本論文提出者は結晶成長の中で融液成長に現れる凝固パターン形成の機構解明を数理モデルの構築、そしてそのシミュレーションという実験数学としての視点から考察している。 このような結晶成長の特徴は、結晶を取り巻く環境相そのものにはあらかじめ何ら複雑な構造は付与されてないにも関わらず、樹枝状のような複雑なパターンが自発的に形成されるという点にある。単純な状況からどのようにして複雑な樹枝状パターン(デンドライト)が形成されるかという問題は物理、物性等の分野において実験、理論両面においてこれまで考察されてきている。申請者はこの問題に対して、「数理」という言語によって理解するという目的から、その時・空間変化を記述するphase field modelと呼ばれる反応拡散方程式モデルを提案し,その計算機実験により,これまで行われ得なかった現実の3次元デンドライトをシミュレートし、その成長過程及び結晶形態、特に異方性強度との関連について考察を行っている。申請者の研究は、この方面の研究に「実験数学」という立場から新たな光をあてるものであり、数理科学的方法論の一つの方向を示唆するものと考えられる。 ここで提案されているモデル方程式は熱力学駆動力、表面張力そして異方性を考慮した次の発展方程式系である: ただしp(r,l)、T(r,l)は時刻t、場所rにおける秩序変数の場(p=1が固相、p=0が液相を表わす)と温度場を表わし、 とする。(1)は液相と固相の境界を表わす界面の運動方程式であり、(2)は界面における潜熱発生を考慮した熱伝導方程式である。ここで結晶の持つ異方性(v)を系にどのように入れるかがモデリングにおいての一つの重要な点であり、巧妙に異方性を導入したことから(1),(2)は小林モデルと呼ばれている。 本論文においては一様に過冷された融液からの断熱条件下での単結晶の成長過程という状況を設定し、異方性強度()以外のすべてのパラメターを固定し、異方性強度のみを変化させて結晶形態の変化を考察している。 (1),(2)を差分近似し、シミュレーションすることにより、異方性の強さによって、形態は4つのパターンに分類されることを示している。即ち、異方性の弱いパラメター領域ではデンドライト的なパターンをとらず、サンゴ状の結晶形態が見られる。次第に異方性強度を大きくしていくと主枝が形成されるが、主枝の先端の成長速度が振動していることが観察され、それによって、先端近傍において十分成長した側枝が出現することが観察される。続けて異方性強度を大きくしていくとサクシニトリルで見られるような典型的なデンドライトが観察される。この場合には主枝成長速度は振動せず、側枝は主枝側面の形状不安定化によって生じることが見られる。更に異方性強度を大きくしていくともはやデンドライトパターンは現われず、針状パターンになる。 このように数理モデルの解析からデンドライトパターンには異方度の強さによって2種類のパターンが出現することが示された。後者のパターンは実験的にすでに報告されていたものである。前者のパターンは従来の実験では観察されていなかったが、ごく最近になって、このパターンを実際の実験でも確認すべく、数理モデルの解析から示唆されたパラメータ値にあうように実験環境が設定された結果初めてその存在が確認された。数理モデルの結果は結晶の成長形状が異方性の強度に非常に敏感に依存することを示しているが、実際の実験では、異方性強度は結晶の分子構造の反映であるために制御するのが困難なパラメータであり、本論文での結果は、モデリング、数値シミュレーション等を駆使する数理科学からの結晶成長問題に対する貢献として高く評価されている。 以上、本論文において行われた手法は対象とする現象に対して数理モデルを提案し、そこに含まれるパラメータを人為的に自由に設定し、それを解くことで、特に実験では容易に行えないようなさまざまな状況を設定し、それを通じて現象が起こるメカニズムをより深い視点から理解することを可能にしたものといえる。これは実験数学における著しい成功例である。またこのことは、実験数学が自然科学の諸問題に接近する一つの強力な数理科学的方法論たり得ることを示している。 よって論文提出者小林亮氏は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。 |