審査要旨 | | ウシの発情周期中の黄体期には,最終的に排卵には至らない大型卵胞の発育が起きることが知られていた。一方ラット,また霊長類では,卵胞期にしか大型卵胞の発育は起こらず,この卵胞が排卵に至ることが知られている。ウシがこのように独特な機構を持つことは,その事実自体が最近の知見で,本論文が,褐毛和種・黒毛和種でその事実を確定させたこと自体が既に評価に価する内容である。ウシの生殖現象を制御することは,獣医学,畜産学の分野では高い実用的価値を持ち,そのための基礎的知見として,本論文が目指したウシの卵胞発育機構の解明は最も重要な課題の一つである。 問題の解明に当たって,インヒビンに焦点をあてたことは適切な選択である。すなわち,卵胞発育は第一義的に下垂体ホルモンの卵胞刺激ホルモン(FSH)により制御されているが,近年ラット等を用いた実験から,さらにこのFSHの分泌が卵胞から分泌されるインヒビンによって強く抑制されることが知られるようになり,その機構の解析はインヒビンの関与を除いては語れないからである。 論文は3章からなり,第1,2章の緒論,実験材料と方法に続いて,第3章ではまずウシにおけるインヒビン測定法の検討後,末梢血中のインヒビン濃度の発情周期,成熟に伴う変化を性腺刺激ホルモン,性ステロイドホルモンの濃度変化と共に測定し,さらに,過剰排卵誘起処置,抗血清投与処置に引き続く変化を併せて検討することによって,末梢インヒビン濃度とFSH分泌との関連を検討している。この間,超音波断層診断装置を適宜使用して,卵胞の形態学的消長との関連を検討している。 その結果,出生直後の末梢血中には高濃度のインヒビンとFSHが存在し,性成熟に達するまで両者は徐々に低下し,負の相関を示さないことが示された。しかし,性成熟後,卵巣に大型卵胞が出現した後には,何れの時期,条件においても,両者には明確な負の相関があり,FSH分泌抑制にインヒビンが主体的な役割を演じていることを見い出した。 発情周期中に卵胞発育の波は3回観察された。第3次の発育波は卵胞期に見られ,そのうちの主席卵胞(一群の発育しつつある卵胞の中で,次第に他より大型化し,かつ機能を維持し続ける卵胞)が排卵に至るもので,ラット,ヒト等に見られる発育波に相当するものであった。第3次発育波に先だって,第1・2次発育波が黄体期に観察され,ウシ独特のものであった。第1次発育波では卵胞の発育に伴って末梢血中のインヒビン及びエストロジェン濃度が上昇すると,FSH分泌が抑制され,主席卵胞以外の下位の卵胞の退行をもたらした。この間黄体機能の亢進により,末梢血中プロジェステロンが高値に達し,これがGn RHパルスジェネレーターに作用してLHの分泌を抑制することで第1次発育波の主席卵胞は退行過程に入るものと論議している。そして,第1次発育波の主席卵胞の退行によってインヒビンが低下するとFSH分泌が再び開始して,第2次発育波を誘導することを明らかにしている。第2次発育波での特徴は,高い血中プロジェステロンレベルのためにLH分泌は抑制され,発育する卵胞からのエストラジオール17の分泌が起こらないことである。従ってこの発育波の卵胞は機能不全で,主席卵胞の大型化の程度も弱く,自らのインヒビン分泌でFSH分泌が抑制されることで退行していくと論議している。そしてこの後に,排卵に至る第3次発育波が開始する。 この間のデータを横断的に整理して,血中FSHレベルを知ることで,卵胞発育を,多数の卵胞の発育が誘起される,主席卵胞のみの発育が維持される,全ての卵胞が退行するステージに予見できることを見い出しており,実用上大きな発見と評価される。さらにインヒビンとエストラジオール17について,両者の抗体を投与することによってFSH分泌抑制に対する寄与の程度を論議している。結論はインヒビンの寄与の程度が常に優位であるが,エストラジオール17が共存する時にはインヒビンの抑制効果がより長期に発現するというもので,1-3次卵胞発育波の成因についての解釈を側面から補強するものであった。 以上の如く,本研究は良く計画された多くの実験を重ね,ウシにおける3次に亘る卵胞発育波の存在と,それぞれの特徴,成因を極めて合理的に示した。同時に今まで実証的証拠に欠けていたウシにおけるインヒビンのFSH分泌抑制作用を,疑義のない点迄実証した。この成果はウシの生殖生物学の基礎研究,さらには獣医臨床,発生工学等の応用技術に対して,大きな貢献をするものと評価される。よって審査委員一同は申請者に対して博士(獣医学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。 |