学位論文要旨



No 212143
著者(漢字) 園田,与理子
著者(英字)
著者(カナ) ソノダ,ヨリコ
標題(和) 一次元共役オリゴマーの合成と非線形光学的性質
標題(洋) Preparation and Nonlinear Optical Properties of a Series of Linear -Conjugated Oligomers
報告番号 212143
報告番号 乙12143
学位授与日 1995.02.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第12143号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩村,秀
 東北大学反応化学研究所 教授 中西,八郎
 東京大学 教授 小林,啓二
 東京大学 助教授 古川,行夫
 東京大学 助教授 川島,隆幸
内容要旨

 共役ポリマーは広い範囲に非局在化した電子に基づく優れた三次非線形光学特性をもつと期待されることから、これまでに様々なポリマーの非線形感受率(3)が測定されている。しかし、これらの多くのデータの集積にもかかわらず、分子レベルでの非線形性に対する理解はなお不十分であり、分子の構造と性質の相関に関する、より基礎的かつ系統的な研究が必要な段階にある。

 本研究の目的は、構造の明確な一連の一次元共役オリゴマーを合成し、分子構造と吸収スペクトル、および吸収スペクトルと三次非線形光学的性質の関係を明らかにすることである。吸収スペクトルと非線形光学特性の関係については、自由電子モデルを用いた理論的考察から、(3)-*遷移の最大吸収波長(max)から求められるエネルギーバンドギャップ(Eg)の6乗に反比例するという結果が得られている。一方、実験結果からEgと(3)の関係を定量的に示した例はこれまでなく、共役鎖長が長くEgが小さい化合物ほど(3)が大きいという定性的知見が得られているにすぎない。

 まず第1章では非線形材料の分子設計と(3)の測定法について記述した。本研究では共役二重結合による高い非線形性とフェニレン基による高い安定性を併せもつと期待される(1,4-フェニレンヘキサ-1,3,5-トリエニレン)系化合物を主な対象とし、比較系として(1,4-フェニレンビニレン)系化合物を選んだ。また(3)の測定法としては非線形性が小さくても比較的高精度の測定が可能な第三高調波発生(THG)Maker Fringe法を採用した。THGの観測は石英基板上に作製した各化合物の蒸着薄膜について、Nd-YAG及び波長可変色素レーザーを用い、基本波波長1.50-1.98mの範囲で行った。

 第2章では(1,4-フェニレンヘキサ-1,3,5-トリエニレン)系化合物の合成と非線形光学的性質について記述した。まず2.1節では単量体(PHT1)、二量体(PHT2)と三量体(PHT3)【図1(a)】を取り扱った。PHT1は市販品を再結晶で精製して用いた。PHT2とPHT3はp-フェニレンジアクロレインまたは1,6-ビス(4-ホルミルフェニル)ヘキサ-1,3,5-トリエンをそれぞれ出発物質とするWittig反応によって難溶性の橙〜赤色粉末として合成した。生成物の構造は主にIRで同定した。【表1】に各化合物のmaxとEg、薄膜の屈折率、膜厚および(3)の値をまとめた。重合度増加(PHT1→PHT2→PHT3)に伴うmaxの長波長シフト(Egの低下)から共役鎖長の伸長を確認した。PHT2の(3)はPHT1の値の約30倍に達し、Egの低下に対応する非線形性の向上が見られたが、PHT3の薄膜は空気中で不安定で(3)は測定できなかった。次に2.2節ではより高重合度のオリゴマーの合成を検討した。2.2.1節ではテレフタルアルデヒドと1,4-ジクロロ-2-ブテンのビス塩とのWittig反応について述べた。生成物は橙色粉末で、IRと1HNMRから全トランストリエンとホルミル末端基をもち、さらにGPC解析(ポリスチレン換算)から重合度(DPn)10以下のオリゴマー混合物であることが示された。このうちFPH1〜FPH3【図1(b)】はGPCで単離可能であった。FPH2のmaxはFPH1より、またFPH1のmaxはPHT1より長波長側に位置し、それぞれ重合度増加、ホルミル基による共役鎖長の伸長を示す。しかしFPH3のmaxはFPH2より短波長側にあり、IRからの知見と合わせて、飽和結合による共役系の切断を示唆する。FPH2の(3)はFPH1の値の約4倍、FPH1の(3)はPHT1の約6倍となり、それぞれEgの低下に対応した非線形性の向上が見られた。FPH3の薄膜はPHT3と同様、空気中で不安定で(3)の測定はできなかった。2.2.2節ではスルホニウム塩分解法について述べた。モノマーのアルカリ処理の結果、期待する可溶性プレポリマーが得られたが、この熱処理生成物は目的のトリエンではなくカルボニル化合物であることがIRからわかった。これは熱処理前後でのプレポリマーの酸化が原因と考えられる。以上の様に無置換(1,4-フェニレンヘキサ-1,3,5-トリエニレン)系化合物の合成では(1)剛直な構造のため生成物が難溶牲であり、(2)共役二重結合が空気中で容易に酸化されるため不安定である、という2つの克服すべき点が明らかになった。このうち溶解性の向上には芳香環への長鎖の導入が有効である。そこで2.3節では環の2,5位にヘプチル基を導入したアルキル誘導体HpPPHT【図1(c)】の合成を検討した。p-フェニレンジアクロレインおよびp-フェニレン-3,3’-ビス(1-アリルトリフェニルホスホニウム)ジブロマイド各々のジヘプチル置換体のWittig反応の結果、HpPPHTが赤色粉末として得られた。側鎖の導入によって無置換体(PHTn,FPHn)に比べ溶解性が飛躍的に向上し、IRに加え1H,13CNMRによる構造の同定が可能となった。さらに空気中での安定性もPHT3やFPH3に比べて改善された。これは側鎖の立体障害で二重結合の酸化が抑制されたためと考えられる。GPCと1HNMRからDPn=4(重合溶媒:エタノール)、またはDPn=10(ベンゼン)と見積られた。しかし両者のmaxは実質的には等しく、DPn>4では共役鎖長の伸長は吸収スペクトルにはもはや反映されなくなることがわかった。HpPPHTの(3)はDPn=4ですでに3.5×10-12esuに達し、数平均分子量(Mn)数万のポリ(1,4-フェニレンビニレン)(PPV)の値(〜5×10-12esu)に近づいた。これは(フェニレンヘキアトリエニレン)系における効果的な電子の非局在化を示すものと評価できる。

【表1】各化合物のクロロホルム中での最大吸収波長(max),エネルギーバンドギャップ(Eg),薄膜の屈折率(n),膜厚(t),および(3)(非共鳴領域;基本波波長1.98m)の測定値

 第3章では、(1,4-フェニレンビニレン)系化合物の合成と非線形光学的性質について記述した。ポリ(2,5-ジヘプチル-1,4-フェニレンビニレン)HpPPV【図1(e)】をスルホニウム塩分解法で合成したところ、有機溶媒に易溶かつ安定で強靭な黄緑色フィルムが得られた。GPC解析からMn=3.8万(DPn=130)であった。HpPPVフィルムのmaxは無置換PPVより90nm短波長側シフトしており、ヘプチル側鎖の立体障害により主鎖がねじれて有効共役鎖長が短くなっていることを示唆する。(3)はPPVの値の約7分の1に低下した。これは(1)主鎖のねじれによるEgの大幅な増大(0.71eV)と(2)側鎖の立体効果による主鎖方向の電子密度の低下に起因すると考えられる。

 第4章では第2,3章で取り上げた一連の化合物および(フェニレンビニレン)二量体(PV2),三量体(PV3)【図1(d)】における、Egと(3)の関係について記述した。HpPPVを除く全ての化合物に対してlog(3)はEgと直線的な関係にあり(【図2】)、しかもビニレン系とトリエン系で大きな違いは見られなかった。最小二乗法で求めたlog(3)-log Egプロットの傾きから、(3)はEgの18乗に反比例することが明らかになった。従って少なくとも今回取り扱ったオリゴマー系では、(3)のEgに対する依存性は前述の自由電子モデルを用いた理論的予測よりもはるかに大きいことがわかった。これは自由電子モデルでは考慮されていない電子間の相互作用が、実際の系では非線形性の発現に重要な役割を果たしていることを示唆する。一方、HpPPVのEgと(3)の測定値は【図2】の直線の右上に位置し、他の化合物に比べmaxから求めたEgが大きい割には高い(3)を示していることがわかる。HpPPVの励起状態では主鎖のねじれが一部解消され、共役鎖長が基底状態でよりも長くなっていると考えられることから、上の結果はHpPPVの非線形性の発現に励起状態の吸収が関与している可能性を示唆する。

【図1】各化合物の構造【図2】Eg-log(3)プロット

 最後に第5章では以上の(1,4-フェニレンヘキサ-1,3,5-トリエニレン)系化合物の合成およびEgと(3)の関係について、本研究で得られた知見をまとめて記述した。無置換オリゴマー(PHTn,FPHn)はいずれも難溶性であり、しかも空気中で不安定で取り扱いにくい。しかしこれらの問題点は芳香環への長鎖の導入によって解決できた。一方、吸収スペクトル(Eg)と(3)の関係については、HpPPV以外の化合物に対してはEgとlog(3)は直線的関係にあることを明らかにした。また観測された(3)のEgに対する依存性が自由電子モデルからの予測よりもはるかに大きいことから、電子間の相互作用が共役オリゴマーの非線形性の発現に重要な役割を果たしている可能性を示した。さらにHpPPVが他の低分子化合物とは異なる(3)のEg依存性を示すことを見いだし、高重合度共役ポリマーの非線形性の発現に励起状態が関与している可能性を指摘した。これらの結果は、その一般性については更に研究を進める必要があるが、共役化合物の非線形性の発現機構の解明に役立つと期待される。

 以上のように、本研究は共役系化合物の非線形光学的性質の基本的理解に向けて、基礎的かつ重要な知見を与えるものである。

審査要旨

 本論文は、構造の明確な一連の一次元共役オリゴマーを合成し、分子構造、吸収スペクトル、および三次非線形光学的性質の関係を明らかにしたものであり、5章からなる。

 まず第1章では非線形有機化合物の分子設計と(3)の測定法について述べている。共役二重結合による高い非線形性とp-フェニレン基による安定性を併せもつと期待される(1,4-フェニレンヘキサ-1,3,5-トリエニレン)系化合物を主な対象とし、(1,4-フェニレンビニレン)系との比較が行われる。(3)の測定法としては、非線形性が小さくても比較的高精度の測定が可能な、第三高調波発生(THG)Maker Fringe法が採用された。THGの観測は石英基板上に作製した各化合物の蒸着薄膜について、Nd-YAG及び波長可変色素レーザーを用い、基本波波長1.50-198mの範囲で行った。

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 第2章では(1,4-フェニレンヘキサ-1,3,5-トリエニレン)系化合物の合成と非線形光学的性質が述べられている。まず、二量体PHT2と三量体PHT3が、p-フェニレンジアクロレインまたは1,6-ビス(4-ホルミルフェニル)ヘキサ-1,3,5-トリエンをそれぞれ出発物質とするWittig反応によって、難溶性の橙〜赤色粉末として得られた。重合度増加(PHT1-PHT2-PHT3)に伴うmaxの長波長シフト(エネルギーバンドギャップEgの低下)から共役鎖長の伸長を確認した。PHT2の(3)はPHT1の値の約30倍に達し、Egの低下に対応する非線形性の増大が見られた。次に、より高重合度のオリゴマーがテレフタルアルデヒドと1,4-ジクロロ-2-ブテンのビス塩とのWittig反応により合成され、全トランストリエンとホルミル末端基をもつことが示された。二量体FPH2の(3)はFPH1の値の約4倍、FPH1の(3)はPHT1の約6倍となり、それぞれEgの低下に対応した非線形性の向上が見られた。さらに、p-フェニレンジアクロレインおよびp-フェニレン-3,3’-ビス(1-アリルトリフェニルホスホニウム)ジブロマイド各々のジヘプチル置換体のWittig反応の結果、アルキル誘導体HpPPHTが得られた。側鎖の導入によって無置換体(PHTn,FPHn)に比べ溶解性が飛躍的に向上し、IRに加え1H,13C NMRによる構造の同定が可能となった。さらに空気中での安定性もPHT3やFPH3に比べて改善された。HpPPHTの(3)はDPn=4ですでに3.5×10-12esuに達し、数平均分子量(Mn)数万のポリ(1,4-フェニレンビニレン)(PPV)の値(〜5×10-12esu)に近づいた。これは(フェニレンヘキサトリエニレン)系における効果的な電子の非局在化を示すものと評価できる。

 第3章では、(1,4-フェニレンビニレン)系化合物の合成と非線形光学的性質について記述されている。ポリ(2,5-ジヘプチル-1,4-フェニレンビニレン)HpPPVをスルホニウム塩分解法で合成したところ、有機溶媒に易溶かつ安定で強靭な黄緑色フィル(Mn=380,000(DPn=130))が得られた。HpPPVフィルムのmaxは無置換PPVより90nm短波長側シフトしており、(3)は約7分の1に低下した。これは主鎖のねじれによるEgの大幅な増大(0.71eV)に起因すると考えられる。

 第4章では2、3章で取り上げた一連の化合物および(フェニレンビニレン)二量体(PV2)、三量体(PV3)におけるEgと(3)の関係について考察が行われ、(3)はEgの18乗に反比例することが明らかとなった。従来、自由電子モデルを用いた理論的考察から、(3)-*遷移のmaxから求められるEgの6乗に反比例するという予測が得られている。一方、実験結果からEgと(3)の関係を定量的に示した例はこれまでなく、共役鎖長が長くEgが小さい化合物ほど(3)が大きいという定性的知見が得られているにすぎない。本論文で得られた結果は、自由電子モデルでは考慮されていない電子間の相互作用が、実際の系では非線形性の発現に重要な役割を果たしていることをはじめて示したものである。

 最後に第5章では以上の(1,4-フェニレンヘキサ-1,3,5-トリエニレン)系化合物の合成およびEgと(3)の関係について、本研究で得られた知見をまとめて論述した。これらの結果は、(3)の大きさに関してチャンピオンデータを提供したわけではないが、共役化合物の非線形性を非共鳴線を用いて同じ条件で最も系統的に研究し、非線形性の発現機構の解明に重要な規則性を発見したものと評価される。

 なお、本論文は一部、帰山享二、鈴木靖三、中尾幸道氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験、解析、考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53882