学位論文要旨



No 212147
著者(漢字) 斧,康雄
著者(英字)
著者(カナ) オノ,ヤスオ
標題(和) 重症熱傷患者の末梢血食細胞機能の障害 : 化学発光法による臨床評価
標題(洋) Opsonophagocytic dysfunction in severely burned patients : Clinical evaluation by the chemiluminescence method
報告番号 212147
報告番号 乙12147
学位授与日 1995.02.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12147号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉川,昌之介
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 小林,寛伊
 東京大学 助教授 木村,哲
 東京大学 助教授 笹川,千尋
内容要旨 (緒言)

 細菌感染症に際し動員される好中球、マクロファージなどの食細胞は異物貪食時や各種の刺激物により活性酸素を産生する。この活性酸素の放出は、多くの病原菌の殺菌に必要不可欠である。従って、食細胞における活性酸素産生能の低下は宿主の易感染性、感染症の重篤化・難治化に深く関連している。さて所謂、免疫不全状態にある患者に発症した感染症に対して、抗菌薬療法や免疫賦活療法を施行するにあたっては、その低下した感染防御能を的確に把握し、対処していく必要がある。しかし、現在までのところ宿主感染防御能を容易に評価できる検査法は確立されておらず、臨床上重要な課題になっている。そこで私は、極微量の末梢血を希釈し、そのまま用いても顆粒球の活性酸素産生能を測定できる全血化学発光法(chemiluminescence:CL)に着目した。まず、健常成人について測定条件の設定や正常値の標準化を行なった後、細菌感染症に伴う全血CL活性の増強の程度や、各種compromised hostsにおける全血CLの低下の度合いを評価し、その易感染性との関連性について検討した。その結果、本法は刺激物としてzymosanや細菌などをオプソニン化しないで用いた場合には、血清中のオプソニン活性を同時に測定できるため、臨床的には有用性の高い検査法であることが判明した。そして本法を用いた検討で、Compromised hostsの中でも重症熱傷患者が、最も全血CL活性が低下する疾患の一つであることを明らかにした。そこで、重症熱傷患者の感染防御能を本法を用いてモニターリングし、宿主感染防御能を考慮に入れた抗菌薬療法や免疫補助療法を施行したところ、救命率を飛躍的に改善することに成功した。

(方法)

 対象としたcompromised hostsは、147症例でその内訳は重症熱傷患者(30例)、肝硬変(30例)、血液透析(20例)、糖尿病(15例)、SLE (13例)、AIDS(19例)、70歳以上の高齢者(20例)である。尚、熱傷患者としては体表熱傷面積(TBSA)30%以上の患者(平均年齢:40±19歳、TBSA:平均55±25%)を取り上げ、健常成人30例(平均年齢:30±6歳)と比較した。熱傷に対する初期輸液療法は、Baxterの公式を基本にして行ない、コロイド輸液は原則として受傷16時間後より施行した。また、重篤な基礎疾患を持たない患者に発症した敗血症20例についてもその急性期に全血CLや好中球CLを測定し、熱傷患者の敗血症発症時のCL値と比較した。

 全血CLの測定は、ヘパリン加全血0.1mlに培養液(MEM)0.9mlを加えて10倍希釈した試料に、ルミノール20lを加えて10分間37℃で保温後、刺激物を添加して20-60分間のCLを測定した。刺激物としては、zymosan 20l(500g),phorbol myristate acetate(PMA)5l(0.5g),

 黄色ブドウ球菌、緑膿菌、カンジダなどの菌浮遊液100l(1×108cfu)を使用した。分離好中球CLの測定は、1×106cells/mlの細胞を用いて、ルミノール存在下で行なった。細菌を刺激物とする場合には、患者血清またはAB型プール血清20lをオプソニンとして加えた後に、細菌浮遊液20l(2×107cfu)を刺激物としてCLを算出した。同様に、血清及び熱傷水泡液のオプソニン活性(Opsonin Index:OI)は、同一健常成人より得た好中球を用いて、患者血清または熱傷水泡液20lで菌をオプソニン化し、それを刺激物として測定した好中球CLの値を、健常人プール血清20lで菌をオプソニン化して測定した好中球CL値で除して求めた。

(成績)1.全血CL値の標準化と各種compromised hostsにおける評価

 先に、私は健常成人100名のzymosanやPMA刺激による全血CL活性を測定し、CL測定に際しての実験条件などの基礎的検討を行なった後、標準値の設定を行なった。この測定では、粒子状刺激物を用いて測定した全血CL活性は、試料中の顆粒球数、その活性化状態と共に血清オプソニン因子などにより影響を受ける。そこで、各種compromised hostsにおける非オプソニン化zymosan刺激による全血CLを測定したところ、CL活性が低下する疾患は、熱傷の他に、肝硬変、SLE、AIDSなどであった。特に、熱傷患者においては、試料中の顆粒球数で補正した単位顆粒球あたりのCL活性の低下は他のcompromised hostsと比較して最も低値であった。

2.重症熱傷患者の急性期の白血球数と全血CL活性

 重症熱傷患者30例の受傷初期(第1〜第2病日)の白血球数と顆粒球数は、健常成人30例のそれに比較して有意に増加していた。一方、非オプソニン化zymosan刺激による食作用に付随した全血CLは、試料中の顆粒球数が多いにもかかわらず、重症熱傷患者では健常成人の全血CL活性に比較して低値であり、かつピークに至る時間も著明に延長していた。

3.重症熱傷患者の好中球CL

 受傷初期における分離好中球(患者血清を含まない)のCL活性は、PMAやzymosanで刺激した場合、共に健常成人の好中球CLと比較して高値を示した。このことは、重症熱傷患者の個々の好中球の活性酸素放出能は亢進していることを示している。

4.熱傷初期のオプソニン因子の異常

 重症熱傷患者20例の受傷第1〜第2病日の血清中の主な血清オプソニン因子の濃度をみると、著明な低タンパク血症に加えて、血清補体値(CH50,C3,C4)の低下、免疫グロブリン値(IgG,IgA)の低下、血漿ファイブロネクチン値の低下を認めた。黄色ブドウ球菌、緑膿菌、カンジダなどの病原菌やzymosanを入院初期の患者血清でオプソナイズした場合、健常成人の血清と比較して、好中球CL(OI)は有意に低値を示した。従って、受傷初期にみられる熱傷患者の食作用に付随する全血CL活性の低下は、血清オプソニン活性の低下が要因と考えられた。このOIの低下は、新鮮凍結血漿(FFP)を中心としたコロイド輸液により経日的に回復した。実測した血清IgG,補体値,血漿ファイブロネクチンなどのオプソニシ蛋白の回復状態と、好中球CLを用いたOIの回復の程度は相関しており、OIを測定することで、患者血清のオプソニン活性を評価することが可能であった。また、オプソニン因子補充療法の効果は、FFPや免疫グロブリン製剤(IVIG)を全血に添加し測定するin vitroの系においても確認された。

5.重症熱傷患者の予後不良要因の解析(1)敗血症合併と予後

 重症熱傷患者の早期熱傷死症例を除外して、1週間以上生存した27症例について予後をみると、生存例16例,死亡例11例であり、死亡群の方が高齢で熱傷面積が大きい傾向がみられた。また、敗血症の合併頻度は生存群の31%に対して死亡群は91%であり、敗血症の合併が患者の予後を左右する大きな要因であった。敗血症の起炎菌は、死亡群では緑膿菌をはじめとするグラム陰性桿菌の占める割合が高く、ほとんどが受傷後第5〜第14病日で敗血症を合併した。

(2)白血球数及び全血CLと予後との関連

 受傷後の白血球数の変動を生存群と死亡群で比較すると、受傷後第1〜第2病日に一過性の顆粒球増加を伴う白血球数の増加に続いて、第3〜第4病日には両群共に白血球数の減少がみられた。第5〜第8病日にかけて白血球数が回復した症例では予後が良好であるのに対して、減少を続けた症例では予後不良であった。

 次に、zymosan刺激の全血CL活性で予後をみると、生存群に比較して死亡群では、第5〜第14病日の間、有意にCL活性が低下しており、この間にほとんどの敗血症が発症していることを考えると、敗血症の発症と全血CL活性の低下とは密接な関係があることが示唆された。通常、感染防御能が正常な患者に敗血症が発症すると白血球数の増加と全血CL、好中球CL活性の増強がみられるが、熱傷患者では敗血症が発症しても、一般的に全血CL活性増強の程度は弱く、好中球CL活性の増強も認めなかった。さらに、予後不良例では、生存例に比較して、敗血症発症時の全血CL活性は低い傾向がみられた。このように全血CLは、重症熱傷患者において、敗血症の発症や予後判定の重要な指標となると思われた。

(3)rhG-CSFのヒト好中球CLに及ぼすpriming効果

 白血球数(顆粒球数)の減少や全血CL活性が低下している場合は、敗血症へ移行しやすく予後も不良となることが判明したので、遺伝子組み換え型ヒト顆粒球コロニー刺激因子(rhG-CSF)のヒト好中球の活性酸素生成能に及ぼすpriming効果をCL法を用いてin vitroで検討した。健常成人の場合と同様に、熱傷患者の白血球が減少した時期の好中球を用いた場合にも、緑膿菌の食作用に付随する好中球のCL活性増強効果が認められた。

6.重症熱傷患者に対する集約的治療と予後の改善

 一般に、重症熱傷患者に発症する重症感染症は、致死的経過をとることが多いため、殺菌力の強い抗菌薬を選択し、時には抗菌薬の併用療法を行ない、抗菌薬の投与量や投与回数を増やすなどの化学療法を施行することが必要である。筆者は、これに加えて重症熱傷患者の宿主感染防御能を全血CLを用いてモニターし、全血CLが低下している場合の重症感染症に対しては、血清オプソニン活性の低下を補うため、FFPやIVIGを積極的に投与するなどの免疫補充療法を施行した。

 このような集約的治療を1986年以降実施することによって、1984年〜1986年までの救命率39.1%に対して、1986年〜1988年には患者の年齢や熱傷面積は同じでも、救命率75%と有意な改善がみられた。さらに、1990年〜1991年には救命率92.3%まで向上がみとめられた。

(考察)

 ルミノール依存性CLに関与する活性酸素は、主にH2O2-myeloperoxidase(MPO)系によるとされている。通常、CLの測定は分離した好中球や単球などを用いて行なわれているが、比較的多量の血液検体が必要となり、細胞の分離には時間を要するので、その作業課程で起こる活性の変化などは回避できない。このため、少量の全血を用いたCL測定(全血CL)の基礎的検討の上、多数例での標準化および疾患別の調査を行ない、これを臨床に応用した。本論文では、本法を用いて重症熱傷患者の易感染性の把握や感染症治療における有用性を検討した。その結果、全血CLの測定は重症熱傷患者の感染防御力のモニターリングに有用であり、予後判定の指標の1つとなることが明らかになった。

 また、全血CLを用いると宿主感染防御能を考慮に入れた抗菌薬の選択や投与量、投与回数設定などにも臨床応用可能であると考えられる。さらに、全血CLのピーク時間や好中球CLを用いたOIを測定することで、患者血清オプソニン活性の低下状態を評価できるので、FFPやIVIGの投与量や投与時期の決定にも臨床応用可能と思われた。今回、重症熱傷患者をモデルに全血CLをモニターすることにより、宿主感染防御能を考慮に入れた抗菌薬療法や免疫賦活療法を施行することができた。感染症の治療成績の改善と、救命率の向上はこのモニターとこの投与療法によるところが大きいと思われるが、その他にも新しい抗菌薬の開発、院内感染対策、栄養療法、早期植皮術などの集約的治療がその向上に貢献していると思われる。さらに、将来的な補助療法として重症熱傷患者に発症した重症難治性細菌感染症に対して、rhG-CSFも有用な治療薬となるものと思われる。

審査要旨

 細菌感染症に際し動員される好中球、マクロファージなどの食細胞は異物貪食時や各種の刺激物により活性酸素を産生する。この酸素依存性の殺菌機構は病原菌の殺菌に必要不可欠であり、食細胞における活性酸素産生能の低下は宿主の易感染性、感染症の重篤化・難治化に深く関連している。本研究は、食細胞の活性酸素生成能を微量の全血を用いた化学発光(chemiluminescence:CL)を測定することにより、重症熱傷患者の易感染性の解析や感染症治療における有用性を検討したものであり、以下の成績を得ている。

 1.各種compromised hostsにおけるzymosan刺激の全血CLを多数例で測定検討したところ、CL活性が低下する疾患は、熱傷の他に、肝硬変、SLE、AIDSなどであった。特に、熱傷患者においては、試料中の顆粒球数で補正した単位顆粒球あたりのCL活性の低下はcompromised hostsの中で最も低値であることが明らかにされた。

 2.重症熱傷患者の受傷初期の白血球数(顆粒球数)は、健常成人と比較して有意に増加していたが、病原菌や非オプソニン化zymosan刺激による食作用に付随した全血CLは、試料中の顆粒球数が多いにもかかわらず、健常成人に比較して低値であり、かつピークに至る時間も著明に延長していた。

 3.受傷初期における分離好中球(患者血清を含まない)のCL活性は、PMAやzymosanで刺激した場合、共に健常成人の好中球CLと比較して高値を示した。このことより、重症熱傷患者の受傷初期の個々の好中球の活性酸素生成能は亢進していることが示された。

 4.重症熱傷患者における受傷初期の血清補体値(CH50,C3,C4)、免疫グロブリン値(IgG,IgA)、血漿ファイブロネクチン値は著しく低下しており、その血清で各種病原菌やzymosanをオプソナイズして測定した好中球CL(OI)は、健常成人の血清を用いた場合と比較して有意に低値を示した。従って、受傷初期にみられる熱傷患者の食作用に付随する全血CL活性の低下は、血清オプソニン活性の低下が主要因であることが示された。このOIの低下は、新鮮凍結血漿を中心としたコロイド輸液により経日的に回復し、実測した血清IgG、補体値、血漿ファイブロネクチンなどのオプソニン蛋白の回復状態と相関していた。このことより、OIを測定することで、患者血清のオプソニン活性を評価することが可能であることが示された。

 5.zymosan刺激の全血CL活性を測定すると、生存群に比較して死亡群では、第5〜第14病日の間、有意にCL活性が低下しており、この間にほとんどの敗血症が発症しているので、敗血症の発症と全血CL活性の低下とは密接な関係があることが明らかにされた。通常、感染防御能が正常な患者に敗血症が発症すると白血球数の増加と全血CL、好中球CL活性の増強がみられたが、熱傷患者では敗血症が発症しても、一般的に全血CL活性増強の程度は弱く、好中球CL活性の増強も認めなかった。以上より、全血CLは、重症熱傷患者において、敗血症の発症や予後判定の重要な指標となることが明らかにされた。

 6.白血球数(顆粒球数)の減少や全血CL活性が低下している場合は、敗血症へ移行しやすく予後も不良となることが判明したので、遺伝子組み換え型ヒト顆粒球コロニー刺激因子(rhG-CSF)の好中球の活性酸素生成能に及ぼすpriming効果をCL法を用いてin vitroで検討した。健常成人の場合と同様に、白血球が減少した時期の好中球を用いた場合にも、緑膿菌の食作用に付随する好中球のCL活性増強効果が認められた。このことより、熱傷患者に発症した重症難治性細菌感染症に対するrhG-CSFの治療薬としての有用性が示唆された。

 7.重症熱傷患者の宿主感染防御能を全血CLを用いてモニターし、全血CLが低下している場合の重症感染症に対しては、血清オプソニン活性の低下を補うため、新鮮凍結血漿や免疫グロブリン製剤を積極的に投与するなどの免疫補充療法を施行した。また、それに加えて殺菌力の強い抗菌薬を選択し、時には抗菌薬の併用療法を行ない、抗菌薬の投与量や投与回数を増やすなどの化学療法を施行したところ、患者の救命率の飛躍的な改善が得られた。

 以上、本論文は、全血CLの測定は重症熱傷患者の感染防御力のモニターリングに有用であり、予後判定の指標の1つとなることを明らかにしたものである。また、全血CLを測定し宿主感染防御能を考慮に入れた免疫補充療法や抗菌薬の投与法の実施により、重症熱傷患者の感染症の治療成績の改善と、救命率の向上に貢献した。現在、宿主感染防御能を簡便に評価できる臨床的上実用的な検査法は数少ない。本研究が示すように、全血CLの測定は、現在臨床上対策が重要な問題となっているその他の多数のcompromised hostsについても患者の感染防御能の解析やそのモニターリングに有用と考えられ、臨床上の貢献が期待できるものと思われる。以上の点より、本研究は学位の授与に十分に値するものと考えられる。

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