学位論文要旨



No 212154
著者(漢字) 大平,和幸
著者(英字)
著者(カナ) オオヒラ,カズユキ
標題(和) カンキツタターリーフウイルスおよびpotato virus Tの分子分類学的研究
標題(洋) Studies on molecular taxonomy of citrus tatter leaf virus and potato virus T
報告番号 212154
報告番号 乙12154
学位授与日 1995.03.01
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12154号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日比,忠明
 東京大学 教授 平井,篤志
 東京大学 教授 高橋,秀夫
 東京大学 助教授 山下,修一
 東京大学 助教授 難波,成任
内容要旨

 Closterovirusは幅約12nm、粒子長720〜2,200nmの屈曲に富むひも状ウイルスで、アブラムシあるいはコナジラミ等の媒介昆虫が知られており、また、感染細胞には小胞を作るものも知られている。外被タンパク質の分子量は22kD〜48kDまで様々である。感染植物組織の篩部に局在するものが多く、その多くは汁液接種困難である。種子伝染するものも知られている。しかしこれらの性質は必ずしも共通しておらず、様々な性質を持つウイルスの集団から構成されており、性質の違いによりいくつかのvirus groupに再分類する必要性が指摘されている。

 Capillovirusは従来closterovirus groupに分類されていたが、粒子長が短く(600-755nm)、ベクターが知られておらず、また外被タンパク質の分子量が大きく、種子伝染すること等の特徴から最近分離独立したグループである。当初Potato virus T(PVT)がタイプメンバーであったが、その後各種性状が詳細に解明されたことからapple stem grooving virus(ASGV)がタイプメンバーとなり、PVT,citrus tatter leaf virus(CTLV),lilac chlorotic leaf spot virus(LCLV)およびnandina stem pitting virus(NSPV)等がメンバーとして分類されていた。しかし、これまでこのグループの遺伝子構造は不明で、closterovirus groupとの関係についても明らかでなかった。本研究ではclosterovirus groupとcapillovirus groupを分類学的に再構築する目的で主にcapillovirusに着目し、特に我が国の農業上重要なCTLVとPVTについて全塩基配列を決定した。

CTLVのゲノム構造

 CTLVユリ系統高知分離株(CTLV-LK)をChenopodium quinoaに汁液接種して増殖し、精製を行った。精製ウイルス試料よりウイルスゲノムRNAを抽出し、cDNAクローニングを行った。その結果、約5kbpのcDNA挿入断片を含むクローンpCL1が得られた。さらに上流域をクローニングするために5kbpの5’-末端領域に相補的なオリゴマーを化学合成し、プライマーに用いてcDNAクローニングを行った結果、1.5kbpの挿入断片を持つクローンpCL1.5が得られた。このpCL1およびpCL1.5を用いてchain terminator法により全塩基配列を決定した。5’-末端については合成プライマーと逆転写酵素を用いたRNAシークエンスにより決定した。その結果、CTLVは全長6496塩基で、ヌクレオチド番号(以下ntと省略)37から始まりnt6352で終止する大きなORFIとそれに重複して異なるフレームにnt4788-5748にねたりORFIIをコードしていた。ORFIは2105アミノ酸からなり分子量242kD、ORFIIは320アミノ酸からなり分子量36kDと推定された。ORFIにはその5’-末端からメチルトランスフェラーゼ(methyltransferase:MTR)、パパイン様プロテアーゼ(papain-like protease:P-PRO)、NTP-結合ヘリカーゼ(NTP-binding helicase:HEL)、RNA依存性RNAポリメラーゼ(RNA-dependent RNA polymerase:RdRp)、ひも状RNAウイルスの外被タンパク質(coat protein:CP)に特徴的な保存配列がこの順に見い出された。ORFIIには植物ウイルスの細胞間移行に関与するタンパク質(movement protein:MP)に共通に保存されているモチーフが見い出された。以上見い出された各種タンパク質の保存アミノ酸配列から、ウイルスの遺伝子発現は以下の機構で行われると推定された。P-PROは大きなORFIの切断に、HELは複製時の2本鎖RNAの巻戻しおよび翻訳に、RdRpはウイルスRNAの複製に関与していると考えられる。ORFIIタンパク質は細胞間移行に関与すると考えられる。CTLVのこのようなゲノム構造はASGVのゲノム構造と一致しており、またその配列の相同性は核酸配列で83%、アミノ酸配列ではORFIで88%、ORFIIで95%であった。このことからASGVとCTLVは同じウイルスの異なる系統かあるいは極めて近縁なウイルスと考えられた。

 また感染性RNAをin vitroで転写するために、得られたcDNAクローンpCL1およびpCL1.5から全長のゲノムを再構築し、その5’-上流にT7 RNAプロモーターを連結したプラスミドpITCLを構築した。これを3’-末端のpolyA配列の直後に存在するNotIで切断後、CAPアナログ、rNTPを添加し、T7RNAポリメラーゼにより転写したRNAをC.quinoaに接種したところ、約1週間後にCTLV-LK感染時と全く同じ病徴が出現した。しかしながらCAPアナログ無添加の転写RNAはまったく感染性を示さなかった。このことからCTLVの5’-末端領域はCAP構造をとっていると考えられた。MTRはウイルスRNAの5’-末端にCAP構造を連結する酵素で前述の塩基配列の解析から存在が予想されていたが、infectious transcriptを用いた実験によって確認された。以上より本研究で決定したcDNAの配列がCTLV由来のクローンであり、ウイルスとしての生物活性を持つことが確認された。

PVTのゲノム構造

 PVTをC.quinoaに汁液接種して増殖し、精製した。このウイルス試料よりウイルスゲノムRNAを抽出し、3’-末端から約2.4kbの領域に相補的な合成DNAをプライマーとして用いてcDNA cloningを行った。その結果全長に相当する約4.1kbのcDNA挿入断片を含もプラスミドpPVT4.1が得られた。部分塩基配列決定の結果、プライマー部分から始まる挿入断片を持つことが確認されたので全塩基配列を決定した。その結果、PVTは6,523塩基からなり、5’-末端則からORFI(nt112-4,876),ORFII(nt4,787-5,861),ORFIII(nt5,697-6,336)の3つのORFが互いにそれぞれ僅かずつ重複した形で見い出された。ORFIは1588アミノ酸からなり分子量183kDのタンパク質を、ORFIIは358アミノ酸からなり40kDのタンパク質を、ORFIIIは213アミノ酸からなり24kDのタンパク質をコードしていた。ORFIはその5’-末端からMTR、P-PRO、HEL、RdRpの保存配列をこの順に保持していた。ORFIIには植物ウイルスのMPに共通に保存されているモチーフが存在した。ORFIIIにはひも状ウイルスのCPに共通な保存配列が存在した。このことは、PVTがASGV,CTLVとは異なるゲノム構造を持つことを示すものであり、従来同じウイルスグループに分類されていたASGV,CTLVおよびPVTが異なるウイルスグループに分類されるべきであることを示唆している。さらにPVTのゲノム構造は従来closterovirus subgroup Aに分類されていたACLSVと類似のゲノム構造を示した。ACLSVは粒子長が短いこと、ベクターが不明なこと、beet yellows virus(BYV)型の小胞を作らないことなどから、closterovirus groupの他のメンバーと異なることが指摘されていた。

PVTとCTLVの分類

 以上の結果から、capillovirus groupに分類されてきたASGV,PVT,CTLVはゲノムの5’-末端からMTR,P-PRO,HEL,RdRp,MP,CPの順序で遺伝子が配置されていた。しかしながらPVTではMTR,P-PRO,HEL,RdRpがORFIに、MPがORFIIに、CPがORFIIIにコードされていたのに対し、ASGVおよびCTLVではMTR,P-PRO,HEL,RdRp,CPが連続した大きなORFIに、MPがORFIIにコードされていた。即ち、各遺伝子の配列順序はASGV,PVT,CTLVで差はなかったがゲノム構造が異なっていた。さらにPVTと従来closterovirusに分類されていたACLSVの各遺伝子の配列順序およびゲノム構造は相同であった。またアミノ酸配列に基づく系統解析の結果、CPおよびRdRpを用いた系統解析ではPVT,ACLSV,ASGV,CTLVが同じクラスターに属することが明らかとなった。closterovirus groupのタイプメンバーであるbeet yellows virus(BYV)はCPを用いた系統解析ではcapillovirus groupに接したクラスターに、RdRpを用いた系統解析ではtobamovirusのクラスターに位置した。このことはclosterovirusが進化の過程でRNAの組換えにより、宿主または他のウイルスの遺伝子を獲得して進化してきた可能性を示唆している。またBYVはhsp70およびhsp90に相同性を持つタンパク質をコードしておりこの点でもACLSV,PVT,ASGV,CTLVとは異なる。これらの結果からACLSVをclosterovirus groupから分離してPVTとACLSV,ASGVとCTLVをそれぞれ別のウイルスグループに分類するのが妥当であると結論された。以上の成果をもとに、1993年の国際微生物連合ウイルス分類委員会植物ウイルス分科会(IUMS;International Comittee on Taxonomy of Viruses:ICTV;Plant Virus Subcomittee:PVS)においてASGVとCTLVを従来通りgenus Capillovirusに、PVTとACLSVはgenus Trichovirusを新設し、分類することが提案され、承認された。この結果、従来矛盾を指摘されていたclosterovirus subgroup A、capillovirus groupのウイルス分類を塩基配列のデータに基づき、より矛盾の少ない分類体系に再構築できた。かかる成果は今後のclosterovirus groupの再分類に重要な指標となる。

 以上を要するに、本研究はPVTおよびCTLVのcDNAクローニングを行い全塩基配列を決定することによりそれぞれのゲノム構造を明らかにした。その結果、従来capillovirusに分類されてきたPVTとclosterovirusに分類されてきたACLSVを、genus Trichovirusを新設し、そこに移し、ASGVとCTLVをcapillovirus groupから階級分類であるgenus Capillovirusに分類した。

審査要旨

 closterovirusは幅約12nm,粒子長720〜2200nmの屈曲に富むひも状ウイルスのグループで,様々な性質を持つウイルスが含まれているため,いくつかの新たなvirus groupに再分類する必要性が指摘されていた。一方, capillovirusは従来closterovirus groupに分類されていたが,粒子長が短く(600-755nm),ベクターが知られておらず,種子伝染すること等の特徴から,最近分離独立したグループである。apple stem grooving virus(ASGV)をタイプメンバーとし,potato virus T(PVT),citrus tatter leaf virus(CTLV)等がメンバーとして分類されていた。しかし,これまでこのグループの遺伝子構造は不明で,closterovirus groupとの関係についても明らかでなかった。そこで本研究ではclosterovirus groupとcapillovirus groupを再分類する目的で,主にcapillovirusに着目し,CTLVとPVTについてそれらの全塩基配列を決定した。

1.CTLVのゲノム構造

 精製CTLVユリ系統(CTLV-LK)より抽出したグノムRNAを用いてcDNAクローニングを行い,全塩基配列を決定した。その結果,CTLVは全長6496塩基からなり,ヌクレオチド番号(以下nt)37-6354に大きなORFI(分子量:242K)と,それに重複してnt4788-5750にORFII(36K)をコードしていた。ORFIにはその5’-末端からメチルトランスフェラーゼ(MTR),パパイン様プロテアーゼ(P-PRO),NTP-結合ヘリカーゼ(HEL),RNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRp),ひも状RNAウイルスの外被タンパク質(CP)に特徴的な保存配列が,この順に見い出された。ORFIIには植物ウイルスの細胞間移行に関与するタンパク質(MP)に共通に保存されているモチーフが見い出された。CTLVのこのようなゲノム構造はASGVのゲノム構造と一致しており,またそのアミノ酸配列の相同性はORFIで88.5%,ORFIIで94.7%であったことからASGVとCTLVは同じウイルスの異なる系統あるいは極めて近縁なウイルスと考えられた。

 次に,得られたcDNAクローンから全長のcDNAを再構築し,その5’-上流にT7 RNAプロモーターを連結し,T7 RNAポリメラーゼにより転写したRNAをChenopodium quinoaに接種したところ,CTLV-LK感染時と同じ病徴が出現した。CAPアナログ無添加の転写RNAでは感染性を示さなかったことからCTLVの5’-末端領域はCAP構造をとっていると考えられた。

2.PVTのゲノム構造

 精製PVTウイルス試料よりゲノムRNAを抽出し,3’-末端から約2.4kbの領城に相補的な合成DNAをプライマーとしてcDNA cloningを行い,5’-末端側上流域全長に相当する約4.1kbの挿入断片を含むクローンが得られたので,その全塩基配列を決定した。その結果をOchi et al.(1992)によって決定済みの3’-末端側約2.4kbの塩基配列と合わせて解析した結果,PVTは6522塩基からなり,5’-末端からORFI(nt54-4877;185K),ORFII(nt4786-5862;40K),ORFIII(nt5696-6337;24K)が見い出された。ORFIはその5’-末端からMTR,P-PRO,HEL,RdRpの保存配列をこの順に,ORFIIはMP,ORFIIIはCPの保存配列をそれぞれ保持していた。

3.CTLVとPVTの分類

 以上の結果から,CTLVおよびASGVではMTR,P-PRO,HEL,RdRp,CPが連続した大きなORFIに,MPがORFIIにコードされたのに対し,PVTではMTR,P-PRO,HEL,RdRpがORFIに,MPがORFIIに,CPがORFIIIにコードされており,互いのゲノム構造が異なっていた。PVTと従来closterovirusに分類されていたapple chlorotic leaf spct virus(ACLSV)の各遺伝子の配列順序およびゲノム構造は相同であった。またRdRpのアミノ酸配列に基づく系統解析の結果,CTLVとASGV,PVTとACLSVがそれそれ同じクラスターに属することが示された。これらの結果をもとに,ACLSVをclosterovirus groupから分離して,PVTとACLSVを新genus Trichovirusに,CTLVとASGVとを新genus Capillovirusにそれぞれ分類することを,1993年の国際ウイルス分類委員会に提案し,承認された。

 以上を要するに,本研究はCTLVおよびPVTのそれぞれのゲノムRNAについてcDNAクローニングを行い,全塩基配列を決定することによりそれぞれのゲノム構造を明らかにした。その結果に基いて新たな分類案を提案し,1993年の国際ウイルス分類委員会において承認された。

 これらの成果は学術上,応用上寄与するところが大きい。よって審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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