学位論文要旨



No 212151
著者(漢字) 上坂,義和
著者(英字)
著者(カナ) ウエサカ,ヨシカズ
標題(和) 皮質性ミオクローヌスの脳磁図による検討
標題(洋)
報告番号 212151
報告番号 乙12151
学位授与日 1995.02.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12151号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松下,正明
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 教授 高橋,國太郎
 東京大学 教授 杉下,守弘
 東京大学 教授 桐野,高明
内容要旨 1:はじめに

 高性能のSQUID素子の開発によりヒトの脳神経活動に伴う生体磁気計測が可能となり脳磁図として臨床応用が図られてきた。電流双極子の脳表に対して法線方向の成分は脳磁図に関与しない。このため脳磁図では生体外の磁界分布からその磁界起源となる脳内の電流双極子の局在推定をより単純なモデルで解析することができる。

 皮質性ミオクローヌスは安静時のC-reflex(cortical reflex)、giant somatosensory evoked potential(giant SEP),jerk-locked averaging(JLA)法でのミオクローヌスに先行する棘波という電気生理学的特徴を有する不随意運動である。この病的脳波活動の発生源についての検討は頭皮上の記録から、従来様々の議論がなされてきた。非侵襲的に電流双極子の局在推定が可能な脳磁図は皮質性ミオクローヌスの電気生理学的研究の上で優れた方法である。今回37チャンネル生体磁気計測装置を用いてgiant somatosensory evoked magnetic field(giant SEF),JLA法による先行棘波の起源について検討した。

2:対象と方法(A)正常者での分析

 健常人16名を対象とし体性感覚誘発磁界と運動関連磁界を記録した。体性感覚誘発磁界は正中神経を手関節部にて持続200sの矩形波電流にて運動閾値上の強度で刺激し、対側半球上にセンサーの中心を置き脳磁界活動をoff-line加算し記録した。体性感覚誘発電位を同時に記録した。刺激強度の影響、身長・年齢の影響をあわせて検討した。運動関連磁界は1)自発的な運動を数秒間隔で行うself-paced movementと2)光ダイオードによる視覚刺激に素早く反応して行うsimple reaction movementの2つの条件で記録した。上肢筋(短母指外転筋ないし総指伸筋)の随意運動を表面筋電図で記録し、これをトリガーとして運動に先行する脳磁界活動をoff-line加算した。

(B)患者での分析

 臨床的・電気生理学的に皮質性ミオクローヌスの診断が確実な良性家族性ミオクローヌスてんかん4例、Lance-Adams症候群1例、galactosialidosis1例の計6例を対象とした。非皮質性ミオクローヌス患者2例でも同様な分析を行った。健常人と同様に体性感覚誘発磁界を記録した。上肢筋(皮質性ミオクローヌス例では短母指外転筋ないし総指伸筋、非皮質性ミオクローヌス例では上腕二頭筋)の筋電図をトリガーとしJLA法によりミオクローヌスに先行する脳磁界活動をoff-line加算し記録した。

3:結果(A)健常人

 全被検者において対側半球上でSEPと類似した波形の体性感覚誘発磁界が記録できた。第一頂点(N1m)潜時は19.1±1.2ms、極性が逆転した第二頂点(P1m)潜時は27.2±3.8msであった。通常SEPを記録するC3’(ないしC4’)の電極位置での同時記録体性感覚誘発電位のN1成分(潜時18.2±1.2ms)と比べてN1mの頂点潜時は有意に遅延していて、この潜時は前頭部におけるSEPのP22潜時(19.6±1.5ms)とは有意差がなかった。刺激強度を変化させていくと、SEFすべての成分で運動閾値までは振幅が増大し、潜時が若干短縮する傾向があるが、運動閾値を越えると潜時振幅とも大きな変化を示さなかった。身長は潜時と弱い正の相関関係があったが振幅との相関はなかった。年齢は体性感覚誘発磁界のN1m成分の潜時と正の相関があったが、他の頂点潜時や振幅とは相関はなかった。運動閾値より上の刺激で記録した体性感覚誘発磁界において電流源の局在推定を行ったところ、刺激後約50msまで有意な位置変化はなく中心後回に推定された。

 運動関連磁界はJLA法と同じフィルター条件では明らかな磁界はなく、フィルター条件を0.1-100Hzとし緩徐な成分を記録する条件としたところself-paced movementでは従来の脳波で報告されているような約1500msより緩徐に立ち上がる磁界が記録された。simple reaction movementでは緩徐な成分はなく筋電図前約150msに始まり対側半球上でphase reversalを認める脳磁界活動が記録できた。電流源の局在推定ではsimple reaction movementでは中心前回に、self-paced movementでは筋電図前約500ms付近では補足運動野に筋電図前約150msでは中心前回に局在推定された。

(B)患者

 非皮質性ミオクローヌス患者での体性感覚誘発磁界は潜時・振幅とも正常範囲内であった。JLA法ではミオクローヌスに先行する棘波は記録されなかった。

 皮質性ミオクローヌス患者ではSEFのN1mの振幅は健常人と有意な差がなかったが、第二皮質成分であるP1m成分の振幅が著明に増大していた。N1m,P1m両者について電流源の局在推定を行ったところともに中心後回に局在推定され、両者の相対的な位置の差は脳磁図の空間分解能とされる3mm以内であり両者の発生源は同一部位であると思われた。

 JLA法では皮質性ミオクローヌス患者では全例でミオクローヌスに先行する棘波が記録され、その頂点は筋電図に平均17.8ms先行していた。5例ではこの棘波の等磁界線図から1つの電流源が推定され、その局在は中心後回と考えられた。1例では等磁界線図から2つの電流源が推測され、一方は中心前回他方は中心後回に局在推定された。

4:考察(A)正常SEPとSEFの発生部位について

 脳磁図はtangential componentしか検出しないためN1m、P1mとも中心後回のArea3b由来の成分が主であると考えられる。C3’(乃至C4’)における同時記録SEPの比較では、N1mの潜時がSEPの前頭部でのP22潜時と有意差がなかったことから、従来問題となっていたP22発生源は中心後回にあると結論した。

(B)健常人の運動関連磁界について

 simple reaction movement、self-paced movementともに前頭葉の運動系に由来する成分であることが示された。

(C)皮質性ミオクローヌス患者の体性感覚誘発磁界について

 第一皮質成分の振幅は正常で第二皮質成分から巨大化していることより、皮質内介在ニューロンの何らかの異常により皮質内の抑制機構に障害があり巨大SEPが発生していると思われた。また、従来巨大化した成分が中心前回由来であるとする説もあったが電流源の局在推定の結果からは中心後回由来であることが示された。

(D)ミオクローヌスに先行する棘波について

 ミオクローヌスに先行する棘波についても中心前回由来・中心後回由来の両者の説があったが今回の検討では主たる成分は中心後回由来であることが示された。そこで中心後回の異常興奮が中心後回から脊髄へいたる下行路に伝わり、皮質性ミオクローヌスが発生している可能性が示唆された。しかしながら、1例だけではあるが中心前回にも電流源が推定される症例もあり、中心後回の異常興奮が二次的に中心前回を興奮させた結果、皮質性ミオクローヌスが出現している可能性や中心後回からの下行性興奮が脊髄の興奮性を高めている可能性も否定できない。

 以上、皮質性ミオクローヌスという不随意運動を主徴とする疾患において中心後回の過興奮性が症状の発現に深く関与していることを脳磁図を用いて示した。

審査要旨

 本研究は種々の中枢神経疾患においてみられる皮質性ミオクローヌスの発生機序を明らかにするため、新しい機器である生体磁気計測装置を用い、健常人と皮質性ミオクローヌス症例における誘発脳磁界を解析したもので、下記の結果を得ている。

 1.健常人において身長・年齢・刺激強度と体性感覚誘発磁界の頂点潜時・振幅の相関の有無を検討し正常値を決定した。

 2.健常人の体性感覚誘発電位において従来から頭頂葉由来か前頭葉由来かで問題となってきた前頭部P22成分を検討した。従来前頭葉由来とする根拠となっていた頭頂葉由来のN20との潜時差はN20がtangential componentとradial componentの合成波形であるための差であり脳磁図を用いてtangential componentのみをとらえた場合にはN20とP22は潜時は一致し、P22もN20と同一の電流源由来の成分であり頭頂葉由来と考えられることが示された。

 3.運動関連磁界の電流源の局在推定を行い、随意運動前500msには補足運動野由来の成分が存在し、100ms付近では運動前野由来の成分が存在することを示し、運動に先行する脳電気活動が脳磁図を用いて被侵襲的に解析できることを示した。それとともに健常人では後述の皮質性ミオクローヌス症例のような中心後回の著明な活動は認められないことを確認した。

 4.皮質性ミオクローヌス症例において認められる体性感覚誘発磁界の巨大成分について電流源の局在推定を行い、従来中心前回由来との説もあったが、中心後回よりその異常興奮が生じていることを示した。

 5.皮質性ミオクローヌス症例においてミオクローヌスに先行して認められる棘波は中心後回、中心前回のいずれに主たる電流源が存在するか従来議論が絶えなかったが、今回脳磁図を用いた電流源の局在推定により主たる電流源が中心後回に存在していることが示された。

 以上本論文は生体磁気計測装置という新しい技術を用いて、第一には健常人における運動感覚野由来の脳波活動の起源の解明と正常値の確立を行い、第二に皮質性ミオクローヌスという不随意運動の発生機序において、感覚野である中心後回の果たす役割の重要性を明らかにした。本研究は今後発展が期待される脳磁図という手法に基礎データを提供するとともに、皮質性ミオクローヌスという不随意運動の機序解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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