学位論文要旨



No 212146
著者(漢字) 石川,道郎
著者(英字)
著者(カナ) イシカワ,ミチロウ
標題(和) 血管機能調節及び動脈硬化発症における副甲状腺ホルモン関連蛋白の病態生理学的役割
標題(洋) Pathophysiological role of parathyroid hormone-related protein in the regulation of vascular function and atherogenesis
報告番号 212146
報告番号 乙12146
学位授与日 1995.02.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12146号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 熊田,衛
 東京大学 教授 矢崎,義雄
 東京大学 助教授 藤田,敏郎
 東京大学 助教授 多久,和陽
 東京大学 助教授 安藤,譲二
内容要旨

 副甲状腺ホルモン関連蛋白(parathyroid hormone-related protein;PTHrP)は、humoral hypercalcemia of malignancyの原因物質のひとつとして分離同定された蛋白である。PTHrPは血管平滑筋細胞および血管内皮細胞においてもその発現が報告されているが、動脈硬化巣での発現に関する報告はなされていない。また、血管平滑筋弛緩作用を有すると報告されているが、PTHrPの動脈硬化巣における病態生理学的役割についても明らかにされていない。そこで、本研究ではPTHrPの血管平滑筋の細胞内カルシウム濃度([Ca2+]i)に対する作用およびcAMPとの関連について検討し、さらに、PTHrPの動脈硬化巣における発現とその役割について検討した。

 第一に、PTHrPの血管平滑筋における[Ca2+]iに対する作用およびcAMPとの関連について検討した。Wistar系雄性ラットの胸部大動脈を摘出し、ラセン状標本を作製した。内膜剥離後に蛍光カルシウム指示薬であるFura 2を負荷し、発生張力と[Ca2+]iを同時に測定した。まず、phenylephrine(10-7M)前投与下でPTHrP-(1-34)(10-9-10-6.5M)を累積的に投与し、張力および[Ca2+]iの変化を検討した。その結果、PTHrP-(1-34)は濃度依存性に血管平滑筋弛緩作用を示すとともに(10-6.5Mにて55%の弛緩)、濃度依存性の[Ca2+]i低下作用(10-6.5Mにて85%の低下)を示した。

 次に、PTH/PTHrP受容体拮抗薬であるPTHrP-(7-34)(10-6M)を20分間前処置した後に、PTHrP-(1-34)投与による発生張力と[Ca2+]iの変化を検討した。その結果、PTHrP-(1-34)による血管平滑筋弛緩作用と[Ca2+]i低下作用はPTHrP-(7-34)前処置によりほぼ完全に抑制された(各々p<0.001)。

 同様に、cAMP依存性protein kinase抑制薬であるRpcAMPS(10-4M)を30分間前処置した後に、PTHrP-(1-34)投与による発生張力と[Ca2+]iの変化を検討した。その結果、PTHrP-(1-34)による血管平滑筋弛緩作用と[Ca2+]i低下作用は、RpcAMPS前処置にてもほぼ完全に抑制された(各々p<0.001)。

 また、phenylephrine(10-7M)前投与下でcAMPの誘導体であるDBcAMP(10-5-10-3.5M)を累積的に投与したところ、濃度依存性に血管平滑筋弛緩作用を示すとともに(10-3.5Mにて90%の弛緩)、濃度依存性の[Ca2+]i低下作用(10-3.5Mにて99%の低下)を示した。

 さらに、Wistar系雄性ラットの胸部大動脈を摘出し、PTHrP-(1-34)(10-9-10-6M)5分間投与後に、組織内cAMP濃度をRIAにて測定した。その結果、PTHrP-(1-34)投与により組織内cAMP産生は増加した(10-6Mにて14.7pmol/mg wet weight,p<0.001vs.コントロール)。

 PTHrP-(1-34)投与により血管平滑筋弛緩作用と共に[Ca2+]i低下作用を認め、PTH/PTHrP受容体拮抗薬であるPTHrP-(7-34)投与にて両作用は抑制されたことより、両作用はPTH/PTHrP受容体を介して発現すると考えられた。一方、両作用はRpcAMPS投与により抑制され、またPTHrP-(1-34)投与により大動脈組織内のcAMP産生の増加を認め、さらにDBcAMP投与にても血管平滑筋弛緩作用と共に[Ca2+]i低下作用を認めたことより、両作用の少なくとも一部はcAMPを介する作用であると考えられた。

 第二に、PTHrPの動脈硬化巣における発現とその役割について検討した。ラット大動脈のバルーン障害による内膜肥厚巣、ラット大腿動脈の非閉塞性ポリエチレンカフ被覆による内膜肥厚巣、PTCA後の再狭窄病変および自然発症のヒト冠動脈硬化巣において、抗ヒトPTHrP-(1-34)抗体を用いてストレプトアビジン-ビオチン法により免疫組織化学的に蛋白レベルでPTHrPの発現を検討した。また、平滑筋細胞、マクロファージに対する特異抗体を用いてそれらの局在との関連についても検討した。その結果、すべての群の内膜肥厚巣において中膜平滑筋層よりも強くPTHrPの発現を認めた。また、内膜肥厚巣におけるPTHrPの発現は平滑筋細胞とマクロファージの両者で認めた。

 また、PTHrPの動脈硬化巣における役割を検討するために、ラット大腿動脈において、非閉塞性ポリエチレンカフ被覆による内膜肥厚形成に対するPTHrPの作用を検討した。カフ被覆による内膜肥厚は、pluronic F-127 gelを用いたPTHrP-(1-34)の局所投与により抑制され、PTHrP-(7-34)の局所投与により増強した。

 さらに、PTHrPの内膜肥厚に対する抑制作用の作用機序を検討するために、血管平滑筋細胞の遊走能および増殖能に対するPTHrPの作用について検討した。7週齢のWistar系雄性ラット大動脈から酵素法により得た培養血管平滑筋細胞(5-9継代)を用いて、10%ウシ胎児血清存在下でPTHrP-(1-34)およびPTH-(1-34)を投与し、Boyden chamber変法によりVSMCの遊走能に対する作用を検討した。同様に、PDGF-BB(5 ng/ml)刺激に対するPTHrP-(1-34)の作用も検討した。次に、5%ウシ胎児血清存在下でPTHrP-(1-34)およびPTH-(1-34)を投与し、DNA合成の指標としての[3H]-thymidine取り込み能測定と細胞数算定により血管平滑筋細胞の増殖能に対する作用を検討した。同様に、PDGF-BB(5 ng/ml,10 ng/ml)刺激に対するPTHrP-(1-34)の作用も検討した。さらに、PTH/PTHrP受容体拮抗薬であるPTHrP-(7-34)により、それぞれの作用が抑制されるか否かも検討した。その結果、PTHrP-(1-34)は10%血清刺激による血管平滑筋細胞の遊走を濃度依存性に抑制した。また、PTHrP-(1-34)は5%血清刺激による血管平滑筋細胞の[3H]-thymidine取り込みと細胞数増加も濃度依存性に抑制した。また、PTH-(1-34)も血管平滑筋細胞の遊走と[3H]-thymidine取り込みを抑制した。これらの作用はPTHrP-(7-34)により抑制された。さらに、PTHrP-(1-34)はPDGF-BB刺激による血管平滑筋細胞の遊走と[3H]-thymidine取り込みを抑制した。

 血管平滑筋細胞におけるPTHrPの発現は、血清刺激により濃度依存性に亢進することが報告されている。したがって、血管平滑筋細胞自身で産生される内因性PTHrPの作用を検討するために、種々の濃度の血清刺激による血管平滑筋細胞の遊走および[3H]-thymidine取り込みに対する、PTH/PTHrP受容体拮抗薬であるPTHrP-(7-34)の作用を検討した。その結果、PTHrP-(7-34)は、5%および1%血清刺激による血管平滑筋細胞の遊走と、1%血清刺激による血管平滑筋細胞の[3H]-thymidine取り込みを有意に亢進した。

 また、同様の培養血管平滑筋細胞を用いてPTHrP-(1-34)10分間投与後に細胞内cAMP濃度をRIAにて測定した。その結果、PTHrP-(1-34)投与により濃度依存性に細胞内cAMP産生は増加した(10-6Mにて84.8pmol/mg protein,p<0.001vs.コントロール)。

 動脈硬化巣の内膜肥厚部位においてPTHrPの強い発現が認められた。また、PTHrPはin vivoでカフ被覆による内膜肥厚形成を抑制した。その機序として、血管平滑筋細胞の遊走能および増殖能抑制作用の関与が考えられた。さらに、これらの作用はPTH/PTHrP受容体を介する作用であると考えられた。また、内因性PTHrPの内膜肥厚形成および血管平滑筋細胞の遊走能と増殖能に対する抑制作用も示唆された。

 以上より、PTHrPは動脈硬化巣において発現し、autocrine的およびparacrine的に内膜肥厚抑制作用を持つと考えられた。その機序として、血管平滑筋細胞の遊走能および増殖能に対するPTHrPの抑制作用が寄与していると考えられた。さらにそれらの作用機序として、PTHrPのセカンドメッセンジャーの一つであるcAMPの関与が示唆された。

審査要旨

 本研究は、humoral hypercalcemia of malignancyの原因物質のひとつとして分離同定された副甲状腺ホルモン関連蛋白(parathyroid hormone-related protein;PTHrP)の血管機能調節に対する作用を検討するために血管平滑筋の細胞内カルシウム濃度に対する作用およびcAMPとの関連について検討し、さらにPTHrPの動脈硬化巣における発現とその役割について検討したものであり、以下の結果を得ている。

 1.ラットの胸部大動脈を用いてPTHrPの血管平滑筋の細胞内カルシウム濃度に対する作用とcAMPの関連について検討した結果、PTHrP-(1-34)は濃度依存性に血管平滑筋弛緩作用と共に細胞内カルシウム濃度低下作用を示した。両作用は、PTH/PTHrP受容体拮抗薬であるPTHrP-(7-34)とcAMP依存性protein kinase抑制薬であるRpcAMPSの前処置によりほぼ完全に抑制された。またcAMPの誘導体であるDBcAMPも濃度依存性に血管平滑筋弛緩作用と細胞内カルシウム濃度低下作用を示した。さらにPTHrP-(1-34)投与によりラット大動脈組織内cAMP産生は増加した。以上よりPTHrP-(1-34)はPTH/PTHrP受容体を介して血管平滑筋弛緩作用と共に細胞内カルシウム濃度低下作用を発現する事が示された。また両作用の少なくとも一部はcAMPを介する事が示唆された。

 2.ラット大動脈のバルーン障害による内膜肥厚巣、ラット大腿動脈の非閉塞性ポリエチレンカフ被覆による内膜肥厚巣、PTCA後の再狭窄病変および自然発症のヒト冠動脈硬化巣を用いてPTHrPの動脈硬化巣における発現について検討した結果、すべての群の内膜肥厚巣において中膜平滑筋層よりも強いPTHrPの発現が示された。また平滑筋細胞およびマクロファージの局在との関連について検討した結果、内膜肥厚巣におけるPTHrPの発現は平滑筋細胞とマクロファージの両者で認められた。

 3.ラット大腿動脈で非閉塞性ポリエチレンカフ被覆による内膜肥厚形成に対するPTHrPの作用を検討した結果、カフ被覆による内膜肥厚はpluronic F-127gelを用いたPTHrP-(1-34)の局所投与により抑制されPTHrP-(7-34)の局所投与により増強した。したがってPTHrPはautocrine的およびparacrine的に内膜肥厚抑制作用を持つ事が示唆された。

 4.ラット大動脈由来の培養血管平滑筋細胞の遊走能および増殖能に対するPTHrPの作用について検討した結果、PTHrP-(1-34)は血清刺激による血管平滑筋細胞の遊走と[3H]-thymidine取り込みおよび細胞数増加を濃度依存性に抑制した。またPTH-(1-34)も血管平滑筋細胞の遊走と[3H]-thymidine取り込みを抑制した。これらの作用はPTHrP-(7-34)により抑制された。さらにPTHrP-(1-34)はPDGF-BB刺激による血管平滑筋細胞の遊走と[3H]-thymidine取り込みも抑制した。次に血管平滑筋細胞自身で産生される内因性PTHrPの作用を検討するために、種々の濃度の血清刺激による血管平滑筋細胞の遊走と[3H]-thymidine取り込みに対するPTHrP-(7-34)の作用を検討した結果、PTHrP-(7-34)は低濃度の血清刺激による血管平滑筋細胞の遊走と[3H]-thymidine取り込みを亢進した。またPTHrP-(1-34)投与により濃度依存性に培養血管平滑筋細胞内cAMP産生を増加した。以上より、PTHrPは血管平滑筋細胞の遊走能および増殖能に対して抑制作用を持つことが示された。さらにこれらの作用はPTH/PTHrP受容体とcAMPを介する事が示唆された。

 以上、本論文はPTHrPの血管平滑筋の細胞内カルシウム濃度低下作用とcAMPの関与について明らかにした。またPTHrPの動脈硬化巣における発現と内膜肥厚抑制作用について明らかにした。さらにその機序として血管平滑筋細胞の遊走能および増殖能に対するPTHrPの抑制作用が関与していることを示した。本研究はこれまで明らかにされていなかった動脈硬化の進展と退縮の機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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