学位論文要旨



No 212136
著者(漢字) 本田,隆
著者(英字)
著者(カナ) ホンダ,タカシ
標題(和) 伝染性喉頭気管炎ウイルス感染細胞の免疫学的研究
標題(洋)
報告番号 212136
報告番号 乙12136
学位授与日 1995.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第12136号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,英司
 東京大学 教授 長谷川,篤彦
 東京大学 教授 見上,彪
 東京大学 教授 大塚,治城
 東京大学 教授 小野寺,節
内容要旨

 伝染性喉頭気管炎(Infectious laryngotracheitis,以下ILTと略)はヘルペスウイルス科アルファヘルペスウイルス亜科に属するILTウイルスの感染によって起きる鶏の急性呼吸器伝染病である。その予防には、組織培養細胞または発育鶏卵で得られたウイルス培養液やウイルス感染尿腔液を材料とした生ワクチン(Cell-freeワクチン,以下CFワクチンと略)が使用されている。これらのCFワクチンは接種後の呼吸器症状出現や非接種鶏への同居感染、鶏間継代による病原性の復帰及び14日齢以前の若齢鶏あるいは移行抗体保有鶏には十分な防御効果を与えることができない等の安全性、有効性の面でのいくつかの欠点がある。ヒト及び動物のヘルペスウイルスではウイルス及びウイルス感染細胞由来の糖蛋白に免疫原性があることが数多く報告されている。本研究は生ワクチンの製造用株の一つとして使用されているILTウイルス弱毒CE株(以下CE株と略)を用いて安全性及び有効性の高いワクチンの開発を目的とした研究であり、以下の8章より成る。

1,ILTウイルス感染細胞の鶏での免疫原性

 CE株感染細胞由来の糖蛋白の免疫原性を確認するため、CE株を感染させた鶏胚線維芽(CEF)細胞とその感染細胞から抽出した糖蛋白の皮下又は筋肉内接種による免疫原性を調べた結果、細胞由来の糖蛋白よりもその出発材料であるCE株感染細胞が強毒株に対する防御効果を強く賦与でき、注射用のILTワクチンとして応用可能であることが示唆された。以後、このCE株を感染させたCEF細胞を細胞随伴型(Cell-associated:CAと略)ワクチンとして、種々の生物学的性状の検討を行った。

2,CAワクチンの鶏での免疫原性

 CAワクチンを0〜95日齢の鶏の頸部皮下、脚部筋肉内及び点眼接種した結果、いずれの日齢、経路においても接種2週間後に85%以上の攻撃に対する発症防御効果が得られた。特に、0日齢鶏に接種した場合にはワクチン接種後10週後においても60%以上の高い発症防御効果が得られた。一方、CFワクチンを頸部皮下接種及び点眼接種した場合、CAワクチンよりも低い防御効果しか得られず、特に0日齢鶏での発症防御率は低くCAワクチンの高い免疫原性が確認できた。

3,CAワクチンの鶏での安全性及び免疫原性

 CAワクチンの安全性を確認するために、CAワクチン接種後の臨床観察及びワクチン接種鶏から非接種鶏への同居感染性について調べた結果、1〜95日齢の鶏の頸部皮下にCAワクチンを接種した場合、接種鶏に呼吸器症状の出現など臨床上の異常は全く認められず、安全性が確認できた。また、ワクチン接種鶏と同居させた非接種鶏にも臨床症状の出現や抗体応答が認められず、ワクチン非接種鶏への同居感染性が否定された。CAワクチンを接種した0日齢鶏での免疫の出現時期とその持続期間、移行抗体陽性鶏での免疫原性を調べた結果、ワクチン接種4日後から発症防御効果が現れ始め、6日後には強固な免疫が完成し、その効果は10週間以上持続することがわかった。また、移行抗体を保有する0日齢鶏にCAワクチンを接種後経時的に攻撃試験を行ったところ、ワクチン接種6週後まで85%以上の発症防御率が得られ、CAワクチンの効果は移行抗体による影響を受けないことがわかった。

4,CAワクチンの免疫原性へのニューカッスル病(ND)及び鶏伝染性気管支炎(IB)生ワクチンの影響

 CFワクチンの効果はND生ワクチンやIB生ワクチンと同じ時期に応用すると、その効果が抑制されることから、0日齢時にCAワクチンを、1〜11日齢時にND・IB混合生ワクチンを接種した鶏について、ND及びIBに対する抗体価測定、ILTウイルス強毒株による攻撃試験を行った。その結果、CAワクチンの効果はND・IB混合生ワクチンによる影響を受けず、ND・IB混合生ワクチンの効果もCAワクチンによる影響を受けないことがわかった。

5,CAワクチン接種鶏でのCE株の体内分布

 CAワクチンを頸部皮下に接種し、ウイルスの鶏体内での分布を調べた結果、接種6日後までの肝臓、脾臓、肺、胸腺、血液、接種部位などの組織からウイルスが回収された。また、CAワクチンとほぼ同量のウイルス含有量であるCFワクチンを接種した鶏においてもワクチン接種8日後までの肝臓、脾臓、肺、胸腺、接種部位の組織からウイルスが回収された。血液を除くとCA及びCFワクチン接種鶏でウイルスが回収される部位、回収頻度ともにほぼ同一であったが、接種部位のみはCAワクチン接種鶏の方が長期間回収された。

 ILTウイルスを含むヘルペスウイルス感染症では潜伏感染と感染後に潜伏したウイルスの再活性化が認められている。CAワクチンの接種前後にデキサメサゾンを7回投与し、CE株の体内分布を検討した結果、デキサメサゾンの投与といったストレスではウイルスの潜伏あるいは再活性化の証拠を得られなかった。

6,CAワクチン接種鶏における液性抗体の挙動

 CAワクチン接種後の血清中、気管洗浄液中の抗体を検出することにより、全身性あるいは局所での液性抗体が免疫に関与するか否かについて調べた。その結果、血清中から中和抗体やIgG-、IgM-ELISA抗体が検出され、それらの抗体価の増加に従い発症防御率が上昇する傾向は認められた。しかし、両者に明確な相関は認められず、全身性の液性抗体は免疫に直接関与していないものと考えられた。また、気管洗浄液から中和抗体、IgG-、IgM-、IgA-ELISA価は検出できず、分泌性の抗体の免疫への関与については証明できなかった。CA又はCFワクチン接種後の血清中の中和抗体価、IgG-、IgM-ELISA価を比較したところ、CFワクチン接種鶏よりCAワクチン接種鶏の方が有意に高い値を示し、発症防御能と同様に、CAワクチンはCFワクチンより高い抗体産生性を鶏に賦与できることが確認できた。

7,CAワクチン接種鶏から採取したリンパ球の幼若化反応及び免疫機能欠損鶏での免疫応答

 CAワクチン接種鶏の末梢血由来リンパ球を用いてMTT-assayによる幼若化試験を行ったところ、T細胞マイトジェンに対する有意な反応が認められた。また、ファブリキウス嚢(F嚢)を除去した鶏でのワクチンの効果を調べたところ、F嚢の有無に拘らず発症防御効果が認められた。また、胸腺を除去した鶏での免疫応答を調べたところ、胸腺の除去が不十分ではあったものの、胸腺除去処理を施した鶏では発症防御効果の低下が確認できた。

8,CAワクチン接種鶏から採取したリンパ球による養子免疫(Cell-transfer assay)

 CAワクチン接種鶏由来の免疫細胞の役割をCell-transfer法を用いて検討した結果、CAワクチン接種鶏由来の脾細胞及び末梢血白血球の養子移入によりILTに対する防御能を移行させることができたが、胸腺、F嚢細胞の移入では防御能が移行せず、これらの免疫器官が免疫機能細胞の直接の供給源でないことが示された。対照的にF嚢除去処理を施した鶏にCAワクチン接種鶏由来の種々の細胞を移入した場合、抗体産生は認められなかったが、強毒株の攻撃に対しては耐過した。

 ILTウイルス弱毒CE株を用いたCAワクチンは同居感染性、病原性の復帰を認めず、14日齢以前の若齢鶏及び移行抗体保有鶏へも有効であり、かつND・IB生ワクチンとの併用接種が可能であった。また、ILTの予防には液性免疫よりも細胞性免疫が重要であるが、CAワクチンは製造用ウイルス及びその剤型からワクチン接種後cell to cellの急速かつ効果的な感染を引き起こし免疫を誘導するとともに、ワクチン中にウイルス粒子あるいは感染細胞由来の可溶化抗原よりも糖蛋白が多量に存在するため従来のCFワクチンよりも高い有効性が得られたものと考えられた。更に、CAワクチンはその用法が点眼、点鼻接種ではなく、皮下又は筋肉内接種であり従来のCFワクチンに比べて農場でのワクチン接種の省力化に貢献できるものとなった。

 以上、本研究の成果として得られたCAワクチンは従来のCFワクチンに比べ安全性、有効性が極めて高いものであり、現在用いられているILT生ワクチンの中では最も良好なものであると考えられる。

審査要旨

 伝染性喉頭気管炎(ILT)はヘルペスウイルス科に属するILTウイルスの感染によって起こる鶏の急性呼吸器伝染病で,その予防には組織培養細胞または発育鶏卵で得られたウイルス培養液を材料とした生ワクチン(Cell-free:CFワクチン)が使用されている。しかし,このワクチンは接種による反応,若齢鶏での低い有効性,非省力的などの欠点がある。そこで本研究では,これらの欠点を解消した安全性および有効性の高いワクチンの開発を目的とした。

 まず,ILTウイルス弱毒CE株を感染させた鶏胚繊維芽(CEF)細胞が鶏に強い防御効果を与えることを確認し,この感染細胞を細胞随伴型(Cell-associated:CA)ワクチンとして,種々の生物学的性状の検討を行った。

 CAワクチンを0〜95日齢の鶏の頸部皮下,脚部筋肉内接種し,免疫原性を調べた結果,いずれの日齢,経路においても85%以上の高い発症防御効果が得られた。特に,0日齢への接種においてはCFワクチンより著しく高い発症防御効果が得られ,CAワクチンの高い免疫原性が確認できた。

 CAワクチンを鶏の頸部皮下に接種した場合,接種鶏に臨床上の異常は認められず,接種鶏と同居させた非接種鶏にも臨床上の異常や抗体応答が認められず,同居感染性が否定され,安全性が確認された。CAワクチンを接種した0日齢鶏ではワクチン接種4日後から発症防御効果が現れ始め,6日後には強固な免疫が完成し,その効果は10週間以上持続することがわかった。

 現行のCFワクチンの効果がニューカッスル病(ND)や鶏伝染性気管炎(IB)生ワクチンと同じ時期に応用すると抑制されることから,CFワクチンの接種と近接した時期にND・IB混合生ワクチンを接種した鶏について各ワクチンの効果を調べた結果,各ワクチンの効果は相互に影響を与えないことがわかった。

 CAワクチンを頸部皮下に接種した鶏では,接種6日後までの肝臓,脾臓,肺,胸腺,血液,接種部位などからウイルスが回収され,CFワクチン接種鶏と比較してウイルスが回収される部位,頻度ともにほぼ同一であった。また,CAワクチンの接種前後にデキサメサゾンを連続投与し,ウイルスの体内分布を検討した結果,デキサメサゾンの処理ではウイルスの潜伏あるいは再活性化の証拠は得られなかった。

 CAワクチン接種鶏では血清中から中和抗体やIgG・IgM-ELISA抗体が検出されたものの抗体価と発症防御率との間に明確な相関は認められず,全身性の液性抗体は免疫に直接関与していないものと考えられた。また,気管洗浄液からはいずれの抗体も検出できず,分泌性の抗体の免疫への関与については証明できなかった。CA,CFワクチン接種後の鶏の血清中の抗体価の比較では,CAワクチンはCFワクチンより高い抗体産生を付与することが確認された。

 CAワクチン接種鶏由来のリンパ球を用いてMTT-assayによる幼若化試験を行ったところ,末梢血および脾細胞由来リンパ球がT細胞マイトジェンに対する有意な反応を示した。また,ファプリキウス嚢(F嚢)を除去した鶏でのワクチンの効果を調べたところ,液性抗体を産生しないにもかかわらず発症防御効果が認められた。

 CAワクチン接種鶏の脾細胞および末梢血白血球の養子移入によりILTに対する防御能が移行し,これらの器官が免疫機能細胞の直接の供給源であることが示された。対照的にF嚢除去処理を施した鶏にCFワクチン接種鶏由来の種々の細胞を移入した場合,いずれも抗体産生は認められなかったが,強毒株の攻撃に対して耐過した。

 以上,本研究はILTウイルス弱毒CE株を用いたCAワクチンが,従来のCFワクチンに比べ安全性,有効性が極めて高く,かつ農場でのワクチン接種の省力化に貢献できることを明らかにしたもので,学術上,応用上,寄与するところが少なくない,よって審査委員一同は,本論文が博士(獣医学)の学位論文として十分価値あるものと認めた。

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