学位論文要旨



No 212129
著者(漢字) 黒田,久雄
著者(英字)
著者(カナ) クロダ,ヒサオ
標題(和) 流出負荷予測モデルに関する研究
標題(洋)
報告番号 212129
報告番号 乙12129
学位授与日 1995.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12129号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田渕,俊雄
 東京大学 教授 中野,政詩
 東京大学 教授 中村,良太
 東京大学 助教授 宮崎,毅
 東京大学 助教授 山路,永司
内容要旨

 近年、閉鎖性水域における富栄養化現象が大きな問題となっている。その原因の一つとして面源由来の栄養塩類の流入比率の増加があげられる。しかし、林地、畑地、水田等の面源からなる集水域からの栄養塩類の流出状況を綿密に調査した報告は少ない。それは、降水時に流出負荷量は大きく変動するので、測定には大変な労力を必要とするからである。さらに、流出負荷量調査においては、流量測定は連続観測が可能であるが、窒素やリンなどの水質の連続測定は不可能であるためである。それゆえ、ある限られた数のデータを用いて面源からの流出負荷量を推定せざるをえないのが現状である。そこで、モデルを用いた集水域からの流出負荷量推定方法の開発が望まれている。

 この課題の究明のために本研究は、面源主体の集水域である森林集水域と農業集水域において時間的に密な流出負荷量連日調査から流出状況を明らかにすることと、その結果をもとに簡便なNO3-N日流出負荷量を予測する水質モデルの開発を行うことを目的として行ったものである。

 第I章「序論」では、本研究の目的および既往の研究について述べた。その中で、日単位での流出負荷量の推定が必要になっていることについて述べた。また、今までのモデルの多くが、実測値の少ないデータを用いて解析を行っている場合が多く、客観的な判断基準が示されていない報告が多いことについて述べた。

 第II章「流出負荷予測モデルの提案」では、NO3-N日流出負荷量を推定する方法として、タンクモデルを用いた流出負荷予測モデルの提案を行った。本モデルは、降水量と蒸発散量から流出負荷量を推定しようとするモデルである。流出負荷量の推定方法は、2とおりの方法を用いた。第一の方法は、タンクモデルで計算した流量をLQ式に代入し流出負荷量を推定するLQ式法である。LQ式とは、流量と流出負荷量の関係式のことである。LQ式は、直線型と曲線型の2種類を用いた。これは、LQ式を作成するデータの測定頻度が、流出負荷量の推定結果に大きな影響を与えることがわかっているからである。そして直線型と曲線型それぞれについて全観測期間で一つのLQ式を作成する場合と月別にLQ式を作成する場合の合計4種類のLQ式を用いて解析を行うこととした。第二の方法は、タンクモデルの各タンク流出孔に各層に対応する濃度係数を用いる濃度係数法である。濃度係数は、モデルの簡便化のために係数を定数扱いすることにした。そして、モデル作成の客観性確立のために、同定方法に2誤差評価基準値を用いることを提案した。また、モデルの評価方法として、今まで行われてきた計算値と実測値をポリュートグラフ上で判断することから、全期間のズレを評価するための収支誤差率と個々のズレを評価するための相対誤差率の2とおりの誤差率を用いることで、客観性を持った誤差評価方法を提案した。

 第III章「流出負荷量の精密調査結果」では、森林集水域と農業集水域(非潅概期と潅概期)についての調査結果の解析を行った。調査は集水域末端において、自記水位計と自動採水器を設置し、6時間間隔の連日調査をのべ2年間行った。この調査結果から、各水質の流出状況の特徴を以下に要約する。森林小集水域の調査結果からは、平常時重み付平均濃度がNO3-Nで0.5mg/l、T-Nで0.7mg/l、SSで6mg/lと低いが、流量の増大にともなって濃度が上昇する傾向があることがわかった。比負荷量は、NO3-Nで3.7kg/ha・yr、T-Nで6.8kg/ha・yr、SSで265kg/ha・yrであった。農業集水域(非潅漑期)では、10月から3月の6カ月間での平均NO3-N濃度は5.7mg/l、比負荷量は66mg/s・km2、T-N濃度は7.2mg/l、比負荷量88mg/s・km2であった。農業集水域(潅漑期)では、各成分とも非潅漑期に比べて同一流量に対する負荷量が減少する傾向があった。これは水田への潅漑が流出負荷量を抑制したためとみられる。4〜9月の6カ月間のT-Nの全流出負荷量は19kg/haであり、その大部分がNO3-Nであった。この農業集水域では、台地上の多肥作物を栽培している畑地の影響が大きいことがわかった。

 第IV章「タンクモデルによる流出負荷量予測と評価」では、第III章で得られたデータを日換算し各集水域ごとに流出負荷予測モデルを作成し、その精度について考察した。森林集水域の流出負荷予測モデルの中心部には、直列4段タンクモデルを採用した。農業集水域においては、谷津田地形を考慮に入れて台地タンクと低地タンクに分けた。そして、非権漑期は、2つに分けたタンクを並列に配置した並列型モデルとし、潅漑期は、直列型に配置した直列型モデルを作成した。また、非潅漑期については、モデルの簡便化のために、台地タンクと低地タンクの段数を変えることによる精度の違いについての考察も行った。潅漑期では、濃度係数法に水田の持つ水質浄化機能を組み込んだモデルを提案した。

 両集水域の共通した解析結果からは、流出負荷量の推定に流出水量の解析結果が大きく影響するので、できるだけ正確な流出水量の解析をしておく必要があることがわかった。森林集水域のモデル解析の結果からは、以下のことがわかった。LQ式法は、収支誤差率を-5%以内、相対誤差率を20%程度で推定することができた。濃度係数法は、季節変動を考慮すれば収支誤差率を-5%以内で、相対誤差率は20%以下で推定できた。非潅漑期の農業集水域モデルの解析結果からは、LQ式法は、収支誤差率±3%以内で推定できた。相対誤差率は、月別LQ式法で約15%程度で推定できた。全期間LQ式法は、月別に比較して7〜8%程度推定精度が悪かった。濃度係数法は、収支誤差率-3.3%、相対誤差率約15%程度で推定ができた。モデルの段数を変えてみた結果、4+2段モデルと2+2段モデルとの差はわずかであり、2+2段モデルでの推定でも十分な精度をあげられることがわかった。しかし、1+1段モデルは精度上問題があり実用的ではないことがわかった。潅漑期モデルは、LQ式法では、月別直線型LQ式での推定が最もよく、人為的影響の大きな5月〜8月の潅漑期間でも、収支誤差率-2.6%、相対誤差率で18.8%で推定できた。他のLQ式法も、実測流量を用いて推定する程度の誤差で推定は可能であり、その意味では十分実用に耐えると思われる。濃度係数法はLQ式法に比較して誤差が大きく、潅漑期間の使用は難しいと思われる。これは、人為的な施肥、中干しや落水などの栽培管理体系を定数で組み込むことが難しいからであると思われる。また、濃度係数法に水田水質浄化機能を組み込むことにより、モデルの発展性の考察を行ったが、田面などの不均一性が精度に影響を与えていることがわかった。

 第V章「流出負荷予測モデルの応用例」では、前章で作成したモデルを用い、応用例の一つとして過去30年間の長期間流出負荷量の推定を行った。これは、降水量の変動による流出負荷量の変動が求められているからである。そこで,本モデルは降水量と蒸発散量から流出負荷量の推定を行えるので、特定地域の降水量記録を用い流出負荷量の年変動について考察を行った。用いた流出負荷量推定方法は、月別直線型LQ式法である。前章で最も安定性がよかったためにそれを用いることにした。長期解析による森林集水域の計算結果では、流出負荷量の最大値と最小値の比は11倍、変動係数は42.8%で降水量の変動係数16.9%よりも大きく、変動が大きかった。農業集水域の計算結果では、最大値と最小値の比は1.7倍、変動係数は11.6%で降水量の変動係数16.9%よりも小さく、変動が小さかった。また、モデルの計算結果から、降水量比例換算値では表せない年次間にわたる降水量の変動の影響も表すことができることを示した。

 第VI章「結論と今後の課題」では、以上の内容を要約した後、今後の課題について述べた。

本研究に関する研究論文第III章に関する研究論文

 1)森林小集水域における流出水の濃度と流出負荷、農土論集154、pp.25〜35(1991)

 2)非潅漑期の農業集水域からの流出水の窒素濃度と負荷、農土論集154、pp.45〜53(1991)

 3)潅漑期の農業集水域からの流出水の水質と負荷特性、農土論集154、pp.55〜64(1991)

 4)台地と谷津田の農業集水域の窒素流出構造、農土論集154、pp.65〜72(1991)

 5)LQ式による流出負荷量算出に与える測定頻度の影響、農土論集164、pp.1-9(1993)

 6)The relation between landuse and NO3-N outflow from catchment area IAWPRC(1991)

第IV章に関する研究論文

 7)森林地区のNO3-N日流出負荷量の推定、農土論集、168、pp.31〜36、(1993)

 8)非潅漑期農業地区からのNO3-N日流出負荷量の推定、農土論集(投稿中)

 9)The tank model for nitrate-N daily load from agricultural area IAWQ(1994)

 10)潅漑期農業地区からのNO3-N日流出負荷量の推定、農土論集(投稿準備中)

審査要旨

 近年,閉鎖性水域における富栄養化現象が大きな問題となっている。しかし,林地,畑地,水田等の面源からなる集水域からの栄養塩類の流出状況を綿密に調査した報告は少ない。また面源からの流出負荷量推定方法の早急な開発が望まれている。本研究は,森林集水域と農業集水域において時間的に密な流出負荷量連日調査から流出状況を明らかにすることと,その結果をもとに日流出負荷量を予測する水質モデルの開発を目的として行ったものである。

 論文は6章からなり,以下のようなものである。

 第I章「序論」では,本研究の目的および既往の研究について述べた。その中で,日単位での流出負荷量の推定が必要になっていることと,今までのモデルの多くが,実測値の少ないデータを用いて解析を行っている場合が多く,客観的な判断基準が示されていない報告が多いことについて述べた。

 第II章「流出負荷予測モデルの提案」では,タンクモデルを用いた流出負荷予測モデルの提案を行った。第一の方法は,タンクモデルで計算した流量をLQ式に代入して流出負荷量を推定するLQ式法である。LQ式とは,流量と流出負荷量の関係式のことである。第二の方法は,タンクモデルの各タンク流出孔に各層に対応する濃度係数を用いる濃度係数法である。

 第III章「流出負荷量の精密調査結果」では,森林集水域と農業集水域(非灌漑期と潅漑期)についての調査結果の解析を行った。調査は,自記水位計と自動採水器を設置し,6時間間隔の連日調査をのべ2年間行った。森林小集水域の調査結果からは,平常時重み付平均濃度がNO3-Nで0.5mg/lと低いが,流量の増大にともなって濃度か上昇する傾向があることがわかった。比負荷量は,NO3-Nで3.7kg/ha・yrであった。農業集水域(非灌漑期)では,10月から3月の6ヵ月間での平均NO3-N濃度は5.7mg/l,比負荷量は66mg/s・km2であった。農業集水域(灌漑期)では,各成分とも非灌漑期に比べて同一流量に対する負荷量が減少する傾向があった。これは水田への灌漑が流出負荷量を抑制したためとみられる。

 第IV章「タンクモデルによる流出負荷量予測と評価」では,第III章で得られたデータを日換算し各集水域ごとに流出負荷予測モデルを作成し,その精度について考察した。両集水域の共通した解析結果からは,流出負荷量の推定に流出水量の解析結果が大きく影響することがわかった。森林集水域のモデル解析の結果からは,LQ式法は,収支誤差率を-5%以内,相対誤差率を20%程度で推定することができた。濃度係数法は,季節変動を考慮すれば収支誤差率を-5%以内で,相対誤差率は20%以下で推定できた。非灌漑期の農業集水域モデルの解析結果からは,LQ式法は,収支誤差率±3%以内で推定できた。相対誤差率は,月別LQ式法で約15%程度で推定できた。灌漑期モデルは,LQ式法では,人為的影響の大きな5月〜8月の潅漑期間でも,収支誤差率-2.6%,相対誤差率で19.8%で推定できた。

 第V章「流出負荷予測モデルの応用例」では,前章で作成したモデルを用い,応用例の一つとして過去30年間の長期間流出負荷量の推定を行った。森林集水域の計算結果では,流出負荷量の最大値と最小値の比は11倍,変動係数は42.8%で降水量の変動係数16.9%よりも大きく,変動が大きかった。農業集水城の計算結果では,最大値と最小値の比は1.7倍,変動係数は11.6%で降水量の変動係数16.9%よりも小さく,変動が小さかった。

 第VI章「結論と今後の課題」では,以上の内容を要約した後,今後の課題について述べた。

 以上を要するに,本論文は農業および森林の集水域からの窒素の流出について詳細に調べ,その流出特性を明らかにするとともに流出モデルを作成し,日単位の流出負荷量の予測を可能にした。このことは水質水文学の発展に寄与し,湖沼の水質保全計画立案上の技術的課題の解決に多大の貢献をした。よって審査員一同は,本論文は博士(農学)の学位を与える価値があるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50926