1,971年に、Fontanらが初めて三尖弁閉鎖症に対する新しい手術方法-Fontan手術-を発表して以来、この手術及びその変法は、構造的あるいは機能的単心室の先天性心疾患に対して、幅広く行われてきた。しかしながら、Fontan手術では、体循環と肺循環が、基本的に一つの心室で維持されなければならなく、いわば、機能的な修復術となるため、患者の選択つまり手術適応が手術成績に非常に大きな影響を与えることとなる。Fontanらは、最初にいくつかの患者選択のクライテリアを提示したが、肺動脈の大きさは、手術成績に影響を与える最も重要な因子の一つとしてクライテリアのなかに挙げられ、McGoon RatioやPAInde xが肺動脈の大きさを客観的に評価する指標として提唱されてきた。しかしながら一方では、手術症例が増えるにつれ、肺動脈の大きさは手術成績とは無関係であるという報告も数多く出され、Fontan手術における肺動脈の大きさの意義については、未だ大きく議論の別れるところである。本研究の目的は、これまで経験論的に評価されてきた肺動脈の大きさがFontan術後血行動態に及ぼす影響を、肺循環生理学的見地から考察することにより、Fontan手術のクライテリアとしての肺動脈の大きさの意味について、明確な解答を与えることである。 生理学的見地からみた場合、肺循環は肺血管抵抗(Rp)と肺血管コンプライアンス(Cp)の並列回路で置き換えることができる。この回路の特性は、肺血管の生理学的性質であるRpとCp、及び血流発生器としての心室の機能によって一義に決定される。肺動脈の大きさ自体は、回路に蓄えられる電荷として表現され、これはRp、Cp、肺血流の結果として現れ、決して一義に回路の特性すなわち肺循環を規定しない。しかしながら実際の生体では、肺動脈の大きさの違いによる血管径の違いが、RpやCpに影響を及ぼし、肺循環を二義的に規定する可能性がある。そこで、肺動脈の大きさとRp、Cpとの関係を調べ、肺動脈の大きさがFontan術後血行動態に及ぼす影響について評価した。 (対象と方法)肺血流減少性先天性心疾患の患者40人(年齢は5カ月から18歳:平均7歳)において、肺動脈の大きさとRp、Cpとの関係を調べた。肺動脈の大きさは、PA INDEX(PAI;左右肺動脈の第一分岐部の断面積の総和を体表面積で除したもの)を用いて表現し、Rp、Cpは通常の心臓カテーテル検査によって得られたデータをもとに求めた。Rpは、主肺動脈左房間圧較差を、酸素飽和度についてのFICKの法則によって求めた肺血流量で割って算出した。Cpは、Q=iR Cの式に従って、Q,i,Rにそれぞれ、PAI、肺血流量、Rpを代入して求めた。この方法で求めたCpは、肺循環の時定数を求めることにより算出するRubenの方法によって求めたコンプライアンスCp’と比較し、このモデルの妥当性を評価した。 (結果)PAIが大きくなるにつれRpは小さくなる傾向を示したが、統計学的に有意な相関を示さなかった。一方、PAIはCpと有意な正の相関を示し(y=0.149x-2.579、r=0.71、P=0.001)、肺動脈が大きくなるにつれCpは大きくなる傾向を示した。またCpはCp’と非常によい相関(r=0.80、P=0.001)を示し、モデルの妥当性を裏付けた。 (考察とまとめ)肺動脈の大きさをPAIで表現した場合、肺動脈の大きさは、血管径の違いを通して、肺動脈の生理学的性質としてのCpを反映する。したがって、肺動脈の大きさは、Cpとの関連でFontan術後血行動態に二義的に影響を及ぼす可能性がある。定常状態を考えた場合、肺血流(I)は、Fourier展開を用いて式1のように表される。  更に、RC並列回路での上記血流に対する肺動脈圧(P)は、インピーダンス(Zn, n)を用いて以下のように表される。  インピーダンスは、拍動波に対する抵抗として、圧波形を決定するのみならず、心室に対する後負荷として重要な意味をもつゆえ、式2で示されるように、Cpはインピーダンスの決定要素の一つとして、Fontan術後血行動態に影響を及ぼす可能性が示唆される。一つは、圧決定因子として最高中心静脈圧(pCVP)に影響を及ぼす可能性、もう一つは、単心室に対する後負荷として、大動脈から左房へつながる一連の血管のトータルインピーダンス(Zt)に影響を及ぼす可能性である。まずpCVPに対する影響であるが、式2を用いて、心拍数120において、Rpに正常値として2RUm2を代入し、Cp1.5ml・m-2・mmHg-1、平均CVP12mmHg、pCVP18mmHgの標準症例を考えた場合、Cpが二分の一、三分の一に低下すると、pCVPはそれぞれ約22mmHg、25mmHgまで上昇する。したがって、PAIとCpの関係を考慮すれば、肺動脈が小さくなればなるほどpCVPは高くなり、不利な血行動態が招来されることが予想される。次にZtに対する影響であるが、Rp、体血管抵抗、体血管コンプライアンスにそれぞれ正常値として、2RUm2、20RUm2、1.0ml・m-2・mmHg-2を代入し、心拍数120においてCpの変化に対するZtの各々の項における変化をシミュレーションすると、Cpが小さくなるにつれZtは徐々に大きくなり、Cpが0.2ml・m-2・mmHg-1から0.4ml・m-2・mmHg-1を越える頃より急激に上昇し始めた。この変化に、先に求めたPAIとCpの関係を当てはめると、単心室の後負荷としてのZtは、肺動脈が小さくなるにつれ徐々に大きくなり、PAIが70mm2・m-2からl20mm2・m-2を下回るぐらいから急激に上昇し始めた。 以上のように、肺動脈の大きさはCpと関連して、Fontan術後血行動態に影響を及ぼす。肺動脈が小さくなればなるほどpCVPが高くなり、また心室の後負荷も増強し不利な血行動態をもたらす。大きさの安全限界については、はっきりということはできないが、PAIが100mm2・m-2前後でFontan術後血行動態は、急激に不安定になることが生理学上理論的に示唆され、少なくとも従来いわれている250mm2・m-2という基準の根拠はみあたらない。我々は、肺動脈が小さくなると術後血行動態が不安定になるということを念頭において、他の要素、特に肺血管抵抗と心室機能、を考慮に入れ、総合的に患者を選択しなければならない。 |