審査要旨 | | 伝染性喉頭気管炎(ILT)はヘルペスウイルス科に属するILTウイルスの感染によって起こる鶏の急性呼吸器伝染病で,その予防には組織培養細胞または発育鶏卵で得られたウイルス培養液を材料とした生ワクチン(Cell-free:CFワクチン)が使用されている。しかし,このワクチンは接種による反応,若齢鶏での低い有効性,非省力的などの欠点がある。そこで本研究では,これらの欠点を解消した安全性および有効性の高いワクチンの開発を目的とした。 まず,ILTウイルス弱毒CE株を感染させた鶏胚繊維芽(CEF)細胞が鶏に強い防御効果を与えることを確認し,この感染細胞を細胞随伴型(Cell-associated:CA)ワクチンとして,種々の生物学的性状の検討を行った。 CAワクチンを0〜95日齢の鶏の頸部皮下,脚部筋肉内接種し,免疫原性を調べた結果,いずれの日齢,経路においても85%以上の高い発症防御効果が得られた。特に,0日齢への接種においてはCFワクチンより著しく高い発症防御効果が得られ,CAワクチンの高い免疫原性が確認できた。 CAワクチンを鶏の頸部皮下に接種した場合,接種鶏に臨床上の異常は認められず,接種鶏と同居させた非接種鶏にも臨床上の異常や抗体応答が認められず,同居感染性が否定され,安全性が確認された。CAワクチンを接種した0日齢鶏ではワクチン接種4日後から発症防御効果が現れ始め,6日後には強固な免疫が完成し,その効果は10週間以上持続することがわかった。 現行のCFワクチンの効果がニューカッスル病(ND)や鶏伝染性気管炎(IB)生ワクチンと同じ時期に応用すると抑制されることから,CFワクチンの接種と近接した時期にND・IB混合生ワクチンを接種した鶏について各ワクチンの効果を調べた結果,各ワクチンの効果は相互に影響を与えないことがわかった。 CAワクチンを頸部皮下に接種した鶏では,接種6日後までの肝臓,脾臓,肺,胸腺,血液,接種部位などからウイルスが回収され,CFワクチン接種鶏と比較してウイルスが回収される部位,頻度ともにほぼ同一であった。また,CAワクチンの接種前後にデキサメサゾンを連続投与し,ウイルスの体内分布を検討した結果,デキサメサゾンの処理ではウイルスの潜伏あるいは再活性化の証拠は得られなかった。 CAワクチン接種鶏では血清中から中和抗体やIgG・IgM-ELISA抗体が検出されたものの抗体価と発症防御率との間に明確な相関は認められず,全身性の液性抗体は免疫に直接関与していないものと考えられた。また,気管洗浄液からはいずれの抗体も検出できず,分泌性の抗体の免疫への関与については証明できなかった。CA,CFワクチン接種後の鶏の血清中の抗体価の比較では,CAワクチンはCFワクチンより高い抗体産生を付与することが確認された。 CAワクチン接種鶏由来のリンパ球を用いてMTT-assayによる幼若化試験を行ったところ,末梢血および脾細胞由来リンパ球がT細胞マイトジェンに対する有意な反応を示した。また,ファプリキウス嚢(F嚢)を除去した鶏でのワクチンの効果を調べたところ,液性抗体を産生しないにもかかわらず発症防御効果が認められた。 CAワクチン接種鶏の脾細胞および末梢血白血球の養子移入によりILTに対する防御能が移行し,これらの器官が免疫機能細胞の直接の供給源であることが示された。対照的にF嚢除去処理を施した鶏にCFワクチン接種鶏由来の種々の細胞を移入した場合,いずれも抗体産生は認められなかったが,強毒株の攻撃に対して耐過した。 以上,本研究はILTウイルス弱毒CE株を用いたCAワクチンが,従来のCFワクチンに比べ安全性,有効性が極めて高く,かつ農場でのワクチン接種の省力化に貢献できることを明らかにしたもので,学術上,応用上,寄与するところが少なくない,よって審査委員一同は,本論文が博士(獣医学)の学位論文として十分価値あるものと認めた。 |