細菌感染症に際し動員される好中球、マクロファージなどの食細胞は異物貪食時や各種の刺激物により活性酸素を産生する。この酸素依存性の殺菌機構は病原菌の殺菌に必要不可欠であり、食細胞における活性酸素産生能の低下は宿主の易感染性、感染症の重篤化・難治化に深く関連している。本研究は、食細胞の活性酸素生成能を微量の全血を用いた化学発光(chemiluminescence:CL)を測定することにより、重症熱傷患者の易感染性の解析や感染症治療における有用性を検討したものであり、以下の成績を得ている。 1.各種compromised hostsにおけるzymosan刺激の全血CLを多数例で測定検討したところ、CL活性が低下する疾患は、熱傷の他に、肝硬変、SLE、AIDSなどであった。特に、熱傷患者においては、試料中の顆粒球数で補正した単位顆粒球あたりのCL活性の低下はcompromised hostsの中で最も低値であることが明らかにされた。 2.重症熱傷患者の受傷初期の白血球数(顆粒球数)は、健常成人と比較して有意に増加していたが、病原菌や非オプソニン化zymosan刺激による食作用に付随した全血CLは、試料中の顆粒球数が多いにもかかわらず、健常成人に比較して低値であり、かつピークに至る時間も著明に延長していた。 3.受傷初期における分離好中球(患者血清を含まない)のCL活性は、PMAやzymosanで刺激した場合、共に健常成人の好中球CLと比較して高値を示した。このことより、重症熱傷患者の受傷初期の個々の好中球の活性酸素生成能は亢進していることが示された。 4.重症熱傷患者における受傷初期の血清補体値(CH50,C3,C4)、免疫グロブリン値(IgG,IgA)、血漿ファイブロネクチン値は著しく低下しており、その血清で各種病原菌やzymosanをオプソナイズして測定した好中球CL(OI)は、健常成人の血清を用いた場合と比較して有意に低値を示した。従って、受傷初期にみられる熱傷患者の食作用に付随する全血CL活性の低下は、血清オプソニン活性の低下が主要因であることが示された。このOIの低下は、新鮮凍結血漿を中心としたコロイド輸液により経日的に回復し、実測した血清IgG、補体値、血漿ファイブロネクチンなどのオプソニン蛋白の回復状態と相関していた。このことより、OIを測定することで、患者血清のオプソニン活性を評価することが可能であることが示された。 5.zymosan刺激の全血CL活性を測定すると、生存群に比較して死亡群では、第5〜第14病日の間、有意にCL活性が低下しており、この間にほとんどの敗血症が発症しているので、敗血症の発症と全血CL活性の低下とは密接な関係があることが明らかにされた。通常、感染防御能が正常な患者に敗血症が発症すると白血球数の増加と全血CL、好中球CL活性の増強がみられたが、熱傷患者では敗血症が発症しても、一般的に全血CL活性増強の程度は弱く、好中球CL活性の増強も認めなかった。以上より、全血CLは、重症熱傷患者において、敗血症の発症や予後判定の重要な指標となることが明らかにされた。 6.白血球数(顆粒球数)の減少や全血CL活性が低下している場合は、敗血症へ移行しやすく予後も不良となることが判明したので、遺伝子組み換え型ヒト顆粒球コロニー刺激因子(rhG-CSF)の好中球の活性酸素生成能に及ぼすpriming効果をCL法を用いてin vitroで検討した。健常成人の場合と同様に、白血球が減少した時期の好中球を用いた場合にも、緑膿菌の食作用に付随する好中球のCL活性増強効果が認められた。このことより、熱傷患者に発症した重症難治性細菌感染症に対するrhG-CSFの治療薬としての有用性が示唆された。 7.重症熱傷患者の宿主感染防御能を全血CLを用いてモニターし、全血CLが低下している場合の重症感染症に対しては、血清オプソニン活性の低下を補うため、新鮮凍結血漿や免疫グロブリン製剤を積極的に投与するなどの免疫補充療法を施行した。また、それに加えて殺菌力の強い抗菌薬を選択し、時には抗菌薬の併用療法を行ない、抗菌薬の投与量や投与回数を増やすなどの化学療法を施行したところ、患者の救命率の飛躍的な改善が得られた。 以上、本論文は、全血CLの測定は重症熱傷患者の感染防御力のモニターリングに有用であり、予後判定の指標の1つとなることを明らかにしたものである。また、全血CLを測定し宿主感染防御能を考慮に入れた免疫補充療法や抗菌薬の投与法の実施により、重症熱傷患者の感染症の治療成績の改善と、救命率の向上に貢献した。現在、宿主感染防御能を簡便に評価できる臨床的上実用的な検査法は数少ない。本研究が示すように、全血CLの測定は、現在臨床上対策が重要な問題となっているその他の多数のcompromised hostsについても患者の感染防御能の解析やそのモニターリングに有用と考えられ、臨床上の貢献が期待できるものと思われる。以上の点より、本研究は学位の授与に十分に値するものと考えられる。 |