審査要旨 | | 潮境域は回遊性浮魚類の重要漁場である。これまでの漁場形成機構研究の多くは,水温・塩分の構造と単位努力量当り漁獲量の分布の対応性から論じたものであり,魚群の行動生態あるいは生理生態学的な研究はまだ皆無に近かった。本研究は東北近海に来遊する潮境域のカツオを対象にして,標識放流と刺網による魚群の生物情報と海洋環境の調査を,北上回遊初期から南下回遊末期にわたり行った。そして,体長,肥満度,成熟度等の生物的指標を解析して,潮境域の魚群の回遊行動における環境選択,とくに体長,肥満度による前線乗り越えの差異と,潮境域漁況の資源水準による変化等の機構を明らかにした。研究成果の大要は以下の通りである。 1.日本近海に来遊するカツオの生物特性 カツオの資源構造,生物特性値(生殖腺指数,肥満度,内臓除去肥満度,肝臓重量指数,腸間脂肪量指数)の変化と潮境の位置関係会解析するとともに,標識放流カツオによりカツオの回遊生態を検討した結果,1)春夏季に東北近海に来遊するカツオには,北赤道海流〜赤道海流域で冬に生れる群と,主に亜熱帯反流域で夏に生れる群があり,来遊の時期と体長により5群に分かれること,2)カツオは体長45cm付近から成熟度を増加させることから,2才魚の一部と3才魚は春季に成熟に入り,これらの群は黒潮続流の南縁付近でUターンして南下し産卵詳となること,3)黒潮前線を越えて北上した2才魚は秋冬季に亜熱帯反流および赤道海域まで南下するが,1才魚は南下しても黒潮周辺どまりであること,を明らかにした。 2.標識放流調査から見たカツオの行動生態 黒潮続流の北縁および北の第2次黒潮前線付近でカツオを標識放流し,放流時と再捕時の生物特性値を比較検討した結果,1)春季に黒潮続流域まで北上してきたカツオ魚群のUターン行動の決定は黒潮続流の最高水温帯の南縁付近で行われ,黒潮前線北縁まで北上した個体は最終的にはすべて北上すること,2)第2次黒潮前線付近まで北上した群のうち,体長45cm以上の大型魚は潮境を通過し肥満度を高めながら北の低水温域に侵入するが,小型魚は潮境から高水温帯に戻り,体長別の振い分け現象を起こすことを明らかにした。 3.流し刺網調査からみたカツオの分布と海洋環境 暖水ストリーマ内における流し刺し網と海洋調査からも,1)黒潮前線内の暖水域では体長45cm以下と以上の個体が混在するが,北の冷水側では体長45cm以上の大型魚のみで,サイズスクリーニング現象が認められること,2)暖水ストリーマ(細い帯状の暖水の流れ)内のカツオの中,先端付近の個体の胃内容物重量は中央部付近の数倍もあり,活発に採餌していること,を明らかにした。 4.温度生態学的視点から見た潮境域におけるカツオの行動 黒潮と親潮の間の混乱水域に分布するカツオの部位別蓄積脂肪量の測定と,北西部太平洋全域のカツオの体温測定により、以下のことを明らかにした。 1)カツオの脂肪蓄積量は,春季に魚群が黒潮前線を越えて混乱水域に北上した時と,秋季に暖水ストリーマ北縁の低水温域に侵入した時に顕著に増加し,大型個体は小型個体に比べて蓄積脂肪量が高いこと,またこの脂肪は主に皮下部と胃腸壁部に蓄積され,低水温域に来遊する体長30〜55cmのカツオは,環境水温が低下しても,代謝のための最低体温22℃を保つが,体長45cm以下の小型個体は,断熱層としての脂肪蓄積が少ないため水温20℃以下の環境では代謝活性が低下し,このことが潮境におけるサイズスクリーニング現象(潮境乗り越えの体長による違い)を起こす原因と判断されること,2)南下期のカツオのうち,大型個体は潮境通過前に体温を上昇させ,水温26〜27℃の亜熱帯反流以南の水域までの長距離を一気に南下すること。 5.黒潮続流潮境漁場の経年変動の機構 資源量水準が高い年は個体の成長と発育が遅れ,未成熟・低肥満度・小型魚の出現割合が増え,黒潮南縁域でUターンせずに北上する魚群量が増加する。さらに,前線付近でサイズスクリーニジグ現象のために滞留する魚群の量が増す結果,黒潮続流の前線漁場形成は海発,資源の低水準年には逆の現象が生じ前線漁場は不漁となる。 これらの成果は,カツオの回遊に関する生理・生態学的な基礎研究の面と,潮境漁場の形成・移動および豊度を予測する応用的研究の両面において大きな成果を収めたものと云える。よって,審査員一同は申請者に博士(農学)の学位を授与する価値があるものと認めた。 |