵原料とする晶析分離母液の飼料化について述べた。 まず、甘蔗廃糖蜜を発酵原料とするL-グルタミン酸発酵液から環境へアンモニアを排出せず、その上高収率でL-グルタミン酸を取得する方法を開発した。残存する晶析分離母液は高濃度の塩類を含んでいるため、電気透析による脱塩を検討した。電気透析では分極現象を回避するために、限界電流密度以下の電流密度による運転が必要であった。限界電流密度の決定方法として、電流量を上昇させると、電流密度と槽電圧が比例関係からずれる点が発生し、この点を限界電流密度とした。また、限界電流密度と温度・線速の影響、および無機塩類濃度および限界電流密度と電気電導度の関係を検討し、得られた知見を基に晶析分離母液の90%脱塩が可能な条件を決定した。脱塩により得られた液を脱塩濃縮液とし、離乳仔豚を用いた嗜好性試験では、対照区に比べて嗜好性が大幅に改善され、牛の場合は対照区と同等であった。14週間の豚肥育試験では、脱塩濃縮液の2〜6%添加区で日増体重、飼料摂取量とも有意に優れていたが、飼料要求率には有意な差は見られず、6%添加区では対照区よりも劣る傾向であった。また、5ヶ月間の牛肥育試験で大豆粕および尿素を対照として比較した結果では、日増体重、飼料摂取量、飼料要求率とも脱塩濃縮液5%添加区が両対照区より有意に優れていた。以上の結果から、本章に示した研究で得られた脱塩濃縮液は、豚・牛について、十分飼料原料になるものと結論した。 第2章では澱粉糖化液を原料とするL-グルタミン酸発酵母液の飼料化について述べた。 澱粉糖化液を原料とする発酵液の晶析方法としても、上記の方法を適用し、高収率でL-グルタミン酸結晶が取得できることを確認した。澱粉糖化液を原料とした場合、得られた晶析分離母液は甘蔗廃糖蜜原料に比べて含まれる無機塩類が低いため、蒸気を用いる濃縮法により脱塩率50%の脱塩濃縮液を得ることができた。この脱塩濃縮液をタンパク質含量が低いキャッサバ・チップに種々の混合比で混合して濃厚飼料として8週間の牛肥育試験を行った結果、脱塩濃縮液:キャッサバ・チップ=1:3.5で混合して濃厚飼料とした飼料で、総飼料摂取量、総タンパク質摂取量が最高となった。この飼料はタンパク質含量が約8%であり、黄色トウモロコシと同等であったので、その代替の可能性を56週間の牛肥育試験で検討した。黄色トウモロコシとの代替率50%で、総飼料要求率は対照の黄色トウモロコシ100%区より優れた結果を得た。以上の結果、澱粉糖化液を原料とする発酵液の脱塩濃縮液も、飼料原料として十分利用しうるものと結論した。 第3章では脱塩濃縮液の飼料としての実用化について述べた。 まず、脱塩濃縮液の飼料原料としての評価上必須である製品の保存性および安全性を検討し、通常の保存条件では微生物汚染に対し安定であることを示し、また、ラットによる亜急性毒性試験で、調査した範囲で脱塩濃縮液を摂取することに起因すると考えられる異常な現象は認められないことを確認した。また、脱塩濃縮液とL-リジン塩酸塩を用いて実用規模で150日間の豚肥育試験を行い、飼料要求率で評価して、肥育前期では脱塩濃縮液5%添加とL-リジン塩酸塩の併用が特に有効であること、肥育後期では、脱塩濃縮液5%添加のみで十分な効果が得られることを明らかにした。 以上要するに本論文は、L-グルタミン酸発酵液からL-グルタミン酸を高収率で取得するプロセスを開発し、副産物として生成する廃液である晶析分離母液を家畜飼料として利用する方法を開発することによって、資源を有効に利用するとともに、環境への負荷を大幅に減ずる方策を確立したもので、学術上・応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として、価値あるものと認めた。 |