学位論文要旨



No 212149
著者(漢字) 和田,恵津子
著者(英字)
著者(カナ) ワダ,エツコ
標題(和) 哺乳類ボンベシン受容体 : クローニングとin situハイブリッド形成法
標題(洋) Mammalian bombesin receptors : Cloning and in situ hybridization
報告番号 212149
報告番号 乙12149
学位授与日 1995.02.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12149号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 芳賀,達也
 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 助教授 多久,和陽
 東京大学 助教授 菅野,健太郎
内容要旨 (序)

 ボンベシンは14個のアミノ酸からなるペプチドで最初カエルの皮膚から単離された。哺乳類ではボンベシン傾似のペプチドとしてこれまでにニューロメジンB(neuromedin B、以下略してNMB)とガストリンリリージングペプチド(gastrin-releasing peptide、以下略してGRP)の2つが報告されている。NMB、GRPのいずれも、哺乳類の中枢神経系、消化管などに広く分布し、また、ボンベシンを用いた実験からこの2つのペプチドがニューロモジュレーターとして、内外分泌、代謝および行動などを調節することが示唆されている。さらに、成長因子としてもSwiss 3T3細胞や小細胞型肺癌細胞の分化・増殖を促進することが知られている。このようにNMB、GRPは多様な生理機能を持ち、生化学的に、薬理学的に精力的に解析が進められているが、受容体に焦点を当てそれぞれの作用機序の特異性を分子レベルで解析した研究はほとんどない。

 私は1990年にラットのNMBのcDNAおよびgenomicDNAのクローニングを世界で始めて報告した。さらにラット脳におけろNMB mRNAの分布をGRP mRNAの分布と比較したところ、両者の分布はほとんど一致しないことを初めて見いだした。これは、脳においてNMBとGRPが異なる生理作用を有することを示しており、それぞれに特異的な受容体が存在することを示唆している。そこで、私は、NMB結合部位を有するラット食道からcDNAライブラリーを作成し、当時所属していた研究室で単離された直後のマウスGRP受容体(GRPR)cDNAをプローブにして、それまで未知であったNMB受容体(NMBR)cDNAを単離し、分子生物学的にその機能を解析することを試みた。さらに生後ラット脳とラット胎仔におけるmRNAの分布をGRPRのmRNAの分布と比較し、それぞれの機能の差について考察を加えることにした。これにより、これまで不明であったNMB、GRPあ作用機序を分子レベルで解明するための基盤整備を行なうことにした。

(結果と考察)

 NMBR cDNAの構造(Fig.1,2):NMBRは390個のアミノ酸からなり(Fig.1)その分子量は4.3万と計算される。コンピューターを使用した疎水性の検索からNMBRは7箇の膜貫通部位を有し、G蛋白質カップル型受容体の一つであることが示された。すでに報告されているマウスGRPR cDNAとはアミノ酸レベルで56%の相同性が認められた(Fig.2)。さらにすべてのG蛋白質カップル型受容体で保存されているアミノ酸がGRPRおよびNMBRにおいても保存されていた。

 NMBRの薬理学的特徴(Fig.3,4;Table 1):NMBRのアゴニスト(NMB,GRP)に対する親和性を調べるためアフリカツメガエル卵を用いてcDNA発現実験を行なった。つまり、NMBR cDNAよりin vitroでRNAを作成し、ツメガエル卵に注入し、卵膜表面にレセプターを発現させ、アゴニストに対する親和性を検討した。その結果、NMBRは10-6MのNMB,GRPいずれにも反応するが(Fig.3,C)10-9Mの濃度ではGRPには反応せず、NMBにだけ反応した。またこれらの反応は、GRPRに特異的なアンタゴニスト([D-Phe6]BN(6-13)ethyl ester)によって阻止されなかった(Fig.3,D)。

 さらに詳しい薬理学的特徴を調べるためにSwiss 3T3 cellにNMBRR cDNAをトランスフェクションしNMBRを持続的に大量に発現する細胞株を樹立した。この細胞を使って各種リガンドのNMBRに対する阻害度を調べたところKi値(阻害定数)はNMBで2nM,GRPで43nMとなりNMBRのNMBに対する親和性はGRPに比べて高いことが動物細胞を用いた発現系においても示された(Fig.4,Table 1)。

 NMBRの成熟ラットにおける組織分布(Fig.5):NorthernハイプリダイゼイションによってNMBRの組織分布を調べたところ脳、嗅球、食道、C6グリオーマ細胞で発現が認められた。

 NMBR mRNAとGRPR mRNAの成熟ラット脳における分布の比較(Fig.6-9;Table 2):NorthernハイブリダイゼイションによってNMBR.GRPR両サブタイプのmRNAが脳で発現されていることがわかったので、詳しい脳内での分布を比較するために、in situ hybridizationを行なった。その結果、脳内での両受容体mRNAの分布は全く異なり、ほとんど一致を見なかった(Fig.6,7)。NMBR mRNAは嗅球と視床でGRPR mRNAは視床下部で強く発現していた(Fig.6-9)。

 NMBR mRNAとGRPR mRNAの幼若ラット脳における分布の比較(Fig.10,11):生後1日目(PN1)のラット脳においてNMBRとGRPRのmRNAの分布は成熟ラットにおけるその分布とほとんど変化は認められなかった。しかし、外側従条や小脳外側核(歯状核)においてPN1,PN9では発現を認めたが、成熟ラットの脳では発現を認めなかった(Fig.11)。このことから、NMBRやGRPRが幼若ラットにおいて外側従条や小脳外側核の形態形成に何らかの役割を果たしている可能性が示唆された。

 NMBR mRNAとGRPR mRNAのラット胎仔における分布の比較(Fig.12-14,Table 3,4):成長過程におけるNMBとGRPの機能をさらに解析するため、ラット胎仔におけるそれぞれの受容体mRNAの分布を比較した。GRPR mRNAは受精後12日から脳内、下垂体後葉で発現し始め、その後、神経系、消化器、呼吸器、泌尿器など様々な領域に発現を認めた。一方NMBR mRNAの発現は遅く(受精後14日目から)脳、消化器、泌尿器の限られた臓器でのみ発現していた(Fig.12)。脳下垂体後葉におけるGRPR mRNAの発現は後葉原器の形成が開始する胎生12日から漸次強くなり、前葉原器と接合する受精後18日にピークを迎えた(Fig.13)。しかし、下垂体形成後は発現が減じ、出生後は発現を認めなかった。これらの結果は、胎生期における生理機能は、NMBよりもGRPが担い、特に脳下垂体後葉の形成にはGRPが深くかかわっていることを示している。

(まとめと今後の展望)

 本論文では、世界で始めてNMBRの遺伝子構造を決定し、薬理学的特徴、組織分布についてGRPRと比較検討した。その結果、NMBRはGRPRとは異なる新しいボンベシン受容体であることが判明した。またNMBR mRNAとGRPR mRNAの成熟、幼若ラット脳やラット胎仔における詳細な分布を始めて行ない、それぞれの機能について考察を加えた。今後、NMBRおよびGRPRの機能をより直接的に個体レベルで解析することが要求されるが、そのために、遺伝子相同組み替え法を用いたNMBRおよびGRPR欠損マウスの作成を計画しており、現在、胚幹細胞用のダーゲッテイングベクターの調製を行なっている。

審査要旨

 ボンベシンはカエル皮膚から単離されたアミノ酸14個からなるペプチドであるが、哺乳類のボンベシン類似ペプチドとしてニューロメジンB(neuromedin B、以下略してNMB)とガストリン放出ペプチド(gastrin releasing peptide、以下略してGRP)の二つが報告されている。NMBとGRPは中枢神経系、消化管などに広く分布し、内外分泌、代謝及び行動などを調節することが知られている。申請者は1990年にNMBのラットcDNAおよびgenomicDNAを世界で初めてクローニングし、さらにラット脳におけるNMB mRNAとGRP mRNAの分布がほとんど一致しないことを示した。この結果はNMBとGRPが異なる生理作用を有することを示唆している。また、それぞれに特異的な受容体が存在することが予想された。そこで申請者は、NMB結合部位を有するラット食道からcDNAライブラリーを作成し、マウスGRP受容体(GRPR)cDNAをプローブにして、それまで未知であったNMB受容体(NMBR)cDNAを単離した。単離したcDNAを用いて、NMBRの構造と薬理学的性質、NMBR mRNAの分布などに関し、GRPRと比較しながら検討し、以下の結果を得た。

 1、NMBR cDNAの塩基配列より、NMBRは390個のアミノ酸よりなり、7箇所の疎水性領域を持つことが分かった。G蛋白質共役受容体ファミリーの一員と考えられる。すでに報告されているマウスGRPRのcDNAとはアミノ酸レベルで56%の相同性が認められた。

 2、NMBRをアフリカツメガエル卵に発現させ、リガンドの効果を調べた。NMBRはGRPよりNMBに高い親和性を示し、GRPR特異的アンタゴニストには高い親和性を示さなかった。培養細胞を用いた実験でも、NMBRはNMBに高い親和性(結合阻害定数Ki=2nM)を、GRPに低い親和性(Ki=43nM)を示した。

 3、NMBR mRNAの成熟ラットにおける組織分布をNorthernハイブリダイゼイションによって調べたところ、脳、嗅球、食道、C6グリオーマ細胞での発現が認められた。

 4、成熟ラット脳におけるin situ hybridizationの結果、NMBRのmRNAは嗅球と視床で、GRPRのmRNAは視床下部で強く発現していることが分かった。脳内での両レセプターのmRNAの分布は全く異なり、ほとんど一致を見なかった。

 5、生後1日目(PN1)のラット脳におけるNMBR mRNAとGRPR mRNAの分布は、成熟ラットにおける分布とほとんどの領域において変わらなかった。しかし、成熟ラットではGRPRの発現が認められない外側小脳核において、PN1,PN9ではその発現が認められた。

 6、GRPR mRNAは胎児の早い時期(受精後12日目)から様々な臓器で発現が認めらたが、NMBR mRNAの発現は遅く(受精後14日目から)、限られた臓器にしか認められなかった。さらに、気管支上皮細胞や脳下垂体後葉においては、胎生期にのみGRPR mRNAの強い発現を認めた。

 以上の通り、本論文はNMBRの構造と薬理学的特徴、NMBR mRNAの体内及び脳内分布、を初めて明らかにしたもので、ペプチドおよびその受容体の生理的役割の解明に基礎的な貢献をしている。よって本論文は学位論文に値するものと認められる。

UTokyo Repositoryリンク