内容要旨 | | タイ国においては高温多湿な気候条件を反映して、アフラトキシン産生菌が増殖しやすく、その結果として農作物がアフラトキシンによる濃厚な汚染を受けやすい。一方、同国においては、自国で消費される主要動物食品である食鳥肉および家禽卵が、国内用としてだけでなく輸出用としても多量生産されている。したがって同国においては、アフラトキシンによる家禽の生産性の低下による経済的損失および家禽組織と卵中へのアフラトキシンの移行および残留によるヒトの健康障害を防止することが極めて重要である。ところが規制を含め防止策を講ずるための基盤となる家禽の毒性学的知見については、ニワトリを対象としたものはすでに多数得られているが、他の家禽を対象としたものは極めて少なく、家禽全体として見れば未だに不十分な知見しか得られていない。 著者は、アフラトキシンの飼料汚染が招来する家禽の生産性の低下および家禽における残留アフラトキシンによるヒトの健康障害を防止するための方策を構築する基礎となる毒性学的知見を得ることを目的とし、ニワトリ、アヒル、ウズラへのアフラトキシンの毒性学的影響、組織と卵へのアフラトキシンの移行と残留、肝組織によるアフラトキシンの代謝に関し、一連の研究を行い、以下の知見を得た。 1)カビが産生するアフラトキシンのうち毒性が最も強くしかも高頻度で見い出されるアフラトキシンB1(AFB1)のアヒル、ニワトリ、ウズラにおける急性毒性および亜急性毒性に関し、比較病理学的視点から研究を行った。その結果、AFB1(3ppm)含有飼料の1週間給餌により、とくにアヒルヒナで高い致死率が認められた。産卵家禽においては、いずれの種でも死亡例は認められなかったが、産卵率の顕著な低下、さらに種によっては増体重の抑制が認められた。 亜急性毒性を検討するために種々の濃度のAFB1含有飼料で6〜12週間給餌したところ、体重への影響や死亡例が見られない場合にも産卵率の低下が見られた例が多く、産卵率がアフラトキシンの毒性に対する生体反応として感度が高いことがわかった。 病理組織学的変化としては、幼弱動物および成熟動物のいずれにおいても、急性および亜急性毒性試験に共通して、アルカリフォスファターゼやGOT等の血液生化学的所見の変化と一致して、胆管増生および脂肪変性や壊死等の肝実質変性が観察された。最も顕著な肝の病理組織学的変化はアヒルヒナで観察され、変化の顕著な例では、極めて興味深い所見として、小管腔を新たに形成しつつあると推察される再生肝細胞の小集簇が多数観察された。 以上の実験結果を通じ、家禽の中ではアヒルが、また成熟動物に比べて幼弱動物が、それぞれアフラトキシンに対して感受性が高いことが示された。 (2)各種家禽の組織および卵へのアフラトキシンの移行・残留を比較検討するために、産卵鶏、産卵ウズラ、産卵アヒルおよびブロイラーに対し、AFB1(3ppm)含有飼料を7日間給餌し、その間およびその後の組織および卵中のAFB1およびAFB1よりも生物活性の低いその代謝物であるアフラトキシンB2a、M1、P1、Q1およびアフラトキシコールの濃度を、それら代謝物の酸加水分解可抱合体を含め、HPLC法を用いて調べた。その結果、AFB1およびその代謝物共に、筋肉や腎臓に比して肝臓により高濃度の残留が認められた。また用いた全種類の家禽の全臓器および卵の中では、ウズラの肝に最も高濃度の残留が認められ、そのAFB1濃度は現在多くの国で採用されている食品中のAFB1としてのアフラトキシン許容濃度に近い値であった。他の家禽の肝臓を含めその他の臓器および卵におけるAFB1残留濃度は、同許容濃度よりも著しく低かった。以上の知見は、過去のヒト急性中毒事例に見られたような濃厚汚染が短期間とはいえ飼料に発生した場合には、これら家禽の組織・卵の中ではウズラの肝臓が最もリスクが高く、ヒト健康障害の要因となり得ることを示唆している。 種差に関しては、ウズラとアヒルにおいては卵よりも可食組織の方に毒素残留量が多く、ニワトリにおいては逆に卵の方に残留量が多いことが認められた。 長期給餌におけるアフラトキシンの組織と卵への移行・残留の様相を明らかにするために、産卵ウズラに50、100、200ppbのAFB1含有飼料を12週間給餌してその間の組織中および卵中アフラトキシン濃度をELISA法を用いて追跡した。200ppb給餌群において、肝臓中アフラトキシン濃度が7週間目の最大値3.63ppbに向けて顕著に増加し、その後減少することが見出された。筋肉や卵の濃度も肝臓ほど顕著ではなかったが、給餌期間中に増減が認められた。200ppb給餌群の肝臓以外のすべての組織および卵には1ppb未満しか認められなかった。なおそれら濃度と飼料中アフラトキシン濃度との間には用量依存的関係は見い出されなかった。 以上の長期給餌実験より、長期給餌中において組織・卵中の、特に肝臓中のアフラトキシン濃度が顕著に変動すること、さらに飼料中アフラトキシン濃度および残留アフラトキシン濃度の間に用量依存的関係が無いことが初めて見い出され、このことから、飼料中アフラトキシン濃度設定においては、その根拠となる給餌実験の飼料中アフラトキシン濃度と給餌期間をとくに考慮することが必要であることが示唆された。 3)アフラトキシンは肝臓において解毒されるとともに、活性化されてDNA等の細胞内高分子化合物と結合することにより毒性や発癌性を現わすことが知られている。一部の哺乳動物ではアフラトキシン毒性に対する種差が肝臓での代謝の種差とよく一致することがすでに見い出されているが、家禽に関しての知見は得られていない。そこでアフラトキシンの毒性影響および組織・卵中の残留について家禽の種差および年齢差との関連において、アフラトキシンの肝臓による代謝を明らかにするために、産卵鶏、産卵ウズラ、産卵アヒル、アヒルヒナ等家禽の肝組織によるAFB1代謝を[3H]AFB1を用いin vitroで比較検討した。その結果、ミクロゾームのAFB1-DNA結合活性に関しては、アヒルヒナの肝が最高の活性を示し、ついで産卵鶏の肝が高い活性を示した。逆にこのミクロゾームによるAFB1-DNA結合を阻害するサイトゾールの活性は、産卵鶏においてもっとも高く、アヒルヒナと産卵アヒルにおいて極めて低かった。なお、このサイトゾールの活性はグルタチオンの存否に左右されなかったことから,哺乳動物とは異なり、グルタチオントランスフェラーゼによるものではないことが考えられた。これらのミクロゾームとサイトゾールのAFB1-DNA結合に関する相反する活性の種差を総合すると、家禽の中ではアヒルが、また幼弱の方が成熟よりも、それぞれアフラトキシンの毒性に対して感受性が高いことが説明できる。しかしアフラトキシンの組織・卵への移行・残留の種差と肝組織によるAFB1代謝の種差との間には一定の関連が認められなかったことから、肝における代謝以外の要因がアフラトキシンの組織・卵への移行・残留の種差に関与するものと考えられた。 以上の一連の研究により、家禽の飼料およびそれによる家禽自体のアフラトキシン汚染によって招来される経済的損失およびヒトの健康障害の防止策を構築するための基礎となる知見を得ることができた。 |
審査要旨 | | タイ国においては,高温多湿な気候条件を反映して,アフラトキシン産生菌が増殖しやすく,その結果として農作物がアフラトキシンによる濃厚な汚染を受けやすい。申請者は,アフラトキシンの飼料汚染が招来する家禽の生産性の低下および家禽における残留アフラトキシンによるヒトの健康障害を防止するための方策を構築する基礎となる毒性学的知見を得ることを目的に,ニワトリ,アヒル,ウズラへのアフラトキシンの毒性学的影響,組織と卵へのアフラトキシンの移行と残留,肝組織によるアフラトキシンの代謝に関して一連の研究を行ない,以下の知見を得た。 1)カビが産生するアフラトキシンのうち,毒性が最も強くかつ高頻度に見い出されるアフラトキシンB1(AFB1)のアヒル,ニワトリ,ウズラにおける急性および亜急性毒性を,比較病理学的観点から検索した。その結果,AFB1(3ppm)含有飼料を1週間給餌すると,特にアヒルヒナで高い致死率が認められた。産卵家禽ではいずれの種でも死亡例は認められなかったが,産卵率は顕著に低下した。一方,種々の濃度のAFB1含有飼料を6-12週間給餌したところ,死亡率は低かったが,産卵家禽では産卵率の低下が記録された。病理学的には肝病変(胆管増生と肝細胞の変性)が共通して観察され,その出現頻度と強度は特にアヒルヒナで顕著であった。このように,家禽の中ではアヒルが,また,成熟動物に比べて幼弱動物が,それぞれアフラトキシンに対して感受性が高いことが示された。 2)産卵家禽とブロイラーにAFB1(3ppm)含有飼料を1週間給餌し,その間およびその後の組織・卵への移行と残留をHPLC法を用いて検索した。その結果,AFB1およびその代謝物共に肝でより高濃度の残留が認められ,特にウズラの肝で顕著であった。また,ウズラとアヒルでは卵よりも可食組織で残留量が多く,ニワトリでは逆であった。 ついで,産卵ウズラにAFB1(50-200ppb)含有飼料を12週間給餌し,その間の組織および卵中のAFB1濃度をELISA法で追跡した。その結果,肝に残留が認められ,その濃度は多くの国でヒトの食品について規定されているAFB1許容濃度に近い値であった。また,長期給餌中に特に肝のAFB1濃度が顕著に変動すること,および,飼料中AFB1濃度と残留AFB1濃度の間に用量依存性がないことが明らかにされ,こうした知見は飼料中のAFB1許容量を説定する根拠となる給餌実験を実施する上で重要である。 3)AFB1は肝で解毒されると共に,活性化されてDNA等の細胞内高分子化合物と結合することにより毒性を発現する。そこで,家禽の種および年齢を考慮に入れて,肝組織によるAFB1の代謝を〔3H〕AFB1を用いてin vitroで検討した。その結果,家禽におけるAFB1の毒性に関する種差および年齢差は,ミクソゾームのAFB1-DNA結合活性とこのAFB1-DBA結合を阻害するサイトゾールの活性との両活性に関連していることが示された。また,家禽においては,哺乳動物とは異なり,サイトゾールの活性はグルタチオンの存在によって影響を受けなかった。一方,家禽の組織および卵中のAFB1残留量における種差と肝におけるAFB1の代謝との間には一定の関係は見出せず,組織や卵への移行と残留には肝での代謝以外の要因が関与しているものと考えられた。 以上,本論文は,家禽におけるアフラトキシン中毒に関し,その病理学的性状,組織や卵への移行と残留ならびに肝組織における代謝について基礎的かつ重要な知見を明らかにしたもので,家禽の飼料およびそれによる家禽自体のアフラトキシン汚染によって招来される経済的損失およびヒトの健康障害の防止策を構築する根拠を与えるものとして極めて有用である。従って,審査員一同,本論文は博士(獣医学)の学位論文として適切であると判断した。 |