学位論文要旨



No 212128
著者(漢字) 吉村,実
著者(英字)
著者(カナ) ヨシムラ,ミノル
標題(和) グルタミン酸発酵晶析分離母液の家畜飼料化に関する研究
標題(洋)
報告番号 212128
報告番号 乙12128
学位授与日 1995.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12128号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野口,忠
 東京大学 教授 荒井,綜一
 東京大学 教授 児玉,徹
 東京大学 助教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 助教授 高橋,伸一郎
内容要旨

 蛋白質を構成するアミノ酸の一つであるグルタミン酸のナトリウム塩(MSG)は現在世界中で生産され、年間生産量は100万トンにも達し、一大工業製品となっている。その大部分はうま味調味料として使われており、発酵法で製造されている。発酵原料としては廃糖蜜や澱粉糖化液が、窒素源としてアンモニア、その他発酵菌の生育に必要な無機塩類が使用されているが、投入原料に対し、製品への転嫁率は30〜50%と低い。また、発酵液中には培養中の菌体増殖にともなう蛋白質や、各種代謝生産物が蓄積し、また、グルタミン酸結晶を取得した後に大量の余剰アンモニア等を含む母液を副生している。グルタミン酸発酵法の発展には、その生産収率の向上と同時に副生物を環境へ放出することなく有効利用する継続的検討が必要である。アルコール発酵の場合には、その副生母液の利用について系統的研究がなされてきたが、グルタミン酸発酵では、有用資源としての潜在的な可能性はあるものの、系統的研究は少ない。

 本研究の目的はグルタミン酸発酵プロセスのクローズド・システム確立に必要な母液の有効利用を検討し、経済的な工業プロセスを確立することにある。具体的には1)甘蔗廃糖蜜を原料とするL-グルタミン酸発酵プロセスで、環境へアンモニアを飛散させずL-グルタミン酸を高い収率で取得する方法を開発し、得られた晶析分離母液を飼料として利用することにある。先ず、母液に含まれる無機塩類の脱塩方法として、電気透析法を用い、電気透析での至適脱塩条件を確立し、次いで得られた脱塩濃縮液の家畜飼料への利用可能性を検討した。2)澱粉糖化液を発酵原料とする場合の発酵液からL-グルタミン酸結晶を取得する方法を、1)と同様の方法で検討した。得られた晶析分離母液には、発酵原料が甘蔗廃糖蜜に比べて原料由来の無機塩類が少ないので、脱塩方法として蒸気を用いる濃縮法を検討した。脱塩濃縮液を蛋白質含有量の少ない澱粉原料であるキャッサバ・チップに混合して含有蛋白質量を高め、通常高蛋白質飼料原料として使用されるトウモロコシとの代替可能性を検討した。3)脱塩濃縮液を家畜飼料として実用化するのに必要な保存性およびラットによる亜急性毒性試験での安全性を、また、脱塩濃縮液を豚用飼料に添加して消化率の改善効果および制限アミノ酸である塩酸L-リジンを飼料に添加した場合の飼料効率の改善効果について各々検討した。

1)甘蔗廃糖蜜を発酵原料とする晶析分離母液の飼料化

 甘蔗廃糖蜜を原料とするL-グルタミン酸発酵液から環境ヘアンモニアを排出せず、その上高収率でL-グルタミン酸結晶を取得する方法を開発した(図1前段)。発酵液中に残存するアンモニアはほぼ100%晶析分離母液に回収した。残存する晶析分離母液は高濃度の塩類を含んでおり、電気透析による脱塩を検討した。電気透析プロセスの課題はいかに分極現象を回避するかにある。そのためには使用電流密度を制御することが必要であり、限界電流密度を実験的に測定する必要がある。電気透析で電流量を上昇させると、最初は電流密度と槽電圧が比例関係を示すが、ある点で直線からずれる点が発生する(図2)。この点を限界電流密度とした。また、限界電流密度は温度条件に左右され、温度が高いほど限界電流密度は上昇し、高電流密度運転が可能であることがわかった。被電気透析液の線速の限界電流密度に対する影響は少なく、また、無機塩濃度と限界電流密度は被電気透析液の電気電導度に比例した。以上の知見を基に晶析分離母液の90%脱塩が可能な条件を決定した。得られた90%脱塩濃縮液は粗蛋白質を20%以上含有しており、TDN、DCPはそれぞれ37.1、12.8(豚)であった。マウスによる急性毒性試験結果より安全であると評価した。離乳仔豚を用いた嗜好性試験では、脱塩濃縮液を3%添加すると対照の離乳仔豚飼料区に比べ1.8倍の摂取量を示し、嗜好性が大幅に改善された。同様に牛の場合、脱塩濃縮液5%添加で飼料摂取量は無添加の対照区と同等であった。70日令より14週間の豚肥育試験では、脱塩濃縮液の2〜6%添加区で日増体重、飼料摂取量とも有意に優れていたが、飼料要求率には有意な差は見られず、6%添加区では対象区よりも劣る傾向であった。牛肥育試験の場合、10ヶ月令より約5ヶ月間肥育して大豆粕および尿素を対象として比較した結果では、日増体重、飼料摂取量、飼料要求率とも脱塩濃縮液5%添加区が両対照区より有意に優れていた。このことより、脱塩濃縮液の添加量は5%以下が適当であり、添加された脱塩濃縮液の窒素は有効に利用されると考えられる。

2)澱粉糖化液を原料とするL-グルタミン酸発酵母液の飼料化

 澱粉糖化液を原料とする発酵液の晶析方法として、上記の方法(図1前段)を適用し、高収率でL-グルタミン酸結晶を取得できることを確認した。本法は発酵原料のいかんにかかわらず環境に負荷を与えない方法であることを確認した。得られた晶析分離母液は甘蔗廃糖蜜原料に比べて含まれる無機塩類が40〜50%であり、蒸気を用いる濃縮法による脱塩が有利と判断し、脱塩率50%の脱塩濃縮液を得た。この脱塩濃縮液を蛋白質含量が低いキャッサバ・チップに混合し、混合比1:3.5の飼料は8週間の牛肥育試験(2年令去勢牛を使用)で、総飼料摂取量、総蛋白質摂取量において最高となった。この区では蛋白質含有量は約8%であり黄色トウモロコシと同等であったので、その代替の可能性を56週間の牛肥育試験(2.5年令去勢牛を使用)で検討した。黄色トウモロコシとの代替率50%で、濃厚飼料要求率、粗飼料要求率、総飼料要求率はそれぞれ91、88、90となり、対照の黄色トウモロコシ100%飼料区より有意に優れていた(表1)。

図表図1 甘蔗廃糖蜜を原料とするL-グルタミン酸発酵液からのL-グルタミン酸分離と晶析分離母液から電気透析による脱塩濃縮液の製造工程図 (F-G:L-グルタミン酸、T-N:〓窒素) / 図2 被電気透析液の限界電流密度と槽電圧の関係 Du-Ob型電気透析装置で、試料室(脱塩室)9室,透析液室10室、〓室2室、有効膜面積は2.09dm2/枚、各室膜間隔2.0mm。試料液(被電気透析液)の液性はCl-濃度110g/l、pH3.2、可溶性懸濁物濃度0.2%以下であった.
3)脱塩濃縮液の飼料としての実用化

 脱塩濃縮液の飼料評価に必須である保存性を検討した。通常の保存条件では微生物汚染に対し安定であり、また、ラットによる亜急性毒性試験と栄養試験では、一般症状、飼料摂取量、尿検査、血液化学的検査、臓器重量、解剖所見等で脱塩濃縮液を摂取することに起因すると考えられる異常な現象は認められなかった。脱塩濃縮液を豚用飼料に添加し、次に塩酸L-リジンを添加することによる消化率および飼料効率の改善効果を150日間の豚肥育試験(60日令豚を使用)で検討した結果では、肥育前期(60日)には脱塩濃縮液5%添加区で日増体重は対照区に比べ14%増加し、飼料要求率も有意に減少した。しかし、肥育後期では日増体重は対照区と同等であった。脱塩濃縮液10%添加では肥育前・後期とも5%添加区よりも日増体重、飼料要求率で劣る傾向が見られた。次に脱塩濃縮液5%に塩酸L-リジンを添加すると、日増体重への効果は塩酸L-リジン無添加に比べ大幅に増加したが、飼料要求率では顕著な効果は見られなかった(図3)。粗蛋白質、粗脂肪、粗繊維の消化率は、脱塩濃縮液を5%添加すると向上し、その上塩酸L-リジンを添加するとさらに顕著に向上した(表2)。尿中窒素排出に与える影響の検討から、脱塩濃縮液に塩酸L-リジンを添加すると排出窒素は大幅に減少した。リジン不足が解消されれば、体内の蛋白質合成、腸管における消化吸収も高まるのではないかと推察した(表3)。

図表表1 日増体重、調料要求率 / 図3 肥育全期間中の日増体重、飼料要求率 肥育期間:150日 □―□:日増体重(リジン無添加)■―■:日増体重(リジン添加) ○……○:飼料要求率(リジン無添加) ●……●:飼料要求率(リジン添加) / 表2 脱塩濃縮液と塩酸L-リジン添加が消化率に与える影響表3 脱塩濃縮液と塩酸L-リジン添加が尿中の窒素排出に与える影響

 本論文では甘蔗廃糖蜜、澱粉糖化液を主原料とするL-グルタミン酸発酵液から環境に負荷を与えることなく、L-グルタミン酸を高収率で取得するプロセスを開発し、それより得られる晶析分離母液を脱塩した脱塩濃縮液の家畜飼料としての評価を行ったところ、飼料効率の改善に有効であり、肥育牛飼料としては大豆、尿素に匹敵する窒素源となりうること、および肥育豚飼料としては制限アミノ酸である塩酸L-リジンの添加により飼料効率の大幅な改善が期待できるとの知見を得た。このことからL-グルタミン酸発酵液よりの副生物を最大限利用した経済的工業プロセスを確立した。この知見を基に、現在米国、欧州で年間数万トンのL-グルタミン酸発酵母液が飼料として使用されており、また、他のアミノ酸発酵母液、特にリジン発酵母液にも応用できる端緒を見出した。

審査要旨

 L-グルタミン酸のナトリウム塩は現在世界中で生産され、年間生産量は100万トンに達している。製造方法は発酵法であり、発酵原料として廃糖蜜や澱粉糖化液が、窒素源としてアンモニアが、その他発酵菌の生育に必要な無機塩類が使用されているが、原料の製品への転換は30〜50%と低い。また、発酵液中には培養中の菌体増殖にともなうタンパク質や、各種代謝生産物が蓄積し、L-グルタミン酸結晶を取得した後には大量の母液を副生する。グルタミン酸発酵法の発展には、その生産収率向上と同時に副生物を環境へ放出することなく有効利用する方策を確立することが必須である。

 このような背景から、本研究ではグルタミン酸発酵プロセスのクローズド・システム確立に必要な母液の有効利用法を開発し、経済的な工業プロセスを確立することを目的とした。論文は3章からなる。

 第1章では甘蔗廃糖蜜を発酵原料とする晶析分離母液の飼料化について述べた。

 まず、甘蔗廃糖蜜を発酵原料とするL-グルタミン酸発酵液から環境へアンモニアを排出せず、その上高収率でL-グルタミン酸を取得する方法を開発した。残存する晶析分離母液は高濃度の塩類を含んでいるため、電気透析による脱塩を検討した。電気透析では分極現象を回避するために、限界電流密度以下の電流密度による運転が必要であった。限界電流密度の決定方法として、電流量を上昇させると、電流密度と槽電圧が比例関係からずれる点が発生し、この点を限界電流密度とした。また、限界電流密度と温度・線速の影響、および無機塩類濃度および限界電流密度と電気電導度の関係を検討し、得られた知見を基に晶析分離母液の90%脱塩が可能な条件を決定した。脱塩により得られた液を脱塩濃縮液とし、離乳仔豚を用いた嗜好性試験では、対照区に比べて嗜好性が大幅に改善され、牛の場合は対照区と同等であった。14週間の豚肥育試験では、脱塩濃縮液の2〜6%添加区で日増体重、飼料摂取量とも有意に優れていたが、飼料要求率には有意な差は見られず、6%添加区では対照区よりも劣る傾向であった。また、5ヶ月間の牛肥育試験で大豆粕および尿素を対照として比較した結果では、日増体重、飼料摂取量、飼料要求率とも脱塩濃縮液5%添加区が両対照区より有意に優れていた。以上の結果から、本章に示した研究で得られた脱塩濃縮液は、豚・牛について、十分飼料原料になるものと結論した。

 第2章では澱粉糖化液を原料とするL-グルタミン酸発酵母液の飼料化について述べた。

 澱粉糖化液を原料とする発酵液の晶析方法としても、上記の方法を適用し、高収率でL-グルタミン酸結晶が取得できることを確認した。澱粉糖化液を原料とした場合、得られた晶析分離母液は甘蔗廃糖蜜原料に比べて含まれる無機塩類が低いため、蒸気を用いる濃縮法により脱塩率50%の脱塩濃縮液を得ることができた。この脱塩濃縮液をタンパク質含量が低いキャッサバ・チップに種々の混合比で混合して濃厚飼料として8週間の牛肥育試験を行った結果、脱塩濃縮液:キャッサバ・チップ=1:3.5で混合して濃厚飼料とした飼料で、総飼料摂取量、総タンパク質摂取量が最高となった。この飼料はタンパク質含量が約8%であり、黄色トウモロコシと同等であったので、その代替の可能性を56週間の牛肥育試験で検討した。黄色トウモロコシとの代替率50%で、総飼料要求率は対照の黄色トウモロコシ100%区より優れた結果を得た。以上の結果、澱粉糖化液を原料とする発酵液の脱塩濃縮液も、飼料原料として十分利用しうるものと結論した。

 第3章では脱塩濃縮液の飼料としての実用化について述べた。

 まず、脱塩濃縮液の飼料原料としての評価上必須である製品の保存性および安全性を検討し、通常の保存条件では微生物汚染に対し安定であることを示し、また、ラットによる亜急性毒性試験で、調査した範囲で脱塩濃縮液を摂取することに起因すると考えられる異常な現象は認められないことを確認した。また、脱塩濃縮液とL-リジン塩酸塩を用いて実用規模で150日間の豚肥育試験を行い、飼料要求率で評価して、肥育前期では脱塩濃縮液5%添加とL-リジン塩酸塩の併用が特に有効であること、肥育後期では、脱塩濃縮液5%添加のみで十分な効果が得られることを明らかにした。

 以上要するに本論文は、L-グルタミン酸発酵液からL-グルタミン酸を高収率で取得するプロセスを開発し、副産物として生成する廃液である晶析分離母液を家畜飼料として利用する方法を開発することによって、資源を有効に利用するとともに、環境への負荷を大幅に減ずる方策を確立したもので、学術上・応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として、価値あるものと認めた。

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