No | 212139 | |
著者(漢字) | 齋藤,義文 | |
著者(英字) | Saito,Yoshifumi | |
著者(カナ) | サイトウ,ヨシフミ | |
標題(和) | 地球磁気圏遠尾部におけるプラズマシート境界層の構造と力学に関する研究 | |
標題(洋) | Structure and Dynamics of the Plasma Sheet Boundary Layer in the Distant Magnetotail | |
報告番号 | 212139 | |
報告番号 | 乙12139 | |
学位授与日 | 1995.02.20 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 第12139号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 地球磁気圏は地球固有の双極子磁場と太陽から流れ出すプラズマ流である太陽風が相互作用することによって形成されている。磁気圏は太陽側では太陽風に押し縮められ、太陽と反対側では逆に引き伸ばされて磁気圏尾部を形成をしていることがこれまでの様々な観測によってわかってきた。引き伸ばされた磁力線には磁気エネルギーが蓄えられるが、磁気圏尾部には太陽風の持つ運動エネルギーと磁気エネルギーが磁気圏に供給され、磁気エネルギーとして蓄えられているといえる。磁気圏尾部にはプラズマシートとローブと呼ばれる二つの領域が存在する。プラズマシートは希薄ではあるが高温のプラズマで満たされたシート状の領域で、磁気圏尾部の中央部に存在する。このプラズマシートをはさんで南北にローブ領域が存在するが、この領域には比較的安定した強い磁場が存在するものの高温のプラズマは存在しない。プラズマシートの成因を解明することは、磁気圏プラズマ物理学において非常に重要な問題である。 プラズマシートバウンダリーレイヤー(PSBL)はプラズマシートとローブにはさまれた領域であり様々な現象の観測される活動的な領域である。プラズマシートバウンダリーレイヤーの構造と力学的性質を調べることによって、プラズマシートの成因や、太陽風から磁気圏へのエネルギー侵入過程についての多くの情報を得ることが可能である。 太陽風との相互作用による磁気圏形成のモデルとしてはリコネクションモデルと呼ばれるものが考えられている。プラズマと磁力線は共に動くという性質を持っているため、太陽風中には太陽起源の磁場が存在している。この太陽風中の磁場と、地球の固有磁場が磁気圏の前面(太陽側)で反平行になると磁力線のつなぎ替え(リコネクション)が起こる。つなぎ替わった地球固有の磁力線は太陽風と共に地球磁気圏尾部に運ばれるがそこで再び磁力線が反平行となってリコネクションの生じる場所が存在するものと考えられている。この場所は磁力線の形状からX-type neutral lineと呼ばれており、その存在の有無を調べることはリコネクションモデルを検証する上で非常に重要である。本論文の主たる目的は、人工飛翔体を用いてPSBLの直接観測を行い、リコネクションモデルの検証を行うことにある。 本研究では、遠地点約1万km、軌道傾斜角75度の極軌道衛星であるAKEBONO衛星と、地球から約210倍の地球半径程度までの地球磁気圏尾部領域を詳細に観測するように軌道設計されたGEOTAIL衛星から得られる低エネルギープラズマ粒子のデータを主として使用した。 地球につながる磁気圏尾部の磁力線は地球付近で収束するため、地球近傍の極軌道衛星で観測を行うと、磁気圏尾部の様々な領域に対する巨視的な描像を得ることができる。磁気圏尾部のPSBL領域は地球近傍の領域ではオーロラ帯の極側の端、すなわちポーラーキャップとオーロラ帯の境界に対応する。この領域でAKEBONO衛星は速度分散をともなったイオンのビームをしばしば観測している。これらのイオンの分布関数から、イオンの発生源(加速域)における温度とバルク速度を1次元Shifted-Maxwell分布を仮定して求めた。その結果、これらのイオンが観測された緯度範囲と、温度、バルク速度の間に次のような関係の存在することが判明した(図1)。
(Iはイオンの観測された緯度幅、Ethは熱エネルギー、E0はバルクエネルギー) この関係は磁気圏尾部、地球半径の約30倍から約100倍程度離れた比較的狭い領域にイオンの発生源(加速域)があり、地球へ飛来する間に朝側から夕方側に向かって存在する電場によるEXBドリフトで速度分散を生じたものであるという簡単なモデルで説明できる。これらのイオンの発生源(加速域)はリコネクションモデルでその存在が予測されるX-type neutral lineであると考えられる。 上で述べた速度分散をともなったイオンの発生源(加速域)を含む領域を調べるため、磁気圏尾郁、地球半径の約210倍迄の領域でGEOTAIL衛星による低エネルギープラズマ粒子の直接観測を行った。 磁気圏尾部で観測を行う場合、衛星の太陽-地球固定系に対する速度は非常に遅いにもかかわらずプラズマシート、ローブを含む様々な領域の観測を行うことができる。これは磁気圏尾部が、太陽-地球固定系に対して動くためである。地球半径の約60倍地球から離れた地点でGEOTAIL衛星を用いて低エネルギープラズマ粒子を観測した結果、激しいバルク流方向の変化が観測された(図2)。このバルク流方向の変化は、約8分周期の短周期の成分とそれより遅い長周期の変化に分離することができる。長周期の成分はほぼ磁力線に沿っている。一方、短周期の成分は、磁力線に垂直な回転軸の周りの回転として表現できる場合と、磁力線に平行な軸の周りの振動として表現できる場合の両方のあることが判明した。このバルク流方向の変化はプラズマバルク速度の空間的変化と磁気圏尾部のフラッピングが合わさったものとして解釈できる。これらの結果から磁気圏尾部が約40km/sでフラッピングしていたと推定される。 X-type neutral lineが磁気圏尾部に存在する場合、X-type neutral lineを囲む磁気圏尾部のPSBLはslow-mode shockとなることが理論的に予測されている。すなわち、磁気圏尾部における磁気リコネクションとX-type neutral lineの存在は、PSBLがslow-shockであるかどうかの判定をすることによって確認することができる。GEOTAIL衛星のデータを用いてPSBLにおけるslow-shockの判定を行った。 slow-mode shockの判定には、上流(ローブ)と下流(プラズマシート)の間でRankine-Hugoniotの関係が成立すること、上流側に電子の熱流束が漏れだしていること(磁力線がプラズマシートとローブの間でつながっていることを示している)などを用いた。GEOTAIL衛星で地球半径の30倍から210倍迄の領域で約5ヵ月間の観測を行い、この間に計302例PSBLを横切る例を見付け出した。302例のプラズマシートとローブの境界のうち約10パーセントの32例がslow-mode shockであると判定できた。決定できたshockの例を表1に示す。このことからX-type neutral line、リコネクションの存在が示されたといえる。slow-mode shockと判定できなかった残りの約90パーセントの境界については、slow-mode shockを判定する時に仮定したshockの一次元性や定常性が成立していないことが考えられる。このことはX-type neutral lineが定常的に存在しているという従来の描像よりはむしろX-type neutral lineが不安定かつ動的な性質を持っていると考えるべきであることを示唆している。 slow-mode shockの重要な役割は上流であるローブ領域に蓄えられている磁気エネルギーを下流のプラズマ粒子の運動エネルギーに変換することである。slow-shockは無衝突プラズマ中で観測されている。従って単純なクーロン衝突にはよらないdissipationの機構が存在するはずである。このdissipationの源となるようなionの分布が新たに発見された(図3)。slow-mode shockと判定できたプラズマシートとローブの境界では、shockから上流側(ローブ)へ流れ出すイオンが観測された。これらのイオンはshockに流入するionと共にcounterstreamingのイオン分布をなしており、プラズマ波動の励起とそれによる異常抵抗の発生によるdissipationの生じる可能性がある。 また、shockの上流と下流の間で、地球起源であると考えられる温度の低いイオンの加速現象も観測された(図3)。これらのイオンは速度空間でリング状の分布を示すことがある(図4)。約1ヵ月間の観測を行い、磁気圏尾部へ約70倍の地球半径離れた地点と磁気圏尾部へ約170倍の地球半径離れた地点のPSBLで計11例のリング状分布が見つかった。この11例中の1例についてはslow-shockの条件が満たされていた。これらのイオンは例えばslow-shockに存在するpotential構造などのPSBLの力学的構造を反映しているものと考えられる。 | |
審査要旨 | 地球磁気圏は地球の双極子磁場と太陽風の相互作用により形成される。磁気圏は太陽側では太陽風に押し縮められ、太陽と反対側では逆に引き伸ばされて磁気圏尾部を形成している。この過程に関する磁力線再結合モデルでは,太陽風磁場と地球磁場が磁気圏の前面(太陽側)で反平行になると磁力線の再結合が起こる.再結合した磁力線は太陽風の流れにより地球磁気圏尾部に運ばれる.南北両半球から尾部に輸送された磁力線は,そこで反平行となって再び再結合が起き磁場エネルギーの解放,粒子の加熱・加速が起こる.磁力線再結合の場所は磁力線の形状からX型中性線と呼ばれており、その存在の有無を調べることが磁気圏尾研究のターゲットの1つとされてきた.磁気圏尾部は中央部のプラズマシートと,それを挟むローブ領域から成る.プラズマシートのプラズマは希薄ではあるが高温であり,その熱圧力によってローブ領域の強い磁気圧と釣り合っている.プラズマシート境界層(PSBL)はプラズマシートとローブの遷移領域で,様々な現象の観測される活動的な領域である。PSBLの構造と力学的性質を調べることによって、X型中性線の構造,ひいては磁力線再結合モデルについての検証が可能である。本論文はこのPSBLの構造と力学的性質に関する研究結果を示した全6章よりなる.第1章は太陽風・磁気圏相互作用のリコネクションモデルに関する過去の研究の総括である.第2章は本研究の主要部分において用いられたGEOTAIL衛星搭載のプラズマ観測装置とそのデータ処理に関する記述であり,学位申請者が実験物理学者として行った研究内容の総括である(本章への補足として付録Aで静電分析器設計の詳細が述べられ,付録Bでデータの人工衛星機上処理ソフトウェアの詳細が述べられている).第3章から6章において,申請者の得た地球物理学的結果が記述され,学位審査もこれらの結果を中心として行われたので,以下にその要旨を示す. 地球につながる磁気圏尾部の磁力線は地球付近で収束するため、地球近傍の極軌道衛星で観測を行うと、磁気圏尾部構造のリモートセンシングを行うことができる。磁気圏尾部のPSBL領域は地球近傍の領域ではオーロラ帯の極側の端、すなわちポーラーキャップとオーロラ帯の境界に対応する。申請者は極軌道衛星AKEBONOで観測されたエネルギー分散をともなったイオンの降り込み現象に注目し,申請者自身が考案した比較的単純なモデルに基づいてイオンの緯度範囲、温度、平均速度からイオンの発生源(加速域)を同定することに成功した.この結果によれば加速域は磁気圏尾部、地球半径の約30倍から約100倍程度離れた領域にある.この加速域の推定位置は磁力線再結合モデルで想定されているX型中性線の位置に一致しており,これらのイオンが磁力線再結合過程に起源を持つことが強く示唆された(第3章の結果) 次に,GEOTAIL衛星の観測データにより,磁力線再結合が起こると考えられる領域の直接的な研究を行った.磁気圏尾部で観測を行う場合、衛星の太陽-地球固定系に対する速度は非常に遅いにもかかわらずプラズマシート、ローブを含む様々な領域の観測を行うことができる。これは磁気圏尾部が、太陽-地球固定系に対して動くためである。第4章においてはこのプラズマシートの動き(フラッピング)を解析し,その動きが磁力線に沿った速度成分の変動から成る長周期成分と,磁力線と垂直な回転軸を持つ約8分周期の短周期の成分に分離できるという結果を得た.これは磁力線再結合の舞台となるプラズマシートの特性について新しい知見を加えたものである. 磁力線再結合モデルにおいては,X型中性線を囲むPSBLは電磁流体力学における遅進衝撃波の特性を持つと予測されている。第5章においては,PSBLにおけるRankine-Hugoniotの関係成立の有無を判定し遅進衝撃波の同定を行った。GEOTAIL衛星が地球半径の30〜210倍の領域で得た観測データから計303例のPSBL観測例を選び,そのうち約10パーセントの32例が遅進衝撃波と判定された。これは3次元プラズマ観測を用いた初めての遅進衝撃波同定であり,磁力線再結合の決定的な証拠が得られたといえる. 磁気圏尾ローブ領域には地球電離層起源の冷たいイオンが観測されるが,そのイオンはPSBLにおいて加熱・加速を受けていることがGEOTAIL衛星観測により発見された.とりわけ申請者の見出した速度空間におけるリング状分布形成はPSBLの静電ポテンシャル構造を反映するものとして注目される(第6章の結果). 以上の研究は地球磁気圏尾部のプラズマシート境界層の構造と力学的性質に関して極めて新しい知見をもたらしたものであり,博士論文として十分の内容を持つものであると評価できる. | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/50657 |