学位論文要旨



No 212132
著者(漢字) 西尾,裕幸
著者(英字)
著者(カナ) ニシオ,ヒロユキ
標題(和) モルモット表皮に存在するエステルセレブロシドに関する化学的研究
標題(洋)
報告番号 212132
報告番号 乙12132
学位授与日 1995.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12132号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,謙治
 東京大学 教授 室伏,旭
 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 助教授 渡辺,秀典
内容要旨

 本論文は、モルモット表皮に存在するエステルセレブロシドに関する化学的研究に関するものであり三章よりなる。

 スフィンゴ糖脂質は、細胞膿の構成成分として生体内に広く分布し、細胞の分化、増殖、免疫などの生命現象に大きな役割を果たしている事が明らかになってきた。また、動物以外の海洋生物や植物からも多数の化合物が単離されており、その構造のみならず生物活性の画からも大いに興味が持たれている。一方、哺乳類の皮膚中にも角質細胞間脂質の一成分として存在し、水分保持、角質細胞の接着に関与し、健康な皮膚を保つ上で重要な役目を果たしている。しかしながら、組成や構造の特異性、多様性に加え微量成分であることが、細胞レベルでの研究を困難なものにしている。

 著者は、皮膚におけるスフィンゴ糖脂質の機能解明研究への貢献を目的として以下の研究を行った。

 第一章では、モルモットの足底部表皮に特異的に存在するエステルセレブロシドの合成について述べる。この物質は、角質分化促進作用を呈する事が明らかにされており、推定構造は1とされている。

 長鎖塩基部分[スフィンゴシン(3)]は、(S)-セリン(2)を出発原料として、既知の合成方法に従い合成した。3のアミノ基をトリフルオロアセチル基で保護した後、トリチル化、ベンゾイル化、脱トリチル化の3段階の反応を経て4へと導いた。次いで、アセトブロモグルコースを用いてグルコシル化を行い、さらに保護基を外して5を得た。また、-ヒドロキシ酸7はトリデンカンニ酸(8)から出発する方法と臭化アリル(9)から出発する方法の二通りの方法で合成した。7はリノール酸エステルとした後、活性化エステル10へと導いた。最後に10による5のN-アシル化を行い合成目的化合物1を得る事が出来た。しかしながら、合成した1の1H-NMRスペクトルはモルモットの表皮由来のものと一致しなかった。このことより提唱されていたエステルセレブロシドの構造は間違っていた事が判明した。

 

 第二章では、モルモット表皮に存在するエステルセレブロシドの構造再確認に関する研究について述べる。モルモット表皮由来品の1H-NMRスペクトルを再度検討したところ、長鎖塩基部あるいは-ヒドロキシ脂肪酸部に二重結合があるのではないかと予想された。そこでまず、分子量を知る為にFABMSを測定したところ、提唱されていた構造よりも質量数が大きい一連の14質量差(CH2)を有する[M+Na]+イオンが検出された。また、HPLC分析を行ったところ、10成分以上の存在が確認された。このことよりモルモット表皮中のエステルセレブロドは単一成分ではなく分子種が存在することが示唆された。そこでエステルセレブロシドをアルカリ加水分解及びメタノリシスによって各構成成分に分解し、それらについて各種分析機器を使用し分析した結果、エステル結合した脂肪酸、糖及び長鎖塩基部はそれぞれリノール酸(主成分)、グルコース,4-スフィンゲニンであり提唱されていた構造通りであった。一方、-ヒドロキシ酸部についてTMS誘導体化しGC分析を行ったところ3ピークが検出され、GC/MSにより各成分はいずれも二重結合を一つずつ有する炭素数が32、33、34の-ヒドロキシ脂肪酸であることが明らかとなった。更に、-ヒドロキシ脂肪酸の二重結合の位置を決定する為に過ヨウ素酸カリウム-過マンガン酸カリウム処理を行った結果、数種類存在する-ヒドロキシ脂肪酸のひとつが11であることが判明した。以上のことから、モルモット表皮中における12の構造を有するエステルセレブロシドの存在が明らかになった。エステルセレブロシド12はブタや人の皮膚からも単離されており、哺乳類表皮に広く分布している物質である可能性は極めて高いと考えれる。

 

 第三章では、第二章で構造決定されたモルモット表皮に存在するエステルセレブロシド12の効率的合成について述べる。12の合成については、ヒトの表皮由来のエステルセレブロシドの合成として既に報告されているが、最後の2工程(-ヒドロキシ酸とリノール酸の結合及びグルコシルスフィゴシン5のN-アシル化)の収率が低い事が欠点として挙げられる。12は第一章でその合成について述べた1とは-ヒドロキシ酸部分の構造のみが異なるだけなのでまずこの部分を合成した。1,12-ドデカンジオール(13)を出発原料として、Grignard反応により炭素鎖を延長し14を得た後、脱保護を行い、最後にPCCで酸化しアルデヒド15を得た。一方、1,9-ノナンジオール(16)を臭化物17へと導いた後、Wittig反応により15とのカップリングを行い-ヒドロキシ酸部分に相当する18を得た。次いで第一章で得た知見に準じて18を活性化エステルとした後、リノール酸エステル19へと導いた。最後に、グルコシルスフィンゴシン(5)との選択的N-アシル化を行い合成目的化合物12を得た。既知の方法では、15から5段階の反応を経て12.3%の収率で12を得ているが、本合成方法では6段階、収率30.3%で得る事が出来た。

 

 以上著者は、モルモット表皮に存在するエステルセレブロシドのひとつについて構造を推定し、合成によってその構造を確認した。

審査要旨

 本論文は、角質分化促進作用を有する長鎖エステル型スフィンゴ糖脂質の構造と合成に関するもので3章よりなる。スフィンゴ糖脂質は、細胞膜の構成成分として生体内で多様な機能を発現していることが明らかになってきた。哺乳類の皮膚中にも存在し、水分保持、角質細胞の接着など重要な役割を持つが、分子レベルでの研究は物質の多様性や微量なるが故に未だ充分ではない。著者はこの点に着目し、皮膚におけるスフィンゴ糖脂質の機能解明研究への貢献を目的として以下の研究を行った。

 序論で本研究の背景と意義について概説した後、第一章では、モルモットの足底部表皮に特異的に存在するエステルセレブロシドの合成について述べている。この物質は、角質分化促進作用を有する事が明らかにされており、推定構造は1とされていた。長鎖塩基部分[スフィンゴシン3]は(S)-セリン2を出発原料として既知の合成方法に従い合成した後、3段階の反応を経て4へと導いた。次いでグルコシル化を行い、さらに保護基を除去して5を得た。一方、-ヒドロキシ酸7はトリデンカン二酸8から出発する方法と臭化アリル9から出発する方法の二通りの方法で合成した。7をリノール酸エステルとした後、活性化エステル10へと導き、5のN-アシル化を行い目的化合物1を得た。

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 しかしながら、合成した1の1H-NMRスペクトルはモルモットの表皮由来のものと一致しなかった。このことより提唱されていたエステルセレブロシドの構造は間違っていた事が判明した。

 第二章では、モルモット表皮に存在するエステルセレブロシドの構造再検討の結果について述べている。モルモット表皮由来品の1H-NMRスペクトルを精査したところ、長鎖塩基部あるいは-ヒドロキシ脂肪酸部に二重結合の存在が示唆された。

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 まず、質量分析、HPLC分析を行った結果、モルモット由来エステルセレブロシドは提唱されていた構造よりも質量数が大きく、単一成分ではなく複数成分の存在が明確になった。そこでエステルセレブロシドを加水分解により各構成成分に分解し、それらについて各種機器分析により検討した結果、エステル結合した脂肪酸、糖及び長鎖塩基部はそれぞれリノール酸(主成分)、グルコース,4-スフィンゲニンであり、提唱されていた構造通りであった。一方、-ヒドロキシ酸部は二重結合を一つ有する数成分の存在が確認され、その中のひとつが11であることが判明した。以上から、モルモット表皮中に12の構造を有するエステルセレブロシドの存在が明らかになった。

 第三章では、第二章で構造決定されたモルモット表皮に存在するエステルセレブロシド12の効率的な合成について述べている。12は第一章で述べた1とは-ヒドロキシ酸部分の構造のみが異なるだけなので、まずこの部分を合成した。1,12-ドデカンジオール13を出発原料としてGrignard反応により炭素鎖を延長し14を得た後、脱保護を行い、PCCで酸化しアルデヒド15を得た。一方、1,9-ノナンジオール16を臭化物17へと導いた後、Wittig反応により15とのカップリングを行い-ヒドロキシ酸部分に相当する18を得た。次いで第一章で得た知見に準じて18を活性化エステル19へと導いた。最後に、グルコシルスフィンゴシン5との選択的N-アシル化を行い目的化合物12を15より6段階、収率30.3%で得た。合成品は天然物と完全に一致した。

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 以上本論文は、モルモット表皮に存在し角質分化促進作用を持つエステルセレブロシドの合成研究を通じてその提出構造の誤りを発見し、構造の再検討により天然物が複合成分であることを明らかにするとともにそのうちの一種の構造を推定し、合成によってその構造を確定する事に成功したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は申請者にの博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。

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