内容要旨 | | フィリピンには多種多様の竹類が分布している。それらの竹類は、概して強靭でありかつ加工が容易であることから建材、家具・工芸材等に用いられるとともに、バナナの支柱(ミンダナオ島では年間1200万本以上の需要がある)や漁場用支柱等にも大量に使用されている。また、近年ではパルプ用材あるいは無立木の荒廃草地緑化用としても注目を集めている。 そのように多方面からの需要が増加しつつある竹類ではあるが、フィリピンはもとより日本を含む世界各国においても、これまでその立地特性に関する研究はほとんど行われていないのが現状である。 そこで本論文では、フィリピンにおける竹林造成のための立地区分を行う基礎とするため、同国において一般に広く使われているTinik(Bambusa blumeana)、Kiling(B.vulgaris)、Laak(B.philippinensis),Bayog(Dendrocalamus merrillianus)、Giant bamboo(D.asper)、Bolo(Gigantochloa levis)、及びBoho(Schizostachyum lumampao)の7種の竹林の人工植栽地26箇所において、それらの成長状態(発生幹数、高さ、肉厚、節間長等)と、気候(降水量、乾期の有無や月数、気温等)、地形(標高、傾斜、方位等)地質、植生、土壌(理学性、化学性、土壌微細形態学性、排水状態等)、等との相互関係について検討を加えた。 その結果、先ず調査した各種竹類の成長量は、基本的に年間の降雨日数、即ち、乾期の強さと長さに大きく影響されていることを明らかにした。 同国では、年間の降水量分布パターンに基づいて全国土を4つに分けるマクロな気候区分が用いられている。これは、11月から4月までが明瞭な乾期で、残りの期間が明瞭な雨期であるI型、11月から1月の間に最高の降水量があるが年間を通して明瞭な乾期がないII型、11月から4月までが比較的乾燥し、残りの期間が比較的湿潤であるIII型、及び年間を通してそれほど降水量に変化がないIV型に区分されている。 そこで同気候区分に基づいて、調査結果を以下のように整理した。 (1)I型気候区:この気候型の分布が広いルソン島において、13カ所のTinik、Kiling、Laak、Bayog、Giant bamboo、Bolo、及びBohoの植栽地における成長量を測定するとともに、立地環境や土壌特性を調査した。 I型気候区の中では比較的降水量の多い地域に分布し、構造の発達した厚い土層を持ち塩基飽和度が高いHapludalfsでは、Tinik、Kiling、Bayog、Giant bamboo、及びBoloが良い成長を示した。 また、乾期に土層が乾燥するが、比較的塩基飽和度が高く構造が発達する等、理化学性の良好なHaplustalfsやHaplustandsでは、Tinik、Kiling、Laak、Bayog、及びBohoが比較的良い成長を示した。特にTinikは、コゴン(Imperata cylindricum)の密生した草地でも、植栽後1年間の必要に応じた灌水や下草刈り等の保育管理により成林すると、以後何の手入れもなしに毎年収穫が可能であった。 しかし、化学性は良好であるが、乾期に強く乾燥しかつ構造の発達が不良であるUstropeptsや、膨潤収縮性のある粘土鉱物含量が高く雨期における理学性が極めて不良なHaplustertsでは、植栽されたTinik、Kiling、Bayog、及びBohoは一応成林はしていたが、成長状態はいずれも不良であった。 (2)II型気候区:この気候区では、ミンダナオ島のBislig地域のTinik、Kiling、Laak、及びBohoの植栽地4カ所に置いて測定・調査した。 Bislig地域では、塩基の流亡が進みpHが低い等化学性の不良なHapludultsが主な土壌であったが、年間を通して明瞭な乾期がない気候を反映し、Tinik、Killing、Laak、及びBohoが良い成長を示した。 (3)III型気候区:の気候区では、ミンダナオ島のImpalutao地域のGiant bambooの植栽地において測定・調査した。 調査地の土壌は、塩基飽和度が低く化学性は不良なHapludandsであり、気候も多少乾燥する期間が数カ月あるが、Giant bambooが極めて良い成長を示した。 (4)IV型気候区:この気候区では、ボホール島及びミンダナオ島の8カ所のTinik、Kiling、Laak、Bayog、Giant bamboo、及びBoloの植栽地において測定・調査した。 丘陵地帯には構造が発達し塩基飽和度の高いHapludalfsが主として分布しており、そのような土壌のところに植栽されたTinik及びGiant bambooの成長状態は極めて良好であった。 また、旧氾濫原に分布する比較的砂質な沖積堆積物を母材とするEntic Eutropepts、Tropopsamments、Troporthents、及びEutropeptsのところでは、化学性は良好であるが、内部排水性が良好なため、少雨期には土壌が乾燥し多雨期には相当過湿になるにもかかわらず、Tinik、Giant bamboo、Laak、Bayog、Boloが非常によい成長を示した。 以上のように今回調査した7種の竹類は、強い乾燥状態になるようなところから過湿状態になるようなところまで、非常に幅広い立地環境に適応していた。 特にI型気候区に分布するUstropeptsやHaplustertsは同国内でも最も瘠悪な土壌であり、各種樹木の植栽による緑化もなかなかうまく行かない極めて問題の多い地域である。そのようなところでもコゴンのアレロパシーを受けることなく成林する竹類は、現在650万haに達し、さらに毎年10万haづつ増加しているといわれている同国の荒廃地の緑化を進める上で、大変強力な緑化用植栽種となるものと思われる。また、IV型気候区の旧氾濫源では、多雨期には土壌が過湿となり少雨期には逆に乾燥するため、通常の農作物の栽培により収穫を上げるのは大変困難である。そのようなところでも大変良い成長をする竹類は、国土の有効利用上大変重要な作物と考えられる。 しかし、I〜IV型気候区のAlfisolsやMollisolsのような土壌条件が非常に良好なところは、農地や林地としても大変重要なところでもある。そのようなところへ無闇に竹類を植栽すると、旺盛な繁殖力により農業の障害となったりあるいは他の植生を排除してしまうことも考えられる。立地環境条件の良好なところにおける竹類の植栽に際しては、将来を見据えた地域全体にわたる土地利用体系を十分考慮に入れて進める必要がある。 |
審査要旨 | | フィリピン国内には多数の竹類が成育・分布する。それらの竹類は概して強靭でありかつ加工が容易であることから,古来,建材,家具,工芸等に供されるとともに,各種のプランテーションや漁場用の支柱等にも大量に使用されている。また,近年ではパルプ用材あるいは広大な無立木状荒廃草地の緑化用としても注目されている。このように多方面からの需要が増加しつつある竹類ではあるが,フィリピンではこれまでその立地特性に関する研究はほとんど行われていない。本論文は同国において広く使われている主要な竹類の成長状態と立地環境条件の関係を明らかにし,竹林造成のための立地区分を行うための基礎的知識を得ることを目的としている。 論文では,28か所の試験地の気候(降水量,乾季の有無や月数,気温),地形,地質,士壌(理学的,化学的,微細土壌学的)の特質と,各種竹類の5年間の成長状態(高さ,発生幹数,肉厚,節間長)をそれぞれ明らかにした上で,それらの関係について検討を加え,以下のように主な竹類の立地特性や,無立木状荒廃草地の竹類による緑化が可能であることを明らかにした。 1.主な竹類の立地特性1)Tinik(Bambusa blumeana) 年降水量が2000mm以上で,EutropeptsやHapludalfsのような理化学性の良好な土壌の所はもとより,年降水量が1400mm程度でも石灰岩母材の極めてCaに富むUstropeptsのような土壌の所でも良い成長状態を示した。しかし,年降水量が2500mm以上でも化学性の不良なHapludandsや理学性の極めて不良なHaplustertsのような土壌の所では成長状態は不良であった。このように本種は比較的土地選択性が強く,しかも,超塩基性岩を母材としCaよりもMgに富む土壌でも比較的良い成長状態を示した。 2)Boho(Schizostachyum lumampao) 年降水量が2000mm以上であれば,化学性の良いEutropeptsはもとより,Hapludultsのような化学性の比較的不良な土壌の所でも大変良い成長状態を示した。しかし,年降水量が少なくなると,化学性の良好なUstropeptsでも成長状態は不良であった。土地条件よりも年降水量などの気候条件の影響が大きい種である。 3)Giant bamboo(Dendrocalamus asper) 年降水量が2200mm以上であれば,理化学性の良いHapludalfsはもとより,化学性の不良なHapludultsのような土壌の所でも非常に良い成長状態を示すが,年降水量が少なくなると化学性の良好なUstropeptsでも不良であった。ある程度以上の降水量があれば,土地条件にはそれ程左右されない種であるが,超塩基性岩母材のMgに富む土壌の所では極めて不良であった。 4)Laak(B.philippinensis) 降水量が1800mm以上で理化学性が良好なTroporthentsやTropops ammentsのような土壌であれば良い成長状態を示すが,化学性の不良なHapludultsやHapludandsのような土壌や,CaよりもMgに富む土壌では不良な成長状態を示した。土壌の化学性に大きく左右される土地選択性の強い種である。 2.無立木状荒廃草地の竹類による緑化 森林伐採後の無秩序かつ収奪的な使い捨て焼畑や放牧等により荒廃し,各種木本類による森林再生が急がれている無立木状のコゴン(Imperata cylindrica)草地のうち,Haplustalfsのような比較的化学性の良い土壌の所に植栽されたTinikやBayog(D.merrillianus)は,植栽後1年間必要に応じて灌水や下草刈り等の保育管理を行い成林させることにより,以後何の手入れもなしに毎年収穫をあげることが可能であった。また,各種木本類による植栽試験が悉く不首尾であったHaplustertsのような理学性が極めて不良な土壌の所では,Bolo(Gigantochloa levis)は全く活着しなかったが,BohoやKiling(B.vulgaris)は活着後わずかながらも発生幹数の増加を示し,そのような劣悪な土壌条件の所でも竹類による緑化が可能であることが示された。 以上本論文は,フィリピンの各種立地環境条件下における各種竹類の成長特性について研究し,同国の主要な竹類の立地特性を明らかにするとともに,無立木状荒廃草地の竹類による緑化により国土の有効利用と地域環境の改善を図ることが可能であることを実証したことは学術上,応用上寄与するところが少なくない。よって審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |